第46話
喫茶店アンパサ。テレシアの気まぐれで訪れることになった店内で、三人はそれぞれ好きな物を注文して少し早めの昼食を摂っていた。
王子が来たということで緊張していた店内も、ステインの飾らない態度とマスターの泰然とした対応で、すっかり落ち着きを取り戻していた。
「シェルト、気になる事があるなら後で聞いてみると良い」
カウンターの横で行儀良く立っていたウェイター、シェルトにマスターが小声で囁いた。平静を装っていたシェルトだったが、マスターに心の内を見透かされ、無意識の内に落ち着きの無い行動でもしていたのかと記憶を辿る。シェルトの慌てっぷりを見てマスターは朗らかな笑みを浮かべながら厨房へと入って行く。
シェルトは乱れた鼓動を落ち着けながら、恐る恐るステイン一行へと目を向ける。どこにでも居そうな優男ではあるが、間違いなくこの国の王子である。彼ならばシェルトの疑問に答えることが出来るだろうが、一般人と王族、店員と客という立場でどう声をかければ良いのか、シェルトは必至に知恵を絞っていた。
「チーッス!シェルト、面白い噂を聞いてきたぜ!」
落ち着いた店内と平静さを取り戻しつつあったシェルトの鼓動を弾く様に開けられたドアと、外の雨雲さえも吹き飛ばしそうな明るい少年の声。
「ロヴィーのおじさんは?いない?」
「ユルヘン、お客さまの迷惑だから静かに!」
詰め寄って来る友人、ユルヘンを制すように口元で人差し指を立てると、そこで漸くユルヘンは店内に居るステイン達に気付いて申し訳なさそうに会釈した。
「それに、お店が開いているのにロヴィーさんが居ないわけないでしょ」
「その通り、そして自分は三十代なのでおじさん呼ばわりはやめて頂きたい」
騒ぎを聞き付けたマスター、ロヴィーが厨房から顔を出した。
確かに三十代なのだろうが四十間近と言った方が適切だろう、とユルヘンは心の中で独り言を零した。しかし、丸眼鏡を光らせたロヴィーに見据えられている事に気付くと、心の中の言葉を急いで掻き消す。
「さ、さーてオレも何か頼もうかなーっと」
わざとらしくロヴィーから視線を外してカウンター席に着くと、知り尽くしているメニューを眺め始めた。
「賑やかな少年だな」
「テレシアに似てるね」
ステインの言葉は嫌味なのか素直な感想なのか分からず、テレシアは「あたしはあそこまでそそっかしくない」という言葉を飲み込んだ。
「ご主人様もあっちの少年ぐらい可愛げがあればなぁ」
「そう言えばテレシアって、年下の子が好きなの?」
ステインに対し嫌味を言い、澄まし顔でコーヒーを口に含んだテレシアだったが、思わぬ奇襲を受ける。
「ゲホッ、ゲホッ……シルフィア、突然変なこと言うなよ」
「ご、ごめんね。ゲレゲン村でもエトや小さい子供達と遊んでたから……」
「それなら子供好きって言ってよ。変な勘違いしたじゃんか」
テレシアの息が整うまで、シルフィアは彼女の背中を優しく摩りながら謝罪の言葉を口にしていた。
「ところで、お三方、見ない顔だけど旅人?」
カウンターに座っていたユルヘンが人懐っこい表情を向けながら尋ねる。脇で立っていたシェルトは眼球が飛び出そうな程に眼を見開かせ、友人の無礼を正そうとしたが、彼が言葉を発するより先にステインが対応した。
「そうだね。王都に向かうまで色々な土地に行くつもり」
そう返しながらステインはシェルトへ目配せする。自分の立場の事は気にしないでほしいという意味合いだったのだが、シェルトはステインの意図を汲み取れず深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありません王子様!ユルヘンは悪気があった訳ではなく、世間と礼儀を知らない愚か者なのです。ボクの方から言い聞かせますので、この度の無礼は何卒お許しください!」
「おい、愚か者とは酷い言いぐさだな……じゃなくて、王子様!?」
ユルヘンもまさか目の前に王子が居るとは思わなかったのだろう、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになる。少年二人の態度にステインは若干の居心地の悪さを覚えながらも、苦笑を返すしかできなかった。
無礼だからといって即時罰するような恐怖政治を布いた覚えはないのに、何故こうも驚かれてしまうのか。ステインは王都での暮らしを思い出す。王都でも今程ではないが、街並みを歩いていると珍しい者を見る様な反応を返される。自分一人でのことならそれでも気にしなかっただろうが、ステインには似た立場の、比べられる存在が居る。レイセヘル王国第一王子、クルト・クリストッフェル・ファン・レイセヘル。ステインの実の兄である。彼も同じ王族でありながら、民衆からの反応はステインとは全く違う。街を歩けば気兼ねなく声を掛けられ、今日の天気から国政までありとあらゆる話題を以って人々と交流している。大臣達が渋い顔をするところまで話してしまうのはどうかと思うが、民衆から親しまれていることは揺るぎない事実だ。
「おい、ご主人様、黙ってないで何か言ってやれよ」
テーブルの下で脛を小突かれ、ステインは物思いから現実へ復帰する。
「あ、ああ。二人共、僕の事は気にしないでいいよ。それより君……ユルヘンは何か聞きたい事があったのでは?」
「おっと、そうだった。王子様ならヘルファイア石って知ってる?」
なんと順応の早い事か、シェルトに話しかける時と変わらぬ言葉遣いで会話を再開させた。
「ヘルファイア石か、火の塊と言っても過言ではないほどの魔力を秘めた鉱石のことだね。実物は王都の錬金術工房でしか見た事ないかな」
錬金術や一部の工業でしか使われない鉱石の名を、自然豊かな村に住む少年の口から聞いたことに多少の意外性はあったが、特段動じることなく答える。
「ここ来る前に行商人と旅人が凄い高値で取引してたから気になったんだけど、そうかぁ、やっぱ凄い石なんだなぁ」
うんうんと頷くユルヘンに、シェルトは「そんなことわざわざ聞かなくてもいいじゃないか」と言いたかったが、ステインの手前、口論になってはいけないと判断して口を噤んだ。
「それと、も一つ聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「シェルトの魔力で王都の術式学校でやっていけるか見てほしいんだ」
場の空気が一瞬にして張り詰める。否、張り詰めたのはシェルトの精神だけであった。彼自身気になっていたことではあるが、友人からの不意打ちをくらい完全に硬直してしまった。
「それは学校に通ってから講師達が決めることなのだけど」
王立術式学校。魔術学科と回復魔術学科と錬金術学科の三種類があり、半年間の仮入学という名の適正試験を経て正式に入学が決定する術式専攻の学校。仮入学ならば基本的に誰でも入れるので、今ここでステインがシェルトの魔力を測る必要性は薄い。
「魔力を見るくらいいいじゃんか、減るもんでもないだろ」
食後のコーヒーも飲み終わってくつろぎ状態のテレシア。彼女の言う通り、魔力を測るのはそう難しくはないし、術式学校に通っていたステインならばある程度、合格か否かの基準を判断できるだろう。それでもステインがシェルトの魔力測定を承諾しなかったのには理由がある。
「……本人が乗り気でないならきちんとした魔力も測れないし、この場では断らさせてもらうよ。なにより、シェルトは今お仕事中だしね」
俯きがちなシェルトに向かって笑いかけると、ステインは席を立つ。
「さ、僕らも依頼の続きに戻ろうか」
彼の声に素直に応じて席を立つシルフィアと、名残惜しそうに立ち上がるテレシア。
「ごちそう様でした。この村にはまだ滞在する予定なので、また来ます」
「ありがとうございました。またいつでもお越しくださいませ」
会計を済ませて退店していく一行を見送ってから、ユルヘンは溜め息を吐いた。シェルトが素直に魔力の測定を申し出なかったこと、もちろん魔力が不足していると言われる不安もあったろうが、もっと大きな不安を抱えていることを友人のユルヘンは知っていた。
「まだ迷ってんのかよ。さっきの石の話し聞いたろ、金ならどうにでもなるって」
「でも、どこにあるかも分からない石を探すなんて……」
「どこにあるか分かってたら?」
「えっ?」
シェルトの表情が少しだけ明るさを取り戻したのをみて、ユルヘンは手本を見せるかの様に明るく笑みを見せた。
「二人共、危ないことは駄目ですよ」
ロヴィーから注意を受け、二人は密談気味に近付けていた顔を離して普段通り他愛ない雑談を始める。だが、二人の心の中では一つの約束が結ばれつつあった。




