第80話
会計を済ませて飲食店を出た一行は、ステインが「湖の様子を確認したい」という希望に従って港に戻ることにした。
「門の方が賑やかだね」
港とは反対方向へ顔を向けながらステインが呟く。人々の喝采のような声が門から通りへと近付いて来る。
「自警ギルドの連中が獲物を仕留めたのでしょう。この町ではあまり珍しいことではありませんので、構わず港へ向かってもよろしいかと」
グロート町には王国魔術師団が配属されており町の治安を維持しているが、それとは別にギルドといった、町民による町民の為の組合が存在している。ギルドの中でも自警、商業、工業、船人などさまざまな所属に分かれている。
ギルドは王国魔術師団が町に来るより先に存在していた組織であるが、組織力としては当然王国魔術師団より劣る。しかしながら、昔から町を支えてきた組織が新参者達の影に隠れることはなかった。王国魔術師団はギルドの行いを規制せず、対等な立場で町の治安維持に努めていたからだ。
町を作るのは国ではなく、その土地に住む人々である。という建前はあるものの、実際は隊長であるマルリースが、魔術絡み以外のことに関しては無関心なだけである。ギルドを取り込もうとも取り入ろうともしないマルリースの方針は、ギルド側としては国から運営の自由を与えられたような物であり、まったくの偶然ではあるが最良の判断となっていた。
自警ギルドが自分達の戦果を町民に見せ付ける。何の獲物を仕留めたのか気にはなるが、それよりも強大な敵に備える必要がある。ステインは港に向かって歩を進めたが、一歩踏み出したところで止まる。
「マリー、町周辺でモンスターが出現する頻度はどれくらい?増えてきていたり、一度に現れる数が増えてたりしない?」
「週に一、二回ほどでしたが、最近では三回現れることも少なくありません。数はその時々で増減しているので、どちらとも言えません」
町は堅牢な壁に囲まれているので平原側からモンスターが侵入することは滅多にないが、街道付近に居座られると流通の妨げになる。そういった際には今回のように自警ギルドが討伐に出たり、王国魔術師団が出動したりする。
モンスターの出現率が増加傾向にある。クライペン・スラングの脅威に隠れていたが、空魔魄霊獣の影響を受けて人里を襲いに来ているのかもしれない。ツェルフォンヅならば壁が侵入を阻止してくれるだろうが、地中を移動するズィンベルや飛行するオニアーの襲撃を受けた場合、町中に侵入を許してしまう可能性が高い。
ステインはそこまで考えてから、自らの思考を振り払った。例えツェルフォンヅが地を駆けることしかできないモンスターだとしても、空魔魄霊獣の影響を受けたらどんな特殊能力を持つか分からない。ゲレゲン村では知能を持ったかの如く統率された動きを見せ、死骸が集って空魔魄霊獣もどきとなった。
「自警ギルドの話しも聞きたいな」
踵を返して告げると、マルリースは素直に従ってステイン達を先導して歩き出した。
「案内してくれるのは嬉しいけど、魔術師団の所に戻らなくて大丈夫なの?」
「はい。私がいなくとも個々の判断で動けるよう教育しました」
「教育っていうか、マリーが魔術以外の事に無頓着なもんだから、各自の判断で動くようになっただけだったりして」
テレシアに聞こえる陰口を言われるが、マルリースは動じることなく返す。
「私の隊長としての姿は、誰よりも前に立ち、進み続けることで部下に道を示すことだと思っています。外道に堕ちるなら話しは別ですが、道の歩き方まで教えていては隊長ではなく保護者になってしまいます」
「格好良いですね」
つまらなさそうに口を尖らせているテレシアに代わってシルフィアが率直な感想を告げると、マルリースは足を止めて振り返った。
「あなたほどの魔力を持つ方に褒められると、照れてしまいます」
視線は真っ直ぐシルフィアに向けられているが、頬が少し紅潮して緩んでいた。マルリースの正直な姿を見たシルフィアは悪戯心を芽生えさせる。
「その表情は可愛くて素敵ですよ」
距離を詰めて更に褒めると、マルリースはどう対応して良いのか分からず困ってしまい、眉根を下げた。
「へへっ、狙い通り」
マルリースの困り顔を見た途端、テレシアは尖らせていた口を引っ込めて意地悪く笑う。
「マリーを困らせてどうするの?」
勿論、深い意味は無い。強いて言うならば、普段冷静な人物が感情を表に出している所を見て楽しみたい、といったところか。
テレシアはステインの問いには答えず、褒めちぎられているマルリースの肩を叩いた。
「ほら、ご主人様が暇そうにしてるぞ。早く案内してくれよ」
「あ……失礼しました。ステイン王子、こちらです」
即座に表情を引き締め直して門へ向かって再び歩き出す。シルフィアはマルリースの横に並んで歩き、楽しそうに言葉を交わしていた。
通りを歩いていると、やがて正面から大きな荷車を引いた一団が見えて来る。自警ギルドの者であることを視認するとマルリースは歩調を早めて声を掛けた。
「君達、止まりたまえ」
「おや?魔術師団の隊長殿が何用ですかい?」
幅を利かせて先頭を歩いていた巨躯の男が親しげに聞くが、マルリースは微塵も表情を変えず淡々と告げる。
「ステイン王子が話しがあるそうだ。失礼の無いよう答えるように」
ステインの名前が出て来て一団の間に微かなどよめきが起きる。
「自警ギルドの皆さん、討伐ご苦労様。最近出没するモンスターについて聞きたいのですが、時間は大丈夫ですか?」
「へい。一仕事終わった後なんで、大丈夫ですが」
代表として話す男の横から鋭い視線が突き刺さるが、その視線に気付いたのは当人ではなくステインだった。
「楽に話してくれて構わないのですが、最近のモンスターと対峙した時に違和感を感じたことはありませんか?例えば、連携の取れた動きをしてきたり、黒い霧を纏っていたり」
問い掛けに男は片手を顎に当てて考えた後に、後ろにいる団員達に違和感がなかったか尋ねた。しかし、これといっておかしな事はないのか、両手を挙げたり首を横に振ったりするだけである。
「あの!」
代表の男がステインに向き直った時だった。団員達の後方で若い男の声が上がる。声の主は体格の良い団員達を迂回してステインの前に出た。
身長はステインより幾らか小さく、細身であるが、腰に携えた片手剣や局部を守るように身に着けた鉄の鎧から、この若者も自警ギルドの一員なのだろう。
「役に立つかは分かりませんが、近頃、モンスターの魔力が減ってきている気がします」
「魔力が減っている?」
「はい。実際に測っているわけではないので確かなことではありませんが、自分の持つ剣は魔力を絶つ力がありまして、感覚的な物ですが、最近はモンスターを斬る感覚が軽いです。それと、魔力の少ないモンスターの方が大型になっている傾向もあります」
若者の言葉には三つ気になる内容が含まれていた。一つ目はモンスターの魔力が減少していること。二つ目は魔力が少ない方が大型になっていること。そして三つめは……
「差し支えなければ君の剣を見せてもらえませんか?」
魔力を絶つ能力を持つ剣である。そのような特殊な能力を持つ剣を、一介の自警ギルドの若者が何故持っているのか。
ステインが手を出すと、若者は少し慌てた様子で腰に携えていた剣を鞘ごと渡した。礼を言って受け取り、刀身を抜く。片手剣の中でも短めの刀身は片刃であり、刃と峰の部分が分かれている不思議な形をしていた。しかし、見た目ほど特殊な力は感じられず、持ち主の言葉を疑う訳ではないが本当に魔力を絶てるのか疑問に思えた。
ステインは小さな火の玉を出して、それを剣で突いてみる。すると火の玉はたちまち形を維持できなくなり消失した。通常、魔術は単純な物理攻撃で効力が消えることはない。突いたり斬ったりして魔術の形は変えられても威力を無効化することは出来ない。
「この剣はどこで手に入れましたか?」
剣の能力が本物であることを確認したステインは刀身を納め、若者に返しながら問う。
「鍛冶師のルドルフさんが打った物です。試作で打ったそうなのですが、失敗作として捨てられてたところを拾ったんです」
「失敗作?」
「詳しくは分かりません。気難しい人なので、理由を聞くのもおっかないですし……ははっ」
魔力を絶つ能力は今目の前で確認した。というのに、何故失敗作なのだろうか。魔力を絶つ事を目的として打った剣ではないのだろうか。
尽きない疑問の中で、ステインは一つの気付きを得た。それは自身が持つ聖剣のことだ。剣に特殊な能力を持たせられる程の鍛冶師ならば、聖剣についても何か知っているかもしれない。
「その鍛冶師に会いたいのですが、工房はどこにありますか?」
ステインの問いに若者は北の方角を指示した。鍛冶師など、工業ギルドに所属している者は大抵が町の北部に工房を構えているのだそうだ。
情報を与えてくれたことに感謝の言葉を告げ、自警ギルドを見送る。荷車にはモンスターの死骸が乗せられており、この後は部位ごとに捌いて売り払うのだろう。
「鍛冶師の元へ向かいますか?」
自警ギルドの姿が小さくなってからマルリースが問うと、ステインは首を横に振った。
「急用ではないから時間が空いた時に向かうよ。それよりも湖の様子の方が気になる」
ステインの言葉に従い、マルリースは一同を湖へと先導することにした。




