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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第67話

バルタ→レイセヘル王国の通貨。硬貨と紙幣があり一般的に硬貨はバルタ金、紙幣はバルタ札と呼ばれている。1、2、5、10、20、50が硬貨として、100、200、500、1000が紙幣として発行されている。


 ミッセン村に重圧を掛けていた黒雲が夕日へ溶ける様に消えて行くのを最初に見たのはシルフィアだった。忘れかけていた陽の光を目にして驚異が去った事を悟り、宿屋へ掛けていた精錬を解く。

 村人達も空の変化に気付き始め、安堵の声がそこかしこから聞こえて来る中、シルフィアは階段を下りて行く。

 一階では緊張を緩ませながらも、巡回に出た自警団の報告を静かに待っていた。


「シルフィア!」


 扉の横の壁にもたれ掛かって座っていたテレシアが手を振る。


「テレシア、大丈夫?無茶しすぎだよ」


 座る人々の合間を縫ってテレシアに近付くと顔色は悪く、声色には出ていなかったがしんどそうに見える。まだ魔力が回復し切っていない為だろう。シルフィアに回復魔術をかけてもらい、魔力が補給されると徐々に顔色は良くなっていった。


「ありがと。それじゃ、あたしよりも無茶してるご主人様を迎えに行こうか」


 壁に支えてもらいながら立ち上がるテレシアに、シルフィアが気遣いの言葉を掛けようとした時だった。


「大変だ!王子様がっ!!」


 体格の良い男が扉を蹴破る勢いで入って来る。男の言葉と肩に担がれているステインの力無い姿に、周囲の空気が凍り付いた。


「ご主人様!?」


「診せてください!」


 二人の少女の剣幕とも取れる態度に圧されながら、男はステインを床へ寝かせた。テレシアが左手を握って主人へ呼び掛け、シルフィアがステインの右手を握って回復魔術をかける。しかし、ステインは目を覚ますどころか呻き声の一つも上げない。


「ただの脱魔力症だよ。暫く休ませてやれば直に回復するさ」


 ステインの代わりに声を発したのはトルディだった。彼女は二人の少女の頭を宥めるように撫でると、男にステインを部屋まで運ぶように命じた。

 男に担がれたステインを追ってシルフィアとテレシアは二階へと上がって行く。

 一難去ってまた一難。開け放たれた扉から少年の焦り切った声が響いた。


「だ、誰か!母さんを助けてください!」


「シェルト。医者に診せたんじゃないのかい?」


「お医者さんじゃ治せないって言うんです!魔力や魔術に詳しい人を連れて来てくれって!」


 シェルトの必死の叫びも虚しく、宿屋に集まっていた人々は気の毒そうに顔を背けた。その態度が何を意味するのか察したシェルトは目に涙を滲ませ、喉に言葉を詰まらせる。


「ったく、ここも取っ払う時が来ちまったかい」


 トルディは場の空気から孤立した様に呟くと、長い銀髪を暴れさせながら頭を掻いてシェルトの肩を叩いた。


「アタシが診る。行くよ」


 普段の陽気さはどこかに消え失せ、どこまでも冷静な声がシェルトの耳に届いたが、彼に様子が変化した事に気付く余裕はなく、先に走り出していたトルディの後を全速力で追った。




 トルディとシェルトが家に着くと、寝室では医者が真剣な表情で回復魔術と心臓マッサージを繰り返していた。


「母さん!」


 母、アマリアの弱った姿に飛びつくシェルトと、落ち着いた足取りで医者の隣りに歩み寄るトルディ。


「容態は?」


「体内で魔力が作られていない。魔力欠乏症でいた時間が長すぎたんだ」


 奥歯を噛み締めながら告げる医者の横顔を一瞥してからアマリアの顔へ視線を移す。血の気はとっくに引いており、全身から力が抜けている。医者の処置が無ければ既に亡き者に変わり果てているだろうが、それも後どれだけ持つか分からない。それにも関わらず、トルディは落ち着き払った口調で話す。


「シェルト、宿に戻って魔力を多く含む、もしくは含める物を持って来な。行商人か王子様の一行に聞けば何かしらあるだろう。あんたは一旦自分の診察所に戻って魔力回復に役立ちそうな薬品を片っ端から持ってくること」


 命が尽きかけて行く事に嘆き、焦る二人だったが、トルディの声に対し思わず疑問符を浮かべる。


「さっさと動きな!死なせたくなかったら、なんて馬鹿な言葉をアタシに言わす気かい!?」


 トルディが声を荒げると、シェルトと医者は背筋を伸ばして返事をしてからそれぞれの役割を全うすべく全速で動き出した。

 騒がしい足音が去ってから、トルディはアマリアの冷たい頬を両手で包み、魔力の流れに神経を集中させた。




 シェルトが宿屋へ駆け込むのは本日三度目だが、村人達は一様に驚きを表し視線を集中させる。


「行商の方は、居ませんか!?」


 息切れしながら張り上げられた声に、集められた視線は散開して目的の人物を探すがラウンジには居ないらしく、その内村人達も声を上げて行商人を探し始めた。

 一階で広まった声は二階にも響き、ステインを看ていた二人の耳へ届いた。


「なんだろう?騒がしいね」


「……うん」


 椅子に座り俯きがちになりながら容体を見守るシルフィアが呟くと、ベッドで眠るステインの体を挟んだところで突っ伏しているテレシアが生返事をした。


「わたし、少し見てくるね」


「……うん」


 シルフィアは音を立てないように椅子から立ち上がって部屋を出ると、騒ぎの中心となっている一階へと降りた。


「魔力を多く含んでいる物か、多く含める物はありませんか!?母さんが危険なんです!」


「あいあい、それなら丁度良い物がありますよ。つい先日入荷したヘルファイア石!火の魔気が凝縮し個体になったと呼ばれるこの石なら……」


「それ下さい!」


 切迫した雰囲気などお構いなしに営業スマイルで商品の説明を始める行商人だったが、シェルトに言葉を遮られると口をヘの字に曲げた。


「四千バルタ」


 不愛想に差し出された手の平にシェルトの顔色が曇る。急いで出て来たので財布など持って来ていないし、持っていたとしても一家の半月分の生活費に相当する金額を出せる訳がない。行商人とて無理な金額であることは承知しているが、希少な石を無償で提供するほど商才に欠けている訳でもない。代金が払えないことを確認すると、差し出した手を引っ込めて無造作に頭を掻いた。


「こっちは代金さえ合えば小銭でも構わないんすけど……」


 視線を泳がせながら告げられた言葉に村人達が正気を取り戻したように顔を上げた。


「よ、よし!皆で少しずつ金を出し合おう!」


「小銭でも良い、金を持っている奴は集まってくれ!」


「あたし家からお金持って来る!」


「おう!家が近い奴はひとっ走りしてきてくれ!」


 ラウンジを村人達が狭そうに行き交い始め、少しずつヘルファイア石の代金が集まって行くが、急な襲撃であった為、財布も持たずに避難して来た者の方が多い。自宅に戻った者達が返って来れば何とか代金を払えそうではあるが、それを待っていられるほどアマリアの容体は良くない。シェルトは村人達への感謝の気持ちよりも焦りが勝ってしまい、礼を言うのも忘れて顔を顰めるだけだった。

 シェルトの様子を横目に見ながら小銭を数える行商人の目の前に、四枚の紙幣が差し出された。


「これでヘルファイア石を下さい!」


 行商人が目を丸くして顔を上げると、シルフィアは急かす様に紙幣を突き出した。


「ま、毎度あり!こちらがヘルファイア石になります。素手で触ると危険なので、使用する直前までは箱から出さないようお願いします」


 四角い木箱の蓋を開け手の平大程のヘルファイア石を見せてから、蓋を閉めてシルフィアに渡す。


「ありがとうございます」


 木箱を大事そうに抱えるシルフィアはシェルトへ向き直る。シェルトの脳は度重なる状況の変化を受けて既に処理容量を超えており、口は動かせども言葉が出せないでいた。


「さ、行こう。お母さんが大変なんだよね」


 シルフィアに手を取られ、シェルトはやや覚束ない足取りで走り出す。次第に意識が鮮明になって行くとシルフィアの手をそれとなく振り払い、腕を大きく振って自宅へと急いだ。


「お母さんの症状を聞いても良い?」


 走る速度を緩めずシルフィアが問うと、シェルトは一際大きく息を吸い込んでから答える。


「長時間魔力欠乏症でいたせいで、体内で魔力が作られなくなってしまったんです!」


 聞いた側でありながらシルフィアは思わず顔を引きつらせた。体内で魔力が作られなければ常に魔気の影響を受け続ける。体温や水分、呼吸器に筋肉といった所に異常をきたすので当然、人の体が生命を維持することは困難な状態に陥る。魔力が微かでも残っていればシルフィアの回復魔術で小康状態を保つことは出来ただろうが、魔力を失ってしまえばいくら回復魔術を施したところで回復は見込めない。

 シルフィアは頭の中に過ぎった一文字を振り払うべく、走る足へ意識を集中させた。




脱魔力症→短時間に魔力を多量に消費すると発症。強い疲労感や激しい動機に見舞われ最終的には意識を失うが、死に至る事は稀。脱魔力症で意識を失ってしまうと回復魔術を受け付けなくなり、自然回復を待つしかなくなる。薬品を摂取させることで自然回復を早めることは可能。

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