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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第4話

「何て言うか、その……悪かったな、少年」


 傾き始めた日の光りに照らされながら肩を落として歩くエトの背中はえも言われぬ不憫なもので、テレシアに謝られたところで変化があるわけでもなかった。


「ねーちゃん達が謝ることじゃないよ」


「そうか、なら元気を出せ少年!過ぎたことでいつまでも気を落としてたら、若いうちから暗い人生を送ることになるぞ!」


 努めて明るく言い放つテレシアの言葉は無神経にも聞こえたが、エトの心は澄んだ風の如き言葉だった。


「だよな、そんなに珍しくもない事をいつまでも引き摺ってても仕方ないよな!」


「うんうん、悪い事があっても元気で乗り切れるのは若者の特権だぞ!」


 説教されるのが珍しくないとか、三、四歳くらいしか違わない相手に踏ん反り返って人生について語るのはどうなのかとか、ツッコミたいステインだったが、二人共楽しそうだったので大人しく黙っていることにした。


「こうやって盛り上がった時に続けないと、実年齢より老けて見えるから気を付けような」


 口元に手を当てて気付かれないように話している雰囲気を出しているが、声量は微塵も隠れておらずステインの耳にしっかりと届いていた。


「おい!」


 気を遣った結果が馬鹿にされるでは流石に黙っていられない。僅かな怒気を含めて声を掛けると、テレシアは軽く舌を出して逃げて行った。


「くっ、テレシアめ……すまないな、騒がしくて」


 テレシアと入れ替わりでエトの隣りに来たステインは片手で額を押さえながら謝罪する。


「ううん、賑やかで楽しいよ」


「若者の支持得たリー!」


 十数メートル先に立ったテレシアが両手を口に当てて勝ち鬨をあげているが一々構っていられない。


「エトが不快でなければ良いんだ。明日も案内よろしく頼むよ」


「おう、任せてくれよ!じゃあ、オイラこっちだから。また明日な!」


 数分前までの暗い雰囲気はどこへやら、エトは元気よく手を振ると家路に着いた。


「へへん!どうよ、あたしに掛かれば少年を元気付けるぐらい訳ないっての」


 先に行ったのにわざわざ戻ってきて鼻を鳴らすテレシアを、最初は無視しようとしたステインだったが、横切る間際に軽く頭を撫でた。


「テレシアがモンスターを叩かなければ元気付ける必要もなかった。とは言わないでおくよ」


「はいはい、クソご主人様ありがとうございます」


 ステインの手が離れると、テレシアの態度を表すようにアホ毛が跳ね上がるが、特段気にすることもなく二人は借りた空き家に向けて歩いた。


 少し歩くと平屋の隣りに大形な荷車と、それに繋がれたイノウリ二頭へ桶に入れた水を与える男の姿があった。ステインは地図を確認し、ここが既に借りられていた家屋であることを確認すると男へ歩み寄った。


「こんにちは。立派なイノウリですね」


 茶色い山の様な背中に綺麗な黒色の縦縞のある四足歩行の動物を見ながら話しかけると、男は少し驚いた様子で振り返った。男は温和そうな顔つきで、京紫の少しボサついた髪に紺鉄の瞳、首からは粗笨な見た目のゴーグルを下げていた。ステインは男と視線を合わせながらも意識は荷車の方へ向け、


「どうもこんにちは。旅の方ですか?」


 挨拶を返しながら男が立ち上がる。細身でしゃがんでいたから気付けなかったが、中々な長身であり、成人男性として平均身長であるステインでも軽く見上げなければ視線が合わなかった。


「そうです。僕はステインで、こっちがテレシア。錬金術師として旅をしています」


「自分はハルムと申します。行商をしながら各地を転々としています。……失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか?」


 この問いにステインの脈は一拍だけ強く打った。しかし、ここで身分を明かすと今後の展開が少々面倒になると予想されるので、緊張は体の中だけに止めて外見はどうにか平静を保つ。


「お互い旅をしている身ですし、知らない内にどこかですれ違っているかもしれませんが、僕の方は……ごめんなさい、覚えがありませんね」


「確かにその通りですね。すみません、変なことを言って」


 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるハルムを目にし、ステインは内心で胸を撫で下ろした。そのお陰か、ステインはイノウリに繋げられた手綱がかなり使い込まれている事に気付いた。


「おや、これは随分と長い間使われているのですね」


 言葉を濁しているが、正直言って手綱はもうボロボロだ。革製のそれからは既に滑らかな触感は失われており、乾燥してひび割れた布きれの様だった。その手綱を軽く持ち上げ、感心を装うとハルムは照れ笑いを継続して答える。


「いや、ははは……。商品の仕入れにばかり気を取られてしまい、身の回りの物はついつい後回しになってしまうんですよ」


「物持ちが良いのは良い事じゃないですか。魔術が発達し、錬金術や空魔精錬術で生産性が上がっているとは言え、資源は無限ではありませんから。そうそう、資源と言えば……痛っ!」


「んんっ!」


 語り出そうとするステインの腰をテレシアが咳払いしながら抓り、さらに小声で囁く。


「黙ってんのも飽きたからさっさと話しつけてもらえる?」


「わ、分かったから抓るのを止めるんだ」


 小声でやりとりをする二人を見て、ハルムは首を傾げる。当然の反応だろう。


「失礼。この手綱では次の町まで行く途中でモンスターに遭遇したら危険ですよ」


「は、はぁ……」 


 急に話しを戻されて驚いたのか、ハルムは首の傾きを直して空返事をする。そして、この返事はステインにとって追い風となる。


「ここで会ったのも何かの縁ですし、僕が拵えましょう!」


 話しが見えていない相手に対し提案ではなく決定を押し付ける。少々強引にでも話しを進めてしまえば、相手は断りづらくなるだろうとの判断だ。


「気持ちはありがたいのですが、錬金術で作られるんですよね?高価な物になるのではありませんか?」


 錬金術では物を調合する時に物質を溶かす専用の溶媒を使うのだが、これが中々高価な物なのだ。勿論コストが掛かる分、通常工程よりも遥かに短い時間で生成できるという特徴がある。

 ハルムは押し売りされているのではないかと疑念を抱き、物理的にも距離を置き始めた。


「そうですねぇ……五百バルタでどうですか?」


 金儲けが目的はないのでタダと言っても良いのだが、相手は商人だ。タダより高い物はないということぐらい熟知している筈だ。ステインがわざと少し悩んでから適当な金額を提示すると、ハルムは眼を見開く。


「五百!?格安どころの話しじゃないですよ!タダ同然じゃないですか」


 しまった。ステインが内心で自らの適当さを後悔し、どう言い改めるか思考を凝らすが、いよいよ痺れを切らしたテレシアが出張る。


「あーもー、この馬鹿は下がってろ!」


 今まで大人しく後ろで控えていた少女から罵声が飛び出たので、ハルムは再び面食らうことになった。


「いやぁ、このご主人様は今、創作意欲が湧いてて暑苦しいんだ。悪いけど付き合ってくれたら助かるんだけど、どう?」


「あ、あぁ、じゃあお願いします」


 驚きの連発でハルムの脳は思考が鈍っており、そんな状態でテレシアの圧に押されては断る理由を探しようがなかった。


「お、話が早いね。ありがと!」


 歯を見せた笑みを浮かべて礼を言うと、テレシアは何事もなかったように澄ました表情でステインの後ろに移動した。


「えーと……調合に少し時間が掛かりますので、明日の夕方くらいのお渡しでも宜しいでしょうか?」


「あ、はい」


 嵐が去った後の男達の会話は酷く淡々としたものだった。

 肩透かしをくらった気分ではあるが、こうしてハルムに声を掛けた最大の目的、出発を遅らせることに成功したのだった。




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