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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第7話

「えー!留守番ー!?」


 いつもと変わらぬ静穏な朝を迎えたゲレゲン村であったが、村の隅にある普段は人気のない家屋から不満の声が上がった。


「いつ村に帰って来れるか分からないんだ。ハルムさんに手綱を渡す約束があるし、我慢してくれよ」


 今にも掴み掛かって来そうなテレシアを宥めようとするが、逆に頬を膨らませる結果となった。


「渡すのなんて村長とか雑貨屋にでも頼めば良いじゃんか」


「そういう訳にもいかないよ。村から頼まれたことじゃなくて僕個人が勝手にやったことなんだから」


「じゃあご主人様が最後まで責任持ってやり通すべきだろ」


「それが出来るか分からないからテレシアに頼んでるのだけど」


「頼みならこっちにも拒否権はあるってことだろ?じゃあ嫌でーす!」


 これで話しは終わりだと言わんばかりにそっぽを向いて両耳を手の平で防ぐのだが、頬だけは依然として膨らんだままである。頼んで駄目なら命令すれば良いのかと思うが、そんな屁理屈にもならないことを言ったとして、テレシアの首が縦に振られるだろうか。答えは当然ノーだ。

 どうしたものかと悩むステインは視線をテーブル上のなめし革へ移した。あえて手綱まで完成させずなめし革の状態のままなのは、手綱作りをテレシアの暇つぶし用にしようと考えていたからだ。手綱を作るのは何てことはないのだが、どうやって渡そうか考えていると、耳から手を放したテレシアが口を開く。


「だ、大丈夫だって!昨日みたいなヘマはしないから、さっと行ってパッと帰ってくれば時間的には全然余裕っしょ!ご主人様だって自分の手で渡すのが一番だろ?」


「それは……まぁ、そうなんだけど」


 確かに村と霊山の麓を往復しても受け渡しの時間までは余裕がある。しかし、そう簡単に空魔精錬術師へ弟子入り出来るだろうか。断られた場合こちらの都合になってしまうが、王都から遥々やってきた身として素直に帰るわけにはいかない。


「ならさっさと少年捕まえて森に行こう」


「はいはい、手綱を作り終えたらね」


 急かすテレシアに適当な返事をし、雑貨屋へと向かう事にした。手綱を持って空魔錬金術師の所へ行き、受け渡しの時間に間に合いそうになかったらテレシアだけを村へ帰せばどうにかなるだろう。エトがいるので、何もしなければ森の行き来に関しては大丈夫だろう。問題はステインが弟子入り出来ず一人霊山の麓に残された場合なのだが、その時は一晩野宿でもしてテレシアが迎えに来てくれるのを待とう。


「(……迎えに、来てくれるよな?)」


 一抹の不安がステインの胸を曇らせたが、悪い事ばかり考えても仕方ないと自分を納得させることにした。


 

 手綱を作るのに必要な金属を買う為に雑貨屋へ向かったのだが、店の前に小さな子供が集まっていて賑やかである。


「おい!ここは遊び場じゃないと何度言ったら分かるんだ!」


 騒ぎを聞きつけたフレークが扉を勢いよく開け放ったが、子供達は驚く素振りすら見せない。


「わー!フレークだー」


「おはよー!」


「お店のまえキレーにしといたよ!」


 足元に群がってくる子供達を見て本気で顔を顰めるフレークだったが、流石に振り払うことはしない。


「おはようございます。子供達に人気なんですね」


「いい迷惑だ!……あ、失礼しました」


 ステインが声を掛けると顰め面のまま反論するフレークだったが、来訪者の顔を見た途端に平静を取り戻す。咳払いをして眼鏡の位置を直すと改めてステインへ顔を向けた。


「おはようございます。今日も何かお探しですか?」


「はい。具体的には決めていないのですが、金属系の物を探しに来ました」


「そうですか、どうぞゆっくり見て行ってください。ほら、お客様が通るからお前たちは退くんだ」


 フレークが手を振るうと、子供達は素直に店の壁側へ寄って入り口を開けた。


「メイドさんだ」


「お金もち?」


「お店もっとキレ―にしておけばよかったね」


 小声で会話する子供達の意識は雇い主であるステインよりも従者のテレシアへ向いていた。確かにどこにでもいる若者の格好をしているステインよりも、エプロンドレスという特徴的な格好をしているテレシアの方が珍しいだろう。


「ふふん、子供からの支持はあたしの方がありそうだな」


 店に入るや否や得意気に鼻を鳴らすテレシアを無視して金属が並んでいる棚を探す。


「おい、無視すんなよ」


 食い下がってくるが尚も無視を続行。特段意地悪をしようという気はないのだが、いちいち構うのも面倒なのだ。


「なあ……ちぇ、もういいよ」


 とうとう諦めたテレシアの表情に物悲しさが見えたので、ステインは流石に不憫だと思い、適当に見繕った金属をカウンターに持っていく間際に声を掛けることにした。


「子供から好かれるよう、テレシアのことを見習うよ」


「え?あ、なんだよ、今更反応しても遅いかんな!」


 腕を組んで顔を背けるが、それが急ごしらえで怒りを表したというは彼女の様子を見ていれば明らかだった。コロコロと変わる表情がついおかしくなり、ステインは声を押し殺して笑う。


「なに笑ってんだよ!」


「ごめんごめん、テレシアの素直さが面白くって」


「はあ!?」


 今度は本当に機嫌を損ねてしまったようだが、こんなことは日常茶飯事である。ステインは笑いが治まり次第カウンターで支払いを済ませた。


「おっ!にーちゃん達、来てたのか」


 雑貨屋を出ると、相変わらず店の前に集まっていた子供達の所にエトが混ざっていた。


「やあ。少し買い物にね。エトも何か買いに来たのかい?」


「オイラは買い物じゃなくて依頼の報告だよ」


「依頼?」


「うん。っとは言っても、そんな大それた事じゃなくてどっちかって言うと村の手伝いかな」


「ああ、もしかしてこのお悩み相談って……」


 ふと記憶の中に思い当たる節があったので、入り口の脇に立て掛けられた木の板を差すとエトではなく脇にいた女の子が手を上げて応える。


「それテクラがかいたー!」


「そうなんだ。これなら僕みたいに外から来た人でも、このお店がどんなお店なのか分かりやすいね」


 ステインしゃがみ込んでテクラを褒めると、テクラは嬉しそうに笑って見せた。


「にーちゃん、こいつらと会うのは初めてだよな?名前だけでも紹介しとくか」


「お願いするよ」


 エトが誰から紹介しようか少し迷うと、その僅かな時間も待てないといった様子でテクラが名乗り出た。


「テクラはテクラだよ!」


 これを皮切りに、残る二人も自分で名乗ることにした。


「おいらはヒリス」


「わたしはドーラって呼んでね」


「うん、よろしく。僕はステインで、こっちはテレシアっていうんだ」


 テレシアの名を紹介すると、雑貨屋に入る時と同じく子供達の注目は一斉にテレシアへと向けられた。


「メイドさんだ!」


「さわってもいーい?」


「キレ―だねー」


「おいおいそんなに褒めるなって。あ、おい、あんまりぐしゃぐしゃにすんなよ」


 瞬く間にわらわらと群がられるが、テレシアは普段と変わらぬ様子で対応する。しかし、それが子供達には不自然だったのだろう、三人とも眼を丸くしている。


「なんだか」


「思ってたのと」


「ちがうね」


 一様に抱いた疑問を三つに分けて言葉にされるが、テレシアは動じずに告げる。


「メイドなら全員堅苦しい物言いすると思うなよ?よし、これから現場で働くメイドの本当の姿を教えてやろう」


 テレシアの態度に初めは驚いていた子供達だが、次第に彼女の飾らなさが気に入ったのだろう、眼を輝かせて話しをせがんだ。


「こら、僕たちはやることがあるだろう」


 友好を深めるのは良い事だが、変なことを吹き込んで誤解を生んではいけないので、ステインはテレシアの腕を引っ張った。楽しみを奪われて不満を口にする子供達だったが、エトが慣れた様子で言い聞かせた。


「オイラはもう一つ依頼があるから、それを片付けたらにーちゃん達の所に行くよ」


「うん。時間的にそれぐらいが丁度良いと思う」


「つぎはお話しきかせてねー!」


「じゃあねー」


「ばいばーい」


 エトと予定を合わせ、子供達と別れの挨拶を交わしてからステイン達は雑貨屋を後にした。この後、雑貨屋へ入ったエトがフレークに煩いと叱られたのは言うまでもないだろう。




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