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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第55話

 モンスターの襲撃を退けた三人は合流して互いの無事を確かめると、幸いにも全員が無傷で事無きを得た。ステインは自分の不注意さを謝罪してテレシアから説教を受けていたが、シルフィアが仲裁に入ることで直ぐに場は治まった。


「それでどうするんだ?まだ石集めするのか?」


「いや、一旦帰ろう。最低限の数は採取できたはずだし、ズィンベルの縄張りに長居するのは危険だしね」


 ズィンベル、先ほど三人を襲ったモンスターの名前である。日中は地中の巣に潜んでいることが多いが、今回のように他の生物が縄張りに侵入してくると容赦無く襲ってくる。襲撃は一段落しているが、地中で隙を伺っているズィンベルが居ないとは限らない。一行は足早に来た道を引き返し、道標の宿場を目指した。





 無事に道標の宿場へ帰還すると、騎士達が手厚く出迎えてくれた。日暮に差し掛かった微妙な時間だというのに、湯は沸かされているし、広間には大きな円卓の上に食事の用意までされていた。


「気持ちは嬉しいけれど、ここは王都ではないから僕に気を遣う必要はないし、何より貴重な食糧を使うのは良くないのでは……」


「ご安心を!この宿場に来る旅人は滅多に居りませんので、食糧は貯蔵が増えて行く一方です」


 筋肉質の騎士が胸を張って答えると、長身の騎士が片手で巧みに包丁を回しながら脇に並んで言葉を繋ぐ。


「剣を扱う時間より包丁を扱う時間の方が多いので、ご覧の通り手足の様に扱えるまで至りました」


 包丁の曲芸を見せられてテレシアに対抗心が生まれたのか、エプロンドレスの中からマイ包丁を取り出すと、騎士と同じ様に片手で回しながら空いた片手で机に用意されたナイフとフォークを手に取ってジャグリングを始める。


「むむっ、流石は本職、だが騎士の誇りに懸けて刃物の扱いで負ける訳には……!」


「折角作った料理に埃が掛かるのでその辺で止めにしませんかねぇ」


 長身の騎士が腰の短剣に手を伸ばしたところで若い騎士が制止をかけ、それに呼応するように筋肉質の鉄拳が放たれた。


「王子の前で危険な真似をするんじゃあない!」


「あいたっ!」


 頭を殴られても包丁は落とさずにしっかりと握りしめて離さない。騎士の誇りなのか、曲芸師に目覚めたのかは定かではないが、対抗者が動きを止めたことでテレシアもジャグリングを止める。二人の芸に惜しみない拍手を送るのはシルフィア唯一人だった。


「余興も終わったことだし、僕は採取物を整理したいから部屋に戻るよ」


「ステインは食べないの?」


 何事も無かったかのように二階へ向かうステインをシルフィアが呼び止める。宿場への帰り道、荒野でシルフィアが採取した物は全てステインに渡しており、その際に採取物の数なども計算した筈なのだが、他に確認したいことなどあるのだろうか。


「食欲の出る時間帯でもないからね。遠慮するよ」


 首だけ振り返り、騎士達へ申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべた。


「ミッセン村には明日の朝出発で良いんだよな?」


 振り返ったついでにテレシアが尋ねると、短い肯定の言葉を残して二階へと上って行ってしまう。


「もしや、我々の出迎えが不快に思われてしまったのでは?」


 長身の騎士が片手を顎に当てて深く考え込み、残る二人の騎士は「原因があるとしたら主にお前だろう」と息の合ったツッコミを入れる。


「いんや、あれは別のこと考えてるだけだよ。放っておけばその内いつも通りになるって」


 王子の機嫌よりも目の前の料理が冷めてしまう方が問題だと言わんばかりに料理をよそい始める。


「テレシアが言うなら大丈夫だよね。わたしもいただきます」


「そうそう、あたしらが変に気を遣うと逆に悪化するから、いつも通りに過ごすのが一番の薬になんのさ」


 騎士に対抗してジャグリングして見せたり、王子を放って食事を始めるメイドに三人の騎士は困惑するばかりだった。




 独り部屋に戻ったステインは机の上に広げた鉱石一つ一つに交魔線を伸ばし、素材の声を聞いていた。シルフィアの指示で採取した鉱石なので、どれも素材としては申し分ない質だったが、いつまでもシルフィアに頼ってばかりではいられない。今回もステインが自分で素材を見つけながら採取を行っていれば、シルフィア達との距離を保ちながら動いたり指示を出せたりできた筈だ。

 襲撃してきたズィンベルが三体だけで、しかもステインの方へ二体来たのは行幸に近かった。ズィンベルに対しテレシアは不利な上、戦い慣れしていないシルフィアでは地上と地中を素早く動き回るモンスターを複数同時に相手するのは難しかっただろう。ステインとてズィンベルとの戦闘経験が多い訳ではないので、モンスター二体相手にしては過剰に魔力を消費してしまったが、ズィンベルの爪に引っ掻かれるより何倍もマシだった。

 武術も魔術も人並み以上に熟してきたステインだったが、それ故に考える事が増え、同時に複数の問題を抱える機会が増えていることに本人は気付いていない。


「わっ!」


 鉱石の声を聞きながら無意識にズィンベル対策を考えると、右手に鋭い衝撃を感じて鉱石を落してしまう。幸いにして鉱石は机の上に落ちたので床を傷付けずに済んだが、ステインの右手には不快な痺れが残った。右手を抑えて己の散漫を悔いながらベッドの上に座ると、深い溜め息が漏れた。出て行った息の代わりに頭の中で過去の言葉が蘇る。


「(武術に魔術に勉学に世渡り、なんでも器用に熟してるつもりだろうが、他人を頼る事に関しては絶望的に不器用だよな。お前は一人しかいないんだから、同時に三つも四つも熟す必要が出た時は得意な奴に得意な事を任せちまえば良いだろうが)」


「頼っている筈なのだけど……」


 記憶の中の人物に反論しようとするが、部屋の戸を叩く音が意識を現実に戻した。戸の外からシルフィアの声が聞こえてきたので入るように応えると、何故か決意に満ちた表情のシルフィアが入室してきた。


「突然ですが、ステインは年下のお姉さんはアリだと思いますか!?」


 只ならぬ様子で部屋に入って来るなり謎めいた質問をされては困惑するしかないが、ステインの言葉を待たずに話しは進行していく。


「否定しないならアリってことにします!後出しで否定は認めません!」


 暴走気味の彼女であったが、ステインが座るベッドに静かに上って背後へ回ると、彼の体を優しく抱きしめた。


「今、あなたの前には誰もいないから、安心して話してごらん。大丈夫、あなたの思いは誰よりも優しいものだから……」


 つい先程までの固い声音はどこへやら、耳元で囁かれた声は今まで耳にしてきたどんな音より柔らかく、心が温かく揺らされる気持ちになった。背中から伝わる人の熱にステインの中の戸惑いは溶けてなくなり、自然と喉が震える。


「食材に奇妙な物でも混ざってたの?」


 自身を抱きしめていた両腕に力が入る。背中に感じていた熱はどこかへ飛んで行き、代わりに肩と背中を押し込むように圧力が掛かる。


「な、なんでそんな言葉が出てくるの!?」


「ははは……。シルフィアに心配かけたからかな」


 前屈みになったステインの顔を覗き込むシルフィアの顔は驚愕から徐々に悲哀なものに変わっていく。彼女の表情の変わりを見て、ステインは悪戯っぽく笑い返した。


「むー……。村の子供達はこうすると悩んでいること話してくれるのに、ステインの意地悪」


「僕は子供でもないし、悩みらしい悩みもないってことだよ」


 体を密着させながら楽しく会話をする二人の間に、戸を叩く音が割って入る。


「ご主人様、入るぞー」


 もう既に入っているのだが、そういった指摘を受けるより早くテレシアは室内の状況を見て固まる。


「あ、テレシア聞いてよ、ステインってば酷いんだよ。わたしは真面目なのに、からかうばっかりでちゃんと話してくれないの」


「へー」


 人間とは思えない無機質な音がテレシアの口から発せられ、ステインはこの後の展開を悟って静かに目を瞑った。

 

「ご主人様は偏屈だからナー、頑張れヨー」


 奇妙な語尾で言葉を残し、テレシアは逆再生する様に部屋を出て行く。てっきり跳び蹴りが飛んで来ると思ったステインだったが、予想外の事態に目を丸くして閉じられた戸を眺めていた。


「ふふっ……テレシアったら、放っておけなんて言いながら本当は一番ステインのこと気にしてるよ」


 シルフィアは嬉しそうに笑ってからステインを放し、部屋を出る際に「女を磨いて出直して来ます」と謎の再戦を約束していった。

 静かになった室内でステインは先程まで自分が何を考えていたのか思い出そうとするが、嵐の影響でどうにも頭が働かない。気付けたことといえば、右手の痺れが取れたことぐらいだった。


 ステインの部屋を後にしたシルフィアは紅潮する頬を両手で隠しながらテレシアの部屋へ駆け込む。

 ベッドの上で落ち着きなく寝転がていたテレシアだったが、飛び込んで来たシルフィアに驚いて上半身を起こす。するとシルフィアが顔を隠すように腹部へ飛び込んで来た。


「シ、シルフィア、どうしたんだ!?」


「う~、恥ずかしいよ~、ステインずるいよ~」


 勢いよく飛び込んできたかと思うと一気に脱力して悶える彼女を見て、テレシアは一先ず頭を撫でることにした。


「あー……よしよし、鬼畜生なご主人のことは忘れてあたしのお腹で癒されな」


 食後なのであまり圧を掛けられると苦しいのだが、シルフィアは控えめに抱き着いてきてくれているので問題はないし、何より傷心した少女を無下には出来ない。ステインへのお仕置きは後回しにして、シルフィアが落ち着くまで傍にいることにした。



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