第71話+
戦争のお話し。毎度のことながら長く、暴力的な表現を含みますので、苦手な方は飛ばしても問題ありません。
生物は皆、平等に魔力を宿して産まれてくる。しかし、魔力量や適正属性の数までは平等ではない。万人が持ち得て、個人差のある物は数字となって集計され、平均の値が割り出される。そして、平均が分かると平均以上の者を羨み、平均以下の者を蔑む。いつの時代でも、どの国でも同じだった。
アイツテークンス司教国は特に魔力を重んじ、魔力至上主義国家とも呼ばれていた。火土の空魔精霊獣を奉り、優れた空魔精錬術師が代表となって国を統治していた。
魔力を重んじ、自然との調和して生きて来た国は魔力の少ない者が生きるには厳しく、産まれながらにして将来が定められていると言っても過言ではなかった。魔力が平均値よりも低い者達は魔力欠落者と呼ばれて虐げられ、どれほど勉学に励もうと、武功を立てようとも社会的地位に恵まれることはなかった。
魔力欠落者が不満を募らせ、内戦も起こったが、優れた魔術師と訓練された兵士を有する政府側が敗北する訳もなく、魔力欠落者側は尽く鎮圧された。
何度か繰り替えされた内戦の後、暫くの平穏が流れた。魔術欠落者も政府打倒を止め、自分達の手で豊かな生活を手に入れようと機械工学を発展させていった。
徐々に発展していく機械工学に政府側は良い感情を抱かなかったが、火土の空魔精霊獣が関心を示したことで、機械と魔術は協力の道を歩み始めた。空魔洗練術師を司教とした国の統治が始まって以来、初めて国が一つになった瞬間だった。そして、同時に日の目を見ることになった一人の錬金術師がいた。
錬金術師の名前はエルベルト・クラーセン。豊富な魔力量と四属性への適正を持ちながら、社会の隅に追いやられていた人物である。彼は根っからの研究者気質であり、社会的地位に興味はなく、錬金術を習得してから一つの研究に打ち込んでいた。研究内容は“魔力量を持続的に増幅させる”ことである。これだけ聞くと、優秀な魔術師の魔力量を更に増やすことのできる研究として政府側が取り入ってきそうだが、彼が対象していたのは魔術欠落者の魔力量であった。
異端の錬金術師と呼ばれていたエルベルトだったが、国がまとまりを見せると研究内容は評価され、元々魔力量や知識量が多かったこともあり、研究室の室長に任命された。彼自身は「研究に使える資材が増えた」ぐらいにしか思っておらず、室長らしいことは副室長の女性へ丸投げしていた。
機械工学によって国は躍進的に発展していったが、魔術欠落者にとって魔力量のハンデはどうやっても付いて回っていた。寧ろ高位の魔術師達と生活する距離が縮まった分、魔力の少なさを痛感する場面が多くなった。
魔術欠乏者が平凡な生活を手に入れ、国全体が平和を謳歌するのも束の間、アイツテークンス司教国内に歪みが生じる。
国は魔術欠落者の機械工学を認めはしたが、人々の価値観が変わるまでには至っていない。相変わらず空魔精錬術師が国を治め、魔力の優劣と人の優劣がイコールで繋がっている。つまり、魔術欠落者側の政府側への不満も変わってはいなかった。変わったことと言えば、国政の中心である宮殿にも機械工学が取り入れられたことぐらいだった。
優秀な魔術師は自分達が優秀であるが故に警戒を怠った。魔術欠落者が内戦を起こしても直ぐに鎮圧できると。
優秀な錬金術師は自分達が優秀であるが故に対策を怠った。魔術欠落者が作り出した機械工学など簡単に制御できると。
優秀な空魔精錬術師は自分達が優秀であるが故に想像を怠った。魔術欠落者が何を画策しようと空魔精霊獣の声に従えば支障はないと。
魔術欠落者は忘れなかった。自分達や祖先が蔑まれてきた歴史を、流れた血の量を。
優秀な術師の怠慢が魔術欠落者の怒りを国家の喉元に突き立てる事を許してしまう。宮殿に組み込まれた機械設備には爆薬や武器が隠されており、魔術欠落者達は爆破の混乱に乗じて多くの術師を人質として捕らえ、宮殿を制圧した。
魔術欠落者達は恐れなかった。重火器を使用することを、作戦の失敗を、自らの死を。彼らが懸念することがあるとすれば、それは時間だった。国を変える為に倒さねばならぬ象徴、空魔精霊獣が反乱を聞き付けて宮殿にやってくるまでの時間。
空魔精霊獣の圧倒的な力は周知されており、反乱軍では「奴に正面から戦いを挑むなら、爆薬抱えて十人の魔術師部隊に突っ込む方がマシ」と冗談抜きで言われていた。
制圧した宮殿の監視塔から空魔精霊獣を視認した時、反乱軍の対空魔精霊獣用兵装の準備は凡そ六割といったところだった。空魔精霊獣が反乱軍を蹴散らすのが先か、反乱軍の準備が整うのが先か。速度的には反乱軍が僅かに不利といったところだが、反乱軍は整えた兵装を空魔精霊獣に直撃させて屠らねば勝利には届かない。放たれる強力な魔力を掻い潜り、頑丈な体表を穿たねばならない上、攻撃の機会は一度きりなのだから、反乱軍は兵装の準備を十全に整えてたとしても勝機は薄い。
それでも彼らは足を止める訳にはいかなかった。祖先達が流して来た血を、屈辱の歴史を無駄なものとしない為に。
それでも彼らは手を伸ばし続けた。国を打倒した先にある、より良い未来へと。
火土の空魔精霊獣は赤茶けた岩石が四足歩行の爬虫類を模った容姿をしており、背には体を覆い尽くす程の巨大な翼が一対、無機物に似た体表と反して生物としての柔らかみを持って生えていた。だがこの翼は飛翔を目的とした物ではなく、外敵から身を守る防御膜として空魔精霊獣の体を覆っていた。
空魔精霊獣は騒ぎを収めようと宮殿にやって来たが、何も反乱軍を根絶やしにせんと憤怒を抱いていた訳ではない。国政によって祀り上げられていたが、国側の勢力ではない。空魔精霊獣はあくまで中立であり、自らが生み出す魔気や自分自身の存在を人間がどう扱おうが干渉するつもりはなかった。だが、己が管理している土地が荒らされるのを黙って見ていられるほど、無関心な性格でもなかった。
空魔精霊獣は反乱軍と対話を望んで首都へやって来たが、反乱軍が真意を知る由もない。空魔精霊獣が魔術欠落者に直接危害を加えたことは無いが、恩恵を与えたことも無い。前者の事例は国の打倒を掲げる反乱軍の頭に欠片も記憶されていない。国を統治してきた術師達の崇拝の象徴、国を掌握する為の最期の障害としか認識されていなかった。
空魔精霊獣が首都の領地に入った瞬間、地面や高層の建物から十数のワイヤーが射出され身動きを封じた。封じたというより、空魔精霊獣が意図的に進行を止めただけなのだが、反乱軍は既に臨戦態勢であり、足止めに成功したと思い込んで次の攻撃を仕掛けてくる。街中から打ち出された砲弾が孤を描いて空魔精霊獣に直撃し、山の様な巨体を隠すほどの爆炎が生じるが、傷を負わせることは叶わない。
首都全体に咆哮を轟かせながら、岩石の体表を展開して生じた灼熱により身に纏わり付いていたワイヤーを瞬く間に蒸発させる。地を駆ける者共と宮殿に居るであろう者共に、戦闘の意思が無い事を告げるが、彼らは味方以外の声に耳を貸せるほど冷静ではなかった。
繰り替えされる砲撃の中、無駄に消費される資材と魔力を嘆いた空魔精霊獣は、とうとう反乱軍の殲滅を開始した。壁を作り、熱を吐き、逆らう者全てを消し去っていく。火と土を司る空魔精霊獣にとって、地を経由して街全体の構造や、どこに誰が潜んでいるかを把握することは造作もない事だった。故に、街を挟んだ所にある工場の地下から巨大な何かがせり上がって来るのも感知していた。現状で動く物があるとすれば、反乱軍の設備以外に考えにくい。空魔精霊獣はすぐさま工場ごと地に沈めようと魔術を放つが、工場の敷地に魔術が届いた瞬間、四方に散ってしまう。暴走した魔術は家屋を砕き、道を粉砕し、砂嵐を巻き起こす。
魔術が対策されているならばと、火炎を吐くが、いつの間に展開されたのか工場の前には防火壁が火炎の侵入を防いだ。しかし、強力な火炎に防火壁はたった一度でその役目を果たし尽くしてしまい、中央から放射状に溶けていく。
対魔術障壁装置も、特殊防火壁も、製造コストの割りにたった一度で破壊されてしまったが、反乱軍は誰も惜しむ様子は無い。それどころか、勝利に近付くことで胸を高鳴らせた。もし魔術か火炎、どちらかを二連続で放たれていたならば、反乱軍は勝機をみるより先に壊滅していただろう。しかし、彼らは賭けに勝った。後は最後の一歩踏み出し、勝利をその手に掴むのみ。
「対空魔精霊獣用高濃度魔力圧縮型電磁投射砲」溶けた壁の向こうから顔を覗かせた黒く長い砲身はそう呼ばれていた。
頑丈な体表を、あらゆる物を跳ね除ける翼ごと撃ち抜き絶命させる為には、途方もないエネルギーが必要であり、残念ながら現在の機械工学だけではエネルギーを賄うことは叶わなかった。技術者が悩んだ末に出した答えは、魔力との融合である。幸いなことにこの国には優秀な魔術師が多く存在し、その殆どは宮殿にまとめられている。どうせ死人になるならば、死を有効活用しようという発想に至るまでは良かったが、問題は魔力が生命機能の停止と共に失われてしまうということだった。
術師の魔力を活用する為には生け捕りにする必要がある。正面からでは倒すことすら難しい術師を生け捕りにする、一人二人ならばどうにかなるかもしれないが、数十人規模となると戦力がいくらあっても足りない。新たな難問にぶつかる技術者と指揮官であったが、解き明かしたのは意外にも粗暴な戦闘員だった。
「術師は強力な戦力だが、戦士じゃない。奴らはお行儀良い戦い方しか知らない上に、伝統やら地位を気にする。宮殿内に押し込んじまえば、ビビッて強力な魔術は使えないだろうさ。逆にこっちは何も気にする必要はねぇ。人質、脅迫、奇襲なんでもござれだ。捕らえるのもそう難しくはないぜ……と、気にする事が一つあったか、頭に血が上って術師を殺しちまわないようにしないとな」
余裕だと言わんばかりに笑って見せる戦闘員は「宮殿に押し込むまでの手筈は指揮官と技術者の仕事だからな。しっかり頼むぜ」と付け足した。
不確定な予測に基づいて作戦を立てるのは気が引けたが、実戦で培ってきた勘というのも戦場では必要である。戦闘員の気持ちが乗っているならば、彼らが油断しないよう注意しつつ、彼らの意見を尊重した配置で作戦を決行すべきだと結論づいた。
結果、作戦は成功した。街中で爆発による騒ぎを起こして混乱状態にし、家族や恋人を人質に取ると、呆気ないほど術師は投降した。反乱軍の「投稿すれば命は助けてやる」という言葉を素直に信じてしまう育ちの良さに、戦闘員は皆笑いを堪えるのに苦労した。当然、反乱軍の言葉を信じず戦う術師もおり、被害が全くなかったわけではないが、宮殿という伝統を盾にした反乱軍の勢いを止めることは出来なかった。
司教である空魔精錬術師を含めた四十人弱もの術師を捕虜とし、電磁投射砲の糧となった。個々の魔力量にもよるが三十人前後もいれば空魔精霊獣を討ち取れる計算だったので、電磁投射砲の準備は万全だった。肉眼で銃口を覗けば視力を失うほどのプラズマが発生し、弾丸は発射されるのを今か今かと待っている。
そして、遂に時は来た。防火壁が全て溶け、見晴らしの良くなった視界の先で空魔精霊獣の視線と電磁砲の銃口が交わる。刹那、雷電を纏った火炎が空を焦がし、空魔精霊獣の顎から背中を突き抜け、天へと昇っていった。
一瞬の出来事だった。この一瞬の為にどれだけの年月が掛けられたのか、何人の命が犠牲になったのか、計算する物はいない。今はただ、街の外に佇んでいた岩山が崩れ去って行くのを見届けるので精一杯だった。
空魔精霊獣の死を大地が泣き叫んだ後、街のそこらかしこで歓声が沸き起こった。国を打倒した反乱軍は歓喜し、武器を捨て、戦友と手を握り、身体を抱き合わせる。
敗北した国の在り方が間違っていたのか、勝利した反乱軍の想い正しかったのか、誰にも分からない。ただ、これからの未来を踏まえた上で一つ正解を挙げるとするならば、街の避難所に押し込められた一般市民が抱く不安感だった。




