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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第6話

【ゲレゲン村】


 夜の闇は深く世界を呑み込み、月は空の遥か上空から覗き込むようにして輝きを放っている。

 このぐらいの時間になると活発になるモンスターが多いので、徒に出歩く人間は少ない。なので村と平原を別ける柵が開かれることなど滅多に無いことなのだが、今日は物好きが一人、平原から帰って来た。


「ふー、結構時間かかっちゃったな」


 柵を閉じるとステインは軽く右肩を上げ、紺の毛皮を担ぎ直す。その数五枚。手綱を作るには三枚もあれば十分だったのだが、初めの一体を倒すと次々とツェルフォンヅが湧いて出て来たので、少し多目に持ち帰って来たのだ。

 同時ではないにしろツェルフォンヅを十体以上相手にしたにも関わらず、ステインは掠り傷一つ負っていないばかりか、表情には疲労の色が見えない。まるで買い物帰りのような足取りでテレシアが待つ借家へと向かった。


 街灯の少ない暗がりの道を進んで行き、借家が見えて来たところで異変に気付く。


「あれ?灯りが点いてないな」


 まさかまだ水汲みから帰ってきていないなんてことはあるまいし、よく見ていないが照明器具としてごく普通のランプが置いてあった筈だ。仮にランプが灯らない不良品だったとしても、テレシアは多少なら火の魔術を扱えるので、この時間になっても灯りを点けないというのは不自然だ。

 疑問を抱きつつ歩いていると借家に着いたのでドアを開けて中に入る。屋内には静寂が漂っていたが、窓から入る僅かな月明かりがベッドの上で横になっているテレシアの姿を探し出してくれた。ドアの脇に毛皮を置いてベッドへと歩み寄る。


「寝てるのか」


 無礼だと思いつつも確認の為に顔を覗き込む。穏やかな寝息を立てる姿は歳相応の少女の物に他ならず、昼間の荒くれた態度からの落差の所為もあってか愛おしさすら感じる。


「普段もこの大人しい顔でいてくれたら……」


 言い掛けてから首を振って撤回する。今のテレシアの性格がなければこうして共に旅をすることはなかったのだ。普段は振り回されてばかりだが、何だかんだで退屈しない……寧ろ少し過激とも言える旅路だった。

 部屋の暗がりと辺りの静けさに思わず感慨に浸ってしまったステインだったが、いい加減人の寝顔を見るのは止めようと思い、顔を背けた。


 安眠を妨げぬ様、足音に注意しながら部屋の隅に行き、ベルトポーチを開けて中身を取り出す。携帯食料からハンカチに薬、どこかで拾った鉱石にモンスターの素材、果ては着替え等の衣類まで出てくる。明らかに容量を超える品々が出て来るが実はこのポーチ、王都で知り合いの錬金術師に誂えてもらった物なのだ。外見と重量はポーチのままだが、容量はリュックサック並に増加されている。初歩的な錬金術しか知らないステインにはとてもではないが作れない代物だ。

 ツェルフォンヅ狩りに行く前に中身を出しておけば重い思いをせずに紺の毛皮を持ち運べたのだが、今更である。

 

 空いたポーチに雑貨屋で買った茶葉と木の実を入れ、毛皮も五枚入れ切る。テレシアが水を汲んで来てくれた桶を持ち、赤い液体の入った小瓶を確かに握り締め、ズボンのポケットに入れる。この液体こそ錬金術の要である錬金溶液だ。


 一度外に出て桶を置き、中に戻って木材を抱えて再び外に出る。ドアを静かに閉めるのも忘れてはいけない。

 目立った物音も立てずに素材を運び出せたので一安心の溜め息を吐く。それから置いてあった桶を拾い、村の外へ向かう。錬金術を使う際には光と熱が伴うので、村の中で使っては近所迷惑になるのは確実だろうし、最悪火事と間違われて大騒ぎになる。

 つい数十分前に通ったばかりの柵を再び通って村の外へ出る。とは言っても平原の奥まで行く必要はない。柵の近くに民家は見当たらないし、錬金術で発生する光も柵がある程度遮断してくれるので、人目には付き難くなっている。


「よし、やるか」


 ポーチから素材を全て取り出し、足元に並べてから心を落ち着け、体内の魔力に意識を向ける。自らの血潮を燃料に、魔力を伝って火の魔気へと流し込むイメージを浮かべ、十分に火種が集まって来たところで発火。小瓶ごと錬金溶液を燃やし、火を揺らめかせて混ぜ合わせる。火と錬金溶液が十分に混ぜ合わさると、燃え盛る音を立てて火が弾けるが驚いてはいけない。最後の締めを失敗すれば初めからやり直しになる。弾け飛んだ六つの火玉が消える前に急いで火の糸を紡ぎ、火玉を繋ぎ合わせる。


「よし、上手くいった」


 空中に出来た炎の円の中心は大量の蒸気を上げながら陽炎の様に揺らめいている。飽和錬金溶液の完成だ。


「えーっと、茶葉に木の実に水に毛皮っと」


 火を操っていた時の真剣さはどこへ行ったのやら、地面に広げた素材を拾うといかにも雑に飽和錬金溶液の中へと放った。素材の投入の仕方や、投入してからの混ぜ合わせで品質や成功確率等に影響するのだが、それは上級者が気にすべき点である。ステイン程度の腕ではせいぜい投入の順番を間違えないように気を付けるぐらいで、余計な手を出さない方が安定した物が出来上がる。


 周囲の火玉が高速で回転している間ステインは周囲へ意識を向けるが、どうやら住民とモンスター両方の気配は無いので胸を撫で下ろす。

 次第に火玉の回転が弱まっていき、やがて止まると火玉が二つ消え、蒸気の中から薄茶色のなめし革が出て来た。


「……うん、上出来」


 僕にしては、と小声で付け足したがその言葉は瞬く間に夜闇に呑まれていった。一先ず革の調合には成功したので、何かの間違いで傷を付ける前にポーチへ仕舞う。


「さて、次は」


 ステインは足元に散らばった木材を手当たり次第に飽和錬金溶液へと放り込む。


「釘も買ってくれば良かったかな」


 目当てのものが出来てくれるか心配になるが、入れてしまったら後は祈るのみ。火玉が一つ消え、蒸気から何の変哲もない木の板が出てくる。


「お、成功だ」


 丁度人が一人寝れる大きさに仕上がった板の四隅には高さ十センチ程の出っ張りが付いていた。やはり床で寝るには抵抗があったので、寝床を作れないか試したのだ。出来はかなり簡易的で寝台と呼べるか怪しい代物だが、それでもステインの中では成功なのだ。

 これ以上調合する物もないので、水の弾で火の玉を撃ち落として飽和錬金溶液を消化し、板切れ、もとい王子の寝台を脇に抱えて帰路に着いた。




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