黒白の星
アマチュアが書いたオリジナル小説です。苦手な方はご注意ください。
誤字脱字等あるかもしれませんが、ご容赦ください。
黒白の星
雨だ、
「雨だ」
俺の名前は、
「降水確率60パーだったから」
石動はじめ。
「傘忘れた」
男子、高校生、二年。
「置き傘あるよ」
現在、17歳。最初に言っておきたいことは、それだけ、です。
ホームルームが終わってうるさい教室を急いで離れる。今日は早く帰って飯作って風呂入ってゆっくりドラマを観るのだと決めている。
「公園の近くの空き家」
「ボロいのでしょ?」
「こわい」
「やばい」
「迷惑」
「さっさと取り壊せよ」
「持ち主は?」
「死んだらしいの」
「頭おかしいじじいが住んでて」
「死んでからも迷惑かけんじゃねーよ」
「あの公園、」
「他にも噂が」
「雨が降ると~」
「男子高校生が襲われる」
「都市伝説でしょ?」
「ちげーよニュース見ろ」
「うちの塾の一番頭良い子がさ」
「意識不明重体」
「成績良いやつが襲われるって」
「俺も襲われるかも」
「いやお前は大丈夫だから」
誰とも目を合わさずとも言葉を交わさずとも、廊下を歩けば、話声が聞こえてくる。人の気配が充満している。雨の湿気と混じってむしむししている。
「あ、」
下駄箱まで来て、俺は気づいた。
「傘、忘れた……」
この雨の中を傘無しで帰るか、アイツを頼るか……履き替えたばかりの靴を見ながら考えていると、ガラスのドアのむこう、一層雨足が強くなった。目に映るのは新品の白いスニーカー……うん、アイツを頼ろう。
もう一度うわばきに履き替えて、校舎に戻る。傘を持った用意の良いやつらとすれちがう度、彼らの会話が漂ってくる。
「昨日観たAVがさ」
「おう」
「知らねーオネーサンが突然家に押しかけてきて」
「ほう?」
「私はあなたの婚約者なんですヨロシクねつって寝込み襲ってくんの」
「お前そういうのが好きなの」
「え、なに、ダメ?最高じゃない?」
……そのシチュエーション、あんまりオススメしない。経験者は語る。俺はあのとき、寝込み襲われたとき、ふざけんな!と思ったから。恐怖と苛立ちで反射的に殴りかかったから。1ミリもエロい気持ちなんか芽生えなかったから。
「……俺はもしかして枯れているのだろうか、」
校舎の隅、端っこも端っこ。すっかりざわめきから離れて人気の無い場所で、ひとりごとが虚しく響く。もう、やめよう。このことを考えるのは……用務室と走り書きされたプレートのかかる扉に向かって息を吐く。しあわせが逃げるって?うるせぇ、溜め息くらい自由につかせろ。勝手知ったる他人の部屋、ノックも挨拶もせずに扉を引いて中に入る。
「おや、殿。どうされました」
がらくたや用具がひしめく雑多な部屋ではサムライが一人、パイプ椅子に座り、長机にカラフルなカードをばらまいていた。
「殿はやめてくれ、螢川さん」
「呼び捨てで良いですよ、殿」
彼とはもうこのやりとりを数十回繰り返している。
ちょんまげ頭で袴姿。ぴっしり伸びた背筋、足袋に草履。現代人には見えない出で立ちの螢川さんは、その見た目通り現代人ではない。人間ですらない。かつて人間だったもの、ではある。詳細はいつか説明すると思うので、今は割愛する。
「何してたんすか」
「一人UNOです」
「……たのしいんかソレ……」
「一人大富豪よりはマシかな、と」
今度、クロスワードパズルの本とかプレゼントしてみようかな。おそらく一人UNOよりマシだろ。
「で?どうされたのです。今日は急いで帰ってドラマを観るのでは?」
「雨が降ってきたんで傘借りようかと」
たしか、卒業生やら異動になった教師やらが忘れていったのとか持ち主が分からない傘を捨てずに、いくつか備蓄してあったはず。こないだここを片付けさせられたときに見つけたのだ。
「折り畳み傘をお持ちでなかったので?」
「日曜にでかけたとき他のカバンに移したのを、うっかり忘れてて」
「しっかり者の殿が珍しいですな。ああ、その番傘などきっと殿にお似合いですよ」
「え……これはちょっと……」
修学旅行の土産物だろうか。それにしてはしっかりした造りの番傘だ。螢川さんが差すならそら絵になるだろうが、俺が差しても滑稽な……
「その傘の深みのある群青色が、殿の星のような黄金色のお髪や瞳と対称的で映えると思いますが」
「いやあ……」
こんなとき、一体どんな顔をすればよいのだろう。なんだかすごく恥ずかしいことを言われた気がして、我ながら微妙な顔をしてしまう。
俺は、友達がいない。人付き合いが乏しい。螢川さんたちを友達にカテゴリして良いのかもわからない。だからどんな顔してどんな言葉を返せばいいのかわからずに困惑してその場を微妙な空気にしてしまうのが、最近の悩みだ。
俺のこの対人スキルの低さは、元を正せば螢川さんがさっき言及していた俺の髪と目、それを含めた俺自身の見た目が原因である。
そもそも俺はこの国の生まれではない。子供の頃、遠く海の向こうから養父に連れられてこの国に来た。
まず、色だ。民族的に黒髪茶眼の人間が多いこの国では、金髪金眼の俺は目立ってしまう。
そして、顔。明らかに他民族のそれであるのでやはり目立つ。この国の人間には俺の顔は、怒っているように見えるらしい。普通にしていても「あの鋭い眼光は何人か殺さないと手に入らない」と評される。
あと、見た目は家庭環境に対する評価にも影響を及ぼす。
養父は生まれも育ちもこの国、黒髪で茶眼、ごくごく一般的なこの国の民族らしい顔をしていた。
父がいて母がいて両親に顔の似た子供がいて親戚みんな仲良し、というのがこの国における理想的で普通で幸せな家族像。
俺と養父は仲良は悪くないが、まったく見た目の似ていない、どう見ても血の繋がりの無い大人と子供が親戚にも頼らずに二人で生活しているというのは、周囲には異質に見えるのだろう。いつでも悪い噂がつきまとった。これに関しては俺は悪くない。完全にオヤジのミスだ。近所付き合いもロクにせず、他所に言えない職に就いていたクソオヤジの責任である。
以上のもろもろを踏まえて、俺は幼少期から周囲に遠巻きにされ、高校生になった現在もクラスで浮いた存在、いわゆるぼっちなのだ。オヤジがいても、ぼっちはぼっち。家族とその他は違う。
見た目や家庭環境はともかく、我ながら明るく愉快な性格をしていると思うのだが、いかんせん伝わらない。ガキの頃はそれなりに伝えようと頑張ったこともあったが、今はもうめんどくさい。
人は見た目が九割、残り一割は育った環境。これこそ世界の真理。俺は見た目を変える気が無いし、家庭環境は変えようがないし、今更変えたところで余計不気味さが増すだけだし、今後もきっと他人からの評価は変わらない。俺はぼっち!ぼっちこそ俺のアイデンティティー!と、すっかり諦めていた。の、だがしかし。
「殿?なんですかそんな遠い目をして」
そのアイデンティティーになぜか、最近少し崩壊の兆し。どうしてこうなったのかは自分でもよくわからないのだが、とにかく、半年前の、螢川さんを含むとあるひとつの大きな出会いによって、俺のぼっち生活はねじ曲げられつつある。
「と~の~?」
まったく慣れない。
「あ、ごめん……ちょっと……アカシックレコードに思いを馳せていて……」
「わざわざ遠くを見ずとも、宇宙のすべてはいつもあなたの心にあるのですよ」
「なんすかそれ」
「今流行っている人気手品師の決め台詞です。ネットで動画観ました」
「宗教くさい」
「景気が悪いと宗教が流行るのですかねぇ」
このサムライ、パソコンを使いこなしている……
螢川さんは一見サムライ然としていて真面目で堅そうだがその実、フランクで柔軟性のある人だ。臨機応変、郷に入れば郷に従え、を主義とし実行している。そういう部分、見習いたい。
「そういえばアイツは?」
「あきら様はお出かけになりました。傘を持って行かれたので外でしょう。近頃噂になっている公園がどうとか」
「ああ……」
「あっ!」
「え、なんだ、どうした」
螢川さんがいかにも、こいつぁ大変だ!という雰囲気を急に作るので、つい反射的に追及してしまった。追及しなけりゃよかった。
「あきら様ったら、忘れ物しておられる」
「……なんとなくこの部屋に入ったときから勘づいてました、それ」
「さすが、殿。では、」
「嫌です」
「そこをなんとか。せめて話だけでも」
「早く帰ってドラマを」
「あきら様のお命に関わります」
サムライの顔が目と鼻の先に迫ってくる。
「『私』をどうか、あきら様のもとへ」
そう言われると思っていたさ、この部屋に入ったとき、あなたがいてアイツがいないという状況を視認したときからね。サムライの強い目力から逃れたい一心で、窓に顔を向ける。見上げるとうす黒い雲しかなかった。
ぐっ……、
心の宇宙に相談すること五秒間。
また溜め息をつきながら俺は、
「……ドラマは録画で我慢する」
紺色の番傘と『螢川さん』を手に取る。
「それでこそ殿です!」
さよなら、俺の安息日。いざ、薄暗がりで不景気な諦めの中へ。
俺は一歩、踏み出した。
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この雨が止まなければいいのに。
「もう、止め時、だよ」
雨の音しかしない静かな私の世界を邪魔する、ぶしつけな声がある。腹立たしく、振り向くと、女がいた。
「潮時、だ」
私の心をめちゃくちゃにしたこいつらをめちゃくちゃにして、何が悪いのか。
「悪くないと、私も思うよ」
透明な傘を差した女は言った。
「しかし、こちらも仕事でね。私は今からあなたを退治して、ソレを助ける。気はすすまんが、給料分は働かなくちゃ」
私は、地面に転がる子供を踏みつける。ソレとはコレのことか、
「これまではあなたの力がまだ弱かったから襲われたやつらも昏睡状態になるくらいで一命はとりとめていたけど、現在、充分に力を蓄えたあなたはきっとソレを殺してしまうだろう」
殺してやりたい。
「あなたが傷つけたやつらの血であなたは汚れ、膨らみ、そんな姿になってしまった」
私は変わってなんかいない。あの人が愛した私のままだ。
「見てごらん」
女が見下げた、水溜まりに映るなにか。
「それがあなたの今の姿だ」
赤黒くぶよぶよとした、醜い化け物。こんなものが私のわけがない。
「あなたは変わってしまった」
お前も殺すぞ、クソが。
「なんだい、穏やかじゃないね。殺れるもんなら殺ってみな」
殺す!死ね!殺意を赤黒い水の塊にして女に投げつけた。
「あはははは」
女は笑いながら畳んだ傘を刀のように構え、それを払う。塊じゃ駄目だ。足りない。水を裂いて細かく、矢のように鋭く、撃ち込む。
「あ、」
矢は地面をえぐるが、女には当たらない。ひらひら避けられる。くそ、ちょこまかと、
「螢川忘れて来ちゃった……まあ素手でもいいんだけどさ」
いつの間にか背後に回ってきていた女に体表、皮膚を掴まれる。
「刀で斬らずに素手で剥がすとなると、痛いんだよね」
瞬間、私は、叫んでいた。この女、素手で私の皮膚をえぐり剥がしやがった。耳をつんざく不快な絶叫。こんな気持ちの悪いノイズが私の声だというのか。
「痛いでしょ?」
痛いなんてものじゃない。どっと体液が噴き出すのを感じる。
「刀があればもっとシュバッとササッと終わるんだけどなあ……忘れてきたものはしょうがない」
どくどく、痛みが広がる。狂いそう、頭がおかしくなりそう、
「ゆっくりしようね、大丈夫、なるべく痛くしないから」
イカれてる。陰陽師なら素手にこだわらず、まじないなり妖術なり使ったらどうだ。
「私、陰陽師に見える?」
妖退治にやってくる、怪しくて頭のおかしいやつは、だいたい陰陽師だと相場が決まっている。
「私は呪術を使わない。呪文を囁かないし、お札を貼ることもない。呪術を使ってはいけない。陰陽師を名乗ってはいけない……ワケアリでね。そういう決まりなんだ、遠い昔からの」
お前の身の上話に興味はない。
「ツレないなあ、ちょっとくらい世間話しようよ」
女は雨に濡れている。傘を閉じてその先で杖の様に地面を突いている。黒く長い髪が頬に張り付き、おかしな色の目は薄暗がりでわずかな光を反射して、真っ直ぐにワタシを笑う。何者なのか、わからない。わけのわからなさが神経を逆撫でする。
「陰陽師ではない私だけどじゃあ何者なのかと訊かれたら、通りすがりのちょっとワケアリな人妻、と答えよう」
その余裕が気に食わない。やはり殺そう。ワタシは血の矢を再び女に向ける。
「ああ、来たね」
ぞわり、
これは悪寒だ。女がちらりと目を向けた方から、なにか来る。
「紹介しよう、彼は私のかわいい夫だよ」
ざわざわと血が騒ぐ。女は持っていた傘を放り投げた、
「誰が夫だ!」
何者かの声とともに投げつけられた何かを女が受け取り、すばやく抜かれたそれが光って眩しくて、
「もう痛くないよ、良かったね」
良くなんかない、あの人はもういないのだから、痛い方がマシだ、いやだ、殺させろ、どんなに醜く汚れたっていい、私よりにあいつらを殺させろ!
「本当は殺させてあげたいんだ」
女は、手にした刀を翻す。
「でも『殺させるな』と雇い主が言うから」
私はあれに斬られたのか。
「殺させないことが、今回の、私の仕事だ」
意識が薄れていく、暗がりの中で女の目が見えた。緑にも赤にも悲しそうにも冷たそうにも見える不思議な色の瞳。
「ごめんね、ごめん」
あなたが謝ることはないのに。
これは必然。世界の決まり。悪いものは倒される。私にもわかっていた。
これでやっと、あの人のところへ行ける。
最期の最後で正気に戻って、残った力で礼を言うと、女の瞳が暖かい橙色になった気がした。
私は死んだ。再び死んだ。斬られて死んだ。
死後の世界でまたあの人に会えることを祈りながら、目を閉じたのだった。
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黒白 最終
「誰が夫だ!!!」
アイツの気配を追ってたどり着いた公園、赤黒くぶよぶよとした巨大なバケモノ相手にいつもの妄言を吐いているアイツに向かって俺は、反射的に『螢川さん』を投げつけていた。
螢川さんは、刀だ。もっと正確に言うなら、日本刀にとりついたサムライの霊、である。うん百年前のこと、螢川さんは死んだ際この世に大層未練があったそうで、霊になって傍らにあった愛刀にとりついた。相性が良かったのか、刀に元から宿っていたツクモガミとうまいこと一体化できて、現在では『刀のツクモガミのようなもの』になったらしい。ツクモガミというのは大事にされた物品に魂が宿って生まれる妖怪だとかなんとか、俺にも正確なところはよくわからないので気になるひとは是非とも自分でググってくれ。
ともかく一心不乱に投げた螢川さんは想像以上のスピードに乗って、アイツのもとへ翔んでいった。やばい、やりすぎたか?と一瞬焦ったが、そんな心配、アイツには無用。なんなくキャッチして、柄に手を滑らせ、それを鞘から抜いていた。
目にも止まらぬ速さで刀を振り回し、相対する妖怪を斬り刻む。
カチン、アイツが鞘に刃を納めたときにはもう、バケモノは霧散して、そこらに充満していた悪い気も消えていた。
警戒を怠らずおそるおそる近寄ってみると、何かが地面に転がっているのが見えた。近所の偏差値の高い高校の制服を着た男子だ。泥だらけで気を失っているようだが血は出ていないみたいだしたぶん大した怪我はしていない、大丈夫だろう。
更に近寄ってよく見ると、彼の傍に小さな、何かが落ちている。なんだこれ、スライムみたいなぶよぶよした、辛うじて塊になってるみたいな。小指の先ほどの大きさの物体。
「金魚だよ」
俺が差している傘の下にあきらが無理矢理入って来る。
「……ちょ、おい。濡れた身体をおしつけるな、痴女」
「よいではないかよいではないか」
「よくない俺まで濡れる。お前、自分の傘あるだろ」
「あれ、壊れちゃった。螢川の代わりに剣にしたから」
地面に投げ捨てられた傘から哀愁が漂う。かわいそうな傘だ、この女に使われたばかりに。
「で、その金魚だけどね」
強引な女は、話も強引に占領する。
「金魚としての原型をとどめてねーけど」
お前が切り刻んだから。
「刻んでないもん。削いだだけだもん。ちょっと形は変わっちゃったけど、間違いなくあの家の金魚だよ」
あの家、とあきらが指差した先にあるのは、公園の前に佇む一軒家。
「……お化け屋敷?」
教室で噂になっていた家だ。わが家から離れたこちらの地区にはあまり来ないので朧気な認識しかなかったが、これが、あの。
「良い家なんだけどね」
こじんまりとした家のはずなのに、やたら存在感がある。噂からひどいボロ家を想像していたが、実物はそこまでボロくない。しかし、ボロく感じるのは、周りの小綺麗な住宅との対比だろうか。
「彼女は、あの家にかつて住んでいた男に拾われた」
「彼女?」
「金魚のことだよ。神社の縁日に、誰かが金魚すくいで捕まえて飽きて袋ごとごみ箱に捨てたのを、男が拾ったんだ」
「そんなとこまで見えたのか」
「螢川で斬ったときにね」
螢川さんは見事に磨きあげられた日本刀。鏡のような刀身には、斬るものの記憶や心が映し出される……とかなんとか、そんなおまけ機能があるらしい、便利か否かは置いといて。
「男は金魚をあの家に連れて帰って大切に世話した。自分を慈しんでくれる男を、金魚は愛した。長い時間を共に過ごすうち、感謝が愛に変わっていったのかな」
「うん」
「彼には持病があった。地道に治療をしながらがんばって、それなりに長生きしたが、老いには勝てず、病は悪化。彼が息を引きとって、世話をする者がいなくなった金魚も、だんだん弱っていった。ゆらりゆらり、薄れゆく意識の中で、金魚は愛する男と暮らした家をこれからも守りたいと思った。その未練と執念が金魚をバケモノにした。長く生きた猫がバケモノとして目覚めて猫又になるみたいに……長く生きた金魚の成れの果て、空き家を守護するバケモノが生まれた」
「家を守るのがなんで、人を襲うようになるんだ」
「う~ん……いろいろ経緯はあるみたいだけど、始まりはあの家を人が取り壊そうとしたことかな。実は今までに何度か取り壊す計画が持ち上がってるんだけど、その度にいつも、関係者が病気になったり怪我したりで、ぜんぶうやむやになってきた」
「……その金魚が」
「ああ。壊そうとする度に事故とか怪我とか病気とか不幸が起こる心霊スポットとして業者間で有名になって、そのうち、業者以外の人間にもその噂は広まって、とうとう誰も寄りつかなくなった。金魚にとっては、誰にも邪魔されない平穏が訪れた」
「平穏ならいいじゃねぇか」
「平穏とは長く続かないものだよ。彼らがやってきたからね」
「彼ら?」
「近所の進学校に通う、高校生たち」
あきらに指差された男子生徒は相変わらず気を失っている。長い間雨に打たれているようだが、まあ……大丈夫だろう、若いし。
「息抜きってやつかな。学校を離れて、塾を離れて、自宅を離れて、秘密基地が欲しかったのかもね。受験勉強は大変らしいから」
いつでも平均的な学力で勉学における期待を受けたことのない自分には想像しかできないけれど、学力エリートのやつらには凄まじいプレッシャーがかかっている、とよく聞く。
「彼らはしがらみから逃れるため、時折、金魚の家で屯するようになった。気味悪がって誰も寄りつかない場所だ、秘密基地みたいな?居心地が良かったんだろう。金魚は最初、彼らを無視していた。業者みたいに家を取り壊そうとするわけでもないからね。しかし、ある頃から無視していられなくなった」
金持ちのボンボン共が、どうせ集まるならファミレスとかカラオケとかに行きゃあ良いのに、わざわざボロ家に集まった理由。
「……なんとなく、予想つくわ」
人目につかない場所じゃないと意味がないってのは、そんな場所でしかできないことが、やりたいからだろ?とどのつまり、隠したいこと、後ろめたいこと、そういうのが金魚に襲われた学生たちにはあったんだ。
「ああ、学生が思いつく非行に偏差値は関係ないよね。彼らは勉強はできても、頭が悪かった。いろんな頭の悪いことをあの家でやらかした。同級生の一人を集団でリンチしたり、煙草を吸ったり、薬物をやったり、部屋の壁に落書きしたり、気が狂ったように家財道具を壊して回ったり」
頭の悪いストレス解消法は、更に頭の悪い方向へ、エスカレートしていく。ここで言う頭の良し悪しは、自分の行いが招く未来をきちんと予測できるか否かだ。彼らはできなかった。
「金魚は、だんだん彼らを許せなくなっていった。おしゃべりする場所を提供するくらいなら構わなかったけど、家を荒らされてはね。彼女にとってあの家は、」
「愛する男と暮らした家?」
「そう。だけど、それだけじゃない」
「はあ?」
「あの家は、墓なんだ」
「墓、って」
「ただの金魚からバケモノになって、最初に彼女がしたことは、愛する男の遺体を家の軒下に埋めること、だ」
「金魚が?」
「バケモノになったら何でもアリだ。人を呪うことができるくらいだし、金魚ではない姿に変化できたっておかしくない」
……そうか、あの家から感じる妙な気配の原因はそれか。ずっと寒気が足下に這いより、絡みつくような感じがしていたが、雨のせいだと思っていた。俺が少し震えたのを、隣の痴女は感じとっただろうか。
「亡くなった彼には身よりがなかったようだ。遠い親戚ともろくに連絡取ってないし、ご近所付き合いもほぼなかった。彼が死んだことにすら誰も気づかず……死後何ヵ月かしてからやっと、近所の人がさすがにおかしいと通報して警察が来たけど、そのときには男は既に軒下、土の中」
警察も、そこまで調べない。
「行方不明ってことで適当に片付けられた。まあ何故か噂では男の死体が遠く離れた海辺で見つかってうんたら~となってたけどね。誰かがどこかで噂に尾ひれをつけたんだろう」
なんだか、途方もない、やるせないような気持ちだ。
「あのね、まだ彼女の怒りにとどめさした原因が、あるんだよ」
「こいつら、まだなんかしたのか、」
「高校生のうちの誰かが男を掘り起こした。違法薬物を使った痕跡とかそういう見つかってはまずいものを埋めて隠そうと、軒下を掘ったら、骨が出た」
……馬鹿なのか、それとも運が無いのか。泥だらけで転がるあわれなものを見下ろす。
「警察に通報したら、どうして自分たちがそんなところを掘っていたのかも説明しなきゃならない。彼らは余計なことをせず、自分たちのまずい秘密を骨と一緒に埋めてしまって、黙っておくことを選んだ。そこで通報していればうちの雇い主にも早く情報が伝わって、被害者が出る前に私に金魚退治の依頼がきていたかもしれないね」
こいつらは賢いけれど、バカだったんだな。
「愛する人の墓を荒らされ、愛する人が掘り返され、愛する人の上に他人のゴミがばらまかれる」
最悪だ。怒って当然だ。
「怒り狂った彼女は高校生たちに報復を始めた。遠くから念じて祟るだけでは気がおさまらず、直接襲いに行った。骨を見つけて以来空き家によりつかなくなった彼らを、家を離れて探して回った。憎しみだけが暴走して、家は守護者であるという、自分の本分を彼女は完全に見失ってしまった」
「わざわざ雨の日に高校生を襲ったのは、自分の力を強めるためか」
「金魚だからね。全力を発揮するなら水の中。無意識に雨を選んでいたのか、そういうことを考える冷静さは残っていたのかは、わからないけど。あのぶよぶよの姿は、高校生を襲う度に彼らの血が彼女にまとわりついた結果だ。彼女は彼らから死にそうになるまで血を抜いて、その血で彼女自身が汚れて、腐って、怨念とか情念とかまた負のエネルギーが脹れあがって……って感じかな?たぶん」
「お前は、そのまとわりついたものとか脹れ上がった不浄の部分だけを、斬った」
「彼女をできるだけ元の姿に戻せたらなあって、思ったんだけど……あまり上手くいかなかったね」
少なくとも俺にはぶよぶよの肉片にしか見ない。こいつの腕をもってしてもこれが限界。最初から、手遅れだったのだろう。
「なんで、血、だったんだろうな」
「彼女が愛した男は血液の病で死んだらしい、血液のがん、というやつかな」
あきらが手を掲げる。白い甲、血管が透けている。青い血管にはきっと、赤い血が流れている。
「愛する男を踏みにじったやつらに、健康な血が流れているのがゆるせなかったのかなあ」
どうしようもないガキ共の身体にはおそらく健康な血液が流れていて、なのに、自分が愛したやさしい善良な男の血は壊れていて、男は死んでしまったけど、その事実が、運命が、許せなかった。
「クスリやってんならこいつらの血も健康じゃねぇかもな」
「あ、たしかに」
でも、そんなことはどうでもよかったんだろ。なんでとかどうしてとか、考えても意味無い。誰かが誰かを襲う経緯、襲う方法の意味なんて、さあ。殺したいと言いながら死人が出なかったのにも、大した理由なんて、そんなもの。
在るのは襲ったという事実と襲われたという事実、その事実が当事者たちにもたらす『これから』だ。今回の件においては、金魚にはもう『これから』は無いが。
「お前、金魚がバケモノになってるの、前から知ってただろ」
こいつは知っていて放っていたのだ。学生たちが襲われるのも知っていて何もしなかった。
「まあね」
あきらにとってバケモノ退治は、あくまで仕事なのだ。雇い主に指示されない限り、バケモノの存在を確認していても、退治はしない。どれだけ人間に被害が出ても、気にしない。
今回のような、自業自得のやつらばかり襲われている場合は特に。
「はじめは、私がおかしいと思う?」
「いや、思わない」
だって、人間に迷惑がかかるからバケモノを退治しろ、というのは人間の都合だ。人間の勝手にわざわざ振り回されてやる義理は、バケモノにはない。
それが自然だ。それをねじ曲げることは自然破壊である。金も発生しないのに自然を破壊する意味はない。
この考え方はバケモノのためなら人間が死んでもいいのかと人間たちから糾弾されるかもしれない。だけどそもそも俺は、
「バケモノの味方ではないけれど、人間の味方でもない、」
「……心を読むな」
「読んでないよ。ただわかるんだ、はじめの考えてること。私も同じことを思っているから」
雨の中微笑む女は、絵画のようだ。
「私たち、やっぱり気が合うね」
俺はその顔を正面から見たくない。理由はいろいろあるが、ここではわざわざ説明しない。嫌なものは嫌なのだ。明後日の方向へ視線を逃がし、やりすごす。
「……帰る」
家が恋しい。自分の家が遠く、愛しい。
「うん、帰ろう」
「救急車呼ぶか」
「呼ばなくても、もうすぐ来るよ」
たしかにこちらに近づいてくる、サイレンが聞こえる。
「雇い主の式神がずっと私たちを見ていたからね。呼んでくれたみたいだ」
「……いっつも思うんだが、その雇い主が自分でバケモノ退治すればいいんじゃないか?」
「アレは監視するのは得意だけど、荒事は苦手だから。適材適所、だよ」
「まるでお前が荒事が得意みたいだな」
「そう思われているから仕方ないさ。わたし、もっと穏やかな、謎解き的な仕事もできるんだけど、中々回ってこない」
まあ、バケモノ相手に素手で闘って平気な顔をしているやつは、脳筋の荒事専門と思われて当然だ。
「……自業自得」
「なに?心配してくれてるの、はじめ。愛?愛だね、嫁への愛!」
「誰が誰の嫁だ」
「そっか、はじめの方が嫁か」
「ますますちげぇよっ」
「ねぇねぇ奥さん、今日の晩御飯は何かなあ?」
「ふふ、おそらく鯵の干物と胡瓜の酢の物ではないかと」
「ッ、いたのか螢川さん!」
「いましたよう、実体化していなかっだけでずっと。うふふふふ」
「うふふふふ、鯵の干物楽しみだなあ」
「……気持ちわりぃ」
「あ、傘、拾って帰らなきゃ」
東雲あきら。
性別、女。年齢不詳、たぶん二十代後半。高校の用務員として勤務。現住所、俺の家。
「この傘気に入ってたんだけどなあ、穴空いちゃった」
「ただのビニ傘だろ」
「良いビニ傘ってあんまり無いじゃない。それに私、布よりビニールの方が好き」
「そうかい、」
「てか、はじめはどうしたのこの番傘」
「用務室にあったものから私が選びました。きっと殿にお似合いになると思いまして」
「うんうん、似合ってるよぉ」
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「してないよぉ」
いつもニヤニヤ笑っている、おかしな女。歳上の女。むかつく女。掴めない女。
半年だ。
出会ってから半年経つが、未だわからないことだらけの女。
腹が立つことに、この女が俺の世界を変えた。ひとりだった俺の世界を少しずつ、少しずつ。
現在進行形で変えている。たぶんこの先も変えていくだろう……いや『これから』のことはわからないが。
真っさらな物語に、跡をつけていく。乱暴に水溜まりを踏んで、泥が跳ねるのも気にせず。新たな道へと、強引にひっぱっていく。
そんな女と俺は暮らしている、たまに抵抗して反発しながらそこそこに受け入れて、大人しく鯵の干物を焼く。
17歳の、石動はじめ。
俺は俺の記録を読み返しながら、たぶん『これから』ゆっくりと大人になっていく。
ゆっくりと確かめながら、生きる、生活を、ここに記す。
「はじめ、愛してるよ」
「馬鹿言ってんな」
俺たちは星。夕雨に浮かび、自分の足元だけ照らしていたつもりが、いつの間にかお互いを照らし合っていた。暗い道を往くのだ。お互いの足跡をたしかめながら、お互いのちがいをたしかめながら。
黒白の、星。
おわり。




