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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第76話

 一階に下りたステインがカウンター越しにトルディを呼ぶものの返事は無く、代わりに何かが崩れ落ちる音が聞こえて来た。改めて声を掛けてみると、少し間を置いてから、慌てた様子でトルディが現れた。


「はいはい、何だい?」


「大きな音がしましたが大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫、大丈夫。何でもないから気にしないで。それより、別の用があるんじゃないかい?」


 大袈裟に手を振って見せるので逆に何があったか気になってしまうが、宿の運営に関わる事ならあまり深く聞くのも無礼だと思い、本来の用件を伝える。


「飲み物なら少し待ってな。直ぐ持って来るよ」


 そう言って一度奥に下がったトルディだったが、本当に直ぐ、盆の上に手頃な大きさの容器を三つ乗せて出て来た。容器の中には美しい白の液体、ミッセンミルクが入れられていた。

 ステインが礼を言って盆を受け取ると、トルディは「飲み終わったらこの辺に置いといてくれれば勝手に片付けるから」と言い残して、急いた様に奥へ引っ込んで行った。


 ミッセンミルクを持って部屋に戻ったステインは、ドアを開けた途端に鼻孔へ舞い込んで来た得も言われぬ良い香りに、うっかり盆を落してしまいそうになるが気合いで持ちこたえる。香りの元を辿ると、ベッドの脇に備え付けられた机の上に見慣れぬ陶器の器が置いてあり、器の中から細い煙が上っていた。

 ベッドの上では脱力し切って幸せそうに顔が崩れているテレシアと、真面目な表情でマッサージを続けるシルフィアの姿があった。テレシアのエプロンドレスは壁に掛けられており、今は下着姿と推測できるが、彼女の体はシーツの様な薄い布に包まれているので真相は定かではない。


「シルフィア、この匂いは何を焚いてるの?」


 机の上に盆を置いて香りの元を覗き込みながら問うと、シルフィアはテレシアの足を揉みながら答える。


「グロートクライツと霊香の枝と淳素の実を粉末状にした物だよ。心を落ち着けて、体の緊張を解す効果があるんだけど、少し効果が強すぎちゃったみたい」


 失敗を笑って誤魔化して見せながら、軟体生物の様にふにゃけたテレシアの頬をつつく。

 グロートクライツはその名の通りグロート平原で採れる香草であり、広く流通しているが、霊香の枝と淳素の実についてはステインも聞いたことが無かった。シルフィアが持っていることからフェドラス霊山で採れる素材であることは推察できるが、それぞれがどのような代物なのかは検討が付かない。


「この香りを吸い続けたら僕もテレシアみたいになるのかな?」


「多分大丈夫だと思うよ。テレシアの周りを中心に香りの効果が流れるように調整してあるから」


 体質などによって香りの効き目に違いはあるのだろうが、テレシアとシルフィアの様子に明らかな差があったのはその所為かと納得する。

 シルフィアからマッサージを受ける事を勧められたが、丁重に断ってからミッセンミルクを口に運んだ。乳特有の臭いとクセはあるものの、初めて口にする者でなければ気にならない程度であり、それよりも濃厚な味わいが味覚を強く刺激してくるので臭いやクセは瞬く間に忘れ去られてしまう。しかも味の濃さの割に後味が悪く残らないので、もう一口、とつい進んでしまう。


「昼過ぎまで休憩したら木材の精錬をやろうと思うのだけど、どうかな?」


「あ、それなら昨日のうちにやっといたよ」


「え、本当?」 


 嘘を吐かれたとは思っていないが聞き返さずにはいられなかった。シルフィアは得意気な顔で頷きを返した後、思い出した様に口を開く。


「そういえば、エトとフレークさんは今朝、ゲレゲン村に帰ったよ。木材は宿の裏庭に積んであるから好きに使ってくださいって」


「そう。挨拶出来なかったのは残念だな」


「精錬は終わってるから、後は柵になるよう組み立てるだけなんだけど……色々あったし、トルディさんも人手を集められてないかも……」


 ズィンベルの襲撃があり、怪我人の治療や倒潰した建物の修復などで、柵の建設に割ける人手は予想より少なくなっているだろう。それでも早急に対処しなければならない事ではあるので、ステインはトルディに相談すべく再び一階に下りた。


「トルディさん、度々すみません!確認したい事があるのですが、今時間いいですか?」


 カウンターから呼びかけると、今度は直ぐに姿を見せた。


「どうしたのさ、アマリアも救って一段落したってのに忙しいね」


「申し訳ありません。ですが、早めに確認したい事がありまして、村を囲う柵の建設の件なのですが、人手は集められそうですか?」


 問いがあってから少しの間、難しそうな顔をしていたトルディだったが、やがて頭を項垂れる。


「ごめん。人手は集めてたんだけど、最近のゴタゴタで正確な人数は分からなくなってる」


「そうですか……。ならば、もう一度人手の手配をお願いできませんか?僕達で先に出来るところまでは進めます」


 ステインの申し出にトルディはバツの悪そうな顔をしながら顔を上げ、そこで以外な人物の声が二人の間に割って入った。


「村の事は自分達にお任せください!王子様にはより大事な知らせがあります」


 宿の出入り口へ視線を向けると、体格が良いが、掛けている丸眼鏡とその内にある温和な目付きで安心感を与える男、喫茶店アンパサの店主ロヴィーがいた。買い出しか何かでグロート町に出掛けていたが、いつの間にか帰ってきていたようだ。


「ロヴィー、帰ってきてたのかい」


「ええ、つい先程。村が大変な時に何もできず、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるが、しつこく謝るような事はしない。既に過ぎた自分の非を詫びるより大事な話しがあるからだ。


「グロート町なのですが、最近になってクライペン・スラングによる被害が出ている様です」


「なんですって!?」


 クライペン・スラング。水辺に生息するスラングが突然変異で巨大化したモンスターである。通常のスラングが成人男性と同等以上の体長であるのに対し、クライペン・スラングはその数十倍の体長を有している。普段は水底に棲息しており、滅多な事で人前に現れることはないので、湖の守り神と奉る者も少なくない。

 予想外の事態にステインの心臓が早鐘を打つが、ロヴィーは空かさず詳細を話す。


「居住区などにはまだ被害は出ていませんが、湖を渡る船が何隻か破壊されたようで、王国への移動は勿論、漁も満足にできない状況のようです。駐屯している魔術師団が討伐の準備を始めているという話しも聞きましたので、急いで状況の確認に向かわれた方がよろしいかと思います」


 グロート町は広大な面積を有するメエル湖に隣接する様に造られた港町であり、湖を挟んだところにある王都へ直通の船便も多く出ている。国内の交通と水産業の要になっている大きな町であるが、船が出せないとなると町の機能が一気に低下してしまう。国益を考えるならば早急にグロート町の問題を解決するべきなのだが、ステイン個人としては目の前にある“ミッセン村の防衛態勢を整える”事を投げ出したくはなかった。そこでステインは一つの質問を投げ掛けることにした。


「……現れたクライペン・スラングが、隻眼という話しは聞いていますか?」


「心当たりがあるならば、尚更急ぐべきでしょう。村のことは自分とトルディさんにお任せください」


 ロヴィーは問いに頷きを返した後、神妙な面持ちでステインに先へ進むよう促す。

 隻眼のクライペン・スラングが暴れているのだとしたら、数年前にステインの兄が釣り上げた個体で間違いない。片目を抉られたことが原因で凶暴性を増したというのならば、血縁であるステインが収拾を付けなければならない。ステインの中で次の指標は定められた。


「申し訳ありませんが、村のことはお任せします。精錬した木材が宿の裏庭に積まれているので、後は組み立てるだけです。トルディさんは、アマリアさんの容体について経過観察もお願いします」


 申し訳なさを抱きながらもなるべく表に出さぬよう落ち着いた声で伝えると、ロヴィーは力強く頷いてくれたが、トルディは頬を掻きながら視線を泳がせている。


「トルディさん?何か不都合がありましたか?」


「え!?あー、いや、アマリアは大丈夫なんじゃないかな?王子様が作ったオート・ファミリアーも安定してそうだったし……」


 煮え切らぬ口調で話すので、ステインはトルディの言わんとしている事が分からず小首を傾げる。すると、ロヴィーが眼鏡の奥の目を細めてトルディの心の内を暴いた。


「トルディさん、貴女、村を出て行くつもりでしょう」


「え?どうしてですか?」


「どうしてって……アタシは訳有りな存在だってのは昨日、今日で知っただろう。元々一つの土地に長居するつもりはなかったし、アタシが回復魔術師だってシェルトにもバレちまったから、丁度良い頃合いかと思っただけだよ」


「長居するつもりはないと言いながら、自分よりも長くこの村にお住まいですよね」


 ステインが口を挟む暇もなくロヴィーが事実を突き付けた。


「うっ……それは、この宿を経営してた爺さんと婆さんに、それとなく引き継ぎされたからで……」


「では、もう暫く老夫婦の頼みを聞いてあげてはどうでしょうか」


「もう十分聞いたよ」


「この宿や村がお嫌いになられましたか?」


「そうじゃない」


「ならばこの場に留まって頂けると幸いです。村の皆は自分含め、トルディさんの事を慕っております」


「……」


 にこやかに、それでいて素早く引き止めの言葉を告げられ、トルディはとうとう口を噤んだ。断り続ける事が煩わしくなった訳ではなく、本意を打ち明けるか考える為だ。


「アタシは訳あって、他人より時間の流れが遅くなってる。周りが年老いていく中、アタシ一人が変わらずいるなんて気味が悪いだろう。それに回復魔術だって、この国の物とは毛色が違う。村の連中に変な不安を与える前にどっかに消えた方が良いのさ」


「そうですか。では、村人達にその事を公表しましょう」


「は?あのさ、ロヴィー、アタシの言葉をちゃんと聞いていたかい?人間は自分と違う存在に不安を感じ、遠ざけたがる生き物なんだ。なのにわざわざ不安を煽ってどうするつもり?」


「確かに、人間は自分と違う存在を嫌う傾向があります。自分も流れ者ですので、そういった経験はあります。ですが、敢えて訂正させてください。人間は“自分と違う存在がどう違うか”分からぬから不安を抱き、距離を取るのです。不安は負の想像を膨らませ、有り得もしない認識がいつの間にか共有され、やがて常識になる。ならばどうするか、僭越ながら答えさせて頂きますと、不安が生まれるより先に、自分の特別を常識として認識させてしまえば良いのです」


 トルディが一気に押し掛けてくる言葉に圧されていると、ロヴィーはさらに続ける。


「人より時間の流れが遅い、結構です!元よりこの世界には魔術や錬金術など、不可思議な術が盛り沢山です。人ひとりの時間が遅くとも珍しくはありません。回復魔術の毛色が違う、小さなことです!この村で魔術に精通している者が居りますか?魔術の違いより、空を流れる雲の速さの方がこの村の住人にとっては重要です」


「そんな捲し立てないどくれよ……」


「おっと、これは申し訳ありません。心が乱れてしまいました」


 トルディが顔を背けたのを見て、ロヴィーは自分の額へ叩くように手を当てた。それからは互いに言葉を発さず、触れ難い空気が流れたのでステインが意を決して口を開く。


「互いの主張はありますが、一先ずこの場での言い合いは以上にしましょう。ロヴィーさん、グロート町のことを教えてくださり感謝します」


「いえいえ、見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。王子様はこの村のことは気にせず、成すべきことを成してください」


 腰を引きながら応えた後、「失礼します」と断りを入れてからロヴィーは宿から去って行った。


「トルディさん、複雑な事情があるのを承知の上でお願いがあります」


「言われなくても分かってるよ。柵の建て替えについては先に引き受けたことだし、責任持って引き受ける。ただ、それからどうするかはアタシ自身が決めるからね」


 顔を背けたまま、ステインが言わんとしたことを全て口にする。宿に戻って来てから村を出る準備をしていたとはいえ、引き受けた仕事を残したまま村を出て行くつもりは初めから持っていなかった。短くない年月、世話になったミッセン村への恩返しも兼ねて、村人がモンスターに脅える事なく安心して過ごせるように立派な物を建てようと考えていた。


「はい。ありがとうございます!」


「満足したなら早いとこグロート町に行く準備して休みな。病み上がりで丸一日錬成してたんだ、疲れが溜まってるだろ」


 軽く手を払われたが、ステインは不快に思う事なく素直に部屋へ戻ることにした。口調こそ変わらないものの、最後まで背を向けたままだったトルディには、一人で考える時間が少しでも長く必要だと理解していたからだ。





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