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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第89話

マルリースの武器→トンファー。パッと見は何の変哲もない金属製の武具だが、中心が空洞になっており、魔気芯(魔気が入れられた透明な細長い楕円形の容器)を最大五本装填できる。持ち手に付いたボタンを押すことで容器が割れて瞬間的に多量の魔気を放出させることができる。魔気は何もしなければ大気と混ざっていってしまうので直ぐに魔力で繋ぎ止める必要があり、この時、使用者の周囲に疑似的な魔術障壁が出現する。マルリース自身、魔術に関しては魔術師団の隊長クラスの技量を持つが、このトンファーの補助のお陰で魔術創作に拍車が掛かっている

王都に工房を構えるステインの錬金術の師匠に当たる人物が、学生時代のマルリースの破天荒ぶりを気に入って卒業祝いに作成した物。


 水面に顔を出したステインが目にしたのは、魔術師団の面々が集まって来て、魔力切れでぐったりとしている仲間に肩を貸している光景だった。

 意識を失ったことでシルフィアからの水の魔力による支援が途絶えてしまった為、ステインは自前で魔術を施行して水面に立った。クライペン・スラングの尾に打ち付けられた体は境い目のない鈍い痛みを感じていたが、誰も欠けることなく討伐を完了したことへの安堵の方が増していた。


「マリー!役目を果たしてくれたのだね。ありがとう」


「ステイン王子のご期待に背く訳にはいきません。それよりも、身体の方はご無事なのですか?」


「無事、と言いたいけれど少し辛いかな。皆も大分消耗しているし、船に戻ろう」


 魔術師団員も表情に達成感は見受けられるものの、それを大きく表に出そうとする者はいなかった。強大な敵に立ち向かい、継続して魔術を行使し続けた疲労は個々が思っているよりも大きいのだろう。

 マルリースの号令を以ってクライペン・スラング討伐隊は水面を蹴って船へと帰還する。




 船上で雷鳴の轟きを聞いた全員が身の毛を逆立たせ、戦闘が始まってから一番の張り詰めた空気が流れる。クライペン・スラングが湖に落ち、巨大な水飛沫を上げた後も楽観した声は一つとして上がらず、戦場を見つめていた。

 幾らかの時間が経って、戦場から船に向かってくる人影が見えてきたところで漸く船上の空気が歓喜に変わった。肩に担がれている者も数名いるが、全員が帰還を果たした。船上で待機していた魔術師達が水上から引き上げる為の魔術を準備していると、どこからか地鳴りの音が迫って来ていた。


「あ、あれは!」


 誰となく地鳴りの発生源に気が付き、指を差して声を上げる。示された先には船を容易に飲み込める程の巨大な海嘯がステイン達の背後に出現していた。水上を駆ける彼らが背後の気配を感じ取って、策を講じようとする暇もなく海嘯に飲み込まれる。そう思われるも、どこからか現れた風が十五名の体を攫って船上に放る。甲板に激突する直前で再び風が出現して落下の衝撃はごく僅かなものとなる。


「乱暴でごめんなさい!けど今は衝撃に備えて!」


 何が起きたか分からぬまま立ち上がるステインの耳に入って来たのはシルフィアの切迫した声。船までまだ距離があった筈だが、一瞬にして運ばれたようだ。海嘯の脅威から逃れたとは言っても、それは一時的なものにし過ぎない。海嘯は治まることなく船に接近する。

 近くの物に掴まるようがなり立てる船乗り、魔術で船を守れないかと魔力を集中するも海嘯の強大さに打ちひしがれる魔術師。

 海嘯に立ち向かって魔力を集中させるステインとマルリースだったが、どちらも万全とは程遠い状態だった。ステインは言わずもがな、マルリースも規格外の魔術を二度行使して魔力の消耗がある上にトンファーの中にある魔力芯の残弾は水属性が一発のみ。詠唱さえ間に合えば何とか船の損壊を軽微に留められるといったところだ。

 決して楽観できない状況であったが、そんな状況とは不釣り合いに悠然と舳先に立つ少女がいた。


「二人は無理しないで。わたしに任せて」


 先程の切迫した声とは一変、言い聞かせる声色で告げたシルフィアは祈るように両手を合わせた。

 空魔精錬術で海嘯の中に意識を繋げて無力化する方法もあったが、そこまでの時間は無い。素直に船を守る為の魔術障壁を展開する。

 船の正面に傘状に展開された水の魔術障壁は大型の船をすっかり覆う。海嘯の威力が未知数で、シルフィア自身、魔術の細かい調整が不慣れなこともあって魔力量に物を言わせただけの障壁であったが、海嘯とぶつかっても問題なく耐える。


 荒れ狂う水流が空を流れて行くのを見た者達が皆一様にして安堵する中、今度は逆にシルフィアが険しい表情をしていた。

 障壁の耐久には問題ないが、どうにもならない不安がシルフィアの体内に侵入し、障壁の周りを流れる水の流れがまるであの世からこの世を覗き込んでいる怨念の様に見えた。


『死にたくない』

『逃げたい』

『孤独は嫌だ』


 空魔精錬術の時と似たような声が確かに聞こえた。声は全て乞うものであったが、空魔精錬術の時と違い“こうなりたい”といった肯定的な願いではなく“こうなりたくない”といった否定的なものであった。

 これまで聞いたことのない類いの声にシルフィアは動揺し、魔術障壁に隙ができる。隙間から入ってきた波が船体を大きく揺らすが大事には至らない。船体が揺れたことで危機を悟ったシルフィアは魔術障壁を維持することに集中し、動揺は一時的に鳴りを潜めた。


 海嘯を抜けた先で見た水面は酷く澄んでいて、船乗り達でさえ別の湖に流されてしまったのではないかと見紛った。


「おぉ……これは!」


 舳先に歩み寄ったクラースが感嘆の声を漏らすと、魔術師の一人が「終わったのか?」と呟く。始めは疑問に思っていたことも二人、三人と戦いの終幕を感じ取っていき、やがて確信へと変わっていく。


「ステイン王子」


 部下達が勝ち鬨を今か今かと待っていることに感付いて声を掛ける。ステインは未だ警戒が解けていなかったが、湖は平和そのものでクライペン・スラングが襲って来る気配は無い。仕留められたか確認できていないが、クライペン・スラングと戦い全員が生還できることだけでも喜ばしいことに違いない。

 舳先でこちらに背を向けて胸元を抑えているシルフィアの様子を伺ってから勝ち鬨を挙げようと思い、声を掛けるべく歩み寄る。


「下がって!」


 魔気の流れが昇って来る気配を感じ取ったステインは軋む体に鞭を打ち、クラースとシルフィアを押し退けるようにして最前に立った。

 水面から昇ってきた魔気は鈍色に染まった四本の触手。触手の先端には小さな目玉が付いており、それぞれが船上を一瞥すると一斉にステインへ伸びて来る。ステインとて魔気の流れを感じておきながら何も準備していなかったわけではない。両手に溜めていた水の魔力を解放し三又の銛を出現させ、一薙ぎで触手を打ち払う。

 先端が切れた触手は再生することなくただの水となって水面に落ちて行った。


「今のは?」


 脅威が去ったことを確認して銛を消したステインが呟く。すると、湖の遠くの方、ステイン達がクライペン・スラングと戦っていた辺りを眺めていたクラースが焦燥の声を上げた。


「急いで船を動かすんじゃ!港に戻るぞ!」


 指示を出された船乗りが何事かとクラースが眺めていた視線を辿ると、いつの間にか鈍色になった水面が中央に向かって流れ始めており、湖の中央では巨大な口が開かれていた。


「なんで湖であんな巨大な渦が!?」


「知るか!さっさと逃げるぞ!」


「自然に回頭を待ってたんじゃ遅すぎる!魔術師達、風をくれ!」


 少し前まで戦いが終わったものだと信じていた船乗り達だが、普段から自然と戦ってきただけあって気持ちの切り替えは早い。帆の傾きを変え、魔術師が起こす風で船首回頭を待つ。

 じわじわと規模を拡大していく渦に船体が引かれ始める頃、回頭が完了して港に向かって進み始める。魔術師団総出で風を起こしているが、僅かに前進するのみで渦から中々逃れられない。


「ステイン王子、如何いたしますか?船を捨て、風の魔術で陸地まで逃れますか?」


 渦に干渉しない宙を飛んでいけば逃げられる可能性はある。しかし、ステインは頷きを返さない。現在地は円形の湖の中央付近であり、どの方角に向かっても陸地までの距離が遠く、クライペン・スラングとの戦いで魔術師団の消耗も大きい。今、帆に風を送っている魔術師が全員単独で陸地まで飛べたとしても、魔力切れを起こしている魔術師や風の適正が無い魔術師、それに船乗り達全員をステイン、シルフィア、マルリースの三人で運ばねばならない。加えて先程の触手、飛行中に妨害を受ける可能性もある。


「今の戦力で個々に分かれるのは危険だ」


 否定したのは良いものの、代替案がある訳ではない。聖剣の柄に手を掛けて鈍色になった水面に視線を落とすと、シルフィアが独り言のように言葉を発した。


「さっき波を受けている時に助けを求める声が聞こえたの。とても苦しくて、辛い声だった。目の前のことが辛くて、それから逃げること以外考えられないような……。それに、わたしたちを羨むような視線も」


 シルフィアの言葉を聞いたステインは腰のベルトから聖剣をゆっくりと抜いて掲げた。


「空魔魄霊獣に成りかけている可能性がある……なら、ここで倒すしかない」


「ステイン王子が戦われるのでしたら、私もお供します」


「気持ちは嬉しいけど、マリーは連れていけない。空魔魄霊獣に魔術はあまり効果的ではないからね……ごめん」


 ステインの言葉は柔らかな物言いであったが、マルリースにとって自分の魔術がステインの役に立てられないという事実だけで絶望感を覚えるのには十分だった。俯いてトンファーを強く握り、下唇を噛み締めた。慰めの言葉を掛けてあげたい気持ちはあるが、マルリースの性格上、慰めは逆に自責の念を駆り立てるものとなってしまうことは知っていたので、敢えて言葉は掛けない。


「倒すって、どうやって?クヨーラと戦った時みたいに、その剣に魔気を流すの?」


「うん。ただし、今回の相手は水中に潜っているから水の魔気が必要になる」


「水……わたしが契約を引き継いだのは風と土だけだから……」


 聖剣の力を解放するには膨大な、それこそ空魔精錬術で増幅させた魔気が必要になる。シルフィアの魔力は全属性の適正があるが、空魔精霊獣としての力はクヨーラから引き継いだ風と土属性のみである。水の空魔精霊獣でも通りかからない限り聖剣に必要な魔気が足りない。


「水の魔気があれば良いのですか?」


 顔を上げたマルリースの問いに、ステインとシルフィアは顔を見合わせて疑問を口にした。


「空魔精霊獣の力で増幅した魔気でないと駄目と言っていたかな?」


「言ってなかったと思うけど、他の魔気でも大丈夫とも言ってなかった気がする」


 膨大な魔気を圧縮する必要があることまでは分かっているのだが、クヨーラからは詳しい説明を受けていない。そもそも必要になる魔気が膨大過ぎるので、空魔精霊獣の力で増幅させる以外の手段がないから言わなかっただけかもしれないが。


「では、試してみましょう!私が足りない分の魔気を補います!」


 二人が見合っているところにマルリースが割って入る。確実な手段とは決して言えないが、マルリースは自分にやれることがあると知って、それを試さずにはいられない性分である。トンファーに水の魔気芯を四本追加して、いつでも魔気を放出できるよう準備した。

 


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