第26話
村中を駆け巡る風は単なる気流の気まぐれではなく、行き先を決めた意思ある風だった。一人の少女の為に集合していく風は村人や家屋の脇を奔走して行くが、それは決して不快なものではなかった。ゲレゲン村の人々が風と共に生きてきたこともあるが、それよりも操られた風に術者の思いが乗せてあったからだ。
村の隅にある空き地で大量に積まれた鉱石を前に、シルフィアは穏やかな表情で目を瞑り、両手を軽く広げていた。彼女にとって精錬に最も集中できる体勢なのだ。
シルフィアの精錬を見るのは二度目であるステインだったが、やはり今回も使用されている魔気の量がいかなる術よりも段違いに多い。それなのに圧迫感や危うさ等は感じられず、寧ろ安心感さえ覚えた。
魔気を魔力で操り、形を与える事で発動するのが魔術ならば、今彼女が目の前に集まっている魔気に形を、攻撃の意思を与えたのならば間違いなく村と清浄の森は跡形もなく消え去ってしまう。勿論、魔気の源とも言える空魔精霊獣クヨーラが居るし、シルフィアは破壊衝動に駆り立たせられるような気性の持ち主でもないので、万が一にも村に危険が及ぶ事はない。時代が時代なら、彼女の類い稀なる才能を利用しようと画策する者もいるだろうが、先祖達の築き上げてきた平和は今も変わらず世界に満ちている。
ふと、集められていた魔力が霧散していき、シルフィアは体勢を戻しながら目を開いた。精錬が終わったのかと思いきや、何やらクヨーラに指示を出して山積みになっている物からいくつかの鉱石を取り除いている。
「何をしているんだ?」
「そっか、まだステインに教えてなかったね。ごめん、ごめん」
どう説明するか考えているのだろう、シルフィアは軽く空を仰ぎながら小さく唸っていたが、直ぐにステインへと向き直る。
「精錬をする前に素材の声を聞いたの。それで、武器や防具の加工に合わない鉱石を取り除いているところ」
「素材の、声?」
聞き返すと、シルフィアははにかんだ笑みを浮かべながら頷いて見せた。そしてクヨーラが説明を補完すべく口を開く。
「声を持っているのは何も人間や動物だけじゃない、この世の全ての物が声を発しているんだ。通常、人間の耳には絶対に聞こえない領域で、だがな。そしてもう一つ、全てのものに宿っている力があるんだが、分かるか?」
「魔力だね。つまり、シルフィアは魔気で自分と素材に宿る魔力を繋いで、本来聞こえる筈の無い奥底で囁かれている声を聞いたということ?」
「むっ、察しが良いじゃねぇか」
シルフィアと素材、魔力と魔気、そして声。これだけの材料があるならば、繋ぎ合わせて答えを導くのはそう難しいことではないと思ったステインだったが、何故かクヨーラが悔しそうにしているので、思いはそのまま胸の中に仕舞っておくことにした。
「言うのは簡単だがな、小僧の魔力じゃどう足掻いても声には辿り着けんぞ!」
「だろうね。僕じゃ到底叶わない、というかシルフィア以外にいるのかな?」
「んー、どうだろう?わたしも小さい頃ばあちゃんに“素材を愛する心こそ空魔精錬術師の基本にして究極なのじゃ”って言われただけだから、実はやり方もよく分かってないんだよね」
「素材を愛する、か。なるほど、僕も意識してみるよ」
シルフィアとの魔力量の差は歴然だが、だからといって「自分には無理です」と諦められるステインではない。空魔精錬術を極めることこそ、彼が国に貢献できる唯一の道なのだから。
「うん!愛するっていうのは心意気が大事だよ!」
「そう、なのかな?」
「そうだよ!ちょっと待っててね、直ぐに精錬を終わらせて武具を作り終えたらステインの精錬の練習に入るから!」
何がきっかけになったのか分からないが、やる気に満ちたシルフィアは無い袖を捲って鉱石の山に向かって魔気を集中させ始めた。
「シルフィア、どうしたのかな?」
身を屈めてクヨーラに耳打ちすると首を傾げられてしまうが、声が不快だったという訳ではなく、答えを言うべきか否かを迷っている様だった。
「う~ん……」
片方の眉毛を上げてステインの表情を盗み見ると、短い溜め息の後に漸く開口した。
「一緒に空魔精錬術をやれる相手がいて嬉しいんだろうよ」
クヨーラの口からもたらされた答えはステインにとって納得し難い内容だった。霊山で空魔精錬術を行っていたのならば、クヨーラは当然のことながら祖母のアニカも共に居た筈である。産まれた時から一緒に過ごしてきた両人から比べればステインなど新参者の他人だ。
ステインの眉間が微かに寄って皺を作るや否や、クヨーラは風の魔術でも発動したかと思わせるほどに盛大な溜め息を吐いた。
「うわわ!何だ!?」
「お前、王族だったよな?なら分かるんじゃねぇのか?共に歩いて行く者がいない虚しさってやつを、産まれながらにして先代の後を追うことを運命づけられた不自由さってやつをよ」
「えーと、つまり、僕と精錬をするのが嬉しいってこと?」
自意識過剰にも聞こえる台詞だったが、クヨーラの言葉を要約して出した結論だ。
「だからそれを最初に言っただろうが、このアホッタレ」
「そ、そうだった」
飛んで来る唾を最小限の動きで躱しながら記憶を辿っていると、ある疑問が思い浮かぶ。
「あれ、でもそこまで分かってるなら何でクヨーラは僕と契約したがらなかったの?」
「かぁーっ!こん畜生!唐変木!こちとらシルフィアのオムツだって何度も変えたことがあるんだ!そんな孫娘同然のシルフィアに変な野郎が寄って来るのを黙って見てられるかってぇの!」
これまでシルフィアの邪魔にならないように声量を抑えて会話していたのだが、とうとう我慢できなくなったクヨーラは風を纏って浮き上がるとステインの額を自慢の嘴で突きながら声を張り上げた。
「何を話してるの?」
幾らか低くなった少女の声が揉み合う二人の間に投げ込まれると、クヨーラの方が一方的に青ざめて行く。
「え、いや、ちょっとした昔話しをだな……な?」
一瞬前まで容赦なく突きまくっていた相手にまで助けを求める始末だ。目立った傷こそ付いていないものの、顔中の痛覚が刺激されているステインは両手で顔を揉んでからクヨーラの呼び声に応えた。
「うん。シルフィアがどういう子なのか、少しだけ印象が変わったかな」
「本当?また理不尽に怒ってたんじゃないの?」
話しを合わせようとするが、流石に付き合いの長さである程度の状況は想像出来てしまうのだろう。シルフィアは疑いの眼差しを向けながらクヨーラに歩み寄る。
「クヨーラはシルフィアの事が心配なだけだよ。問題は僕の配慮の足りなさにあったよ」
「……ステインがそう言うなら、これ以上は聞かないよ。けど、仲良くしないと駄目だからね」
不承不承といった感じだが、どうにか説得に成功したようだ。シルフィアはクヨーラの頭を少し素っ気なく撫でると、いつもの柔らかな表情に戻る。
「素材の精錬は終わったから、錬成お願いしても良いかな?」
「ああ、任せて」
何事もなく依頼を熟そうとする二人の姿を目にしたクヨーラは突然の疲労感に見舞われ、静かに、だが深く項垂れた。




