第68話
シェルトの家に着いて初めに感じたのは、逞しさの中に溢れんばかりの慈しみを宿す魔力の奔流だった。
宅内に入り、寝室に向かうとベッドの周囲が揺らめいており、その中でトルディがアマリアの耳元で何かを囁いていた。
「トルディさん!」
揺らめきの外から、シルフィアから貰ったヘルファイア石の入った木箱を見せるシェルト。彼の声を聞いたトルディは静かに顔を上げると、揺らめきの中から出て木箱を受け取った。
「ヘルファイア石か、上出来だね」
ほんの一瞬口元を綻ばせたトルディだったが、直ぐに引き締めた表情をシェルトとシルフィアへ向ける。
「アマリアの容体は聞いてるね?今はアマリアの周りに魔術を張って魔力から隔離することで時間を稼いでいる状況だ。アタシとヘルファイア石の魔力を合わせれば数日は魔術を継続させられるけど、根本的な治療にはならない」
トルディが魔気の無い空間を作成したことにも驚きだが、今はそれよりも聞くべき事がある。唇を震わせているシェルトの代わりにシルフィアが口を開く。
「治療するには何をすれば良いですか?」
「……オート・ファミリア―」
視線を微かに下げて告げられた名前にシルフィアもシェルトも心当たりは無く、沈黙で以ってトルディの説明を促した。
「四属性の魔力を籠めた特殊な鉱石さ」
「それはどこにあるんですか!?」
シェルトが掴み掛かるような勢いで鉱石の在り処を聞き出そうとするが、トルディは動じずに首を横に振った。
「探して見つかるような物じゃない。オート・ファミリア―は錬金術によって……人の手で造られた物なんだ」
「錬金術なら、ステインが目を覚ませば……」
シルフィアが希望を見出そうとするもトルディが再度首を振る。
「そう簡単な物でもないんだ。材料はボーデン石、ウィンドクリスタル、ウォータークリスタル、そして特殊なヘルファイア石。ボーデン石はそうでもないが、他は簡単に見つけられる物じゃない」
「そんな……」
シェルトが力無く項垂れる傍らで、シルフィアは視線を上に向けて何かを思い出しながら指を一本ずつ折り曲げていた。
「ボーデン石と二種類のクリスタルならもう集まってます!」
「なんだって!……なら後はヘルファイア石だけか」
これまでずっと固い表情だったトルディが目を見開くが、直ぐに落胆の陰りに隠れてしまう。
「ここにあるヘルファイア石じゃ駄目なんですか?」
「特殊なって言ったろ、シェルト。オート・ファミリア―に必要なヘルファイア石は熱かったら駄目なんだ。人が素手で触っても火傷しないやつじゃなきゃ、人体に使えない」
「わたし、行商人さんにヘルファイア石がどこで見つかったのか聞いて来ます!近くを探せば特殊な石が見つかるかもしれません」
宿屋に向かって駆け出そうとするシルフィアをシェルトが呼び止めた。今の状況で一番急いで特殊なヘルファイア石を見つけたい筈の者からの呼び掛けに、シルフィアは素直に足を止めて向き直った。
「ウィルデル遺跡です。行商人がヘルファイア石を買い取っている時の話しから、ユルヘンが聞いたと言っていました」
「ウィルデル遺跡ね。ありがとう。ちょっと行って採ってくるから、お母さんのこと看ててあげて」
少しでも不安を取り除こうと、軽さの中に優しさを含んだ口調で告げ、シルフィアはシェルトの家を後にした。
「どうか、お願いします」
走るシルフィアの背に向かってシェルトは深く頭を下げる。その後ろでトルディが苦虫を噛み締めた様に顔を顰めた事は誰も知らない。
ウィルデル遺跡に行く事をテレシアに告げるべく宿屋に戻ったシルフィアを待っていたのは意外な人物だった。
「シルフィア!どこ行ってたんだ!?」
「エトこそどこに行ってたの!?でも良かった、無事だったんだね」
再開を喜ぶ暇も無くエトはシルフィアの手を取る。
「牧場のねーちゃんが怪我して動けないんだ。早く来てくれよ!」
「ちょ、ちょっとだけ待って!直ぐに戻るから!」
腕を引っ張られて転びそうになりながらもシルフィアはエトに手を離してもらい、ステインの部屋へと急ぐ。途中で行商人がマイペースに「ヘルファイア石はどうでした?良い品だったでしょう」と聞いて来たので、質問はスルーしてヘルファイア石がウィルデル遺跡で採れたのか確認する。
ステインの部屋に戻ると、不思議な事に焦っていた気持ちは心の底に沈んでいき、いつの間にか上がっていた息を整えさせてくれた。
「テレシア、わたしヘルファイア石を採りにウィルデル遺跡に行ってくるね」
「うん……」
「ステインのこと、お願いね」
「うん」
布団越しのステインの体に俯せになりながらテレシアは返事をする。言葉を正しく聞き取れているのか定かではないが、シルフィアはそれ以上何も言わずに部屋を後にした。
一階に戻りエトの手を握って宿屋の外に出ると、風の魔術を使って牧場へ跳んで行く。全速力で走るより倍以上の速度で移動できる反面、着地する度に辺りへ強い風圧が飛び散る。家屋に被害が出る事はないものの、周囲を警戒中だった自警団にモンスターの襲撃かと勘違いさせてしまう。しかし、風は自警団に正体を知られるより先に吹き抜けて行く。
牧場に到着後、風の魔術を解除して走ってエルセの所に辿り着くと、仰向けに倒れたままで顔色は悪く、呼吸をする度に苦悶の表情を浮かべていた。
「エルセさん!今治しますからね!」
言いながらエルセの腹部に両手を当てて適正属性を測る。手の平に地水火風の順に一つずつ魔力を籠め、吸い付く様な反応を見せたのは火属性のみ。次に火属性の魔力を微量流し込み、魔力の反応がどれだけ薄くなるかで魔力量を測定する。
本来なら専用の器具を要する検査だが、小さい頃から魔気や魔力と密接な生活をしてきたシルフィアは文字通り触れただけで分かる。火の魔気で編んだ回復魔術を施し、エルセの体が薄い赤の光に包まれたかと思うと、光は直ぐに景色へ溶ける様に消えた。
「うう……ん?あれ、なんだか楽になった」
「魔術で回復しましたけど、どこか具合の悪いところはありませんか?」
「うん、大丈夫だよ。悪いね、助けてもらってばかりで」
エルセは体の具合を確かめながら上半身を起こすと、眉尻を下げながらお礼を言った。
「いつも美味しいミルクを頂いてますから、これくらい気にしないでください」
笑顔で告げてから立ち上がり、他に怪我人が居ないかエトに尋ねる。
「牧場にいた人達は大丈夫。それよりにーちゃんはどこ行ったんだ?シルフィアを呼びに行くって言ったきり姿が見えないんだけど」
「ステインは頑張り過ぎて、今は宿で休んでるから静かにしてあげて。わたしは急ぎの用事があるからもう行くけど、エトもあんまり無茶しないでね」
言葉半ばに走り去ろうとしたシルフィアだったが、視界の端で違和感を感じて立ち止まる。辺りを見渡して違和感の正体を探すと、畜舎の中にそれは居た。幅のある体躯のエンコエに混じって一頭、縦に長い首を持った動物が混じっていた。
「エルセさん、あのパーツ借りれませんか?」
「パーツ?ああ、あの子はウチのじゃないよ。パーツ貸し屋の旦那と一緒に逃げ込んで来たんだけど……いいさ、使いたいなら使いな。旦那にはウチから言っとくからさ」
「ごめんなさい、ありがとうございます!」
謝罪と感謝を同時に伝えられてエルセは肩で笑ってみせるが、シルフィアは気にせずパーツのもとに駆け寄る。パーツは怯えた様に身震いさせたが、シルフィアに撫でられた途端に大人しくなり背を見せてくれた。
「良い子。少し急ぐけど、頑張ってね」
パーツの背に乗るのに二回ほど失敗したが、無事に乗り込んで手綱を握り、いざウィルデル遺跡へと出発というところでエトに呼び止められる。
「パーツを使うぐらい遠くに行くならオイラも付いて行くよ!モンスターが出たら危険だ!」
「エト……。心配してくれるのは嬉しいけど、わたしなら大丈夫。わたしよりもステインとテレシアが暫く休んでる間、この村を守ってあげて」
シルフィアに言い聞かせられながらも食い下がろうとするエトだったが、言葉は喉から出る前に霧散していった。地上を照らす暖かな夕日を体現した笑顔に「頼りにしてるよ」と言われてしまっては、少年が口に出来る言葉など一つしか無い。
「……任せとけって!」
落ちかけの陽の光には負けまいと、歯を見せる明るい笑顔でサムズアップ。その返答に満足したシルフィアは「いってきます」と告げ、パーツを走らせた。風の魔術が掛けられたパーツは畜舎を飛び出すと、たちまち平原の彼方へと消えて行った。




