第24話
シルフィアに連れられて川沿いを歩いて行くと、やがて木々が開けて芝生が敷かれた小さな空間に出た。その空間の奥では岩壁から慎ましやかに水が染み出ており、まるで人工的に用意されたかの様な窪んだ岩へと溜められていた。
「あの岩清水が甘酸の水だよ」
「こりゃまぁ、良い感じの休憩場所だな」
薄い感動を口にしながらテレシアは岩に溜められた水へと手を伸ばし、掬った水で喉を潤した。
「んーっ!こいつは良いね!疲れた体に染み渡る!」
笑顔満点でご機嫌になりながら再び甘酸の水を掬い上げて口に運ぶ。
「調子に乗って飲んで、お腹壊しても知らないぞ」
飲み水とはいっても味が付いている以上、ただの水とは違った成分が含まれている可能性が高い。その上、初めて口にする物なのだから体が何らかの異常を起こしても不思議ではない。
「えー、じゃあ持って帰ろうぜ」
「あっ、ちょっと待って!」
手提げの籠から瓶を取り出して甘酸の水を汲もうとしたところをシルフィアが慌てた様子で止めた。
「ん?何だよ?」
「甘酸の水は瓶とかの容器に入れると痛みやすいの。だから……」
シルフィアは言葉を繋ぎながら甘酸の水へと両手をかざした。するとたちまち水面は波打ち、辺りの木々は騒めき出し、岩盤はおろか空気の振動すら視覚化した。次の瞬間、辺りに訪れたのは真空の刻。だがそれも刹那のうちに過ぎ去り、人の意識が追い付くのは辺りに広がる華やかな風の匂いのみであった。
「はい、精錬終了。これで三日くらいは保存出来るようになったよ」
「おお!精錬って便利なんだな」
嬉々とした表情で甘酸の水を汲むテレシアとは対照的に、ステインは口を半開きにして唖然としていた。シルフィアが精錬を行う所を初めて見たのだが、圧巻の一言に尽きた。王都にも優れた魔術師や錬金術師はいるのだが、シルフィアはその誰よりも大量の魔力を有し、密度の濃い魔気を操ってみせたのだ。それも一瞬のうちに。
桁違い、別格、超凡、並外れた、思い浮かぶ言葉はどれもシルフィアの姿を見た途端に尻込みしてしまう。
「おーい、ご主人様。間抜けな顔に磨きを掛けてどうしたんだ?」
「冷た!」
濡れた瓶が額に当てられ、ステインは意識を取り戻した。視覚が捉えたのは不思議そうにこちらを見遣る二人の少女。
「あぁ……。シルフィアの精錬を見て、その、感動してた」
「感動なんて言い過ぎだよ。ステインも精錬を続けていけば直ぐに慣れるよ」
言葉を選ぶ苦労など露知らず、屈託の無い笑顔を向けてくる。脇の方では何の話しをしているのかいまいち理解できていないテレシアが小首を傾げている。彼女は魔力量が少なく風の適正も持たないので、シルフィアが精錬をしたことは把握できてもその中身を認知する事は難しい。
「よく分かんねーけど、さっさと村に戻るぞー」
「あれ、もう少し休んでいかなくて良いのか?」
「あの水飲んだら疲れが取れたから、あたしは大丈夫」
「甘酸の水は体力回復と毒消しの効果があるからね」
ただ美味しいだけならばそこまで興味が湧かなかったステインだったが、回復効果があるとなれば話しは別だ。錬金術で何かと組み合わせられるかもしれないので、水筒の水を飲み干して甘酸の水を持ち帰る事にした。
【ゲレゲン村】
帰り道は特に変わった事もなく、穏やかな森の中を堪能しながら歩いた。清浄の森には甘酸の水の他にも苦辛の水やウォークウォーテルといった変わった物が採れるのだが、それらはまた今度採取することにした。
村の入り口ではクヨーラとエトが三人の帰りを待っていてくれた。
「頼まれた物、霊山から持って来たぞ」
「オイラの方も必要な物はフレークさんのとこで揃えて、にーちゃん家に持って行ってある」
「うん、ありがとう」
荷物を留守にしている家に置いたままここに居るのは不用心ではないかと思うステインだったが、礼を言うのが先である。
素材が揃ったのならば後は精錬と錬金をするのみだ。納期の順に手を付けるならば、フラミン芝の錬金、武具の精錬と錬金、農薬の精錬の順番になるだろう。精錬に関しては未熟以下のステインなので、フラミン芝を錬金している間にシルフィアが武具の素材を精錬し、武具の作成が終わり次第、農薬の精錬を二人で行うという流れに決まった。




