第57話
トルディに叱られはしたものの一連の騒動のお陰で三人の仲は自然に戻っており、素材が詰め込まれた布袋を担いだステインを先頭に牧場へ足を運んでいた。
放牧されたファイタンがのんびりと日向ぼっこをしている様を見ると、今朝までの緊張が癒され自然と表情が柔らかくなる。エンコエの姿が見えないので、恐らく畜舎で食事中かミルク搾りの時間なのだろう。
「暢気なもんだな~。ご主人様にしちゃ良い場所選んだな」
「目的は別にあるのだけど……あ、エルセさん!」
牧草地を囲む木の柵にもたれ掛かりながらファイタンと一緒に日向ぼっこをするテレシアを余所に、畜舎から出て来たエルセに手を振る。すると、向こうもステインの存在に気付き、手を振りながら駆け寄って来る。エルセの豊かな胸が元気に揺れるものだからステインは若干目のやり場に困るが、エルセ本人が気にしていない様子だったのでなるべく意識しないようにした。
「やぁやぁ、数日ぶりだね。今日はどうしたんだい?」
「これから依頼された物を錬成しますので、エンコエとファイタンの角を頂きに来ました」
「お、そうかい!ちょっと待ってて、直ぐに取って来るから!」
走って来たばかりだというのにエルセは畜舎の隣りに建てられた事務所に向かって走って行く。ステインが「急がなくても大丈夫ですよ」と声を掛けるも、振り返らず元気に手を振って答えてくれた。エルセばかりに移動させては悪いと思いステインは事務所に向かって歩きだすが、シルフィアは子ファイタンと駆けっこをして遊び、テレシアは親ファイタンに混ざって日向ぼっこをしている。
自由な者は自由にしておき、ステインは呼び笛の素材となる二種類の角を受け取る。エンコエの角は茶色がかっており、長さはステインの上半身程で、太さは腕より一回り太い。ファイタンの角は真っ白で、指先から手首ぐらいの長さ、太さは親指より一回り太い程度だ。
笛の素材となるには立派過ぎる角にステインが感嘆の言葉を漏らすと、エルセは「ウチの牧場は他と鍛え方が違うからね」と誇らしげに語った。育て方ではなく鍛え方なのかと聞きたくなるが、ミルクから角まで栄養が隅々に行き渡っていることと、飼育員達が愛情を持って動物達を育てていることは角を通じて伝わって来たので野暮な質問は控えた。
「これから依頼された物の精錬を始めたいのですが、少し場所を借りてもよろしいでしょうか?」
「うん?散らかってるけど事務所なら好きに使ってくれて構わないよ」
薬や農具を作るのだから工房の様な設備が必要と思っていたエルセは、ステインの申し出に疑問を感じながらも承諾する。
「いえ、事務所ではなく……失礼、シルフィア!」
牧草地には豊かな魔気が漂っており精錬には打って付けなのだが、ステインには細かな魔気の濃さが測りかねる。シルフィアを呼び寄せると一緒に遊んでいた子ファイタンも付いて来てしまうが、エルセの慣れた手つきによって親の元へ帰される。
「精錬する場所だけど、どこか適切な場所はあるかい?」
「う~ん、牧場全体が土の魔気のお気に入りみたいだからどこでも大丈夫だよ」
それならばと、ステインは邪魔にならなそうな事務所の脇の空き地を指定する。精錬がどういったものなのか知らないエルセが頭に疑問符を浮かべていたので簡単に説明すると、更に疑問符が増えてしまう。
「ウチにはよく分かんないけど、ウチの子達を変に刺激しないんだったら場所は好きに使いなよ」
疑問符で首が曲がるより早くエルセは笑い飛ばす。彼女にとっては精錬がどうこうよりも、動物達に害が及ばなければそれで良いのだ。
シルフィアとステインは礼を言ってから、精錬の準備に取り掛かる。日向ぼっこ中のテレシアへ呼びかけるも、彼女と周囲のファイタンが漂わせる悠々自適な空間に人の声は届かず、エルセからも放置を提案されたので二人は精錬を始める事にした。
先程受け取った角と布袋を下ろし、布袋から鉱石や薬草を取り出す。どこにでもある布袋だが、中の空間を精錬で加工しているので薬草が鉱石に圧されて傷むことはなく、採りたての様な瑞々しさを保っている。
「コホン、それでは精錬を始めますが、今回は交魔線を素材に直接ではなく地面を通して行います」
シルフィアはわざとらしく咳払いをしてから教えを授ける者としてステインに説明を始める。精錬は使用する魔気によって伝え方を変えると、素材の潜在能力が活性化してより質の良い物が出来ます。もちろん、基本となる空中を通しての精錬も可能だけれど、空魔精錬術師として一つ上を目指すならば環境の有効活用は欠かせません。けど、質が高まる分、魔力や魔気の操作も難しくなります。今回は地面を通しますが、地面は魔力の吸収性が良いので気を抜くと一瞬で交魔線が消えてしまうので注意しましょう。
一気に説明した後、シルフィアは少しの間を置いてから「実際にやって見せる」といつもの口調に戻って精錬を始める。
一株のゲネゼン草を他の素材から離して地面に置き、両の手の平を体の前で地面に向けて魔力を練る。薄い黄色をした魔力の線が手の平の間から伸びて地面に刺さったかと思うと、同様の色がゲネゼン草を包み込んだ。
『特化、抗体。希望、多量、土』
交魔線を通じてゲネゼン草の声が伝わってくる。どこにでもある薬草の精錬などシルフィアは数え切れぬ回数を熟してきたが、慢心はしない。心の隙を見せたら自然は忽ち心を閉ざしてしまう。幼い頃、祖母のアニカから何度も言い聞かされた言葉であり、身を以って知っている事だった。
空魔精錬術師として依頼を受け初めて少し経った頃、連続した精錬による疲労、納期への焦り、希少素材を取り扱う緊張等が重なり、素材の声を十分に聞く前に精錬を行った事があった。その結果素材は砕け、魔気が逆流した影響でシルフィアは数日、魔力を操る事が出来なくなった。依頼自体はクヨーラが素材を見付け、アニカが精錬して事無きを得たが、その時に反省した事は今でもシルフィアの心の中で色褪せず残っている。
交魔線を通して土の魔気をゲネゼン草に流し込み、素材から十分な量が得られたと声が届いてから魔気の供給を止める。
「はい、できあがり。やってから気付いたけど、精錬って動きが無いから見せても全然伝わらないよね」
てへへ、と自分の失敗を笑うシルフィアだったが、ステインは精錬されたゲネゼン草を拾い上げてしげしげと見ていた。
「うーん……ごめん、見るより実際にやってみて良いかな?」
どうにか視覚情報で有益なものは無いかと思考を巡らせるが、残念なことにゲネゼン草に心なしか艶が出た事以外の情報は得られなかった。
「交魔線で地面を掘って、できた穴に魔気を流し込む感じだよ。平地でやるより少し地面を掘った所に素材を入れた方がイメージしやすいけど……」
人の土地を勝手に掘る訳にはいかないのでエルセに相談しようとするが、辺りを見渡しても彼女の姿は見当たらなかった。畜舎か事務所にいるのかとシルフィアが歩き出そうとしたところをステインが呼び止める。
「土属性なら恐らく大丈夫だから、試しにこのままやらせてもらえないかな」
「そう?じゃあ、はい、ゲネゼン草。精錬中に分からない事があったら直ぐに中断して聞いてね」
渡されたゲネゼン草を適当な場所に置き、シルフィアを真似して手の平を地面に向けて魔力を練る。伸ばされた交魔線が地面に触れた瞬間、ステインはこれまで感じた事のない違和感を感じる。交魔線が地面に触れているのは感じるのだが、その先が何も感じない。地面を掘ると言われていたので、てっきり土の抵抗があると思っていたのだが何も無い。交魔線が地面で弾かれている訳でもなければ、地中に魔力を吸収されている訳でもない。
「……シルフィア、交魔線ってこのまま切り離して大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。多分もう離れてると思うし」
シルフィアに言われて手の平に意識を集中すると、いつの間にやら魔力がどこかに消え去っていることに気付く。交魔線を維持しながら話すのはまだ難しいようだ。
「地中で魔力の流れが感じられないのだけど、交魔線の伸ばし方が悪いのかな?」
土属性なら安定して操る自信があったステインだが、操るどころか魔力を感じ取ることすら出来ない。しかし、自らの不甲斐なさを嘆いている時間はないし、そんな暇が有るなら一秒でも早く精錬を成功させたいと思うのがステインという人間だった。
「う~ん、おしい!ステインはどうやって交魔線を伸ばしてる?」
「どうって……手に溜めた魔力を線状に放出している感じだけど……」
今までは自身の指先と素材を直線的に繋いでいただけなので、交魔線の伸ばし方よりも素材の声を聞く事に集中していた。口籠るステインを見てシルフィアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「ごめん、聞き方が悪かったね。素材に限らず、声を訊くためには普段どうしてる?」
単純に考えれば声を聞く為には聴覚を集中するのだが、今は精錬に関連付けて答えを考える必要がある。まさか聞き耳を立てながら交魔線を伸ばせば素材に届くという訳ではあるまい。素材に限らず、と言われたので一番身近な存在である人の声を聞く場面を考えてみる。人の声を聞く、人の声、声を聞く……。
考え込むステインを待ちながら、シルフィアはゲネゼン草の精錬を一株ずつ着々と済ませる。シルフィアの魔力と経験ならば薬草の種類毎にまとめて精錬を終わらせられるが、それではステインの分が無くなってしまう。なのでステインの様子を伺いながら、今後の工程に遅れが出ない程度に精錬を行っているのだ。
「声を聞くには……尋ねる」
片手を顎に当てて考え込んでいたステインは閃きをそのまま口に出し、呟き程度の声であったがシルフィアの耳にはしっかりと届いていた。
「正解。人も草も石もみんな同じ、聞きたいことがあるなら先ずは訊く、そのための交魔線だよ」
「うん。交魔線は使わずとも、人々の意見を聞くためにいつも行っていたことだ」
どうしてこんな簡単なことに気付けなかったのだろうかと、ステインは自身の思考の固さを解さんと掌で側頭部を軽く叩き、その様を見たシルフィアは微笑ましそうに笑った。
「交魔線は地中に向けつつ、意識は素材に集中していればステインなら簡単にできると思うよ」
笑顔に煽てられ、ステインは大地を通した精錬に再挑戦する。手の平を地面に向け、魔力を集中させてから線状に伸ばす。
交魔線が地面に触れた瞬間、意識を素材に傾ける。君が薬として活躍するにはどれ程の魔力が必要なのか教えてほしい。一心に尋ねていると、ふと声が聞こえる。高いのか低いのか、大きいのか小さいのか、弾んでいるのか落ち着いているのか、細かな言葉は判別できない。意思を感じたと表現した方が適当かもしれないが、それでもステインは聞こえたと認識した。
声が聞こえたならば次は魔気を増幅させ、交魔線に乗せて素材に届ける。素材の声が聞こえるまで、交魔線が地中をどのように這っているのか分からなかったステインだったが、今は不思議と地中を真っ直ぐに伸びて道を作っている交魔線が脳裏に映し出されていた。素材が望む量の魔気を集め、交魔線に乗せる様にして流し込む。この時も素材から集中を解いてはいけないと、ステインは感覚的に理解していた。素材が十分に魔気を吸ったと言えば魔気の供給を止めねばならないし、足りぬと言われれば更に魔気を集めるか、増幅する必要がある。
ステインが集めた魔気を全て素材に流し込むと、満足そうなげっぷが聞こえた気がしたので交魔線を外して素材から意識を放す。シルフィアの方へ視線を向けると、満面の笑みを浮かべていた。その笑顔が何を意味するか、言葉を交わさずともステインは理解していたが、敢えて訊くことにした。
「成功?」
「うん!おめでとう、よくできましたー!」
シルフィアは待ってましたと言わんばかりに拍手し、精錬の成功を称えた。静かな牧場に大きな拍手が響き渡るが、動物達は驚きもせずマイペースに日向ぼっこを続けていた。




