第74話
モンスターの襲撃から二日目の朝を迎える。村人達の胸から不安が完全に取り除かれた訳ではないが、彼らは今日も平穏な生活を始める。
朝日に照らされて一層白く滾る蒸気を目にしながら、ステインは瓶に詰められたくすんだ緑色の液体を飲み干した。柔らかな酸味と微かな渋みが味覚を刺激して体内に入り込むと、体の内から活力が湧いてくる感覚を覚えた。それから水の魔術で濡らした布で顔を拭いて気分を改めると、足元に転がっていた緑、青、黄の石を拾い上げた。
「さぁ、そろそろ混ぜて良いかな」
始めは蒸気の周りを九つの火球が回っていたが、ヘルファイア石を混ぜている間に七つ弾けており、今は二つだけが寂しく回っていた。蒸気の奥は赤黒く煮えたぎっており、凶悪さを感じさせるが、ステインは気にせずウィンドクリスタルを投入する。蒸気が一層増し、先程まで見えていた赤黒さが隠れてしまうが、暫くすると蒸気の量が減少していき、一定量に落ち着いたところでウォータークリスタルを投入。同じように蒸気の量を見計らってボーデン石を投入した。
ボーデン石を投入して少しすると、火球は同時に二つ共弾け、夥しい量の蒸気が沸き上がる。何事かと村人が駆け付けてくるかもしれないが、その時は素直に事情を話して謝ろう。しかし、運良く村人達の眼に止まらなかったのか、誰かが訪れることなく蒸気は次第に衰えていく。やがて宙から赤、緑、青、黄と綺麗な色が並んだ、親指大程度の大きさの正四面体が姿を見せた。
蒸気が完全に消滅すると正四面体は重力に従って自由落下するが、地面に落ちる前にステインの手に拾われた。
「これがオート・ファミリア―……」
百年前の戦争で自国を窮地に追い込んだ忌むべき物を自分の手で作り出したことに不快感が無いと言えば嘘になるが、自身の手の中で宝石の様に輝く石が大量殺戮を行った事への疑いの方が強かった。
「魔力が流れ出てくるのは確かだけど、暴走するほどではない……寧ろ心地良いような……」
今ならトルディが言った通り、万人が魔術を使えるようにという願いが元で作られた物だと信じられなくはない。しかし、元はどうであれ、戦争で非人道的な殺戮を行った事に変わりはない。
複雑な心境で立ち尽くすステインの背に向かって、弾みのある声が投げ掛けられた。
「ごー主人っ様!」
「テレシア、シルフィアも、良い時に来たね。丁度オート・ファミリアーが出来たところだよ」
憂う気持ちは一旦忘れ、二人の少女にオート・ファミリアーを見せた。
「凄い綺麗、それに魔力も優しい」
「こんな小さいので魔力が、ねぇ……。まぁいいや、早いとこシェルトん家に行こう」
それぞれが反応を示した後、ステインは錬成の後片付けをしてからオート・ファミリアーをポーチに入れてシェルトの家に向かった。
「シルフィア、オート・ファミリアーだけど、魔力が暴走する気配は感じた?」
「え?さっき見た感じだとそんなことはないと思うけど、どうかしたの?」
道中に問い掛けられ、不思議そうに首を傾げると、ステインは微かに悩んでから今度はテレシアを含めて言葉を発した。
「二人共、シェルトの家に着いても僕がトルディさんと話しが終わるまで、シェルトにはオート・ファミリアーが完成したことを教えないでほしい」
二人分の「どうして」という視線が向けられるかと思ったが、実際には素直に承諾する声が上がった。
「分かったよ。けど、ステインとトルディさんの話しにわたし達も混ぜてね」
「そうそう、ご主人様一人に任せると変な物まで抱え込むからな」
「ありがとう。心配しなくても最初から二人にも話しを聞いてもらうつもりだよ」
意外な展開に思わず足を止めそうになるが、どうにか平静を保って礼を言えた。
小さな村の移動にさほど時間は必要とせず、三人はシェルトの家に訪れた。寝室では眼の下に隅を作ったシェルトと、集中した面持ちのトルディが言葉少なくアマリアを看病していた。
「おはようございます。トルディさん、少し時間いいですか?」
「ああ、おはよう。少し待っとくれ」
三人が訪れたことに気付くと、トルディは少し表情を和らげ、アマリアの看病をシェルトに託した。
「お待たせ……少し外の風に当たりたいんだけど、構わないかい?」
トルディの申し出にステインは無言で頷く。これから話す事は出来る限りシェルトの耳に入れたくなかったので、都合の良い申し出だった。恐らくトルディはこれからステインが何を話そうとしているのか察して、気を利かせたのだろう。訪れたばかりの三人を連れてトルディは家を出た。
「悪いけど、あんまり離れる訳にはいかないから、ここで良いかい」
玄関のドアを閉めたところでトルディが申し出た。ステインとしてもそこまで離れるつもりはなかったので了承の頷きを返し、早速本題に入るべくポーチから四色に光る正四面体を取り出した。
「オート・ファミリアーは錬成しました。ただ、僕はまだこれを使うか決めかねています。ですから教えてください、オート・ファミリアーの真実と、トルディさんが何故それを知っているのかを」
射抜く様な眼差しをトルディは少しの間、視線を重ねていたが、不意に視線を逸らして無造作に後ろ髪を掻き上げて髪留めを取り、手の平に乗せて三人に見せた。髪留めは銀色で横長の、どこにでもある物であったが、明らかに違うところがあった。髪留めの両側面に虹色に光る六角形の宝石が埋められていた。色も形も違うが、その宝石がオート・ファミリアーであることは全員が察した。
「こいつがオート・ファミリアーのオリジナル。これを作ったのはアタシの父親さ」
「……父親?」
平静さを保ちながらステインは聞き返した。オート・ファミリアーが作られたのは今から約百年前であり、製造方法は終戦時に何者かによって全て消去されている。つまり、新たにオート・ファミリアーの製造に至らない限り、オリジナルを作り出すことはできない。トルディの父親がオート・ファミリア―の製造方法を確立しているならば、王族としてその身柄を押さえる必要がある。しかし、次にトルディの口から出た言葉はステインの予想を容易く裏切った。
「父親の名前はエルベルト・クラーセン。世間一般的には醜悪な錬金術師として少しは名が知れてるよ」
エルベルト・クラーセン。オート・ファミリアーの製造者であり、レイセヘル王国を滅亡の危機に陥れた人物である。しかし、彼は百年前の戦争で自爆して死んでいる。娘がいたとしても既に故人になっている年数であり、トルディの年齢を考えれば曽孫でも若すぎる。と、そこでステインは思考を止めた。トルディの年齢は聞いたことも無いし、誰も口にした事はない。女性の年齢の事は話題にする事でもないので、そこまで不自然に思わなかったのだが、ここにきて強烈な疑問観が生まれた。
「歳なら言わないよ。というか、もう忘れた。もう百年以上生きてるからね」
ステインが疑問を口にするより先にトルディは答えた。その視線は伏せられ、自身の手の平に乗せた髪飾りに向けられている。視界の端で驚愕している三人の顔を捉えながら、トルディは差し出していた手の平閉じて腕を力無くダラつかすと語り出す。
「カール帝国の狂戦、アタシはまだシルフィアちゃんよりいくつか年下だったけど、支援部隊として戦争に参加していた。これでも回復魔術は得意だったみたいでね。途中までは生きる為に、生かす為に必死に戦場を駆けずり回ってたよ。生きるか死ぬかの戦場で負傷した兵士の手足をくっつけて、命を繋いで……そして意識を取り戻した時に見せてくれる笑顔がアタシを支えてくれていた。けど、ある日を境にアタシは自分を見失った」
思い出すのが辛いのか、トルディは大きく息を吐いて間を置いた。話しを聞く三人は先を急かす気などなかったが、トルディは「ごめん」と言ってから続けた。
「自動魔力生成人体降下作戦……。紛い物のオート・ファミリアーで増幅した魔力を暴走させて爆発させる、最悪な作戦だ。膠着した戦況は好転したものの、自国の作戦で傷付いてく人達があまりのも多くて、そこでアタシの頭は少し疲れてね。周りから変な名前で呼ばれたこともあったっけ。まぁ、それはいいとして、あとは王都を墜とせば勝てるってとこまで来たんだけど、帝国で……一人の錬金術師が反乱を起こして、ゴタゴタやってる内に帝国の敗戦が決まってた」
一度言葉を区切って改めて三人の表情を伺う。皆、真剣な面持ちで話しを聞いていたのだが、トルディにはなんだかそれが酷く申し訳なく思えた。
「えっと、あっはは……何話してんだろうね。時間もあんまりないし、オート・ファミリアーについて話すとするかね」
重たくなった空気を払拭しようと無理に笑って見せるが、そんな物では聞き手の心持ちを変えられず、話しの続きを促したのはテレシアだった。
「ここで話し急いでも仕方ないと思うけどな。感覚的にしか言えないけど……きっとトルディの話したいことがご主人様の求める答えだと思うからさ、続けなよ」
ステインからは咎めの声が掛けられるかもしれないと思っていたトルディだったが、まさかの人物から言葉を差し込まれ、一瞬硬直した。
「……あぁ、悪いけど、もう少し付き合ってくれるかい?」
当然、と言うように三人は頷いた。
「反乱を起こした錬金術師はエルベルト・クラーセン。そして、反乱の際に用いた物はオート・ファミリアー。偽物で得かけた勝利を本物の力によって破壊することで微かでも贖罪になればと考えたんだろうさ。アタシは小さな頃から父親が目指したオート・ファミリアーを知っているから言わせてもらうよ。あれは魔力による格差社会の中“誰もが不自由なく魔術を使えるようにしたい”という純粋な願いの結晶となる筈だった……いや、実際に形にしたんだ。それを帝国が最悪な形で兵器に転用したんだ!オート・ファミリアーは正しく作りさえすれば人を助ける!魔力量の問題だけでなく、アタシの狂った頭も直してくれたし、寿命さえも伸ばせる!アタシがここで生きていることが何よりの証拠だ!」
訴えかけてくるトルディの瞳をステインは僅かも逸らさず、正面から受け入れた。しかし、オート・ファミリアーの完成が自国を苦しめた事実に変わりは無い。ステインは冷静な声色で訪ねる。
「トルディさんの言っている事を仮に信じたとして聞かせてください。何故トルディさんはオート・ファミリアーで寿命を延ばしてまで生きているのですか?」
「ステイン、それは……」
シルフィアが代弁しようとしたが、ステインに手を差し出されて止められる。純粋に誰かを助けたいと願った父親の思想を訴えてきた彼女が、何故今もオート・ファミリアーを付けて生きながらえているのか。ステインとてある程度予想は出来ている。だからこそ、答えをトルディ本人の口から聞く必要があった。
「そりゃあ親の願い……いや、祝福を子供が受け取らないわけにはいかないだろ。世界に誤解されたまま死んだのなら尚更、子のアタシが願いを受け入れてやらないと可愛そうだろ」
トルディがオート・ファミリアーを受け取った時、父親の遺書も同封されており、そこにはオート・ファミリアーの効果と共にこう記されていた。
『大切な時期を戦争に巻き込んですまない。過ぎた時間は巻き戻せないが、過ぎる時間の中で止まれるようにすることはできる。戦後で辛い時期が続くが、トルディが幸せに暮らせると思える日が来るまで、オート・ファミリアーを着け続けてほしい。勿論、不要だというのなら直ぐに捨ててしまって構わない。決めるのはトルディだが、父さんはお前の幸福を祈っている。』
百年以上前の出来事であるが、トルディはオート・ファミリアーの真実を伝えられた開放感と相まって思わず涙ぐむ。
「あれ、おかしいね……長生きしすぎて涙腺がおかしくなったのかね……」
咄嗟に顔を逸らして目元を拭うトルディと、自分の手の中にある正四面体のオート・ファミリアーを交互に見やってからステインは落ち着き払った様子で開口した。
「オート・ファミリア―は大勢の命を奪った憎むべき存在です。ですが、始まりは……いえ、今も誰かを救いたいと願い続けているのならば、私はその願いを聞き入れたい。願いは踏み躙られる物ではなく、未来を作る道標になるべきなのだから」
ステインの言葉に、トルディは目を見開いた。父親の願いを、無念を聞き入れて欲しいと思いながら、信じられなくても仕方ないと、オート・ファミリア―は人殺しの道具だと罵倒されても仕方ないと、心のどこかで思っていたからだ。実際、オート・ファミリア―は救った命より奪った命の方が圧倒的に多いのだから。
だが、ステインは願いを聞き入れた。歴史として残っている情報よりも、トルディの言葉を信じたのだ。オート・ファミリア―によって生み出された惨劇は決して消えはしないが、同時にオート・ファミリア―に込められた願いというのも消えはしない。過去に受けた傷を振りかざし、自己の主張だけを通すのは簡単だ。しかし、それで何が生まれるのだろう。誰が未来に進めるのだろう。自分達は今を生きているのだから、いつまでも過去の傷を庇っている訳にはいかないのだ。
「僕はトルディさんの言葉を、エルベルトさんの願いを信じます。ですから、トルディさんも約束してください、アマリアさんを必ず治すと」
普段の穏やかな口調に戻ったステインはズボンのポケットからハンカチを取り出してトルディへ差し出した。
「……はっ!当然だよ、その為に今日まで命を繋げて来たんだ!」
差し出されたハンカチを受け取らず、手の甲で乱暴に涙を拭ってから、銀の長髪を持ち上げて髪留めを付けた。




