第28話
激しい蒸気を立てながら武具が錬成されていくのを片目に肥料の精錬は進められていく。始めは増幅した魔気を上手く扱う事ができなかったが、次第にコツを掴んで一度で精錬する量も増やしていった。
「うんうん、良い調子だね」
両手一杯の草葉の精錬が安定してくると、今まで糠の精錬をしていたシルフィアが声を掛けて来た。
「魔気を伝える感覚が大分掴めてきたよ」
「上達するの早いね。これなら今日の内にこの分は終わっちゃうかな?」
ステインの腰の高さまで積もられた草葉を指差しながら聞くと、力強い頷きで応えられた。
「もちろん、そのつもりだよ」
「良い心意気だけど、ここで休憩にしまーす!」
片手を高く挙げながら言い放つ。提案というよりは指示に近い物言いだったが、ステインとしては調子が出て来たところで中断するのは不本意である。
「少し休憩したくらいで感覚を忘れるくらいなら、掴めたと言いません」
不満を言われると分かっていたので、わざと厳しめの言葉を使ったシルフィアの思惑は見事なまでに効果を発揮し、開きかけたステインの口を押し止めた。
「魔気は場所や時間で扱い方が変わるものだし、あえて時間を置くのも修行の内なんだよ」
「確かに。成功したやり方に慣れるより、成功のさせ方に慣れるべきだよね」
同じやり方に慣れてしまえばいつか惰性が生まれてしまう。緩んだ精神を持って魔気を相手にしていては、いつか環境の変化に痛い目を見る事になる。
「それに魔力だって、消費すれば消費するほど回復が遅くなるんだから、こまめに休んだ方が効率が良いよ」
魔気や魔力のことは王都の術式学校でも習ったこと、というより術者ならば誰もが知っていて当然の知識だ。空魔精錬術という希少な術を前にして基礎を見失っていたのかもしれないと、ステインは心の中で反省した。
「シルフィアの言う通り、一旦休憩にしよう」
「分かればよろしい。じゃあ、ステインのお家にお邪魔するね」
師匠としての威厳を見せたかったのか、腰に手を当てて胸を張って見せる。しかし、穏やかな性格が動作や口調に色濃く出ている彼女にとって、威厳という言葉はつくづく縁のないものだった。
小ぢんまりとした家屋の中で質素とも言える椅子に座る二人の前には、濃い茶色をしながらも香りが控えめな紅茶と、細かくされた果実が入ったクッキーが置かれていた。
「ありがとう。色々と準備してもらって」
「ううん、わたしが好きで準備しただけだから気にしないで」
手の平を軽く差し出してお茶を勧めると、ステインは緩やかに立ち上る湯気を追う様にカップを持ち、静かに口を付けた。
「んん、結構深い味のする紅茶だね」
香りが控えめだったので味の主張も弱めだと思ったが意外にも頑固な渋みが口の中に広がった。
「ふふ、そうでしょ。リトゼルコっていう茶葉なんだけど聞いたことない?」
平静を装っているつもりのステインだったが、渋みを我慢しているのはシルフィアにバレてしまっていた。予想通りの反応が得られて嬉しいのだろうが、騙すような真似をした事にいくらか引け目を感じているのだろう、口元を隠して静かに笑っている。
「リトゼルコ……たしか、日当たりの良い山でしか栽培できない貴重な茶葉だよね?」
紅茶に関して特別詳しい訳ではないが、立場上、飲食物の名称と簡単な知識は半自動的に蓄えられており、運良く頭の片隅に散らかっていた知識の中から目当ての物を見つけ出すことが出来た。
「正解。少し前にタチアナ村長からお裾分けを貰ったんだけど、勿体なくて中々飲めなかったの」
「良いのかい?もっと特別な日の為に残しておくべきだったのでは?」
「いーの。本当は昨日、弟子と初めて空魔精錬術をやった記念に飲もうと思ってたんだから」
真実を言っただけで言葉に悪気はありません、とでも言いたげにシルフィアは作り笑いを向ける。それが何を意味するかを理解したステインは思わず目を逸らしてしまうが、そんな事をしても無意味である。
「本当にすまないと思っている」
「ごめんね、少し意地悪し過ぎちゃった。クッキーの方は甘めに作って紅茶と合うようにしてあるから、一緒にどうぞ」
「うん、いただきます」
断る理由も無いので素直に口へ運ぶ。サクサクとした軽い食感の生地に紛れるフルーツの柔らかさが良いアクセントになっており、自然の酸味が砂糖の甘さを心地よく舌に伝えてくれる。甘味で満たされた所に深い渋味を投入すると、どんな魔術が発動したのか、互いに邪魔せず、だがそれぞれの味がしっかりと味覚を刺激し、調和し合いながら喉を通っていく。
「これは良く合うね」
テレシアが居たら無言で味を貪り始めていたことだろうと勝手に予想しつつも、彼女達が採取に行っている間、自分だけが良い思いをしていることに若干の罪悪感を覚えた。
「そうでしょ。昨日テレシアに出したら紅茶そっちのけでクッキーばかり食べちゃったけど」
シルフィアの苦笑いを見て、ステインの中に芽生えた罪悪感は瞬く間に枯れ落ちた。気を改めようと、窓の外で回っている火球へ目を向けると、順調に回転しながら蒸気を噴出している。
「錬成ってどのくらいかかるの?」
「今回の量だと、武器と防具をそろえるのに二日はかかるかな」
「それまでずっとあの調子?」
「うん。今は安定しているけど、何か起きた時に錬成を止める設備が無いからずっと見張ってないといけない」
「え!?そんなことしたらステインが倒れちゃうよ!」
「大丈夫だよ。慣れているし、不眠薬だって持ってる。どうしても眠たくなったらテレシアと交代で仮眠も取るから」
一度に幾つも対策を挙げられてしまい、シルフィアが不満を言う隙が無くなってしまう。なので今から彼女が口にするのはステインに対してではなく自分に向けての言葉だ。
「錬金術って過酷なんだね」
以前、機会があれば錬金術を教えてほしいと言った自分を戒める。
このままでは錬金術の印象が悪くなってしまうと危惧したステインは話しを広げることにした。
「これでも楽になったものだよ。前は錬成中、少量だけど常に魔力を供給し続ける必要があったんだ」
「えぇ……。それって、その……亡くなった人とかはいないの?」
シルフィアは眉根を下げながら言い辛そうに言葉を発した。生命力に近しい魔力を常に消費し続ければ体に異常をきたし、命の危険に晒されるのは今も昔も変わらない。どうやら話す内容を間違えてしまったようだが、言ってしまったものは消せないし、嘘を吐いてやり過ごすこともできない。
「錬金術が発明された最初の頃はね。研究と改良が進んだ今では安全性が確立されて、多くの国で産業の中心として使われているよ」
「そうなんだ。ずっと霊山に引き籠もっていると、世界の事とか、この国の事とか疎くなっちゃうなぁ」
自らの無知を恥じているのか、照れくさそうに笑う。シルフィアからすればなんて事はない仕草だったのだが、クヨーラから出生について話しを受けたステインには不憫に見えた。
「シルフィアは村の外へ旅に出たいとは思わないの?」
妙に深刻な面持ちで聞かれたシルフィアは返答に困ってしまったのか、茫然としている。
「あ、ごめん。深い意味があるわけじゃないから、気軽に答えてもらって平気だよ」
「ううん、わたしの方こそごめんなさい。旅に出るなんて考えたこともなかったから、少し想像してたの」
それなら良かった、とステインは相槌を打って静かに答えを待つことにした。
シルフィアの生きている世界は霊山とゲレゲン村がほとんどで、知識の大半は空魔精錬術についてだろう。それが悪いとは言わない。現にシルフィアは村民達から慕われ、空魔精錬術を熟しながら不自由なく生活してきたのだ。恐らくこれからもそうして行くのだろうが、ステインにはどうしてもクヨーラの態度が気になった。言われた時は自分の察しの悪さに苛立っているのだと思ったが、時間が経つと些か妙に思える。
いつからかは明確ではないが、クヨーラとレーンデルス家は長きに渡り契約を結んできたのだ。にも関わらずクヨーラはシルフィアがこの地に、空魔精錬術師という立場に縛られているのを良く思っていないようだった。そもそも空魔精霊獣にとって空魔精錬術師とはどういった立場、価値があるのだろうか。両親が一緒に暮らしていない事と何か関わりがあるのかもしれないが、それならば部外者が首を突っ込める話しではない。
「旅じゃないけど、王都には遊びに行ってみたいかなぁ」
様々な思考の線を追っているステインとは対照的に、何とも気楽で欲の無い言葉が零れ落ちた。
「王都にも行ったことはないの?」
「小さい頃、両親に連れられて一度だけ……あれ?ばあちゃんとも行ったかな?えへへ、あんまり覚えてないや」
「……そうなんだ」
シルフィアの口から“両親”という言葉が出て来た為にステインは思わず緊張してしまい、返事も素っ気なくなってしまった。だが、シルフィアは特に気にした様子もなく紅茶を一口飲んでから瞳に好奇の輝きを宿す。
「王都ってどういう所なのか、聞かせてほしいな」
ステインとしては小休憩のつもりだったのだが、少女の純粋な眼差しを無視することなどできない。予想よりずっと長く腰を落ち着けることになりそうなので、心を落ち着けるために溜め息を吐くが、もちろんシルフィアにそんな態度を見せる訳にはいかない。紅茶を飲んで誤魔化しつつ、チラリと窓の外へ視線を向けて錬成が順調なのを確認してから王都について大まかに説明を始めることにした。




