第29話
王都の主要となる建造物や街並み、人々の生活、定期的に開催される催し物等を簡単ながらも説明され、シルフィアの瞳には次第に羨望の色が浮かび上がっていた。ステインも始めは手短に済ませようと思っていたが、ついシルフィアの瞳に引き込まれるようにして話しを掘り下げていった。だが、それも長くは続かない。玄関となるドアが勢いよく開けられたからだ。
「ご主人様ー、シルフィアー、いるかー?」
緋色のアホ毛を揺らしながら遠慮なしに踏み込んで来る、と言うのも当然だ。借家ではあるものの、テレシアはこの家の住人なのだから。
「あ、ズルい!二人だけで良い物食べるじゃん!」
素材を詰め込んできたであろう籠を部屋の隅に放り投げてクッキーへ手を伸ばすが、対象を掴む前に自制する。
「まだ手洗ってないや」
流石のテレシアも草や土に触れてきた手でそのまま食べ物に触れることは抵抗があったようで、指先を見つめながら手洗いへ向かった。
「そそっかしい娘だなぁ」
「ただいま!」
マイペースに歩いて来たクヨーラとエトも直ぐに姿を見せた。三人の様子を見るに、採取は順調に終わらせられたのだろう。
「おかえり。採取ありがとう、助かったよ」
ステインは椅子から立ち上がり、部屋の隅に転がっていた籠を拾い上げて中身を見る。
「……こんなに取って来て大丈夫なの?」
「おれっちの森を甘く見んなよ。芝くらい直ぐ生えるさ」
「それなら良いけれど」
籠自体はさほど大きい物ではないのだが、空魔精錬術によって容量が増えているので見た目の倍以上のフラミン芝が詰め込まれている。緑に覆われた地面の一角が不自然に禿げていないか不安だったが、クヨーラがまったく動じていないので問題はないと信じたい。
「フラミン芝を錬成に掛けておきたいから先に外に出てるよ。クヨーラも少しいいかな?」
「うん?おれっちが錬金術に付き合う必要あんのか?」
「あ、じゃあわたしも精錬再会しようかな」
「シルフィアはまだ休んでていいよ。テレシアとエトにもお茶を出してあげて」
質問には敢えて答えず、シルフィアの腰を落ち着けさせるとクヨーラの体を持ち上げて連れ去って行く。
「シルフィア、あたしにも紅茶注いでくれよー」
ステインの後を追おうか迷っていたシルフィアだったが、カップ持参で強請られては断れない。ステインが精錬をするならまだしも、錬金術に関しては見ていることしか出来ないので、少し気が引けたがテレシア達と共に紅茶を飲むことにした。
空き地に出て来るとクヨーラを降ろし、慣れた手つきでフラミンサシェットの錬成を開始する。黙々と作業をする姿を見て、クヨーラは痺れを切らした。
「で、何の用だ?悪いが聖剣についてはまだ上手いこと説明できそうにねぇぞ」
「うん。聖剣のことは気長に待ってるから大丈夫」
「じゃあ何だ?」
ステインは勿体ぶる様に飽和錬金溶液の中へ素材を投入していき、火球が回転して錬成が始まったのを確認してから漸くクヨーラと視線を合わせて開口した。
「シルフィアのことだよ」
これまで清爽に流れていた風がピタリと止まった。風車の羽は変わらず回転し続けているので、実際に風が止んだ訳ではないのだが、ステインとクヨーラの間には明らかに別の空気が流れ込もうとしていた。
「話してみろ」
片眉を上げ、睨み付けるような視線で煽るがステインは涼しげな表情で腹の内を明かす。
「旅に連れて行きたいんだ」
「……何が目的だ?」
「目的って表現は少し大げさかもしれないけど、シルフィア個人としても空魔精錬術師としてもこの国のことをもっと知って欲しいと思った」
暫くとも僅かとも感じる時の間、二人は視線を交わし合っていたが、クヨーラが納得してくれないと悟ったステインは話しを続けることにした。
「幸いにも我が国は恵まれた壌土を有しており飢餓とは縁がないものの、不作に悩まされる町村が完全に無いわけではない。それにモンスター除けや自警団によって安全を確保するようにはしているが、脅威は依然として残っている。そういった町村を空魔精錬術によって助けていきたい」
「シルフィアを便利屋にでもするつもりか?そうした成行き任せで最終的にゃ国のお抱え術者にでもして勝手よく利用しようってんだろ?」
微塵も隠されていない猜疑の眼差しを向けられ、ステインは思わず息を飲んだ。好かれているとは思っていなかったが、まさかここまで信用されていないとは考えなかった。
「シルフィアはここでの生活に不満を持ってたか?空魔精錬術を国のために役立てたいと言ったのか?この国が大事だと思うなら自分で解決しようと努力しないのか?おめぇには力があるだろ」
「不満も言っていないし、役立てたいとも言っていない。僕は国のためなら努力は惜しまない。けど偽物とはいえ空魔魄霊獣が現れたのだからクヨーラだって……いや、クヨーラの方が感付いている筈だろう。どうしようもなく不穏な空気がこの国に流れ込んでいるって!空魔魄霊獣に対抗するための知識を得るためにも……」
勢い任せに言葉を繋いだステインだったが、有事の際にはシルフィアに国を守らせようと考えている自分に気付いて口を噤んで俯いた。
「ほれみろ!結局大事なのはお国の方じゃねぇか!結局いつの時代もどの場所でも権力者って奴は同じ考えなんだ!そもそもおれっちはどこでその聖剣を手に入れたかも分からねぇおめぇを信用しちゃいなかったがな!」
「違う!今言ったのは僕の役目だ!空魔精錬術が素材や自然の声を聞くものだと教えられたから、もっと活動範囲を広げることでシルフィアにも新たな発見があると思ったから……!」
「わたしの話しなら混ぜてほしいな」
声が荒くなっていく両者の間に柔らかな声音がゆったりと、しかし確実に割って入った。突然の介入に二人とも驚き、頭に上っていた血が下がっていった。
「野郎同士で乙女への陰口は感心しないぞ、陰湿ご主人」
「家の中にも結構聞こえてたから、陰口になってないけどね」
シルフィアに続いてテレシアとエトも騒ぎを聞きつけて姿を見せた。
「おう、シルフィア。この野郎がシルフィアを村の外へ連れ回そうとするもんだから説教してたんだ」
「わたしを?どうして?」
「空魔精錬術は精錬する土地や時間によって効果が変わるから、この村や霊山だけでなく色々な土地で精錬すれば今まで見えてこなかったもの、聞こえなかった声が聞こえるのではないかと考えた。それと、空魔精錬術の助けを必要としている人々はこの村意外にも沢山いる筈だから、できればその人たちも助けたい」
幾分冷静になったお陰でステインの喉は素直に本心を通してくれたのだが、既に決裂してしまっているクヨーラには唾を吐かれてしまう。
「実はわたしもステインと同じことを考えたことは何回かあるんだ。ただ、やっぱりばあちゃんやクヨーラのいる霊山やエト達がいるこの村の居心地が良くて中々言い出せなかったの……わたしって、自分のこと甘やかしちゃうから」
照れくさそうに笑いながら舌先を僅かに見せるシルフィアだったが、同意を得られたステインはもちろん、思い掛けない告白を受けたクヨーラとエトは驚愕するのみで反応を返せない。
「お、シルフィアならいつでも抱き着いて来て甘えていいぞ」
テレシアが屈託の無い笑みを浮かべて両腕を広げて見せると、やや遠慮がちに細い体を預けた。
「あのなぁ、シルフィア……ん、アニカ?」
旅に出ることに乗り気なシルフィアを説得しようとするクヨーラだったが、ふいに耳をひくつかせて霊山の方へ視線を投げた。他の四人も同じ方向へ視線を向けて何か聞こえないかと意識を集中させるが、耳の中には心地よい風が吹き込むだけである。
「ちっ、大事な時に呼び出しだ。シルフィア、おれっちは霊山に帰るが勝手に旅に出るなよ」
「大丈夫だよ、クヨーラとばあちゃんに相談しないでそんなことしないよ」
それだけ聞くと満足したのか、クヨーラは一陣の風を纏って姿を消した。
「シルフィア、村出てっちゃうのか?」
「うーん、どうだろ?考えるより先に依頼を終わらせないと。さ、ステイン、精錬を再開するよ!」
少しだけ声の調子が下がっているエトの質問を軽く躱し、勝手な提案で騒ぎを起こしたステインの肩を気兼ねなく押した。




