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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第25話

「何だか、こうして見られると緊張するな」


 ステインが錬金溶液の入った小瓶を片手に苦笑するのも無理はない。シルフィアとエトが興味津々といった面持ちで錬金術を待ち望んでいるのだから。


「この辺りは錬金術と無縁だからな。見せ場だぞ」


 試作品を作るだけなのに、いつまでも尻込みしているわけにはいかない。クヨーラの煽りを聞き流しつつ、魔力を集めて火の魔気へと流し込んだ。

 空気中に現れた火球に錬金溶液を投入し、混ぜ合わせる。火球が音を立てて弾けると、身を入れて観察していた二人はまったく同じタイミングで驚く。その様子を見て僅かに気が抜けてしまうが、まだ準備は終わっていない。分裂した二つの火球を速やかに魔力の線で繋ぎとめる。


「あとはこの飽和錬金溶液の中に素材を入れるだけ」


 ステインが説明すると、シルフィアは多量の蒸気を発生させながら揺らめく火をを様々な角度から観察し始める。


「薄い火の壁に見えるけど、この中にどうやって素材が入るの?」


 実に素直な意見だ。飽和錬金溶液は厚さ数センチしかないので、素材を入れても簡単に突き抜けてしまいそうに見える。


「あんまり近付かない方が良いよ。熱が漏れてないから分かりづらいけど、溶岩みたいなものだから」


 ステインが注意すると、シルフィアは目を丸くしながら慎ましやかな態度で下がっていく。


「錬金術っておっかねーんだな」


「本来はもっとしっかりした設備が必要な術だから、即席でやるとどうしてもね」


「自然はあっても金はない国だからなぁ」


 あっけらかんとした態度で両の手の平を上げて見せるテレシアを本来は叱るべきなのだろうが、事実を指摘されたステインは言葉を詰まらせるだけであった。錬金術を産業の中心とした国では、各町村に錬金術の工房が建てられているのに対し、レイセヘルの錬金術工房は王都に二つとグロート町に一つあるだけだ。


「でも自然が豊かなのは良いことだよ。空気は綺麗だし、食べ物は美味しいし、なにより平和って感じがしてわたしは好きだなぁ」


「村からあんまり出たことないオイラが言うのもなんだけど、別に生活が不自由ってわけでもないしな」


 広い世界を知らないだけなのかもしれないが、二人の言葉は自然な思いがそのまま表現されたものであり、決して王子に媚を売ろうとしている物ではなかった。


「ほら、ご主人様、国民から褒められてんぞ」


 肩を叩いてくるテレシアの表情はからかう様でもあり、喜んでいる様でもあった。シルフィアとエトが国に対して不満を口にしていたら、彼女は一体どのような表情を見せてくれたのか、少しばかり気になるがいつまでも錬金術を中断しているわけにはいかない。

 ポーチからフラミン芝を一掴みと布を取り出し、コップ一杯の水と共に蒸気の中に投げ込んでから魔力の線を伸ばして火球を回転させた。


「すごい蒸気出てるけど大丈夫なのか?」


 高速で回転し、蒸気を巻き上げる様子を見たエトが不安そうに尋ねてくる。今にも爆発してしまいそうな見た目だが至って平常だと伝えても、慣れていない光景に対する不安は拭い切れない。そんなエトの心情を察してか、シルフィアは彼の両肩に優しく手を置いて錬金術が完成するのを見守った。

 やがて火球の回転と蒸気が治まっていき、完全に回転が止まると火球が弾け飛んで中から手の平サイズの四角い布袋が出て来た。


「とりあえずは完成かな?」


 布袋を手に取って具合を確かめる。布に綻びは見当たらず、軽く握った程度では内容物も出て来ない。問題は効果範囲なのだが、流石に村の中で使う訳にはいかないし、依頼主であるハルムと共に検証したほうが良いだろう。


「なんだい、それ?」


 安全と分かると途端に興味が湧いたのか、エトが指で布袋を突く。


「フラミンサシェットと言ったところかな。フラミン芝の麻痺成分を布の中に閉じ込めて持ち運びしやすくしたんだ」


「なるほど。あの芝、少し傷付くだけですぐ煙出すからなぁ。これなら楽に持ち歩けるかも」


 一見誰にでも作れそうな代物だが、エトの言った通りフラミン芝は少しでも損傷すると麻痺の成分を噴出するので、手作業で作るには危険が伴う。その上、一度大気中に放出されてしまえば不純物が混ざってしまい、袋詰めにしても効果が落ちてしまう。しかし、錬金術ならば前記の二点の問題を無効化することが可能である。


「あとは実際に使えるかどうかなんだけど……テレシア、任せても良いかな?」


「ああ、任された。少年も来るか?」


「うん!」


 本来ならばステイン本人が説明兼検証を行うべきなのだが生憎と急ぎの案件がもう一つあるので、代理人に任せるしかなかった。

 素直に仕事を引き受けたテレシアは、フラミンサシェットに未だ興味の眼差しを向けているエトを誘ってハルムの元へ向かった。


「さてと、次は武具を作らないとな。シルフィア、素材の精錬は終わってる?」


「え?あっ!ごめんなさい、直ぐやります!」


 錬金術に夢中になっていて精錬を忘れてしまっていたのだろう、シルフィアは慌てて精錬を行おうと振り返ると地面に置いてあった素材に躓いて転んでしまう。


「いたた……そういえば素材は持って来てたね」


「ごめん、僕が急かすようなこと聞いたから。大丈夫?」


「ううん、ステインは悪くないよ。それに、これでも体の頑丈さには自信があるんだよ」


 無事であることを証明する為に、あえて差し出された手を握らず自力で立ち上がって見せた。


「それなら良いんだけど……」


「小さい頃からよく転んでたからなぁ」


 クヨーラが嘴を擦りながら懐かしむ。てっきりシルフィアに対しては過保護なのかと思っていたが、意外と逞しく育てていたようだ。


「シルフィアが泣くとアニカが飛んで来たのも、十年以上前か」


「もう、クヨーラ、なに昔話してるの」


「歳を取ると昔を思い出すのが癖になるんだよ」


 クヨーラが何歳なのかは定かではないが、数百年も生きている者にとって十年前というのがどの程度昔のことなのだろうか。仮に人間と同程度の感覚なのだとしたら、六百年前の事など到底思い出せない。空魔魄霊獣は存在そのものが伝説となりつつあるので情報が少なくても納得できるが、こうして人々と共に生活して歴史を刻んできた空魔精霊獣の事も実はあまり解明されていないのだ。


「ステイン?どうかしたの?」


「ん……シルフィアにとってクヨーラはどういう存在なのかなって」


「クヨーラ?んー、そうだなぁ……じいちゃん?」


「じいちゃん!?シルフィア、おれっちのことそんな風に思ってたのか?」


 つい先ほど自分で年寄りを自称したのに、人から年寄り扱いされるのは嫌なのだろうか、不服そうに眉根を寄せてシルフィアを問い詰めている。


「父さんも母さんもばあちゃんもいたから、残ってるのはじいちゃんだけだよ。それともクヨーラはわたしのこと妹だと思ってたの?」


「クヨーラ、それは無理があると思うぞ」


 クヨーラとシルフィアが兄妹は流石に色々とかけ離れている。ステインが思わず否定を口にしてしまうのだから、ここにテレシアが居たら間違いなく笑い転げながら誹謗していただろう。


「んなわけあるか!シルフィアはなぁ…………孫だな」


「ほら、やっぱりじいちゃんじゃない」


「うるさい!じいちゃんって呼ぶな!」


 クヨーラの怒りの声も虚しく、シルフィアは微笑み、二人のやり取りを見ていたステインも口元を緩めてしまう。武具の精錬と錬金をせねばならないと分かっていても、今の穏やかな日常を堪能せずにはいられなかった。




 

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