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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第86話

 一定の間隔で、しかし確実に迫る柱の脅威を背に感じながらステインは蛇行して滑る。そして、いよいよ柱が足元を捉えてきた瞬間、風の魔術を放って急速で直角にスライドし回避する。それだけでなく体を反転させて逆走を開始する。あのまま直進していればマルリース達も巻き込んでしまう可能性があった。それに、水中の敵が一ヶ所に留まっているにせよ、追って来ているにせよ、この後の作戦を考えればいたずらに動き回るわけにはいかない。

 先行部隊と後方支援部隊の計八名が等間隔で円状に並び、クライペン・スラングを引き上げる為の網を編んでいるのだ。術発動時にクライペン・スラングが範囲の隅にいては引き上げられずに水中へ逃げられてしまう。


 負った傷の回復を水中で待つものと思っていたので、最初は自分達も戦力を集めて備えるつもりであった。しかし、クライペン・スラングはそこまで大人しくはなかった。魔術による攻撃を行ってきたということは、己の身の安全よりも獲物を狩ることを優先してきたのだ。幸いにも網の範囲は魔術を躱し続けるならば不便が無い程度に広く、時間を稼ぐのはそこまで難しくない。むしろ魔術を使用することで居場所の探知も可能となり、この後の引き上げ作業の成功率が上がったと言えるだろう。


 迫り来る柱の回避にも慣れてきた頃、魔術による通信でクライペン・スラングの居場所が特定出来たと知らせが入った。水中へ潜った地点からさほど移動しておらず、ほぼ網の範囲の中心と言って良かった。

 報告を受けたステインが微かに安堵し、クライペン・スラングの直上を通り過ぎた時だった。水面が破裂し、吹き飛ばされた体が宙を舞う。回る景色の中で、視界に映ったのは晴れた空から降り掛かる豪雨。咄嗟に水魔術で防壁を張るが、視界も集中力も安定しない状態で張られた防壁は豪雨に耐え切れずに破壊される。しかし、僅かでも攻撃を凌いだことが

援護の到着を間に合わせた。ステインの目の前を箒星が通り過ぎ、豪雨の殆どを攫って行く。雨粒がいくつか体に当たったが、それよりも水面に叩き付けられた方が痛みは強かった。だが、動きを止める訳にはいかない。ステインは直ぐに立ち上がって滑走し始める。




 小さなステインの姿を見つめながら、マルリースはベルトに着けられたポケットから透明な細長い楕円形の容器を取り出し、トンファーの拳側の先端から装填する。容器の中には水色、もしくは薄緑色の気体が込められており、五本装填した所で魔術による通信を行う。


『各員、網の準備は完了した?』


『申し訳ありません!あと少し時間をください!敵が思ったよりも深く潜っており……』


『そう。なら私が新しい魔術を思いつくのと競争ね。敵の魔術を見て何か思いつきそうなの』


 部下の報告を全て聞く前にそう告げて一方的に通信を切る。通信先の部下は皆、顔を青くして網の完成を急いだ。というのも、マルリースは自己流の魔術を思いついた時は場所や状況などお構いなしに即発動するのだ。もちろんこれも学生時代から変わらずであり、ステインが決死の防壁魔術を張らなければ校舎は新築になっていただろうし、マルリースも今この場に立ててはいない。






 船上の舳先から戦闘を見守るシルフィアは妙な気配を感じていた。不安や嫌悪といったものではなく、只々不可思議な魔力の流れである。ステインに掛けている水魔術を通して感じている事から、彼に何かしらの異変が起きている可能性が高い。だが、それを知る術も伝える術も持っておらず、出来る事といえば精々両手を合わせて無事を祈るだけだった。


「本当に、これで良いのかのぉ」


 シルフィアの隣りで湖に視線を投げていたクラースが呟く。町に伝わる言い伝えを知る彼の心中には、どうしてもクライペン・スラングを倒すことに対する不安が残っていた。


「え?」


 聞き返したのはシルフィアだったが、不思議そうに首を捻ったのはクラースだった。


「おや?あっし、何か言いましたかな?」


「何か呟いてましたよ。うまく聞き取れませんでしたけど」


「それは失礼。歳を取ると口が緩んでしまっていかんなぁ。気にせんでくだされ」


 額を叩いて愛想良く笑うクラースに、シルフィアは軽く笑って見せるだけで深く追求することはしなかった。彼女とて自らの内に不安を抱えていたからだ。






 水中から発動される魔術は次第に苛烈になっていき、立ち上る柱は同時に三本となり、移動が大きく制限された。その上、定期的に水泡も出現してくるのでマルリースからの魔術援護も届き難くなっていた。水泡は体が触れるとやけに大きな破裂音を立てるが、衝撃は少しよろける程度の威力しか無いので無視して突っ切ることも出来なくはない。しかし、破裂音や水飛沫による妨害で回避が遅れては大事に至る。詰まる所、回避することが最善であった。


『術式の準備が整いました!』


『発動しろ!』


 待望の通信が届き、ステインは食い気味に指示を出す。水底に網目状の光が出現したと思うと、湖が大きく揺れて水面が大きくせり上がる。水のベールが滑り落ち、網目状に術式が描かれた円形の舞台が現れる。部隊は水面から人ひとり分程度宙に浮いており、舞台に上がっているのは体の半分を蜷局とぐろにし、残り半分を床に横たわらせたクライペン・スラングと、それの数十分の一の身長しかないステイン。


 逃げ遅れた訳ではなく予定通りの構図であった。水上での戦闘で負傷させれば水中に逃げることは安易に予想できた。魔術を使用して潜りながら戦闘することも出来なくはないが、魔力の消費量が増える上に水上ほど自由に動ける訳ではない。急速潜航し魔術を放って直ぐ浮上する、といった一撃離脱戦法も考えられたが、敵の有利な場所に突っ込むのは流石に危険が高すぎる。

 ならば敵を自分達の土俵に上げてしまえばよい、と安易に考えられたが、それはそれで問題があった。クライペン・スラングを引き上げられる強度と面積を持った魔術を発動するには時間が掛かること。クライペン・スラングが水中を移動し続けていたら魔術の発動が困難であること。加えて引き上げた後、水中に逃げられないように足止めが必要なこと。

 前の二つの問題は囮役を用意すればどうにか解決できそうであったが、三つ目が最大の問題であった。巨体を如何にして土俵の上に留めておくか。魔術で杭の様な物でも打てれば良いが、魔術の床と反発して崩壊する可能性が高い。物理的に縛るのは言うまでも無く不可能である。なればクライペン・スラングに土俵の上に留まる理由を与えれば良いと提案したのはステインだった。人間を標的としているならば目の前にそれを置けば良いのだと。

 言うのは簡単であるが、自殺行為に等しい役目を誰が担うか。名乗り上げることも推薦することも躊躇われる役目であったが、さも当然のようにステインは自らが担当すると言ったのだ。当然、マルリースを含めた魔術師団全員が意を唱えたが、ステインは断固として譲らなかった。その理由は……。


「こうして見ると、流石に恐怖を覚えるな……」


 右手を振って土属性魔術を発動すると、虚空から片刃の太刀が出現する。見た目状は鋼で打たれたそれに等しいが、重量は非常に軽く、魔術的防御が施されていない物ならば岩石であろうと鉄の鎧だろうと切り伏せる。加えて土属性固有の魔力の流れを絶つ力も備えており、近接武器としては間違いなく強力なのだが、クライペン・スラングの巨体と比べるとどうしても見劣りしてしまう。本能が「逃げろ」と叫んでいる事を自覚したが、ステインは不敵に笑って恐怖を払拭する。


「俺は俺なりにやってみるさ」


 左腕を振って火属性魔術を発動し、片刃片手剣を握る。業火の如く盛る炎は空間を歪ませ、周囲の大気すらも刀身に変えてしまいそうである。

 二振りの刀を手にし、視線はクライペン・スラングの虚空となった瞳に向けられていたが、ステインの眼には瞳を奪った者の背中が映っていた。クライペン・スラングを舞台の上に留める役目を買って出たのは他人を危険に晒したくないという気持ちもあったが、兄の功績に自分も近付きたいという欲でもあった。


『これより交戦する。援護を頼むぞ!』


 魔術の刃を握り締め、対象へ肉薄すると、クライペン・スラングも合わせた様に体を持ち上げ、折れた牙を見せながら咆哮した。




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