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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第3話

 閑静な村の一角で芳醇な香りを囲んで座る四人。そこでエトは森でモンスター達に追われた事の顛末をタチアナに話した。

 霊山に住む精霊の加護により余所者を寄せ付けぬ清浄の森であるが、ゲレゲン村の人間の案内があれば通ることが可能だ。しかし、森に危害を加える様な事があれば話しは別であり、例え案内人が居ようとも森が一体となって侵入者を排除する。

 そう説明を受けたステインとテレシアだったのだが、花のモンスターがしな垂れて来た時に反射的に反応してしまった。ステインは防御の構えを取ったものの、テレシアはエプロンドレスからフライパンを取り出すと間髪入れずに殴打。モンスターの花弁を一枚残らず散らせた。結果、森が異常を感知しモンスターと動物を怒らせてしまったのだ。


「あらまぁ、それは災難でございましたねぇ」


「こちらの不行き届きが招いた事態でお恥ずかしい限りです」


 そう言うステインの隣りではテレシアが居心地悪そうに俯いている。その様子を見兼ねたタチアナはお茶請けに用意したお菓子を勧める。


「そう気になさる事ではありませんよ。初めて訪れる方ではよくある事ですし、明日、日が昇る頃には森も落ち着くでしょう。空き家でよろしければいくらでもありますので、今日はお休みになられてください」


「ご面倒をお掛けして申し訳ありません」


「いえ、何もない所ですがゆっくりしていってくださいな」


「村長!」


 話しが一段落したところでエトが声を上げた。


「エト、悪いけど明日もお二人を案内してくれるかい?」


「ああ、うん。それは良いんだけど、シルフィアに精錬を頼んでいた麦粉と豆はどうするんだ?明日の朝には行商人居なくなっちゃうんだろ」


「なに、頼めば一日くらい長く滞在してくれるよ。あちらさんもシルフィアちゃんが精錬した物は欲しいだろうしね」


 明るく笑って見せるタチアナであったが、この話しを聞き流すステインではない。自分達の所為で村に不利益が発生するなどあってはならない。しかし、ここで何かしますと進言したところでタチアナは協力を遠慮するに違いない。ステインは白いカップに注がれた淡い茶褐色の液体を口に含む。甘味料を入れていない、自然な茶葉の甘味が口の中に広がって思考を落ち着けてくれる。


「そうだ、エト。悪いんだけどお二人をフレークの所に連れて行くついでに、今の話しも通してもらえるかい?」


「えー、小言聞かされるの嫌だから村長が行ってくれよ」


 口を尖らせるエトを見たタチアナは微笑みながら手招きをする。一瞬怪しんだエトであったが、こうしていても話しが進まないと判断し仕方なく体を伸ばして耳を近付けた。


「倉庫の屋根に穴開けたの、お母さんには内緒にしておくから」


「うっ!」


 尖っていた口を引っ込めて代わりにに背筋を伸ばしたエトは、カップに残っていたお茶を飲み干すと飛ぶように立ち上がった。


「まあ、ついでだからな!うん。そうと決まれば早く行こうぜ!」


「少し待ってくれ、片付けをしなくては」


「いえいえ、今度こそ大丈夫ですよ。お嬢さんも、向かう所があれば座って待つ必要もないでしょう」


「え、あ……」


 笑顔の中に妙な圧を感じたテレシアは視線をステインに移して判断を委ねた。好意に甘えてばかりもいられないが、素直に受け入れることも一つの礼儀である。ステインが立ち上がって丁寧に腰を折ると、テレシアは最後にお菓子を一つ摘まんでから急いで立ち上がり、主と同じく礼をした。


「それではお言葉に甘えて私達は失礼させていただきます。素敵なお茶をありがとうございました」


「またいつでもいらしてくださいね」


 丁度挨拶を交わし終えたタイミングで先に歩いていたエトがこちらを急かしたので、ステインとテレシアは駆け出してタチアナの家を後にした。


「これから行くのは雑貨屋のフレークさんって人の所なんだけど、少し口煩いだけで根は……良い人だからあんまし悪く思わないでくれよな」


 道すがら訪問先の人物について語るエトの表情は憂鬱な物だった。妙な間があったのは気にしない方が良さそうだ。


「うげ、あたしは外で待ってようかな……」


「構わないけど、そうなったら一人で野宿してもらうからね」


 口煩いと聞いた途端に難色を示すテレシアだったが、野宿という単語に心が揺れる。


「外道ご主人」


 悪態を吐くがステインにはどこ吹く風だ。顔を綻ばせながら街中に建っている風車へ視線を投げている。どれも同じ造形で羽を回しているのに、何がそんなに面白いのか。テレシアも何か面白いものがないかと辺りを見渡している内に、先頭を歩いていたエトが足を止める。


「着いたよ。ここが雑貨屋」


 村長の家の時とは逆に、小さな村の雑貨屋にしては大きな二階建ての建物が目の前に在った。扉の脇には雑に切られた木の板が置いてあり、お世辞にも綺麗とは言えない字でこう書かれていた。


「日用雑貨、食品、空き家紹介、お悩み相談、何でも承ります。雑貨屋っていうより何でも屋じゃんか。それよりも汚ねぇ字だな、これで人に説教するとか勘弁」


「ぶつぶつ言って入らないなら本当に野宿させるぞー」


「ちょっ、待ってよ!」


 急かされたテレシアが慌ただしく店の中に入ると、カウンターの奥で紙面に眼を通していた眼鏡の男性の眉間に皺が寄った。


「エト、ここは遊び場じゃないんだ。騒がしくするなら出て行ってくれ」


「ご、ごめんって、フレークさん。お客さん連れて来たんだからそんなに怒るなよ」


「お客?」


 いきなり叱りを受けてたじろぐエトであったが、なんとか話しを繋いでフレークの視線をステイン達へ向けさせた。


「これは失礼。しかし、また凄い人を連れて来たもんだな」


 ステインの姿を見たフレークは一瞬だけ眼を見開くが、直ぐに表情を戻してカウンターから出て深く頭を下げた。


「第二王子様がこの辺鄙な村にご来訪なさるとは思いもしませんでした。こちらのエトが無礼を働きませんでしたか?」


「楽にしてくださって構いません。今の僕は王子としてでなく、一人の人間としてこの村を訪れています。それに、エトには出会ったばかりなのに森や村を案内してもらって、正直こちらの方が申し訳ありません」


 ステインが言い終えると、壁に寄り掛かって成行きを見守っていたエトの表情が明るくなる。心当たりはないが何か不手際を報告されるのではないかと、内心不安だったのだろう。


「そうですか、安心しました。それで、この店に何か御用ですか?」


 頭を上げたフレークは店員と客の距離感でステインに接することにしたが、彼の問いに答えたのは元気を取り戻したエトだった。


「空き家を貸してやれって村長に言われて来たんだ。良いところ無い?」


「なるほど、今なら一軒以外空いています。資料をお持ちしますので少々お待ちください」


 用件を言ったのはエトだが、フレークにとって対応すべき客は飽く迄ステインの様だ。フレークは一瞬たりとも視線を下げず、カウンターの奥に入って行った。


「にーちゃん、ありがとな」


「ん?何が?」


 エトが小声で礼を言ってくるが、ステインは何の事だかさっぱりなので聞き返す。しかし、再びエトが言葉を発するより先にフレークが戻って来た。


「お待たせしました。こちらが空き家までの地図です。内装はどれも似ており、清掃も一通り済んでいますのでお好きな所をお選びください」


 渡された地図には村全体が描かれており、空き家と思われる場所には赤色で印が付けられていた。およその位置で東に二軒、南に一軒の計三軒が空いているようだ。


「うーん……ちなみに今使われている所はどこですか?」


 逡巡してから地図をフレークに見せると微かに怪訝な表情をされたが、こちらの問いには直ぐ指で示してくれた。東側にある二軒の空き家の丁度中間地点だった。


「こちらですが、どうかされましたか?」


「いえ、何となく気になっただけです。そうですね……こちらの建物をお借りします」


 ステインが選んだのは村の東端に位置する空き家だった。


「分かりました。それでは借用証にサインをお願いできますか」


 渡されたペンで借用証とは名ばかりの名簿にサインをして返す。


「ありがとうございます。こちらが鍵ですので無くさないようご注意願います。代金は鍵の返却時に頂くことになっておりますので、直ぐに屋舎を使って頂いて構いません」


「分かりました」


 鍵を受け取りながら、ステインは不用心だと思う。借用の規約も無ければ前金も取らない。これでは使うだけ使って金を払わずに逃げられても文句は言えないだろう。しかし、これが田舎の在り様なのかもしれないとも思った。村人全員が村を知り尽くしているからこそ、堅苦しい規約などなくとも些細な異変に気付き、事件を防止する。残念なことだが、いくら規約を定めても破る者は出てくる。ならば王都での常識をこの村にわざわざ持ち込む必要もないし、恐らく今のやり方でこの村は不便を感じてはいないはずだ。


「何か気になる事でも?」


 鍵を見たまま固まってしまっていたステインにフレークが首を傾げる。


「あ、いえ。良い村だと思っただけです」


「そうですか、気に入って頂けたなら幸いです」


 ステインの言葉にまだ疑問を抱いている様子だったが、フレークは深く聞くことはせずにただ頷いた。


「あー……そういえば村長にもう一つ頼まれてたんだった」


 エトが何とも言い辛そうに口を開くものだから全員の視線が集中し、さらに言い辛い空気を生み出す。


「えーっと、今日は森の機嫌が悪くってだな……シルフィアの所に行けないから麦粉と豆の納品が遅れる……うっ!」


 フレークは視線を泳がせながら告げるエトの顔を両手で掴み、正面を注視させた。


「その話し、詳しく聞かせてもらおうかな?」


「お、オイラは悪くないぃぃぃぃ!!」


 エトの心からの悲痛な叫びは村中に響き渡り、それから小一時間ほどフレークの説教が続いたそうな。



 


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