第22話
「ステイン王子も依頼に協力なさる?こちらとしては依頼品が納品されれば一向に構いませんよ」
ただ、と言葉尻を濁すフレーク。
雑貨屋で書類整理をしていたところに依頼の相談を持ち掛けたところ、ステインが手を加えることには快諾してくれたのだが、どうやら別に懸念する事柄があるらしい。一同は静かにフレークの言葉を待つ。
「錬金術で武具まで作ってしまわれると、少々やりすぎと言いますか、こちらも付き合いというものがありまして」
聞くと、グロート町の鍛冶屋の店主から、このゲレゲン村で使う武具の作成に関しては任せてほしいと言われているそうだ。理由は勿論、シルフィアの精錬した鉱石や金属だ。腕に自信のある者ならば、優れた素材を前にして黙っていることはできない。ステインが錬金術で武具を作ってしまっては、鍛冶屋のプライドに傷を付けることになってしまう。最悪、今後武具作成を引き受けてもらえなくなる。
「事情は分かりました。しかし、現在村に残っている武具では村の守りに少々不安を感じますね」
体は薬草や魔術で治せても、物を直す手段がない。武器の方は最低限の数はあると記憶しているが、防具の損害が大きい。革製の防具ではツェルフォンヅの爪や牙を完全には防げず、昨日の襲撃で半数以上が使い物にならなくなってしまった。
防具が無くても躱せば問題ない、と言いたいところだが、自警団の役目は外敵から村を守ること。攻撃を回避したのは良いが位置取りを間違えてしまい防衛網を突破されました、となっては大問題だ。それに失礼だが、自警団が敵の攻撃を避け続けられるほど訓練されているとも、実戦慣れしているとも思い難い。やはり最低限の数だけでも早急に用意するべきだ。
「必要な数だけこっちで作って、予備の分は向こうに任せれば良いんじゃねーの?まだいくつ作れとか連絡してないんだろ?」
「時々、行商人からも武具を仕入れていると聞いています。鍛冶屋の方も人が生きる為に必要な装備を作っているのですし、緊急の場合ならば外部から仕入れた武具を使っていても納得してくれるでしょう」
会ったこともない人を想像で語るのは気が引けたが、ここでフレークを説得しなくては一般の村人は疎か自警団すらモンスターの襲撃に脅えることとなる。それはステインの立場上、絶対に看過できない。
「そう、ですね。村の安全が最優先です。後日、詳細な数をお伝えしますので、その時正式にステイン王子へ依頼をさせていただきます」
言い終えるとフレークは眼鏡を外して目頭を押さえる。
「商人としての付き合いを気にして……僕は何を考えているんだ」
独り言のつもりだったのだろうが、しっかりとステインの耳に届いていた。
「事後処理でお疲れなのでしょう。今日は早めに休まれた方が良いですよ」
「おっと、みっともない姿を見せてしまいましたね、申し訳ありません」
「フレークさん、よかったらこれ飲んでください。疲れが取れると思いますよ」
シルフィアはポーチから小瓶を取り出す。中にはくすんだ緑色の液体が入っており、見るからに体に良さそうで、いっそのこと毒なのではないかと疑いたくなる程だ。
「シルフィアの作ったフディン薬か。これがあれば三日ぐらい寝なくても大丈夫かな」
「フレークさん!」
「分かってる。ありがたく頂くよ」
フレークは詰め寄るシルフィアを軽く押し止め、小瓶をズボンのポケットに仕舞った。
「それでは、僕達はこれで。お忙しいところ失礼しました」
「いえ、ご心配をお掛けして申し訳ありません。また何かありましたらなんなりと仰ってください」
ありふれた挨拶を交わし、雑貨屋での用件は一段落となった。次はハルムの所に行かねばならないのだが、その前にとステインはシルフィアへ視線を向けた。
「僕はハルムさんの所に行くけど、シルフィアはどうする?」
「わたしも行くよ。昨日は色々あって挨拶できなかったから」
まだ夜になりたての時刻なので急いで返す必要もない。ステインは頷きを返し、ハルムの元へ向かうことにした。
猪車の停まっている貸家からは光りが漏れており、今日は家の中にいるようだ。ステインがノックをすると少しの間を置いてドアが開かれ、目的の人物が姿を現した。
「おや、王子、何かご用ですか?」
「ええ、少しお聞きしたいことがあるのですが、その前に」
前置きをしつつステインは一歩横にずれ、シルフィアとハルムを対面させた。
「ハルムさん、お久しぶりです」
「やあ、シルフィアちゃん久しぶり。今回も質の良い麦粉と豆をありがとう」
「どういたしまして。昨日は大丈夫でしたか?」
「うん。王子や自警団の人が頑張ってくれたお陰でね。本当は今日出発する気だったんだけど、もう少し平原の様子を見てからにしようと思って……依頼の方は見てくれたかな?」
「フラミン芝ですよね。十束ぐらいなら明日にでも持って来れますけど、一体何に使うんですか?商品として売るには量が少ないですよね?」
自分の用件を後回しにしたステインだったが、いつの間にやら話しが発展してしまっており、会話に混ざる意味も込めてシルフィアの質問に答える事にした。
「護身用といったところかな」
「はい。その通りです。イノウリならツェルフォンヅぐらい何てことはないのですが、一応念のためにと思いまして」
フラミン芝を折ることで発生する蒸気には麻痺効果があり、特に加工せずともモンスターを撃退することは可能である。もちろん使用者が誤って触れたり吸ってしまったりするとモンスターより先に痺れてしまうことになるので、取扱いは慎重にせねばならない。平原や森では比較的よく見る類いの植物だが、前記の通り取扱いに難があるので素人が採取するのは推奨されない。
「やはりそうでしたか。実は僕がお聞きしたかったというのも、依頼についてなのです」
「何か問題でも発生したのですか?」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、フラミン芝をそのまま持ち歩くより安全で効果的な物を思いつきまして、ハルムさんさえ良ければ僕の方で少し加工させていただけませんか?」
ハルムには以前、半ば無理矢理に手綱を作らせてもらったので、こうも連続して余計な手出しをするのは気が引ける。しかし、そんな思いは杞憂であったようで、ハルムは快く了承してくれた。
「一つ加工が終わったら、一度見せてもらえませんか?」
当然の提案だ。どんな物が出来上がってくるか分からなくては、例え効果が保障されていても不安である。それに、場合によっては販売用の分も調達したいというのが商人としての本心だろう。もしステインの加工が気に入らなかった場合、フラミン芝をもう一度採取しに行かねばならぬ手間も出るので、互いに損をしない為にも試作品を確認するのは必要である。
ステインが同意の返事をして別れの挨拶を告げるとシルフィアもそれに続き、ハルムも愛想の良い表情で応えてくれた。
「さて、自分で撒いた種だけど、明日からは忙しくなりそうだな」
ハルムの借家を後にし、帰路に着きながらステインは独りごちた。
「精錬と錬金、両立できるかな?」
顔を覗き込んできたシルフィアが悪戯っぽく笑ってみせるが、嫌味は全くない。寧ろステインなら出来ると期待を込めた物言いだった。
「やってみせるよ。この国を今より豊かにするためだったら努力は惜しまない」
「ご主人様が立派だと、従者のあたしも鼻が高いからな」
「立場がおかしくなってないか?」
腕組みをして踏ん反り返るテレシアを見てクヨーラが首を傾げる。彼女の態度は今に始まったことではないのだが、それでも突っ込まずにはいられないのだろう。
「細かいこと気にすんなよ猫助」
テレシアが浮かべる悪戯な笑みは言葉通りの意味を持ち、クヨーラの目の前で指を弾いて嫌がらせをしている。
四人はそれぞれの借家へ向かう途中の分かれ道で人心地ついてから別れを告げた。




