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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
89/124

第79話

1年→300日。ひと月99日×3+年締めの3日間で構成。

月→草創そうそうの月(春)・覆育ふいくの月(夏)・暮雲ぼうんの月(秋)

年締めの3日間→輪転の日

物語の現在の時間軸としては草創の月の終わりぐらいです。

 港では暇を持て余した船が並んでおり、手の空いている船乗り達は船体の掃除や備品の修繕などを行っていた。見た目は賑やかであるのに今一つ活気が無いのは当然ながら、本業である船を動かすことが出来ないからだろう。

 気持ちが沈みがちな港の桟橋の先で、とある一団が何やら揉めている。一団は皆、国防色の制服を身に纏い、銀朱の肩掛けを羽織っていたので、ステインには彼らが魔術師団の者であることが一目で判った。


「隊長!いくらなんでも、そいつで湖の中心まで行くのは無茶ですぜ!」


「王国の本部に被害報告は出していますし、今後の方針について通達が来てからでも遅くはないっす!」


「うるさい、湖を移動するのは丸太があれば十分。陸路で本部から連絡が来るのは何日後?それと、いつも言ってるけど私を止めたかったら言葉より魔術で」


 水面に浮かぶ丸太に飛び乗ろうとする女性を男達が必死に止めようとしているが、女性は止まる気配がない。


「相変わらずだね、マリー」


 ステインが軽く声を掛けると、一団は一斉に振り向いて驚愕を露わにしつつ、背を伸ばして胸の前で両の握り拳を縦に並べる敬礼の姿勢を取った。

 隊員達の影に隠れてしまった女性隊長は、狭い桟橋だろうと構わずに隊員達を押し退けて先頭に出て来て敬礼をする。

 マルリース・ド・レイクの体格は同年代と比べて平均かそれ以下であり、隊長用である威光茶色の制服を着ていなければ、特に珍しい特徴は見当たらない。肩口まで伸びた青緑色の髪の外ハネや、ハッキリと開かれた藍紫色の瞳からは、少し気の強そうな印象を受ける。


「ステイン王子。此度の失態、面目次第もございません。王国魔術師団の名に懸けて直ちにクライペン・スラングを討伐してご覧に入れます」


「楽にして良いよ。僕は討伐の指揮を執る為に来たわけではないからね」


「ハッ!お前達、敬礼を解いていいぞ」


 マルリースの許しが出たことで、敬礼の姿勢で固まっていた隊員達は糸の切れた人形の様に脱力した。その変わり様にステインは薄く笑う。


「少し話す時間を貰えるかな?」


「はい。ここは暑いので事務所にご案内致します」


「事務所でも良いけど、どこかで食事をしながらでは駄目かな?僕は友人としてマリーと話したい」


 ステインから“友人”という単語が出た途端、マルリースの引き締められた表情が緩む。


「かしこまりました。お前達、私は用事ができた。クライペン・スラングの襲撃が来ないか、交代で警戒するように」


「へーいっす」


 表情と併せて幾分緩んだ口調で指示を受けた隊員は間の抜けた返事をしたが、その態度を咎める者はこの場にいなかった。口調とは裏腹に、直ぐ散開して持ち場へと移動していったからだ。


「ステイン王子、先にお伺いさせて頂きたいのですが、そちらの方が例の?」


「ああ。空魔精錬術師のシルフィアだよ」


 シルフィアの詳しい紹介は移動してからするつもりであったが、マルリースの好奇心を抑えることは出来なかった。彼女はシルフィアへ一歩、大きく近寄ると爪先から髪の毛の先までじっくりと見た後に表情を輝かせた。


「素晴らしいです!底知れぬ魔力量を持ちながらも流れが穏やかで、溢れるどころかこちらの魔力が吸い込まれそうです!私の名前はマルリース・ド・レイクと申します!どうぞお気軽にマリーとお呼びください!」


 両手で強制的に握手されながら早口で捲し立てられ、最初は驚いたシルフィアだったが、名乗られた辺りで落ち着きを取り戻す。


「ご丁寧にありがとうございます。わたしはシルフィア・レーンデルスと言います。北の山の麓で空魔精錬術師をしていました」


 柔らかく笑って返すと、マルリースはこの上ない笑顔を浮かべた。マルリースの部下に指示を出す様を見て、“しっかりした人”という印象を抱いていたシルフィアであったが、嬉しそうに笑う姿を見た途端あっという間に“可愛らしい人”と印象が変わった。


「やっぱりこうなったな」


 軽い口調で話しかけてくるテレシアに頷きを返してから、ステインはマリーとシルフィアの自己紹介もそこそこに移動を促した。




 街並みを楽しみながら歩いていると、テレシアが気になった店を見つけたので、一行は腰を落ち着けることにした。それぞれが好みの料理を注文し、マルリースのシルフィアに対する興味を落ち着けてから本題に入る。


「マリー。クライペン・スラングが現れたのは何日前?」


「七日前の昼頃です。漁船の護衛で、私と二名の部下が確認してます。漁船は三隻沈められましたが、どうにか人命だけは守り撤退しました」


「そうか。大変な相手と状況でよく守ってくれたね」


 労いの言葉を掛けられたが、マルリースは素直に受け取ることはしない。


「いえ、漁船は漁師にとって命も同然です。それを沈められ、クライペン・スラングに打撃も与える事もできませんでした。私の力不足です」


「妙に自分に厳しいのも相変わらずだなぁ」


「見習ってくれても良いですよ」


「いや、アタシはアタシの生き方を貫くよ」


 テレシアが片手を適当に振ってあしらうと、マルリースは微かに眉根を寄せたが、直ぐにステインへ視線を戻す。報告することがまだ残っているからだ。


「今現在、クライペン・スラングは町を襲う気配はなく、湖の中央付近でのみ姿を現す様子です。凶暴化した原因については未だ不明です」


 討伐は疎か、騒動の原因についても検討がついていない現状に、マルリースは申し訳なさそうに頭を下げた。水中に潜む巨大モンスターが相手なのだから、一筋縄ではいかないことはステインも承知しているし、元よりマルリースの事を責める気はない。頭を上げるように言い、クライペン・スラングが凶暴化した原因についての予測を告げる。

 ゲレゲン村やミッセン村でも凶暴化したモンスターの襲撃があったこと。通常のモンスターとは別に異形のモンスターが現れたこと。そして、禁忌の存在である空魔魄霊獣の復活が近付いていること。

 これまで続いて来た平和が脅かされているというのに、マルリースはどこか楽しそうな表情へと変わっていく。


「凄いです!そのような凶悪な敵を倒してきている。やはりステイン王子は私の目標です!」


 身を乗り出して来られ、思わず身を引いたステインは、料理を運んで来た店員と目が合って苦笑いを浮かべた。

 テーブルの上に料理が並べられると、一旦当面の対策についての話しは中断し、料理の味を堪能する。捕れる魚介類が限られてはいるものの、そこは料理人の腕と知恵の見せ所か、十分に四人の舌を満足させた。


「そういえば、さっき港で部下の人達と揉めていたけど、何をしていたの?」


 皿が空になりつつある頃、ステインが尋ねた。


「クライペン・スラングの討伐に行こうとしていました」


「何か有効な手があるのかい?」


「特別な事はありませんが、私の魔術ならば十分に葬れます」


 自らの魔術の才に自身を持つことは悪くない。実質、マルリースの魔術は王国内でも五本指に入る程の実力を持っている。加えて、戦闘訓練と実戦の積み重ねもあり、並大抵のモンスター相手に後れを取ることはない。だが、今回の相手はとても並のモンスターではなく、戦場も水上となる。更に空魔魄霊獣の復活が近付いている影響を受けて、クライペン・スラングも何か特殊な力を得ているかもしれない。無策で力任せに挑むのは危険だと言わざるを得ない。


「もしクライペン・スラングが空魔魄霊獣の影響を受けているなら、魔術は相性が悪い。七日前に遭遇した時、何か変わった様子はなかった?黒い霧を纏っていたり、魔力を吸われる感じがしたり」


 マルリースは微かに目を伏せて記憶を辿ってから首を横に振った。


「特に異変は感じませんでした。強いて言うならば隻眼だったというくらいです」


 隻眼。その単語を聞いてステインは誰にも気づかれないぐらい微かに口元を引き締めた。いくら広大な湖だからといって、変異種であるクライペン・スラングが二体も三体も棲息しているとは考えにくいので予想はしていたが、今人々を脅かしているのは、ステインの兄が前に片目を抉った個体と同じで間違いない。

 兄の行動が今回の騒動を招いたのではないかと疑問に思うのは一瞬だけだった。人間に目を抉られた恨みで凶暴化したと説明するには些か時間が経ち過ぎている。どれだけ負傷して、どれだけの回復能力を持っているのか定かではないが、一年以上の月日を掛けて傷を癒してから報復に来るだろうか。それに、人間への報復が目的ならば船が近付いて来るのを待つより直接町を襲う筈だ。


「どうした、ご主人様?腹一杯になったのか?」


 いつの間にか食の手を止めて考え込んでおり、テレシアに呼び掛けられて意識を現実へと戻す。


「いや、クライペン・スラングが何故このタイミングで人を襲うようになったのか考えていた」


 返答してから、自分の更に残っていた料理を口に運ぶ。


「それはやっぱり、空魔魄霊獣の復活が近いからじゃないの?」


 シルフィアの言う通りではあるが、やはり直接町を襲って来ないことに疑問が残る。まだ見た目に変化が出ていないという話しだったので、空魔魄霊獣からの汚染が浅く、自我が残っているのかもしれないが、確認する手段はない。しかし、いかなる理由があろうと、民を脅かす存在を野放しにしておく訳にはいかない。ステインは早急にクライペン・スラングを討伐することを決意した。




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