表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
35/124

第32話

 木の枝に覆われてできた洞窟に光りは一切が入り込まなかったのだが、反魂残存であるアニカ含めた人の姿は明確に視認出来た。山頂に向かっている筈なのだが、足裏から伝わる感触は皆無で登っているどころか本当に歩いているのかすら怪しく思えてくる。


「なー、ばーさん、これ本当に山頂に向かってんの?」


 洞窟に入った直後から居心地の悪そうにしていたテレシアが痺れを切らした。


「わしも死んだ時に一度通ったっきりなんじゃが、一本道だから迷うことはあるまいて」


「死んだ時って……あの世への道じゃないだろうな?」


「道を逸れたらあの世行きかもしれんな」


「え!?嘘!?」


 冗談気味に言った言葉を真面目に返されてしまい、驚いたテレシアは前を歩いていたステインに飛びつく。


「こら、危ないだろ」


「うっさい、死なばもろともだ!」


 あの世に行きたいのか行きたくないのか、テレシアはステインの腰を掴んで左右に揺さぶっている。


「ばあちゃん、あんまり脅かさないでよ」


「はっはっは!歳を取ると若者をからかうのが楽しくなってしまうのでな」


「え?あたし、からかわれただけなの?」


 目を丸くしているテレシアにシルフィアは気遣うような笑みを向ける。


「くそ!抱き着き損じゃんか!離れろ、破廉恥ご主人!」


 テレシアの右足は慣れた軌道を通ってステインの尻を捉える。この無遠慮な行為が幾度となく繰り返されたと考えると、二人の信頼はいかなる岩盤よりも厚く強固なものであると判断できる。


「からかわれたのを見て笑わないし、抱き着かれても何も思わないから、せめて蹴るのはやめてくれないかな」


 理不尽に蹴られたというのに微塵も気を悪くした様子を見せないのはステインの人柄もあるが、やはり人間はどんなことにも慣れてしまうのだろう。


「まぁ、こんな空間でも霊山を登っていることに変わりはないから、あんまり逸れると崖から落ちるから気を付けなさいな」


「へっ、もう脅かされないもんね」


「あ、多分、今のは本当のことだよ」


 先に進んで行くアニカの背に向かって軽く舌を出し、わざと道を逸れようとするテレシアをシルフィアが慌てて止める。するとテレシアは時間が逆再生したように体勢を戻し、ステインの服の裾を控えめに握った。


「大人しく付いて行くよ」


 初めからこうしてくれれば良かったのに、と思うステインだったが、余計なことを言ってテレシアを刺激するのも手間だったので、言葉の代わりに小さな溜め息を吐いた。


「魔気も濃くなってきてるし、気を付けて行こうか」


 この言葉を最後にして一行は黙々と暗闇の中を進んで行った。

 

 沈黙の中でステインは癲狂の空魔精錬術師、レイナについて考えていた。有り余る魔術の才能を持ちながら、その力を自分自身の破滅にしか使う事が出来なかった愚か者。話しを聞いただけではあるが、とても褒められる存在ではない。しかし、大罪人である彼女に四大の空魔精霊獣は力を貸したのだ。空魔魄霊獣を撃退するために力を貸しただけなのかもしれないが、空魔魄霊獣を呼び起こした張本人とも呼べる者に、更なる力を与えるのは危険過ぎるのではないだろうか。契約の強制力がどの程度あるのかは分からないが、空魔魄霊獣を撃退した後、その力を世界に向けることだって十分に考えられる。

 そもそも四大の空魔精霊獣はこの世の魔気全てを統べる存在、言わば世界そのものだ。人間が起こした不祥事を処理する為にわざわざ出向いて来たというのは少し親切過ぎる気がする。勿論、世界の危機だったのは間違いないのだが、それならば空魔魄霊獣が現れる前に魔気を操作し、レイナに扱えないようにしてしまえば良かったのではないか。

 レイナ、四大の空魔精霊獣、空魔魄霊獣、この三つの存在には、もっと深い謎があるのは間違いないだろう。クヨーラから何か語られはしまいかと期待を寄せる。


 時を同じくして、シルフィアも過去へ思考を向けていた。六百年前がどのような時代であったかは知らないが、少女が両親を殺害するのは間違いなく異事である。アニカの話しでは、何か事故を起こしてしまい、それに巻き込んでしまったという訳でもなさそうなので、本人の意思で犯行に及んだと思われる。ならばその動機は何だろうか。癲狂や最狂と呼ばれた通り、自分の力に溺れてしまったのだろうか。

 違う。シルフィアは静かに首を横に振った。結果的に大勢の命を奪ってしまったとしても、レイナの本質は狂人などではない。きっと本当は人を殴るどころか、口喧嘩すら嫌う大人しい少女の筈だ。顔を見た事もなければ、名前すら聞いた事もなかった相手をどうして語れるのか、それはレイナが空魔精錬術師だからである。空魔精錬術は言わば世界を構成している物に干渉し変化を及ぼす術だ。そんな術を四大の空魔精霊獣が、空魔魄霊獣を倒す為に、等という打算的な考えで授ける訳がない。心の奥底で、狂気に隠されていても輝きを絶やさなかった少女の本質を、四大の空魔精霊獣は見抜いていたのだ。

 魔力に恵まれ、空魔精霊獣に愛された少女が歴史の中から消されてしまったことに侘しさを感じるのは、シルフィアが同じ空魔精錬術師だからかもしれない。歴史に書き記されたとしても、確実に罪人の烙印が押され、人々からは非難され続ける運命だ。それならば歴史や人々の記憶に残らぬ方が幸運に思えるが、シルフィアは違うと主張したかった。

 レイナが居なければ平和な世界が続いたかもしれない。現にシルフィアの知る歴史は平和が書き綴られている。しかし、どんな意図があるにせよ、人の存在をなかったことにするのは許しがたい行為だ。歴史は時間の経過ではなく、その時代を生きた人の価値。人の価値を自由にする権利など、誰にも無い。それでも歴史から抹消されたということは、人々のレイナ・アンハイサーという少女に対する価値は消失したということで、つまり誰も少女の想いを理解しようとしなかったのだ。

 アニカから語られた歴史はごく表面的なことで、実際には多くの想いが交錯していたに違いないが、きっとその想いはどれも哀しいものなのだろう。

 



 そんな事を考えていると、暗闇の中に一筋の光りが入り込む。視覚が明るみを認識すると、光りはたちまち膨張していき、一瞬にして辺りを包み込んだ。

 久しぶりに目に映った景色は灰色の岩盤と、絨毯の様に敷かれた白い雲。殺風景なこともあってか、吹き抜けて行く風も無感情なものであった。

 岩盤の坂を上ったところの崖際でクヨーラはこちらに背を向け、静かに佇んでいた。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ