第47話
整腸剤、消毒液、抗アレルギー剤。ピッチフォーク、角切り鋏、呼び笛。牧場の職員から告げられた依頼は薬と農具合わせて六点だった。
若い女性職員エルセ・バッケルは、余所者であるステイン達が依頼を受けに来たことに微塵も不信感を抱かなかった。快く事務所に受け入れてお茶を出し、依頼内容について話した。それどころか家畜達の体調を詳しく教えてくれたり、他にも欲しい農具があることをほのめかしたり、気さくな態度で接してくれた。ステインが「入り用ならば他の農具も用意する」と申し出ると、エルセは一瞬きょとんとしてから明るく笑った。
「アッハハ!とんだお人好しだね、アンタ。奉公の旅でもしてるのかい?」
「そこまで純粋なものではありません。ですが、自分の術で誰かを助けられるならば幸いです」
「ふぅん、大したもんだね。っても、依頼外の事を頼むとトルディさんが煩いから、今回はさっき伝えた物だけ用意しておくれよ」
エルセが少し身を乗り出して胸を机に乗せながら、依頼品のリストをステインへ差し出した。
「承知しました。納期が二十日後となっていますが、物は準備が出来次第お持ちして宜しいでしょうか?」
「うん。その依頼、元々はゲレゲン村の空魔精錬術師に依頼することになってたやつだから、期限を長くしてあるんだ」
「あ、そうなんですか!?」
思わず、といった様子でシルフィアが声を上げる。ミッセン村からも依頼が来る事は少なくなかったが、こうして直接依頼を受ける事は無かったため、どこか嬉しい気持ちになった。
「ミルクしかない村だけど来訪者はいるからね。誰の目に留まるか分からないし、依頼を出してから数日は宿の方で掲載してもらってたんだ」
ミッセン村に到着したのが依頼を出される前で良かったとシルフィアは安堵した。
「ウチは大雑把だから細かな違いなんて分かんないけど、それでもゲレゲン村から納品される薬の質が良いのは動物たちを通じて伝わってきたよ」
「ありがとうございます!」
直接依頼を受けることがなければお礼を言われることもない。慣れないお褒めの言葉にシルフィアは頬を緩ませて頭を下げた。突然お礼を言うシルフィアにエルセは一瞬茫然とするが、直ぐに合点がいった様子で「あっ!」と声を上げた。
「まさか、アンタがゲレゲン村の空魔精錬術師!?」
「はい、そうです」
「は~……まさかこんな可愛らしい女の子がねぇ……」
少し照れくさそうにしているシルフィアをエルセは見定めるように眺めた後、満足気に頷いた。
「いつも通りの良い品を期待してるよ」
「はい!頑張ります!」
友好的な関係を築きつつ、シルフィア達はエルセの案内で事務所を出た。雨に混じって家畜の臭いが漂ってくるが、広い牧場に家畜の姿は見当たらない。ミッセン村の牧場ではエンコエという白い体と頭部の二本の長い角が特徴的な動物と、ファイタンという暗い灰色体に短い一本の角を生やした動物の二種類が主に飼われている。どちらもミルクが摂れ、エンコエとファイタンのミルクを八対二で割ったミルクがミッセンミルクである。僅かな臭いとクセがあり、初めて飲む者は敬遠しがちだが、濃厚でありながら後味が悪く残らないので多くの人々に常飲されている。
雨の勢いが増してきた為、村の特産物を生み出す主役達は畜舎に入れられているのだろう。鬱屈そうに曇天を見上げるエルセに別れを告げ、シルフィア達は村の中へと帰った。
「ご主人様、こっからどうするんだ?」
傘の中で窮屈そうに歩きながらテレシアが問う。自由奔放に動くテレシアだが、雨を嫌って宿に帰ろうとするほど我が儘ではなかった。当てもなく先頭を歩きつつ主命を待つ。
「そうだな……」
ステインは地面で弾ける雨の飛沫へ視線を落としながら考える。本来ならば柵の補強に手を付けたかったが、柵が予想以上に劣化していたことと、強さを増す雨に予定を変更する。
「早いけど、二人は宿に戻って薬に必要な素材の数を確認したら休んでいいよ」
「二人は、ってご主人様は?」
「僕は少し散歩してから戻るよ。精錬とか錬金術に使える物が売ってるかもしれないし」
「それなら、わたしも行こうかな」
「宿に戻ってもたいしてやることないんだし、あたしも連れてけよ」
雨に濡れて体を冷やしてほしくなかったので先に帰るように言ったのだが、女性二人組はステインが思っているより雨を気にしていないようだ。同行を断る理由も無かったため、ステイン達は変わらず三人で村の中を歩いて行く。
ステインが向かうのは喫茶店アンパサがあった通りだ。ユルヘンの言っていた通りならばヘルファイア石を持っている行商人がいる筈なので、その者からヘルファイア石の出処を聞こうと思っていたのだ。火の魔力を内包する鉱石の中でも最上級の魔力量を有する石はそう簡単に見つかる物ではない。王都の魔力研究所でさえ年に数個しか見つけられない希少鉱石を偶然見つけたのだとしたら、随分と強運の持ち主である。行商人が旅人に売ったのか、行商人が旅人から買い取ったのかは定かではないが、どちらにせよどこで発見されたのかぐらいは行商人が知っているだろう。
水溜りが増えてきた通りを歩けども、行商人らしき姿は見られない。それどころか商店らしき建物も見られない。通りの反対側に商店が集中しているのかもしれないが、強く固められた地面もいよいよ泥濘が気になる頃合いだったので大人しく宿に帰ることにした。宿は村に一つしかないので行商人も同じ宿に泊まっている可能性は極めて高いが、盗難されたわけでもないのに宿の部屋まで突き止めてヘルファイア石の出処を聞き出すのは不躾だろう。
「ごめん、無駄に歩かせてしまったね。そろそろ宿に戻ろう」
風は無いので傘を差しておけば体は雨に濡れないが、足元は雨水を吸い込んで冷え始めている。ステインは自分の無駄な行動でシルフィアとテレシアに不快な思いをさせてしまったと深く反省した。
「あれ?村の反対側には行かなくていいの?」
「曇っててよく分かんないけど、まだ陽は落ちないだろ」
ステインの思いとは裏腹に、女性二人は余裕そうな表情をしていた。ステインは彼女らが想像以上に逞しいので一瞬言葉を失ったが、無理せず宿に帰ることを提案すると、今度は素直に同意してくれた。
宿に戻るとトルディが出迎えてくれ、人数分のタオルを渡してくれた。
「雨の日に出歩く程の村じゃないのに、皆物好きだねぇ」
「いえ、偶然立ち寄った喫茶店で面白い話が聞けましたし、依頼についても色々と分かったことがありました」
足元を中心に全体の水分を拭き取りながらステインが答えると、トルディは興味深そうに相槌を打った。ヘルファイア石の事は「珍しい鉱石が近くで見つかった」程度のことだけ伝えた。トルディに伝えるべきは村を囲っている柵の方だ。
損傷が酷く、修復するには人手も時間も必要であることを告げる。
「あちゃ~、そんなに酷いか……分かった、柵の方は人手を増やせないか探してみるよ」
「お願いします。資材はこちらで準備します」
「助かるよ。他にも何か必要な物事があったら何でも言っとくれ」
トルディはタオルを回収するとカウンター裏の籠に放り込むと、代わりに帳簿の様な物を取り出し、真剣な面持ちでページの隅から隅までを眼で追っていく。さっそく柵の補強を手伝えそうな人物を探してくれているようだ。集中しているところの脇で話しをするのも悪いと思い、三人はステインの部屋に向かうことにした。
部屋に入るや否やテレシアはベッドにダイブして所有権を獲得する。ステインは一つしかない椅子をシルフィアに譲って話し始める。
「歩き回った後で聞くのも悪いけれど、薬の素材はこの辺りで採れる物で大丈夫なのかな?」
エルセから素材の名前と薬の必要数は教えてもらったが、この辺りで問題なく採取できるかどうかまでは定かではなかった。エルセは飼育員であって、空魔精錬術師でもなければ薬師でもないのだから当然と言えば当然だ。素材の名前を聞く限り珍しい素材は無かったのであまり気にしていなかったが、元々シルフィアに依頼するはずだった内容なのでゲレゲン村周辺でないと採取できない素材があるかもしれない。
「うん、大丈夫。平原ならどこにでもある素材だけだよ」
「それなら良かった。あとは農具の方だけど……鉱石や金属は平原で採れないだろうし、店でも売ってるかどうか分からないな」
「霊山で拾えた鉱石ならいくつか持ってきてるけど、足りないよね」
左手首に着けたポーチから鉄鉱石をコロコロと取り出して見せる。ステインは頭の中で地図を開く。ミッセン村の南には荒野が広がっており、南東には鉱山が聳えている。鉱山ならば鉱石や金属は豊富に採れるだろうが、距離的に少々遠い。霊山でも鉄鉱石なら採れることが分かったが、他の素材が採れるか定かではないし、旅立ったばかりで霊山に戻るのは気が引ける。
「少し遠いけど荒野の方まで探しに行って、それでも無かったら鉱山まで採りに行くしかないかな」
「うん、楽しみにしてるね!」
手間をかけてしまうことに負い目を感じたステインだったが、シルフィアは屈託のない笑顔で頷いて見せた。
「シルフィアは採取であちこち歩き回るのが好きなの?」
「そうじゃなきゃ空魔精錬術師は務まらないよ。一人だったら心細いけど、ステインもテレシアもいるんだもの、きっと楽しいよ」
ごもっともである。年下の少女ということで無意識の内に体力を使う作業は敬遠すると決めつけていたのかもしれない。しかし、目の前の少女は生粋の空魔精錬術師なのだ。
「ごめん、無礼な事を聞いてしまった」
ステインは心の底から謝罪の言葉を口にすると、随分と大人しいテレシアへと視線を向けた。
「すぴー」
ベッドにダイブしてからノータイムで睡眠に突入していれば、大人しくなるのはごく当たり前のことであった。




