第71話+++
エルベルト・クラーセンは悔恨の念に押し潰される思いだった。
オート・ファミリア―を作り上げ、これからは生まれつき魔力の少ない者でもハンデを背負うことなく暮らせる世の中が訪れると信じていた。その矢先、帝国はオート・ファミリア―の改良品……否、粗悪品と称した方が正しい物を平和主義者に装着させ、魔力の暴走による爆撃攻撃を実行したのだ。魔力は感情の強さに比例して放出量が多くなる傾向があり、死を間近にした恐怖と「死にたくない」という願いはオート・ファミリア―にとって格別の燃料となった。正規品の物には魔力が増えすぎないよう、制御機能が備わっているが、粗悪品は魔力を増やし続けることしか目的とされていない為、安全装置などは皆無である。
自らの長年の願いが、祈りが、何の罪もない者達の生命を散らせている。だが、エルベルトの苦悩とは逆に帝国軍は彼を偉大な発明者として扱い、手厚い待遇を与えた。
目の前の辛さから逃げる事は簡単だったが、エルベルトは短絡的に行動を取ることはしなかった。独り身ならば怒りに身を任せて皇帝の暗殺でも企てただろう。しかし、彼には妻がいて、娘がいる。二人が平穏に暮らせるよう手筈を整える必要があり、願わくば自らの祈りを信じて欲しかった。
準備に意外と手間取ってしまい、エルベルトが事を起こすのは最後の侵攻作戦が発令されるのと同時期だった。宮殿には皇帝やら軍の将官やら大臣やらが、勝利の報告を受けるべく集まっており、エルベルトにとっては都合が良かった。
会議場となっている大広間の扉を開け、エルベルトは室内に居た者共の注目を一斉に浴びる。扉が開いた時は何事かと睨まれたが、エルベルトの姿を見た途端に険しさは消え、友好的な雰囲気が室内に広がった。連合軍相手に戦争を早期終結させる糸口を作った立役者が入室してきたのだから当然だ。
将官が功績を称えながら用件を聞くと、エルベルトは穏やかに笑って「戦争を終わらせに来ました」と答えた。彼の言い回しに若干の疑問を抱く面々だったが、「戦争の終結をいち早く聞きたくて来たのだろう」と都合よく解釈し、席を用意した。
エルベルトは出された椅子に座らず、笑顔のまま告げる。
「人の願いを!祈りを!命の在り処を歪めた報いは必ず訪れる!踏み躙られた命の嘆きは、いつか世界に現れ、混沌を招くだろう!だが、貴様らはその時を拝むことは無い!貴様らは貴様らが掃いて捨てた者達の嘆きを受ける資格すらない外道だからだ!」
言葉を紡ぐ内にエルベルトの体内には血流とは別の熱が宿っていく。彼の様子がおかしい事に気付いた将官は携帯していた銃を抜き、銃口を向けた。死を近付けられ、エルベルトの中の熱は更に上昇する。
「今この場で私と共に虚無に帰るが良い!」
言い切るのと、銃弾が放たれるのと、魔力が放出されるのは全て同じタイミングだった。一気に解放された魔力は轟音を伴って弾け、会議場を灰燼に帰すだけでは治まらない。エルベルトの怒りは宮殿全てを飲み込み、帝都の中心を大きく陥没させて漸く治まった。
国の首脳陣を失った帝国は当然ながら大混乱に陥り、騒ぎは瞬く間に戦場まで届いた。とても他国に侵攻している場合ではなくなった帝国軍が降伏を宣言することで、戦争は連合軍側の勝利に終わった。後にこの戦争は「カール帝国の狂戦」と呼ばれる事となる。
帝国が降伏したことにより撤退した兵士達の中に、仲間内から「峻険なる恩沢の施術者」と呼ばれた少女の姿もあった。少女は相変わらず負傷者を見かけると暴走してしまうが、大きな怪我もなく自宅への帰宅が叶った。家では憔悴気味の母親が一人、娘を迎え入れた。父親はどこかと尋ねると、テーブルの上に置いてあった小箱と一通の手紙を指し示された。
手紙の中には先立つ事や、これから不便を掛けてしまう事への謝罪が記される中、自らの行動の正当性を控えめに訴えられており、文末には今後の生活への指標が細かく書かれていた。
予期せぬ事態に悲しみよりも驚きが勝ってしまい、少女は茫然としながら小箱を開ける。すると、そこには虹色に光る六角形の石が二つ付いた髪飾りが入っていた。父親の形見であり、願いそのものである。少女は髪飾りを握り絞め、床に座り込んでいる母親と一緒になって泣いた。
暫くして、親子が住まう家屋の前に一台の車両が停まった。国の頭部がやられ、麻痺した管制の下、敗戦処理で駆けずり回る人々の波の中、親子は人知れず帝国から姿を消した。
長い弾圧の後、仇敵を打倒し手に入れた自由は、払った代償に見合わぬ短さで失われた。空魔精霊獣と共存の道を歩んでいれば、カール帝国は魔術と機械工学を併せ持つ世界有数の技術大国となっていたかもしれない。しかし、未来を信じて進み続けた結果が破滅だったのならば、その運命はもう誰にも変えることができないものだったのだろう。
空魔精霊獣を殺めるという過ちを犯した帝国が、結果的にどこの国も侵略に成功せず滅んだのは、世界的に見れば僥倖であったが、これは決して偶然ではない。人の潜在能力を信じ、平等を願い続けた一人の男が国家の暴走とも言える過ちを止めたのだ。男としては自分の研究が冒涜された怒りによる行動だったかもしれないが、それでも結果的に世界を救ったのは彼なのだ。
歴史の片隅では非人道的装置を創り出した錬金術師として名前が残されているが、彼の願いは現代でも語られることはないが、世界のどこかで輝き続けている。




