第49話
【グロート平原】
昨日の雨を忘れさせるような快晴、とはいかなかったが空は明るく、雲の隙間からは日光が溢れ出している。やや強めの風が雲を運んで行くのを追い掛けるようにして、一行はリビエ川へ向かっていた。
「さ~いしゅ、さいしゅ~、くっさばなぬいて、じゃりあつめ~」
呑気に自作の歌を歌いながら両手を振って歩くテレシアの背中では、落ち着いた赤色のリュックが賑やかに跳ねている。採取に出る前、村の雑貨屋で購入してシルフィアの精錬を済ませてある。女性の背中にもすっかり納まるぐらいの、少し小さめのリュックだが、見た目の何倍もの量を収納することができる。
「もんすたーも~、そざいとおもえば~……おっ!川が見えてきたぞ!」
目的地が見えた途端、道を外れて草の中を直進して行くテレシアだったが、ふいに跳び上がる。
「うわっ!何かヌメっとしたの踏んだ!」
踵を返して草むらを凝視すると、何かがガサガサと音を立てながらテレシアから逃げるように草むらを走って行き、草叢の切れ目である道端に出たことで漸く姿を現した。
長い尾を持ち、腹這い状の四足歩行生物。体長は一メートル程で茶色の体表をしているが、背中には透き通るような一対の羽を持つモンスター。
「ゲァッ!?」
モンスターはテレシアから逃げて来たのだが、草むらの先にステインとシルフィアが居たことに驚き、裏返った声を出すと一目散に川の方へ逃げて行った。
「今のは?」
首を傾げてモンスターの行く先を眼で追っているシルフィアにステインが説明する。水辺に生息するハフディスというモンスターで、主に生物の魔力と血を栄養源にしている。背中に生えた羽で飛行することは不可能だが、高所から滑空して得物に奇襲を仕掛ける。気性は特別大人しい訳ではないが、今のように予期せぬ場面に出くわすと一目散に逃げて行く。
川沿いであれば比較的よく見かけるモンスターであり、綺麗な羽や伸縮性に優れた皮は装飾品や防具に使用されている。
「普段なら土手より上に来ることは少ないけど、昨日の雨のせいかな。テレシア、一旦戻って来て」
言われるより先にテレシアは草むらを踏み荒して戻って来る。
「川沿い側と平原側に別れて採取しようと思ってたけど、昨日の雨で水辺のモンスターが活性化している可能性があるから、三人で纏まって採取しよう」
ステインの方針に異論は無く、三人はゲネゼン草を始めとした薬草採取に着手した。
地面を這うように伸びた細い蔓から丸い葉を生やしているのがゲネゼン草であり、伸び放題になっている雑草の中から見つけるのは少し難しい。蔓が細い上に一部が土で埋もれている事も少なくないので、採る時も注意せねば簡単に千切れてしまう。ゲネゼン草に限った事ではないが、薬草は千切れても素材として使えるが、品質の劣化が早いので出来る限り根っこごと綺麗に一株採取したい。
三人はスコップ片手にせっせと薬草採取に勤しむが、ステインだけは時々手を止めて何かを探す様に空を見上げている。
「不良ご主人、サボるなー!」
上空を旋回している四つの点を見上げていると、とうとうテレシアに注意された。
「サボってるわけじゃないよ。オニアーが集まってきた」
「……あぁ、ホントだ」
テレシアが手を止めると、シルフィアも釣られて上を見上げた。モンスターが集まって来たので警戒するのは当然だが、それよりも別の目的がある。依頼品の中にあった呼び笛を作るのにオニアーの嘴が必要なのだ。仲間意識の強いオニアーの嘴で作った笛は音の通りが良く、特定の生物の素材を加えると、その生物にだけ聞こえる特殊な音を発生させることもできるのだ。
初め、採取を川沿いと平原の二手に別れようとしたのは勿論効率のこともあるが、オニアーを誘き寄せるのが最大の理由だった。オニアーは得物が少数であればあるほど襲撃する確率が上がるので、ステインが一人で平原の採取を請け負う気でいた。
必要な嘴の数が四つなので丁度良い数が集まって来たのだが、作戦会議でもしているのか、旋回を繰り返しているだけで襲ってくる気配は無い。
「……シルフィア、悪いけどあそこの群れの近くに魔術を放ってくれるかな」
「うん、いいよ」
来ないならばこちらから仕掛ける。攻撃されればいくら慎重なオニアーも敵意を露わにする筈だ。ステインは迎撃用の魔術を準備し、テレシアもエプロンドレスの中を探って武器になりそうな物を探す。
シルフィアは狙いを定めるように右腕と人差し指を伸ばす。自然の風がシルフィアの体に吸い込まれるように流れを変える。右腕が淡い緑色の光に包まれたかと思うと、一気に人差し指の先端へ集まる。
「えい!」
可愛らしい掛け声とは掛け離れた暴風の渦が天へ昇って行く。渦は周囲の雑草に付いた水滴をも巻き上げ、瞬く間にオニアーの群れへと到達し、薄く広がっていた雲を蹴散らして青空の彼方へ消えて行った。
「あ、あれ!?ごめん、逃げられちゃった!」
青空を見上げていたシルフィアがオニアーの影が消えたことに気付き、慌てて謝罪の言葉を口にした。
「逃げられたというより……」
跡形も無く消し飛んだ。ステインがそう口にしようとした時、テレシアが声を上げて空を指差す。露わになった日光の眩しさに耐えながら目を凝らすと、上空から何かが落ちて来る。その数、四。
落ちて来る影の姿を視認すると、ステインは慌てて風と土の複合魔術を発動して落下物を捕獲する用のネットを作製した。ネットの位置を調整したり大きさを変えたりしていると、あっと言う間に絶命したオニアーがネットに掛かった。急ごしらえのネットだったが、どうにか四体のオニアーを捉え……られなかった。
「あー!!」
珍しくステインが大声を上げる。オニアーが地面に激突するのは防げたが、反発力が強すぎた。結果、オニアーは草むらの中へ四方に飛んで行った。
「しっかりしてくれよ、ご主人様」
「面目ない」
従者の苦言に平謝りしながら飛んで行ったオニアーを探す。幸いにもそこまで遠くには飛んでおらず、直ぐに見つけることが出来た。外傷無く眼を丸くしたままのオニアーは剥製に加工できそうだったが、残念ながら貰い手に心当たりが無いので手早く解体することにした。
魔術で解体するのだが、見ていて気持ちの良い物でも無いのでシルフィアとテレシアには薬草採取に戻ってもらおうとしたが、意外にもシルフィアが興味を示したので、解体の手順を教える。
風の魔術で頭が下になるように持ち上げてから首を刎ねて血を抜く。巨体に見合った量の血が出て来るので、切り口に火の魔術を発生させてどんどん蒸発させていく。切り口を焦がさないように調節するのが意外と難しいのだが、シルフィアは難無く成功させる。
ある程度血を抜いたら水の魔術で胴体と頭を一気に洗い、ついでに羽と爪を抜いてしまう。慣れない内は洗いと抜き作業を別けて行うのだが、これも簡単に熟してしまう。羽毛は生活用品に、爪は武具に用途があるので、洗った後は乾燥させてまとめて置く。
丸裸になった胴体を解体したいところだが、ステイン的にはいつまでも首を転がしておくのは忍びないので先に嘴を取り出す。頭部で採れる素材は嘴だけなので、皮や肉や諸々は丁重に燃やしてしまう。頭蓋骨と嘴だけ残したら今度こそ胴体の解体に入る。
足の付け根に切れ目を入れ、間接ごと切り落としたら後は部位ごとに肉を外していく。ある程度の部位の位置は指示できるが、肉の付き方には個体差があるので、こればかりは魔術の才能より経験が物を言う。
最後に骨抜き。肉を剥がすように骨を伝って風の魔気を流し込んだら後は引き抜くだけだ。魔術が強いと肉が傷だらけになってしまうが、シルフィアには要らぬ心配だろう。
細かい骨などは手作業の方が正確なので、大まかに骨を抜いたら解体完了である。
「できたー!」
初挑戦ながら見事な捌き具合である。ステインとテレシアは感嘆の声を漏らしながら拍手した。
「骨はどうするの?これも素材にするの?」
「骨は乾燥させた後、細かく砕いて肥料にするよ」
錬金術の素材としては特別な効果を持つ物ではないため、エルセへ依頼品を納品する時に一緒に渡すことにした。
シルフィアが残りのオニアーも解体すると進言したので、ステインとテレシアは薬草採取を再開した。




