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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第84話

 船を降りた魔術師はステインとマルリースを含めて僅か十五人。相手は人間の十五倍以上もの体躯を持ち、それ相応の魔力や生命力を保有しているが、横四列に並んで水上を滑り行く魔術師達の表情に憂いは無く、瞳の中には力強い光りが宿っていた。先頭三人、二列目五人、三列目二人、後尾五人

 水上の移動は想像よりも早く、歩くように一歩踏み込むだけで陸地を駆ける速度で数十倍もの距離を進んで行く。足底に力を込める事で減速は可能だが、急停止や急転換するには水の魔術を操る必要がある。

 

 船上に残る者達の表情が見えなくなる頃、ステインは風の魔術で先頭を行く三人に加速を命じた。そろそろクライペン・スラングと会敵する頃合いだが、行儀良く全員で挨拶する必要はない。個体としての力が比べるまでも無く劣っている側としては、先に有効打を与え、敵の戦闘力を削っておきたい。先行させた囮に反応して姿を見せた所に魔術を放つべく、十の魔術師は足底に力を込め自らの内の魔力へと意識を集中させた。

 残りの二人、三列目を行くマルリースとステインは速度こそ前後と併せるものの、未だ魔術を発動させる気配は無かった。ステインがマルリースに声を掛けた為である。


「マルリース、クライペン・スラングを倒す為には君の魔術が要となる。戦場は学校と違い、形式に囚われぬ君の魔術が真価を発揮される。加えて水上ならば建造物などの邪魔立てもない。存分に魔術を揮い、戦果を上げてくれることを期待している」


 普段と違って無機質な物言いであったが、マルリースにとって気にする事ではない。自分より上と認めた魔術師から期待されている。その事実だけが彼女の気持ちを昂らせ、ほのかに頬が紅潮する。


「はい!必ずや、ご期待に応えてみせます!」


 顔の熱を感じ取ったマルリースは俯くように頷いてから、鋭く顔を上げ直す。その表情に浮かれは一切なく、ただ敵を葬る事だけを目指した藍紫色の瞳は戦場に良く映えていた。右手に握られたトンファーも調子が良さそうに太陽の光りを反射しており、ステインは作戦の要が万全の状態であることに満足した。その直後、先行していた魔術師から魔術の通信が届く。


『直下より巨大な影が接近!クライペン・スラング、来ます!』


 通信が来ていくらもしない内に水の柱が立ち上る。先行していた三つの人影は柱に飲み込まれる寸での所で回避したようだが、柱から滑り落ちる滝によって生じた波に攫われてしまう。三人の安否が気になるところだが、彼らとて訓練を積み、隊長であるマルリースの推薦を受けて先行部隊になったのだ。一時的に戦場から離脱する形になるが、自力で建て直して戦線に戻ってくることを信じる。

 

 荒れた波はステイン達の足元をも揺らすが、その程度で集中を切らしていては自然の気を操る魔術師失格だ。皆、攻撃の合図を今か今かと待っている。


「思いの外遠いな……。総員、急速前進!」


 魔術の効果範囲は使用する魔術や個人の力量で差が出るが、それでも互いの距離は開きすぎていた。魔術を届かせるだけならば可能だが、威力の低下は必至だ。

 ステインの号令に一団は一斉に加速。有効射程に入ったところで水のベールが落ち、柱が姿を現す。蒼い体表は水の上でも独自の輝きを持っており、体躯の割りに細かい鱗が生物の証を示す様に不規則に動いている。見上げた先には盾と剣を合わせた様な鰓と、槍よりも鋭い牙、鞭よりもしなやかな舌、そして異常事態の象徴であるかの如く濁った隻眼があった。


「ジュルァァァァアアッ」


 眼下で睨み付けて来る陸の者に対し、クライペン・スラングは怒りの咆哮を上げた。それはもはや一種の衝撃波といって差し支えない。

 大気を、波を轟かせる衝撃が、矮小なる人間に無害な筈がない。生きる為に開けられた頭部の穴から衝撃波は体内へ侵入し、生命の活動を停止させる。が、それは迫り来る脅威を甘受した場合である。戦いに赴いた者に、その選択はない。ステインの放った風魔術が咆哮を四散させ、攻撃部隊を守る。風属性の微妙な調整は苦手だが“とにかく防げれば良い”といった大雑把な感じであれば魔力量さえ足りれば良いので問題は無い。


 四散した衝撃波で水面は更に荒れるが、眼前の敵に比べれば些末な事である。それよりも荒れた波の音でも掻き消えぬ、澄んだ声が響いている方が重要だった。

 声の主はステインの隣りに立つ者、マルリースのものだった。普段よりも高めの声で紡がれる詠唱は、本来無くとも問題ないものであったが、彼女は学生の頃から頑なに無詠唱での魔術を使用しなかった。詠唱は魔術に不慣れな者が行うもの、という基準の魔術学校では成績の減点対象であり、彼女が主席で卒業できなかった理由の一つである。


緑風りょくふうよ我らに仇なす者を穿ち道を示さん……」


 マルリースの詠唱を聞いたステインは腕を振り被り、肺に目一杯の息を吸い込む。


「魔術解放!放て!」


「貫き進め!シリウス・ウィンド!」


 二人が声を張り上げるのは同時であり、ステインは振り被った右腕をクライペン・スラングへ向け、マルリースはトンファーの持ち手の先端に付いたスイッチを押した。トンファーからは炸裂音が鳴り、肘側の先端からは薄緑の粒子が溢れてマルリースの体を一瞬だけ覆ったが、粒子は瞬時に魔術へと返還され、マルリースの頭上前方からは自身よりも大きい直径の光線が放たれた。



 魔力と魔気を集束させて放つのは攻撃魔術の基礎となる攻撃手段であるが、魔術師の力量次第でいくらでも強化できる汎用性の高い魔術である。ちなみにマルリースが高らかに言い放った「シリウス・ウィンド」というのは正式名称ではなく、マルリースが古代の文献に記されていた単語から勝手に命名したものである。この名付け癖も学生の頃からであるが、元々術名など定められていなかった為「技のイメージを強くするのに必要な台詞」と判断されて減点にはならなかった。

 問題があるとしたら詠唱の方で、光線を放つ魔術の詠唱は本来「緑風りょくふうよ我らに道を示さん」だけである。ところがマルリースは勝手に追加、改造した詠唱を編み出して使用している。それによって魔術が暴走したのならば、厳罰処置となっていただろうが魔術は強化されることはあっても暴走することはなかった。とはいえ、長きに渡って伝えられてきた詠唱を勝手に変えられてしまっては魔術の威厳に関わるということで減点対象とされた事の一つである。無論、その程度でマルリースがオリジナルの詠唱を考えることを止めはしなかったのだが。


 マルリースが持つトンファーは通常の打突武器としてでなく、魔気を詰めたカートリッジを内蔵し、魔術の補強も可能になっている。持ち手となる部分に付けられたスイッチを押すことでカートリッジを炸裂させ、魔術に使用する魔気を瞬時に増幅させることが可能である。


 

 ステインの号令を受けた魔術師達も自分らが最も得意とする属性の光線魔術を放つ。赤、青、緑、黄の色とりどりの光線は湖を賑やかに彩ったが、芸術鑑賞をする余裕は残念ながら無い。


 伸びた十一の光線はクライペン・スラングの頭部に集中して命中したが、水上に伸びる巨体は倒れるどころか全く動じていない。

 やがて光線が途切れ、標的の姿が露わになると、なんと頭部を守るように五つの水泡が展開されていた。自然界で身に着けた魔術だろう。そしてクライペン・スラングが短い咆哮を上げて頭を前方に振ると、水泡は不規則で緩慢な動きであるが、ステイン達目掛けて飛来する。


「散開!前衛は三、二に分かれて俺とマルリースに続け!後衛は予定より大きく対象から距離を取って周回し支援をしつつ、可能であれば先行部隊の索敵も行え!」

 

 水泡が着弾するまで十分な時間はあったが、油断はできない。指示を捲し立てたら即行動。ステインは三人の攻撃要員を連れてクライペン・スラングの周囲を左に回るように動き出した。後衛の五人は後退してから等間隔に広がり、クライペン・スラングの動きに注意しながら魔術で先行部隊の捜索を始めた。


「隊長、自分達も動きましょう」


 魔術発動の際に減速し、今は陸地の歩きよりも遅い速度で進行していた。駆け出したステインの背中を見送った魔術師の一人がマルリースを急かすが、彼女は涼しい顔で答える。


「下手な移動は不要よ。それよりも、あなた達アレを撃ち落とす準備をして」


 簡単に言ってくれる、と部下は互いの顔を見合わせた。たった今、自分達の魔術を防ぎ切った水泡を撃ち落とせと言われたのだから当然かもしれない。だが、自分達の隊長は息を吸うように指示を出して来た。既に彼らの行動は決定している。


「全部を撃ち落とせとは言われてない。こっち当たりそうな奴だけ狙うぞ!」


「力比べしろって訳じゃあないんだ。適当に擦って軌道を変えて湖に落としゃあ消えんだろ!」


 揺れ動いて接近する水泡を睨み付け、魔力を集中させる。勇敢な部下の背中に特に何かを告げる事無く、マルリースはクライペン・スラングの隻眼を見つめていたが、やがて目蓋を閉じて詠唱を始めた。



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