第70話
一日→約28時間。正確に1時、2時などは決まっておらず「夜明け、朝、昼、日中、日暮、夜、夜更け」の七つの刻限で区切られている。
「勝利だ。お嬢さん、目的の物だが……」
「すごい!このゴーレム、全身がヘルファイア石で出来てるんだ!」
戦闘が終了し、純白のマントを翻して決め台詞を言う男の声を遮ってシルフィアが感動の声を上げた。声の方を見るといつの間にやら、最初に倒したブランドウォンズの残骸を拾い集めていた。纏っていた業火は動作を停止した時に消えている。
「……確かにブランドウォンズはヘルファイア石の塊だが、お嬢さんが欲しい物は見つからないよ」
「あ、お兄さん。助けて頂いてありがとうございます!」
男に話し掛けられて初めて戦闘が終了したことに気付いたシルフィアは、素材集めを中断して深々と頭を下げた。
「礼は不要さ。それより、お嬢さんが探しているのは熱を持たぬヘルファイア石だろう?」
「そうですけど、なんで分かったんですか!?」
「ふっ、正義の心が教えてくれたのさ」
仮面の位置を直しながら答えると、井戸の中を指差す。
「この溶岩の中を探すと良い。探し方は言わずとも、お嬢さんなら察しが付くだろう?」
「はい!やってみます!」
男の助言を得て、シルフィアは早速井戸を覗き込み、溶岩の中へ交魔線を伸ばした。どういう仕組みか、狭い井戸の中で常に回転する様に流れている溶岩の中に交魔線が侵入する。溶岩から止めどなく流れ込む熱量に、シルフィアは意識が焼け溶けてしまいそうになり、足元をふらつかせた。
『万物、焼、溶、焼、溶』
全てを焼け溶かす。願いは一点のみであっても声は際限なく押し寄せて来る。シルフィアは苦悶の表情を浮かべるが、交魔線を奥へ奥へと進ませていく。すると、これまで泥の中を進んでいた感覚から一変して鉱物にぶつかる。
『燃、命、生』
周囲の環境から考えると異質な、熱の無い声。シルフィアは直ぐに、この声の持ち主が自分の探し求めていたヘルファイア石だと理解した。
「あなたの力が必要なの。一緒に来てくれる?」
『了承。灼熱、抱擁、希望、我、使用、直前』
呼び声に快く答えてくれたので、シルフィアは交魔線を解除して火の魔術で編んだ網を井戸の中に放り投げる。網を伸ばして行き、熱を持たぬヘルファイア石を掬い上げた。不要な溶岩を落してから、網を風呂敷に変えてヘルファイア石を包んでポーチに入れた。
「やった!これであの人を助けられる!」
「おめでとう。それでは、急いで戻ろう」
男は短い拍手の後、シルフィアを先導するべく広間を出る。
石造りの廊下を進みガラス戸を開けると、そこには来た時の様な洞窟は影も形も無く、無骨な岩がそこらじゅうに転がった広間になっていた。広間の対角線状には大きな扉が開いたままで、真っ直ぐ走れば簡単に出口に向かえそうだが、そう簡単な話しではない。
「「「ゲァッ!ゲァッ!」」」
火炎を纏ったモンスターが所狭しと広間に湧いて出て来ていたのだ。モンスターは短い尾を持った二足歩行でかなりの前傾姿勢であり、前足は短いものの鋭い爪が火炎の中で光っている。獲物を見つけて興奮しているのか、横長の単眼を卑しく湾曲させている。
「来た時と地形が変わってる!?」
シルフィアが驚いているのを余所に、男はモンスターの群れに飛び込んでハンマーを横に薙いだ。
「私が道を拓く!急いで村に向かいたまえ!」
男はあたかもこの状況になる事を知っていたかの様な落ち着き具合で、次々とモンスターを薙ぎ払って行く。モンスターの群れに飛び込むことに微かな躊躇いを見せたシルフィアだったが、両手を握って全速力で走り出した。モンスターの一部は新たに飛び込んで来た獲物に標的を変えるが、シルフィアの迎撃魔術が発動されるより早く、ハンマーの餌食になって吹き飛んで行く。
「ヒッテネーボ程度に遅れは取らない。脱出することに専念したまえ」
仮面の下で余裕のある笑みを浮かべて見せる男に礼を言ってシルフィアは広間を脱出した。
「お兄さんも早く逃げましょう!」
「私はお嬢さんが安全に脱出したのを確認してから撤退する。構わず先に行くと良い!」
ヒッテネーボの群れに隠れて男の姿は見えないが、声色と吹き飛ぶヒッテネーボの数から察するに一人残しても問題は無いだろう。しかし、シルフィアはどうしても男の身が気掛かりで足を動かせないでいた。
「今お嬢さんの手助けが必要なのは私ではないだろう!自分の目的を忘れるな!」
男からシルフィアの様子は見えない筈だが、彼の言葉は適切に少女の迷いを払って背中を押した。
「ごめんなさい!ありがとうございます!」
シルフィアは深々と頭を下げた後、出口に向かって走り出した。
「行ったか。……んじゃあ、こっからは好き放題やるぜ!数えといてやるから好きなだけ出てきやがれ!」
出入り口の巨大暖炉が動く音を聞いてから男は仮面とマントを脱ぎ捨て、愉快さを一切隠すことなく笑って見せた。
遺跡から脱出したシルフィアに気付き、立ったまま休んでいたパーツが目を覚ます。
「ごめんね。村まで行ける?」
「キーン」
パーツが「余裕だ」と言いたげに鳴き声を上げてくれたので、シルフィアは少し目を細めてパーツの頬を撫でた。
「ありがとう。じゃあ、お願いね!」
飲み水を入れていた土鍋を回収してから、パーツの背に乗って風の魔術を掛ける。パーツは身震いを一つしてから疾風の如き速度でミッセン村へと駆け出した。
【ミッセン村】
朝日がすっかり顔を出した頃に、シルフィアを乗せたパーツはミッセン村に到着した。村は昨日の襲撃でいくつかの損害が発生したが、村の様子は静かなもので、家々から平和な生活音が聞こえて来る。
パーツに乗せてもらってシェルトの家に着くと、急いでトルディの下へと向かう。
「トルディさん!」
アマリアの寝室では相変わらずトルディが魔術を継続しており、傍らでは椅子に座ったシェルトが舟を漕いでいたが、シルフィアの声で意識を覚醒させた。
「シルフィアちゃん!?随分と早い戻りじゃないか、どうかしたかい?」
驚くトルディと不安気な表情のシェルトであったが、次にシルフィアが発した言葉で同時に安堵の表情となる。
「熱を持たないヘルファイア石、採ってきました!」
ポーチから火の風呂敷に包まれたヘルファイア石を見せる。使用する直前まで風呂敷を開けられないが、シルフィアが直接声を聞き、魔力で触れたのだから目的の石であることは間違いない。
「これで材料はそろった……けど、錬金術はアタシも使えないし……」
緩んだ頬も束の間、トルディは直ぐに眉根を寄せた。そう、材料は有っても肝心の錬金術師が居ないのだ。正確には目を覚ましていないのだが、その問題は意外にも直ぐに解決を見せた。
「錬金術なら、僕が引き受けるよ」
三人の視線が一斉に部屋の入り口へ向けられる。そこには顔色こそ優れないものの、しっかりとした足取りで入室してくるステインの姿があった。
「ステイン!!もう起き上がって大丈夫なの!?」
「あたしは何度も止めたんだけど、聞きゃしないよ」
ステインの代わりに応えるのは目元を少し腫らしたテレシアだった。
「二人が心配する程、体調は悪く無いよ。それより、シルフィアには謝らないと。無理をさせたみたいだね、ごめん」
「ううん、気にしないで!遺跡に行った時、少し危なかったけど、仮面を被った白いお兄さんに助けてもらったから」
申し訳なさそうにしていたステインの表情が、僅かな呆れを含んだ疑念の色に変わる。テレシアに至っては明らかに嫌そうな表情をして、それぞれの予想が同じである事を確かめるべく二人は顔を見合わせた。
「あー、王子様が意識を取り戻したところで悪いんだけどさ、少し手を貸してくれるかい?」
トルディが後ろ髪を掻きながら三人の輪に口を挟むと、ステインとテレシアは表情を戻した。
「はい。詳しく聞かせてください」




