第39話
空中から仕掛けられる長い尾と魔術による攻撃に、ステイン達は反撃の隙を見出せずにいた。折角、風の力で聖剣を解放したというのに、降り注ぐ魔術や巨躯が駆け抜けていく際に生じる風圧に邪魔され、ただの鉄塊となりかけていた。
「どうした、剣は振るわねば意味がないぞ!」
横長の真空波が放たれる。膝上辺りを狙って放たれた攻撃は回避が困難であったものの、今の所、聖剣が役に立つ稀有な状況であった。ステインが聖剣を振り上げると、真空波は真っ二つに切り裂かれ、瞬く間に勢いを無くしていった。大気を切り裂く様は聖剣の名に恥じぬ鋭さを見せてくれるが、それだけでは聖剣を使いこなしたと言えない。そもそも、遠距離攻撃を防ぐならシルフィアに防壁でも張ってもらった方が安全である。にも関わらず、わざわざステインが真空波を防いだのは、単純にシルフィアが別の魔術を発動させようとしていたからであった。
「えい!」
軽い掛け声とは対照的に、暴力的な量の魔気で編まれた風の牢は、急降下して来ていたクヨーラの体を捕らえるのに十分な強度を持っていた。しかし、牢が発動し切るより一瞬早く、クヨーラは宙返りをして上空に逃げ去った。対象を失った牢は集束した後に爆風を発生させ、周囲を衝撃波が襲った。
「冗談じゃねぇぞ……」
「あれ、やりすぎちゃった」
体を丸めて衝撃に耐えたクヨーラは、爆心点を茫然と見つめていた。直撃していたら怪我では済まなかったかもしれないというのに、術者は悪戯っぽく笑っているのだから恐ろしい。
シルフィアの一撃で戦闘は仕切り直しとなり、大気の流れが安定したことで、ステインは漸く聖剣の能力を発揮することが叶った。風を自在に操れたなら、誰もが一度は夢見る飛翔。ステインの体は一瞬にしてクヨーラの眼前まで飛び上がり、そして通り過ぎて行った。
「あれ、あれ!?」
予想外の高さまで昇ってしまい、焦るステインだったが、一向に止まる気配がない。聖剣を振ってみるが風は言う事を聞いてくれない。異変に気付いたクヨーラが上昇して来るも、追いつくより先にステインの体が宇宙に放り出されてしまうだろう。シルフィアに助けを請おうにも、その姿は既に点にしか見えない。
「止まれ!止まれ!!」
両手で持った聖剣を抱きかかえる様にして祈るが、無慈悲にも現実は変わらない。
いよいよ空の色が変わり、世界の終わりが見えてくると、止まろうとする意思より地上に戻りたいという意思が強くなる。すると、溜め息に似た風がステインの頬を撫でた後、急降下を開始した。
「うわぁぁ!!」
自由落下に加え、風の魔気によって加速したステインであったが、不思議と体に掛かる負荷は僅かであった。尤も、その異変を実感できる状況ではない。弾丸のように落下していくステインはあっという間にクヨーラとすれ違う。尾で受け止めようとしてくれたが、予想外の落下速度にタイミングが合わず空振りとなった。クヨーラが振り向き様に怒鳴ったが、大気の流れに呑まれてしまい、言葉を理解することは叶わない。
急上昇からの急降下という未だかつてない振り回され方に遭ったステインだったが、困惑して叫び声を上げているだけではない。止まれ、と強く念じ、止まらない事を確認する。矛盾した事ではあったが、ステインにとって初めて聖剣が予想通りの動きをしたのだ。
微かに灯った理解の火に燃料を加えるべく、ステインはあろうことか加速を念じた。すると聖剣は機嫌良く風の魔気を噴出させて加速した。
シルフィアの待つ不可視の地面に近付くと、魔術で編まれた網が幾重にも張り巡らされていた。シルフィアから差し伸べられた助けであったが、ステインは謝罪を口にし、刃のない聖剣で全ての網を両断した。
「ステイン!?」
驚愕するシルフィアへすまなそうに笑い掛け、身を翻して着地……ではない。ステインの足は軽やかに跳ね、その身を再び空中へ投げ出した。しかし、今度は直線的に上昇していく訳ではなく、飛翔に近い跳躍だった。ステインは空中を蹴って進路を変えながら、降下して来たクヨーラへ聖剣を振りかぶる。
「心配かけてごめん。でも、なんとか動けそうだよ」
穏やかな口調に反し、容赦ない袈裟斬りを放つ。クヨーラは咄嗟に身を捻って剣撃を躱すと同時に後ろ足を蹴り込むが、ステインは振り下ろした聖剣に引っ張られるようにして蹴りを回避。だが、クヨーラは蹴りが躱されたと判断するや否や、尾を振り回してステインを弾き飛ばした。
「無駄な心配かけた罰だ!次々行くぞ!」
崩れた体制のまま飛んで行くところにクヨーラが肉薄する。ステインは咄嗟に体勢を整えようとするが、空中では思う様に体が動かない。後退して距離を取ろうとするが、聖剣は沈黙したままである。
「昇れ!」
眼前に迫った巨獣の嘴に息を飲みながら、反射的に叫ぶ。すると聖剣はステインの意思に従って急加速し、嘴の振り上げを見事に振り切った。そこまでは良かったのだが、聖剣は止まる事を知らず、ステインの体を天空へと運んで行く。どうやって下へ向かおうか必死に脳を回転させていると、体が揺さぶられて上昇速度が著しく低下した。首を捻ってクヨーラの方へ視線を向けると、風の魔気が螺旋を描いて集束しているではないか。
「助けてくれる……わけではなさそうだね」
上昇を引き止めてくれたにしては、魔気から攻撃的な意思が顕著に感じ取れた。自由の利かない体でどうにか前転して向きを変えると、丁度魔気を集め終わったのか、螺旋の流れが消えた魔気の後ろでクヨーラは力を溜め込む様に四対の翼を広げていた。明らかに強力な攻撃が放たれるのだが、風の魔気の流れをクヨーラに持っていかれた為、ステインは身動きが取れない。集束した魔気に引き寄せられる形で落下していく。
「風を受け入れてみせろ!」
咆哮と共に翼を羽搏かせ、集束した魔気に魔力を注ぐと、轟音と共に強大な光線が発射される。天を貫く大気の光りはステインの体を容易に飲み込んだ。




