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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第71話++

 カール帝国。アイツテークンス司教国は解体され、新たな国家が誕生した。皇帝に即位した者はかつて魔術欠落者ファミストと呼ばれた者だった。魔術欠落者ファミスト故に教養は満足とは言えなかったが、逆にそれが人の本質を見抜いた政治を実現させ、新国家設立当初、国民が抱いていた不安は時間が経つごとに消えていった。

 皇帝は初めこそ魔術欠落者ファミストを優遇した施策を多く立案したが、それはこれまで社会的立場が低かった者を一般市民に上げる程度の物であり、皇帝が目指す国はあくまで魔力的差別の無い国だった。

 立国当初は周辺国家も警戒していたが、国内部の不安が薄らぐのと同時に世界からも認められつつあった。だが、世界を構成する存在である空魔精霊獣を殺めた代償は確かに差し迫って来ていた。


 火と土の魔気のバランスが崩れ、亜熱帯だった気候は亜寒帯へと近付き、土地が痩せて農産物や鉱物の質は落ちていった。多少の変化は機械工学によって誤魔化しが効いたが、帝都に雪が降り始めると、いよいよ国民の疑心は言葉として表に出た。「空魔精霊獣の祟りだ」と、誰が言ったかは分からないが、いつしか国民の心には空魔精霊獣を殺めた皇帝に対する怒りが芽生えていた。


 亜寒帯が寒帯に変わる頃、とうとう帝都で一般市民による暴動が発生した。国の管理する食糧庫を狙った小さな暴動で、鎮圧するにはさほど時間は掛からなかったが、この暴動以降、帝都の治安は悪化の一途を辿っていく。

 皇帝や大臣とて、ここまで状況が悪化するまで何も対策を講じてこなかった訳ではない。しかし、帝国が破滅へと進んで行くのを止める事はできなかった。

 国土が痩せてしまえば貿易も儘ならなくなり、物資も金も不足していった。そんな中、皇帝は最後の手段に出る。空魔精霊獣を討ち取った事を、自分達の武勇を誇り、他国への侵攻に打って出たのだ。最初の標的には隣国のレイセヘル王国を選んだ。水資源や農産物が豊かで、気候も極めて穏やかな国であったことが理由であり、加えて、国の体制が帝国の前国家、アイツテークンス司教国寄りだったからだ。国を挙げて空魔精霊獣を崇めている訳ではないが、主戦力となるのは魔術と剣。魔術師との戦いに心得はあったし、剣や槍の近接武器など、重火器の相手ではない。


 半ば強制的に徴兵したカール帝国軍の全体士気は決して高くなかったが、平和に慣れていたレイセヘル王国軍を蹂躙するには武器性能の差は十分だった。開戦直後こそ緊張していた皇帝だったが、一戦、二戦と交える内に自分達の武力に安堵の息を漏らした。逆らう者は全て殺す気でいたが、国土を無闇に傷付ける気はなく、早々に降伏勧告を出してやろうなどと考えていた。




 国家が変わり、気候が変わり、戦争を始めたカール帝国で、変わらず自分の研究を続ける者が居た。エルベルト・クラーセンだ。国の情勢が変わる毎に研究室の隅に追いやられたり、研究室長になったりと振り回されがちな彼だが、周りに流されることなく自らの研究を貫いていた。その結果、あと少しで実を結ぶところまで来ていた。

 エルベルトは戦争が始まってから「特設術式研究所」の室長に任命されている。本来彼のような錬金術師は武器の錬成に駆り出されるのだが、勅命が来た時に「魔術国家に攻めるなら自分達も魔術を戦力にすべきでは?敵地の魔気を使うのですから、自国で弾や銃を作るよりよっぽど低コストに戦えますよ」と皇帝に直談判しに行った結果、意外にも簡単に自分の研究を進める研究所を貰う事ができた。

 魔力を持続的に増幅させる錬成物、オート・ファミリア―の完成まではあと一歩といったところだが、完成する前に戦争が終わってしまうのではないかと噂された時、エルベルトは残念そうな、どこか安心したような表情を浮かべた。

 エルベルトはアイツテークンス司教国時代、研究室長に任命された際、副室長に大変お世話になったのだが、カール帝国になって研究室が解体された後もお世話になっており、子供も儲けていた。大切な一人娘であったが、回復魔術への高い適正を見込まれて支援部隊と徴兵され、今も戦地に赴いているのだ。研究が人生とも言えるエルベルトも人の親である。戦争が終われば娘が戻って来るのだから、彼の安心は当然の感情であった。


 レイセヘル王都侵攻作戦。最後の戦いになると思っていたが、レイセヘル南部に位置するフェイダ王国がレイセヘル側に援軍を出し、カール帝国軍は予想外の展開に初めての撤退を余儀なくされた。

 勝利目前で二国が相手になったものの、戦力はまだカール帝国が上回っていた。失地回復を狙ってくる連合軍相手に退く事は無かった。しかし、連合軍も死力を尽くして防衛するので、王都を陥落させられずに膠着状態が続いた。

 

 長引く戦争の最中、エルベルトは遂に宿願であったオート・ファミリア―の錬成に成功した。しかし、その成功を素直に喜ぶのはエルベルトと、彼の伴侶だけだった。元より資源を求めて起こした戦争であり、戦争が長引けば帝国は資材不足で徐々に不利になる上、連戦連勝で高まってきた士気も低下する。今更、魔力を持続的に増幅させる錬成物を完成させたところで、量産する資材も無ければ、使用する人員もいない。

 周囲から冷めた視線を向けられようと気にせず、自らの功績に喜び、舞い踊るエルベルト。そんな浮かれた気分だったから、皇室お抱えの錬金術師に何の疑問も抱かず、オート・ファミリア―の作製手順書の写しを渡してしまったのだ。否、エルベルトは浮かれていなくとも「戦争の早期終結のため」と言われれば喜んで作製手順書を渡していただろう。そういうマイペースな男なのだ。しかし、この時の判断は決定的な誤りだった。


 



 オート・ファミリア―が完成してから少し経つと、膠着した戦場に天からの御使いが現れた。御使いは無機物な白い流線型をしており、主体となる部分の両脇には一対の翼を携えていた。一見して綺麗な白い鳥にも見えるそれは、見た目とは裏腹に残虐な死を孕んでいた。

 帝国領から飛んで来た初めて見る物体を、連合軍が警戒しない筈は無かった。しかし、初見ではどう対処してよいか分からないし、魔術で撃ち落とせるかギリギリの高度で進行してくるものだから様子見することにした。連合軍の判断は妥当なものであったが、想像力に欠けていた。飛行物体が何をしても対処できるように魔術による障壁と迎撃を準備していたが、飛行物体から落とされた色とりどりの“者”を目にした時、術師達の思考は完全に停止した。


 建造したは良いものの、搭載する火器を準備する余裕がなくなりお蔵入りになっていた航空機と、数十人の尊い犠牲によってカール帝国はレイセヘル王都を陥落させることに成功したが、連合軍はまだ降伏しなかった。戦況が膠着している間に主戦力や王都としての機能を西部に移転していたのだ。

 制圧した王都が空であることを知った帝国軍は自分達が糠喜びしていたことに酷く落胆したが、戦況は嘘のように好転した。オート・ファミリア―によって増幅した魔力による爆撃を防ぐ術は連合軍には無かった。高位の魔術師が二、三人で障壁を展開すれば防ぐことはできるが、航空機の移動速度に人の足が追い付く筈もなく、あちらこちらと振り回されている間に地上部隊が重火器で押し寄せて来るのだ。折角移転した王都だが、攻め入られるのも時間の問題だった。




 レイセヘル王国を横断していく帝国軍だが、その足取りは重い。戦況は有利だが、その代償に航空機から人が投下されていると知れば当然だ。特に、制圧した拠点で負傷者を診て回る支援部隊が受けた精神的ダメージは申告であった。正規の軍人ですら戦意喪失寸前になっているのだから、十代半ばの少女の精神が耐えられる筈もなく。戦場を歩く彼女の眼は獲物を探す野生動物染みており、負傷者を見つけるや否や命令や隊列など無視して鬼の形相で駆け出し、治療を施す始末であった。例え負傷者の四肢が飛び散り、臓物が火炎で焼け焦げて、呼吸も心臓も止めていたとしても、彼女が人と認識できる形さえ残していれば等しく負傷者なのだ。効果が無くとも、少女は誰かに止められるまで回復魔術を施し続ける。

 少女の痛々しげな様を見た、とある兵士は彼女のことを「峻険なる恩沢の施術者」と称した。



 少女は優秀な錬金術師夫婦の間に産まれ、魔力量にも恵まれ火属性に高い適正を持っていた。将来は両親の背中を追って錬金術師になる筈だったが、戦争が始まって徴兵された時の検査で錬金術よりも回復魔術への適正が高いことが発覚し、支援部隊として激戦区を駆けずり回った。

 少女の回復魔術は生まれ持った魔力量の影響もあるが、何より魔力を同調させるセンスがあり、他の術師よりも高い効果を発揮し、前線で戦う兵士から信頼を得るのにそう時間は掛からなかった。加えて、母親からの教育の賜物で簡単な錬金術も習得していたため、戦場で掻き集めた有り合わせの資材で弾丸や爆弾も錬成できるのだから、前線を支える者としては理想的な働きをした。

 あどけなさは残っていたものの、基本的に素直で明るく勝ち気な性格だった為か、倍近い年上の男ばかりの環境でも辟易することなく打ち解けていた。



 そんな少女の精神を狂わせた戦争に、自国の作戦に、前線で戦う兵士は皆不満を募らせた。だが、敵地に深く入り込んだ所から異議を申し立てたところで、皇帝の耳に届けようもない。幸いな事に少女は負傷者さえ見つけなければ言動は正常で、長く続いた戦争で開戦直後のような元気さはないが、成人に近付いたことで落ち着きを得たとも捉えられる程度の変化だった。

 

 前線の兵士が狂い始めた戦争を止める手段は唯一つ、早々に敵国を討ち取ることのみだった。

 旧王都を制圧してからも帝国軍の勢いは止まらず、遂に新王都を射程圏内に捉えた。帝国は王都に攻め入る前に降伏勧告を出したが、連合軍は勧告を拒否し最終決戦に臨んだ。人の魔力を暴走させて兵器とする非人道的な行いをする帝国に屈する訳にはいかなかったのだ。


 連合軍の奮戦虚しく、死を運ぶ黒の航空機によって最終防衛拠点は大地に大穴が開く程の爆撃を受けて陥落させられた。しかし、連合軍には一矢報いる為の兵装を隠し持っていた。

 王城の主塔から一筋の煌めきが空を駆ける。煌めきは航空機と衝突すると消え去り、一瞬の間を置いて航空機は墜落していく。自らが開けた大穴の底に沈んで爆散したものの、その衝撃はそよ風程度のものだった。


 絶対的と思われた空からの支援を失った帝国軍は思わず進軍を躊躇った。最後の戦いだと思い込み、一方的な攻撃手段を持っていた為に維持出来ていた士気は航空機と共に地に墜ちた。そんな状態で決死の覚悟で迫り来る連合軍の相手をすることなど、無謀にも等しかった。最後の最後で王都に攻め入ることが出来ずにいるどころか劣勢に陥ると、遥か後方ではあったが撤退を示す信号弾が空に放たれた。


 撤退した帝国軍が拠点に着くと、何者かによって宮殿が爆撃に遭い、皇帝含む帝国の主要人物が全員戦死したと報告を受けた。



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