第81話
自警ギルドに話しを聞くという回り道はあったが、一行は再び港へと赴いた。港は相変わらず活気が損なわれていると思った矢先、男性の荒げた声が飛び込んで来た。
「一体いつになったら船を出せるようになるんだよ!あんたら毎日、毎日湖を眺めてるだけで、何か手は無いのかよ!」
騒ぎの元へ駆け付けると、王国魔術師団と船乗りが数名ずつ対峙しており、声を荒げているのは船乗り側の中央に立っている青年だった。
「何があった?」
マルリースが率先して集団の中に入ると、双方から一度に言い分を聞かされた。
「一緒に喋るな。先ずはそちらの言い分を聞こう」
不快感を隠す事なく部下を叱りつけてから、船乗り達の方へと向き直る。
「こっちは船が出せなくて気が立ってるのに、見張りをしてる連中がでかい声で笑い話しをしてるんだ。そんな余裕があるならさっさとあのモンスターを退治しに行ってくれよ!」
明るい青の髪を伸ばした青年は眉根を寄せたままマルリースに言い寄るが、彼女の返答が出る前に老いた男の声が割って入った。
「ニコラス、八つ当たりは止しなさい。人は自然の前では無力に等しい。時には自然の成り行きに身を任せて待つ時もある、と何度も言っておろう」
声の主は片手に年季の入った釣竿を持ち、片手には水と魚が入ったバケツを持った禿頭の老人だった。
「長老……」
老人を目にした途端、青年を始めとした船乗り達の表情から苛立ちは消え去る。今現れた、長老と呼ばれた老人の名をステイン達は既に知っていた。クラース・アッケルマン。町に到着した時に出会った船乗りの話しでは、湖の機嫌が分かるらしい。
「喧嘩を吹っ掛ける暇があるなら釣りでもせぇ。今日も港の近くなら、湖は穏やかに自然の恵みを与えてくれるぞ」
長老の落ち着いた言葉に絆される船乗り達だったが、ニコラスと呼ばれた青年は一歩踏み出して意見を述べる。
「釣りは良いけど、俺達は船乗りなんだ。船が出せないのは人生を無駄にしてるようなもんなんだ」
「お前さんが船に乗る事を誇りに思っているのは感心する。だからこそ理解するべきじゃろう、自然の産物が猛威を振るっている今は待つ時だと」
落ち着きを乱す事なく告げるクラースに、ニコラスの中の不満は抑え込まれる。一時の静けさが周囲を包むが、バケツの中で跳ねた魚によって地面に水飛沫が撒かれると、それを合図にした様に船乗り達は解散していった。
「いやいや、お騒がせしてすみません。体力を持て余してるせいか、血の気が多くなっているようで、勘弁してやってください」
人当りの良い笑顔を見せながらマルリースに頭を下げる。
「いえ、不出来な部下が原因ですのでお気になさらず」
クラースに返答してから横目で部下達を睨み付けた。部下達は背筋を伸ばして立っているので、どうやらニコラスの言葉通り、見張り中に談笑をしていたようだ。
「失礼ですが、あなたがクラースさんですか?」
ステインが間に入ると、クラースは慌てて上げたばかりの頭を下げた。
「王子様の前でとんだ騒ぎを失礼しました」
「あの方達の不安も当然です。それより、クラースさんに伺いたいことがあるのですが、少し時間を貰えませんか?」
「はい。時間だけはいくらでもありますんで、なんなりと」
クラースはバケツと釣竿を置いてステインの質問を待った。
「ここは日差しが強いですので、日陰に移動しましょうか。テレシア」
名前を呼ばれただけであったが、テレシアは主人の言わんとした事を理解していた。軽い返事をしてクラースの釣竿とバケツを持ち上げる。
「おっとと、お嬢さんに持ってもらう程のもんじゃないよ」
「いいって、いいって。アタシが持ってくから、じいちゃんはそのまま歩いてきなよ」
「そうかい、悪いね」
一行はマルリースの案内があって、湖の見張り様に建てられた簡易的な休憩場所に腰を下ろした。
「早速ですが、クラースさんは湖の機嫌が分かると聞きまして、今の湖はどのような様子でしょうか?」
ステインの質問に対し、クラースは照れ隠しの為に自らの禿頭をペシペシと平手で叩いた。
「若者達に自慢してたのが王子様の耳に入ってしまうとは恥ずかしい。単なるジジイの勘ですので、大層なもんじゃありませんよ」
「自然と、湖と共に生きてきた方の勘ほど信用できる予測はありません。先程も、港の近くならば湖は穏やかだと仰っていました」
謙遜するクラースだが、ステインの押しに負けて口をモゴモゴとさせてから答えることにした。
「クライペン・スラングが水上に姿を見せたあの日から、湖が内側と外側で全く様子が違うんです。外側は見た通り穏やかなんですが、内側は何て言うか、複雑にこんがらがって……あっしもこんな湖は初めてなんで上手く言葉にできませんな」
「やはり湖の中央にはクライペン・スラングが居座っていて、その影響が湖の様子に影響を与えているのでしょうか?」
「それは間違いありません。ですが、あやつを倒すのも何となく不吉な感じがするんです」
クライペン・スラングを倒すには湖の中央に行かねばならない。そのことを確認できれば良かったのだが、クラースが気になる物良いをするので思わず質問を重ねる。
「不吉な感じですか?」
「ええ、これこそ年寄りの戯言なんですが、メエル湖には守り神なる水神様が住んでいると伝えられてきておりまして、今回現れたクライペン・スラングがそうなんではないかと……」
湖を守ってきた存在を倒してしまえば状況が悪化する可能性はある。しかし、現れたのは神などではなくモンスターである。突然変異で巨大化したスラングであり、クライペン・スラングはメエル湖だけでなく大きな湖や川ならば各地に生息している。万が一、今回現れたのがクライペン・スラングではなく未知の生物であった可能性もあるが、その可能性はマルリースから隻眼だったという証言があった時点で消失している。
「クライペン・スラングを倒さぬ限り、湖全体に平穏は訪れません。言い伝えも気掛かりでしょうが、僕達は討伐を目指します」
仮定を広げ、クライペン・スラングが本当にメエル湖の守り神だったとしよう。今まで湖の平穏を守ってきたとしても、平穏を破ったのはクライペン・スラングで間違いない。そして、今は空魔魄霊獣の復活が近付いてきている影響で、各地のモンスターが異常行動を起こしている。守り神と伝えられていようとも、モンスターであるからには空魔魄霊獣の影響を受けないとは言い切れない。
「ええ、ええ。王子様の仰る通りです。どうか、この町の為にあのモンスターを倒してください」
座りながら自分の膝に両手を着いて頭を下げるクラースに、早急な対処を約束する。それから時間を取って話しに付き合ってくれたことへ礼を述べた。自宅まで送ることも提案したが、まだ出歩く用事があるとのことで、クラースと一行はその場で別れた。
「ステイン王子、この後はどうされますか?」
命令ならば今すぐにでもクライペン・スラング討伐に動き出しそうな雰囲気でマルリースが尋ねると、ステインは気の抜けた様子で「う~ん」と思考した。
「今日は解散で良いかな。ミッセン村からの移動で疲れもあるし、宿を探したい」
「宿ならば私がご用意します」
マルリースの申し出にステインは首を横に振った。
「気持ちは嬉しいけど、自分達で探すよ。代わりにマリーには船を一隻用意するのと、湖側から町を守る手筈を整えてもらえるかな。できれば明日までに」
「はっ!承知しました!それでは早速準備に取り掛かりますので失礼します」
ステインから頼まれたことが嬉しいのか、マルリースは機敏な動きで敬礼すると駆け足で見張り中の隊員達の元へと向かって行った。
「マリーは元気だなぁ」
去って行く背中に向けて手を振りながらテレシアが呟き、シルフィアが同意を返した。
「さて、僕達も行こうか」
角を曲がってマルリースの背中が見えなくなると、ステインは立ち上がって二人に呼び掛けた。




