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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
43/124

第36話++++

 暫くして、戦況に変化が現れました。フライカイツの体が大きく揺れ、ゆっくりと地に伏したのです。荒々しい呼吸がお姫様の耳まで届いて来ます。毒が回ってしまったのでしょう。

 フライカイツの体をどかし、ダブル・ガレイドが這い出てきます。不利な体勢で猛攻を耐え切ったダブル・ガレイドでしたが、その姿はとても無事とは言えません。鱗は砕けに砕けて赤紫色の血を滲ませ、両翼は無残に引き裂かれ、頭の一つは潰されており、血以外を吐き出そうとはしませんでした。


「こんなに心躍ったのはいつぶりだ」


 聞き慣れぬ声がお姫様の耳に入ります。勇壮な声音はフライカイツのものでも、ステークのものでもありません。ならば、この場に残っているのはダブル・ガレイドのみです。


「最近ではオレに立ち向かって来る奴がいないからな」


 姿は満身創痍に見えども、声音は至って平気そうです。フライカイツが敗れてしまったことと、ダブル・ガレイドの声が突然聞こえて来たことにお姫様は動揺してしまい、言葉が上手く出せません。


「そっちの小さいのはどうだ、暴れ足りないだろ」


 なんという事でしょう。ダブル・ガレイドはステークと戦おうとしているのです。確かに先程は手も足も出なかった相手ですが、傷だらけの状態では衝撃を受けただけで激痛が走る筈です。更に驚くべくは、ダブル・ガレイドの口調には一切の嫌味が感じられないのです。主力となるフライカイツを倒した事による優越も、戦力に劣るステークを嘲る様子もありません。純粋に戦闘を望んでいるだけなのです。

 呆気に取られていたお姫様でしたが、ステークが急加速してダブル・ガレイドへ向かおうとするので意識を取り戻します。


「待って!!」


 二体のモンスターが激突する直前、お姫様は声を張り上げます。ステークはぎりぎりの所で上昇し、戦闘を回避しました。


「ステーク、少し失礼しますよ」


 断りを入れてからお姫様は月草の上に立ち、ダブル・ガレイドが何故、方々を荒らし回るのか問い掛けます。


「恨みや目的があって荒らしているわけではない。戦うことが種としての本能だ。場が荒れるのは戦いの弊害に過ぎない」


 同じモンスターであってもステークに言葉は通じていないのでしょう。お姫様に通訳を頼み、話しを聞きます。


「そんな勝手で毒を撒き散らされたら迷惑だ!戦いたいならダブル・ガレイド同士で勝手にやってよ!」


 今にも飛び掛かりそうなステークを必死に宥め、お姫様はダブル・ガレイドに言葉を伝えます。


「勝手なのは認める。だが、お前も人も、生物は全て己が種を生かすために勝手を行うのだ」


 フライカイツが季節によって棲み処を変えるのも、人が探究心や知識欲で土地を切り拓き、何かを発明するのも、それぞれの種としての勝手な本能であるとダブル・ガレイドは言いました。棲み処を変えることで縄張りや食糧を奪い合うことになるかもしれませんし、土地を切り拓いても同じ問題が起きるでしょう。何かを発明すれば、技術を巡って、若しくは技術を応用した兵器が作られ、争いが起きます。

 これまでお姫様は、ダブル・ガレイドのことは世界を荒らす悪だと思っていましたが、こうして話してみると、自分達とて世界を荒らす悪だと思い知らされます。


「一つ問います。あなたは今、戦いたいのですか?それとも生きたいのですか?」


 自国を荒らされ、父を殺され、協力してくれたフライカイツも瀕死になっています。お姫様にとって、ダブル・ガレイドは恨んでも恨み切れない相手の筈なのですが、何故だか心は澄んだ水のように穏やかでした。


「生物としては生きたいが、種としては逃げずに戦いたいといったところだ」


「そうですか。ならば私達は、この場まで敗走して来てあなたの追撃を振り切ったということにします」


「……奇妙な人だ」


 お姫様の言葉の意味を理解したダブル・ガレイドは眼を細め、表情こそ変わりませんが笑っている様でした。


「折角、他人より多くの者と会話ができるのですから、避けられる争いは避けたいと思います」


「オレには理解できんが、それも人の勝手だ。だが、それでは人の為に戦ったフライカイツが報われないぞ」


「分かっています。罪は償います」


「……穏健なフライカイツがオレに戦いを挑み、ここまで追い詰めたのは人を守る為であり、敗れたのもまた人を守る為だ。そのフライカイツは間違いなく最高の戦士だった」


 ダブル・ガレイドは独り言ちる様に言葉を漏らすと背中を向け、「今回は守る強さより自由な強さが優位になる状況だっただけだ」と付け足してこの場を去ろうとします。その背中にステークが飛び掛かろうとしますが、フライカイツの呻き声で我に返り、安否を確かめます。


「えーっと、えーっと、毒を抜くには……えーっと……」


 外傷は浅い物が多かったのですが、毒による衰弱が激しく、かなり危険な状態です。


「我の事はもういい。姫を連れて帰れ」


「よくないよ!毒さえ抜ければ助かるんだって!」


 ステークは怒鳴りますが、肝心の毒の抜き方が一向に思いつかないようです。いえ、思いついてはいるのでしょうが、どうしても時間がかかってしまうのです。


「ステーク、下がって」


 地上に降り立ったお姫様は、ステークを押し退ける様にしてフライカイツの傍に寄り添いました。


「あまりここに長居しない方が良い。彼奴の毒がそう簡単に消えないのは、姫も知っているだろう」


「承知しています。だからこそお聞かせください。あなたの最期の言葉を」


 お姫様の言葉にフライカイツは安堵した表情を浮かべ、溜め込んでいた息を吐き出します。お姫様は優しく微笑みながらフライカイツの頬を撫で、言葉を聞き終えるとステークの方へ踵を返しました。ステークはお姫様の後ろで眠るフライカイツを見ると号泣してしまいます。涙を堪えていたお姫様でしたが、ステークがあまりにも思い切り無くので、とうとう涙腺が崩壊してしまい、一緒になって泣き叫びました。



 涙が枯れたお姫様は、同じく涙を枯らしたステークに乗って廃墟となった城下町へ戻って来ました。何かがある訳ではありませんが、あの場にずっと居たら永遠に泣いてしまいそうでしたし、他に行く当ても無かったということでした。

 城下町ではなんと、兵士達が少ない手と資材で建物を修復していました。お姫様が何をしているかと聞くと「お姫様が帰って来たときの為に直していました」と空元気に答えられました。兵士達の忠義に枯れた筈の涙が再び溢れ出そうになりますが、ぐっと我慢して町中の兵士を城跡に集めさせます。

 兵士から住民の避難が滞りなく完了したことを聞き、一先ずは安心しました。逆にダブル・ガレイドの討伐に失敗したと報告を受けた兵士達は不安そうにざわつきます。ですが、そのざわつきを一蹴すべく、お姫様は亡き国王の跡を継いで女王となることを宣言、国家の建て直しを誓います。兵士にとって城を陥落させられるのはこの上ない屈辱でしたが、それ故に国家の再興は身を入れて達成させるべき目標となります。廃墟と化した城下町に希望の雄叫びが響き渡ります。


 国を再興させると宣言しましたが、毒の影響で痩せてしまった土地に城を築いても意味がありません。新しく土地を探さねばならないのですが、お姫様には既に当てがありました。兵士達の士気も高く、早速作業に取り掛かりたいところですが、流石に人手が足りません。先ずは城と町を造るだけの人手を集める必要があります。


「ステークには辛い思いをさせてしまいましたね」


 兵士達に指示を出した後、お姫様はステークの頬を抱き寄せました。


「ううん、ボクが生きていられるのはお姫様のお陰だもの」


「義理堅いのですね……でも、もう大丈夫です。これからは人の力で立ち直ってみせます。ステークも仲間の元へ帰りなさい」


「ボクもお姫様のお手伝いしちゃダメ?」


「ふふっ……ありがとう。でも、気持ちだけで十分。ステークにだってやることがある筈だもの」


 一族の長が絶命してしまったのですから一大事です。その事実をステークは一刻も早く仲間に伝えなくてはいけません。


「互いに一人前となった時、再び会いましょう。それまでは……お別れです」


 成体になるまでステークを群れで過ごさせて欲しい。フライカイツから聞いた最期の願いの内の一つです。お姫様は少しだけステークを突き放すように言いますが、予想していた通りにごねられてしまいます。お姫様とてステークと離れたくはないのですが、フライカイツの望みを尊重しなければなりません。


「ステーク、お願いですから、これ以上私を困らせないでください」


 お姫様はわざと突き放す為とはいえ、こんな身勝手な言葉しか出ない自分を心の底から呪いました。けれど、結果的には思惑通りステークの心を動かす事に成功します。ステークは悲しそうな、怒っているかのような表情でお姫様を見つめた後、棲み処となる山脈へ飛び去って行きました。


 方々を回って城や町を造る職人を探しましたが、ダブル・ガレイドの討伐に失敗したことが枷になり、引き受けてくれる者が中々いませんでした。「国を立て直すぐらいなら近くの国と合併でもした方が安全ではないか」とも言われました。先代が築き上げてきた国を引き継ごうとしているお姫様にとって、国民から支持を得られないのは何より辛く、情けないことでした。

 深手を負ったダブル・ガレイドが再び人里を襲ってくるには、まだ相当な時間がかかると予想されます。しかし、国民は戦闘を見た訳でもありませんし、二度もダブル・ガレイドの襲撃を回避したお姫様の見立てを信用する気にもなれませんでした。ダブル・ガレイドとて話しが通じぬ暴君でないとお姫様は知っていますが、それこそ国民が知る由もありません。


 国を再興させたいという思いのみが募り、国民からの協力も信用も得られないでいたお姫様は途方に暮れて、半ば無意識にある場所へ向かっていました。

 お姫様がフライカイツに城を築くよう頼まれた場所。ダブル・ガレイドと死闘を繰り広げ、フライカイツが眠る平原。その場所に着いたお姫様は一瞬にして悩みを打ち払われました。一面に広がる鮮やかな青い花はダブル・ガレイドの毒で汚染された土地でも水々しく咲き誇っていました。


「あぁ……あなたは、どこまで私を救ってくれるのですか……」


 フライカイツが最期に言い残した頼み、それは「我が死んだら、どこかに埋葬するような事はせず、そのまま自然に還してくれ」でした。お姫様としては手厚く埋葬するべきだと思ったのですが、フライカイツの意思を尊重して正解だったようです。これまでに見たことが無い、そして未来永劫これ以上にない美しい自然をこの世に残してくれたのですから。

 お姫様は花畑に引き寄せられ、申し訳ないと思いつつも倒れ込みます。草花が頬をくすぐる感触はとても懐かしく、地面に倒れている筈なのに大空を飛んでいる錯覚さえ起こしました。張り詰めていた気持ちが解かれたのでしょう、お姫様は直ぐに眠りに就いてしまいました。




 お姫様が姿を消したことで兵士達は大慌てで捜索を始めましたが、相変わらず人手不足な上、どこに行ったかも検討が付きません。最初は心配していた兵士達でしたが、これまでの苦労も重なって不満が爆発してしまいます。一人、また一人と甲冑を脱ぎ去っていき、とうとう誰もお姫様を探そうとはしませんでした。


 跡継ぎが失踪し、国家は事実上の解体を余儀なくされましたが、逞しいことに国民達はそれぞれの町村ごとで自治体を作ったり、国境付近の町村は隣接する国の領土になったり、それぞれで生命を繋いでいました。

 

 一つの小さな国が消滅してから一年後。自身の毛と同じ色をした地面に降り立つ一体のモンスターがおりました。成体となってから日は浅いものの、群れの中では他の追従を許さぬ絶対なる力を身に着けた彼は、群れを離れてとある人間を探していました。

 初めて出会った思い出の場所は瓦礫が散乱するだけの寂しい土地に変わり果てていました。感傷に浸るより先に、どこか別の場所で城を構えているのではないかと思い、空を飛んでいると、この美しい花畑を見つけたのです。モンスターは静かに体を伏せ、昔を思い出します。そうすることで、探している人間がどこに居るのか分かりそうな気がしたのです。

 どれくらいの時が経ったでしょうか、モンスターの耳に風に乗った探し人の声が届きます。幻聴だったのかもしれませんが、モンスターは自分の名が呼ばれた気がしてなりません。草花を散らす勢いで身を起こし、辺りを見渡します。けれども人影は見当たりません。モンスターは飛翔し、再度人影がないか確認します。すると、遠くの方に見える町が何やら騒がしいではありませんか。その町に探している人物がいるとは思いませんでしたが、モンスターは騒ぎの原因が気になったので町へと向かいます。


 国から独立した町はそれぞれで自治権を持っていましたが、国という後ろ盾が無い分、賊に狙われやすい環境でした。今日も賊が入り込み、町を荒らしていました。独立した時から賊が入り込むことは予想しており、自警団を十分に備えていたのですが、今回の賊は用意周到でした。事前に町へ侵入し、食糧や宝物の量を調べ、大勢の子供を人質に取ってから仲間を呼んだのです。町民達は成す術もなく賊の言いなりとなりました。

 モンスターにとって助ける義理のない人々でしたが、再び声が聞こえます。「大切な人達を守りたかった」と。モンスターは賊の上空まで行くと咆哮により大気を震わせます。巨大なモンスターが現れたのですから、賊も町民も大混乱です。誰も彼もがモンスターから逃げ惑いますが、モンスターは風と土の魔術を使って巧みに賊だけを追い立てます。町の外へ逃げてもそのまま追い掛け、疲れ切って転んだところで再び咆哮します。賊達は恐れおののき、震え上がります。その様子を見たモンスターは途端に興味を無くし、その場から飛び去って行きます。


 モンスターの耳にはその後も風に乗った声が届きました。「信用を得たかった」「モンスターと人が共に生きる光景を見たかった」「謝っても謝り切れないほどの罪を犯してしまった」等と、後悔する声がほとんどでしたが、モンスターは嫌がる素振りもせずに声の主に変わって人々を助け続けました。

 人やモンスターの大群が争いを起こそうと、双頭のワイバーンが戦いを挑んで来ようと、月草の毛並みを持つモンスターは決して負けませんでした。かつて自分を包んでくれていた温もりがこの世界に残っている限り、月草の花が咲き続ける限り、モンスターと人間は共存を諦めませんでした。




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