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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第82話

 港にほど近く、湖を臨める宿屋にステイン一行は宿泊する事にした。白い石造りの三階建ての宿屋は清潔感と整然さを以って旅客を迎え入れてくれる。温かさと安穏とした雰囲気のあったミッセン村の宿屋とは違った安心感を与えてくれた。

 いつも通り男女で部屋を分けて取った後でステイン側の部屋に集合する。


「今後の予定だけど、魔術師団の準備が整うまでは自由行動にしよう」


「強敵相手に随分と余裕だな。武器とか爆弾の調達はしなくていいのか?」


「水上で、しかも巨大なモンスターを相手にするとなると、魔術が主な戦力になる。人の手で持てる武器では大した攻撃は与えられないし、遮蔽物のない場所では確実に攻撃を避けるために出来るだけ身軽にしていたい」


 意外。と言いたげなテレシアに説明を終えると、シルフィアが発言の許可を求めて手を挙げた。ステインは「どうぞ」と言って話題を切り替える。


「湖の真ん中にしか現れない相手のところまで、どうやって移動するの?船じゃ着いた頃には壊されそうだけど」


 質問に対しステインは満足気に頷く。今の問いの答えこそ、ステインが一番伝えたいことだったからだ。


「クライペン・スラングが現れるのは湖の中央だから、ある程度までは船で進み、その後は戦闘員だけ船を降りて滑って行く」


「滑る?」


 小首を傾げて疑問符を浮かべるシルフィアへ補足する。


「水の魔術による移動だよ。足に施すと地上と同じように動けるのだけど、魔術の調整で滑って速く移動出来たり急停止出来たりする」


「あー、なるほど」


 魔術を使う者ならば大抵は想像できることなのだが、シルフィアにとって魔術は“生活を便利にする物”ぐらいの認識で漠然と使ってきた。そのため、魔術で水上を歩けることは知っていたが、魔術を調整することで移動方法に影響を与えられることまでには考えが至っていなかった。


「でもさ、魔術で動きながら魔術で戦うって負担が凄いんじゃないの?」


「テレシアの言う通り。そこでシルフィアにお願いがある。移動に必要な魔力を負担してほしい」


 穏やかな口調にこそ強制力は宿っていなかったが、シルフィアに向けられた真っ直ぐな瞳の内には、相手が素直に承諾の意を示したくなるほど真摯な意志が籠められていた。


「うん。任せて」


 両手をぎゅっと握り自らの意欲を見せると、ステインは微笑んで「ありがとう」と告げた。


「当然、魔術師団の協力もあるけど、できるだけ負担を掛けないよう短期で決着をつけるよ」


「ううん。わたしの事は気にしないで、無理して怪我しちゃう方が大変だから」


「ご主人様ー、あたしはー?」


 シルフィアが支援し、ステインが戦うのだが、魔術が使えないテレシアは残念ながら今回の戦闘ではどちらにも加勢できない。自身の不甲斐なさに少しだけ不貞腐れつつも、構ってほしくて手を振った。


「テレシアは港で町の防衛をお願い」


「聞こえ良く言ってくれてるけど、それって留守番だろ?」


「違うよ。クライペン・スラングが空魔魄霊獣の影響を受けて凶暴化しているのなら、水辺のモンスターにだって影響はあるはず。僕らの戦闘で刺激を受けて、町を襲う可能性は低くないと思う」


 頬を膨らませているテレシアに向け、「それと」と付け加えて一気に説明する。


「平原側から防壁を抜けてくるモンスターもいるかもしれない。受け身になることと、町への被害を考慮して戦う必要がある事を踏まえると、討伐より防衛側の方が負担は大きい。だけど、テレシアが町を守ってくれているなら、僕は安心してクライペン・スラングとの戦闘に集中できる」


「し、仕方ないな。そこまで言うなら大人しく引き受けてやるよ!」


 思ってもみなかった重要な役割に面食らったテレシアは、動揺を隠すべく威張る様に腕を組んで胸を張った。


「戦い慣れしている自警ギルドの人達もいるから、一人で張り切りすぎないでね」


「分かってるよ。無理しなくて済むなら、あたしだって好き好んで危険な所には飛び込まない」


「それなら良かった」


 クライペン・スラング討伐戦時の各々の配置と役割を認識したところで解散する。女子二人が去った後の部屋で、一頻り静寂に身を委ねてから、壁に立て掛けておいた聖剣を腰のベルトに着けて部屋を出る。目の前の脅威に対抗するのは勿論のこと、今後必要になる情報を集めることも同じく重要であった。

 

 宿を出たステインは空を見上げる。やや傾いているものの、太陽の日差しは照り付けているので日没にはまだ十分な猶予がある。

 町の北側、工業ギルドの工房が密集している区域を目指して歩きつつ、クライペン・スラングに対してどう立ち回るか思案する。魔術によって移動は問題ないが、水上では特有の波が発生するし、敵は水中にも潜る。限られた攻撃の機会の中で巨体に有効打を与える必要があるも、ステインはそこまで不安ではなかった。マルリースの物怖じせぬ精神力と高い魔術精度ならば攻撃面は心配はいらない。

 問題となるのは寧ろ防御面だ。巨躯による攻撃をまともに喰らえば致命傷となることは明白である。以前遭遇した際、船乗り達を守り切っていること踏まえると、きちんと魔術で防壁を張れば問題はなさそうだが、慣れていない水上の戦闘ではどうしても体勢が崩れやすい。力押しで来られると不利なので受け流すことを念頭に置くが、素で攻撃範囲が広いのでそれも難しい。受け止めるのも駄目、受け流すのも駄目だとしたら……。


 ステインが一つの答えに辿り着くより数瞬早く、鉄の焼ける臭いが鼻孔を刺激した。考え込んでいる内に工業ギルドの区域へ着いたようだ。これまでの思考を一旦頭の片隅へと追いやり、目的の工房を探す事にする。魔力を絶つ力を持つ剣を打った鍛冶師の名前を手掛かりに歩いて行く。


 間を開けて、もしくは連続的に鳴り響く機具の動作音に鼓膜を刺激されながら奥へ奥へと進んで行く。途中、何人かの職人に工房の場所を聞いて漸く判明した目的地は、必要な物なのか不必要な物か分からないガラクタが散乱した狭い路地を進んだ先にあった。道のりは狭かったが、工房の敷地は開けており、入り口にはくたびれた鉄に『コニング鍛冶屋』と傷の様に書かれた看板が立て掛けてあった。

 ルドルフ・コニング。武具を専門的に扱っており、工業ギルドの中でも取り分けて優秀な職人であるが、不愛想で他人との交流を避ける節がある。同じギルドの面々からは「技術を得る代わりに愛想を失ってしまった」と溜め息混じりに言われている。

 鉄を打っている時に尋ねても相手にされないと注意されたが、工房からは物音が聞こえない。今ならば話しを聞いてもらえると思い、ステインはドアを開ける。


「すみません。一つお願いしたいことがあるのですが……」


 室内は製作途中なのか失敗作なのか分からない武具が四散し、床や壁は煤まみれでお世辞にも綺麗とは言えなかった。客と対応する為に設けられたはずのカウンターの上には、工具が絶妙なバランス感覚で積まれている。

 ステインは入口で大人しく待っていたが、返答どころか人の気配すらない。


「コニングさん、いらっしゃいませんか?」


 留守だと思いつつも念のためもう一度声を掛け、少し経ってから退室しようと背を向けた時だった。


「待ちな」


 億劫そうな低い声が工具山の向こうからステインの背中を叩く。呼び止められたことでステインは体を室内に向け直し、声の主が現れるのを待つ。

 足音の代わりに細かい物が落ちる音を立てながら、屈強な男がカウンターを迂回して姿を見せた。逆立った青の短髪を無造作に掻きながら、手に持っていた細いレンズの眼鏡を掛ける。彫りの深い顔立ちと無精髭が威圧的な印象を若干強めているが、外見で態度を変えるステインではない。いつも通り愛想良く対応をしようとするが、先にルドルフがステインの腰を指した。


「その剣を見せろ。用件を聞くのはそれからだ」


 聖剣を見てもらうのが用件なのだが、余計なことは言わない方が良い段階である。ステインは素直にベルトから聖剣を外して差し出した。


「…………」


 無言で受け取り、柄から鎖の繋ぎ目まで隅々を凝視した。鬼気迫る表情は、小動物が目を合わせたら気絶してしまいそうなほどである。真剣勝負の最中と錯覚しそうな緊迫感を肌で感じながら、ステインはルドルフが動くのを待ち、やがてその時が訪れる。ルドルフはカウンターの隅の空いたスペースに聖剣を置いたと思うと、近くにあった金槌で思い切り叩いた。激しい金属音が飛び散るが、聖剣には傷一つ付いていないのを確認したルドルフは金槌を置いて聖剣を差し出して来た。


「もう、よろしいのですか?」


「ああ」


 聖剣を受け取り、腰のベルトに着け直して顔を上げると、機嫌の悪そうな視線とぶつかった。何か質問があるのかと思い、待ってみるとルドルフは面倒臭そうに顔を顰めた。


「用件は何だ?」


 そういえば、とステインは気付く。緊迫した時間の影響で記憶が一時的に消えてしまったが、聖剣を見せれば用件を聞いてくれるのだった。


「実はこの剣についてお聞きしたく参りました」


「そいつはオレの方が聞きたいぐらいだ。少なくともオレはそれが剣であると認識すらできていない」


 言葉の意味が分からず黙っていると、ルドルフは更に続けた。


「そのまんまの見た目では、恐らく剣の形をしていると予測できる。だが、中身が諸刃であるか、オレは確認できていない。金槌で叩いたオレの主観では、鞘の中身はすっからかんだ」


「中身が無い?」


 柄と唾が両刃剣用の鞘から出ていれば、誰しも剣であると認識するだろう。だが、ルドルフの認識は違った。それも、ただ刀身が確認できないから剣ではない、といった屁理屈じみたものではなく、鞘の中身がそもそも無いといった理由である。


「重量や持った感覚は似せてあるが、叩いても中に振動が伝わらん。伝わらんというより、吸われていると言った方が正しい……いや、その物体については何一つ正しいとは言えねぇ。なにせ、そいつが金属で作られたかすら怪しい」


 最初はステインに向けて言葉を発していたが、やがて独り言のように呟きながら無精髭を撫でる。


「剣でもなく、金属でもない……」


「断定すんな。……チッ、オレの工房に余計なもん持ち込みやがって」


「申し訳ありません。ですが、今まで気付かなかったことに気付けました。ありがとうございます」


「専門外の奴の言葉を信用すんな。用が済んだんならとっとと出て行け」


 感謝の言葉に対しそっぽを向かれてしまうが、ステインは微塵も気を悪くはしない。テレシアがいたらとっくに言い合い、掴み合いになっていただろうが、今はその心配も無い。立ち去ろうとドアに手を掛けたところで、もう一つ聞きたい事があったことを思い出す。


「コニングさんは魔力を絶つ剣を打ったそうですが、他にも特殊な武具といった物は作られているのですか?」


「他人の仕事に興味本位で首を突っ込むんじゃねぇ」


 これまでより低い声音は明らかな拒絶を孕んでおり、ステインにこれ以上の発言を許さなかった。謝罪の言葉を残し、コニング鍛冶屋を後にした。




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