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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第45話

 細かくも途切れぬ雨の中、三つの傘が村の外周をなぞる様にして移動していた。


「うーん、これは思っていたより傷みが酷いな」


 水分を吸収して色が濃くなっている木製の柵を触りながらステインは唸る。村の規模としてはゲレゲン村と変わりないのだが、あちらの柵と比べると随分と簡素なものである。時折、補修を行った跡が見受けられるが、それが逆に傷みを浮き彫りにしている。


「こっちなんて腐ってら」


 テレシアが柵の根元を足で小突く。村の防衛に手入れが行き届いていないのは人手不足だからか、村が平和なので外敵に対して無頓着になっているのか。どちらにせよゲレゲン村の件がある以上、守りを固めておく必要はある。


「シルフィア、柵の劣化って精錬でどうにかできないかな?」


「ちょっと難しいかな。声が聞こえれば、どうにかできたかもしれないけど……」


 柵に手の平を当ててみたが、シルフィアには何の声も聞こえなかった。対象の声が聞こえなければ空魔精錬術で力を分け与えることは出来ない。


「もう随分と古い物みたいだし、新しくした方が良いと思うな」


 シルフィアの言葉を受け、ステインは顎に手を当てる。彼女の言う通り、柵を新品に取り換えれば問題は解決するだろうが、村全体の柵を交換するとなると、流石に個人でどうにかできる範疇を越える。村全体の柵を作ってしまう錬金術師に心当たりがないこともないが、それこそステインの一存で依頼を出す訳にはいかない。


「仕方ない。柵の補強は保留にして、農具の補充に行こう」


「ご主人様!」


 牧場へ向けて歩き出そうとすると、テレシアが張りのある声でステインを呼び止めた。何か事件が起きたのかと思い、素早く身を反転させてテレシアへと向き直ると、彼女は真剣な面持ちでステインの瞳を見据えた。


「お腹空いたから、牧場行く前にどっか寄ろう」


「……はぁ」


「な、なんだよ!この服で泥が跳ねないように歩くの大変なんだからな!」


 噛みつくようにエプロンドレスの裾を持ち上げて見せる。裾周りに泥が付着していないところを見るに、テレシアが足元に注意して歩いていたのは事実なのだろう。だが、何も空腹を訴えるのにあれほど張り詰めた声を出さなくてもよいのではないか。


「ご主人様の趣味に合わせてこの服着てるんだから、もう少し気配りしてくれてもいいじゃんかよ」


「あ、ステインの趣味なんだ」


「そこで納得しないでほしいな」


 テレシアに文句を言われるなら十でも百でも聞きながせるだろうが、シルフィアに妙な誤解をさせるのは防がねばならない。テレシアがエプロンドレスを着ているのはメイド長からの指示だからである。王都から離れた土地ならば別の服を着てもバレはしないだろうが、どういうわけかテレシアはメイド長の言い付けを守ってエプロンドレス以外を着ようとしない。


「でも、ステインの趣味に合わせて服を着てるテレシアって可愛いね」


「んなっ!?」


 味方だと思っていた者から突然爆撃を受ける。テレシアは頬を紅潮させながらも、どう言い返そうか必死に脳を回転させる。しかし、いくら思考に意識を集中させようとも頬の熱に邪魔をされてしまう。思い付くのは反論の言葉ではなく、ステイン好みに合わせて服を選んでいる自分の姿。


「このっ!バカご主人!」


 恥ずかしい想像を打ち払うかのように、開いたままの傘を振り回してステインに殴り掛かる。


「危ない!危ないから!」


 慣れない得物相手にステインは逃げの一手を余儀なくされた。二人の追いかけっこを眺めながら、シルフィアは静かな雨と共にくすくすと笑みを零していた。




 ステインとテレシアの争いを終結させたのは、喫茶店から流れる香ばしい匂いだった。テレシアは走る足を止めたかと思うと、鼻を前に出して匂い誘われるように店内へと入っていく。ステインはテレシアの異変に気付くと、後から走ってきたシルフィアを待って入店した。

 喫茶店アンパサ。何の変哲もないごく普通の喫茶店だが、妙に居心地の良い空気を感じるのはマスターである中年男性の柔らかな物腰と、ウェイターの少年の優麗さからだろうか。ステインがそう思うのも束の間、店内の穏やかな空気は一瞬にして弾け飛ぶ。


「いらっしゃいませ……お、王子様!?」


 ウェイターはステインの姿を見た途端、驚きのあまり伝票とペンを落としそうになるが、どうにか粗相を起こす事なく握り直すとズボンのポケットに仕舞い込んでから跪いた。


「これは王子様。このような辺鄙な村の喫茶店に御出でになるとは恐縮です」


 マスターは落ち着いた様子で丸眼鏡の位置を正すと、深々と頭を下げた。


「それほどに気にしないでください。僕も少し休ませてくれますか?」


「そうそう、ご主人様なんて気にせず、美味しいもん作ってくださいな」


 先に席へ着いていたテレシアはメニューをパタパタと振りながらウェイターを呼ぶ。従者のあるまじき振る舞いに、ウェイターは困惑しながらも伝票とペンを持ち直して注文を受けた。


「テレシア、少しくらい待てないの?」


 ステインとシルフィアの注文を待とうとしていたウェイターへ先にテレシアの分の注文を通すように促してから、自らの従者へ小言を告げる。するとテレシアは力無く机に突っ伏しながら口を尖らせる。


「だってー、ご主人様はお腹空いてないみたいだったしー、シルフィアはイジワル言うしー」


「ならせめて行儀良く待とうよ」


 テレシアへの小言が尽きない所為でメニューも満足に見られない。その様子をシルフィアは楽しそうに見ている。


「二人のこと見てると、ステインが王子様なの忘れちゃうね」


「僕が王子であることを気にしなくては良いけど、忘れてほしくはないかな……」


「忘れろ忘れろ、地位にこだわったってつまんねぇ人生送るだけだぞ」


 連れの二人からは散々な言われようで、マスターとウェイターに敬まわれたのは遠い昔の記憶となってしまった。




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