第21話
クラッツ草の精錬が初めて成功した時には既に日が傾き始めていた。魔力を消費し続ける空魔精錬術を何時間も使用していては身体が保たないのだが、クヨーラの手に掛かれば一瞬で魔力は回復できる。永久機関である。
「すごーい!一日で成功させるなんて!」
シルフィアが手を叩きながら褒誉するが、ステインはその言葉に答えることすら出来ずに座り込んで項垂れていた。回復できるとは言ってもそれは魔力のみであり、体力や集中力などは別問題だ。所詮は人間である。
「おうおう、大したもんだ」
のそのそと歩いてきたクヨーラも称賛し、精錬されたクラッツ草を手に取る。
「とは言っても、及第点ってところだな」
「もー、クヨーラはいつも余計なことを言う!」
「シルフィアが甘やかす係、おれっちが厳しくする係、それで良いだろ」
「わたし、そんなに甘やかしてないよ?」
のんびりと言い争いをしている所に、足音が一つ駆け寄って来る。
「おーい!シルフィア―!」
「エト、どうかしたの?」
「依頼だよ、依頼。って、にーちゃん大丈夫か?」
肩から斜め掛けにしたバッグを開けて手紙を三通取り出しつつステインに声を掛けると、重たくもたげた顔に疲れ切った笑みを浮かべた。
「少し休めば大丈夫」
「そ、そうか、なら良いけど。あ、これが依頼書な」
エトから渡された手紙を開き、シルフィアはしゃがんでクヨーラと共に文面に目を通す。
「武具の精錬と、肥料の精錬に、フラミン芝の納品か。どれもシルフィアなら直ぐ終わるだろうが……」
「んー、期限はどれも急ぎじゃないみたいだし、様子を見てステインにもお手伝いしてもらおうかな」
「一日でこの様なんだけど、僕が手を出しても大丈夫なの?」
「今日は頑張り過ぎ!何回も休憩しようって言ったのに、お昼ごはんも食べないで続けるんだもの、疲れて当然だよ」
「うっ、ごめん」
ステイン自身、張り切り過ぎたというか意地を張り過ぎたところは自覚していたので、シルフィアに咎められたらただただ平謝りするしかなかった。
「これからは、師匠の言うことはちゃんと聞いてね」
「はい」
年下の女の子に叱られるのは問題ないのだが、シルフィアの物言いが柔らかいためか、どうにもあやされている気がしてならない。気恥ずかしくなったステインが俯きがちに頷くと、眉根を寄せていたシルフィアの顔に笑顔が戻る。
「ステインが依頼に携わることはフレークさんにも確認をとるから、少しずつ練習していこ」
「うん、ご指導よろしくお願いします」
シルフィアから依頼書を受け取り、改めて内容を確認すると気になる点が二つあった。
一つ目は武具の精錬についてである。てっきり剣や鎧を精錬して性能を上げるのかと思っていたが、依頼書に記載されている物は鉱石や皮など、武具の素材となる物ばかりであった。この村には鍛冶場が見当たらないので、素材を精錬したところで武具を作るには外部に依頼することになるだろう。そんな手間をかけるなら外部から武具を買い、それを精錬した方が手っ取り早い筈だ。
二つ目はフラミン芝と呼ばれる麻痺効果のある芝の納品なのだが、これは依頼内容ではなく依頼主がハルムであることが不思議だった。主にステインが要因となった足止めをくらった上、モンスターの襲撃で更に村での滞在を延長したハルムが悠長に依頼を出すとはどういうことなのだろうか。納期が次に村を訪れた時ではなく、三日間と書いてあるので、もう少しこの村に滞在するつもりなのだろうが、行商の予定をそんなに遅らせて大丈夫なのか。
「エト、この村で使っている武具ってどこで仕入れているか分かる?」
「行商人から仕入れることもあるけど、大体はグロート町の鍛冶屋かなぁ。シルフィアの精錬した素材を使うと良い物が出来上がるんだぜ」
グロート町。国を東西に分けるように存在する巨大な湖の西側に面する大きな港町だ。ゲレゲン村からでは猪車を休まず走らせても片道二日はかかる。素材を持って行って、直ぐに加工してもらえたとしても村に届くのは十日前後といったところか。エトの補足で、出来上がっている武具を精錬せずにわざわざ素材を精錬する理由も判明し、ステインは僅かな時間思案したが直ぐに提案を口にする。
「ふむ、良かったら武具の生成も僕に任せてくれないかな?」
「にーちゃん、鍛冶できるのか!?」
「まさか。これでも錬金術が使える身なんだ。またいつモンスターが襲って来るか分からないし、早めに準備しておいた方が良いと思ったのだけど」
「錬金術が使えるのに錬魔術まで覚えようとしてんのか、すげぇなぁ」
感嘆を通り越して呆れられている様子だったが、そんな些細な事は気にしない。
「錬金術かぁ、わたしにも出来るかな?」
「興味があるなら今度教えようか?」
「良いの?ならお願いしようかな」
意外にもシルフィアが錬金術に興味を示したため、空魔精錬術の時とは師弟の立場が逆転することとなるが、そもそも師弟とは名ばかりなので互いの知識を教え合う友人といった方が二人の関係を言い表すには適切だろう。
「にーちゃんがやってくれるなら助かるけど、オイラには決められないな。フレークさんに相談してみてくれよ」
そう言うと、今度は村長に用事があると言い残して慌ただしく走り去って行った。
「大変そうだな」
「でも楽しそうだよね。村の人達もエトが居てくれて助かってるって、よく言うよ」
タチアナやフレークが事務作業をして、エトは現場で働くないしは現場へのパイプ役と言った感じなのだろう。それでいて幼い子達の面倒も見ているのだから立派なものである。
「確かにね、昨日の襲撃もエトが居なかったら村の中にツェルフォンヅが入り込んでたところだったよ」
「そうなんだ。後で頭でも撫でてあげようかな……あ、でも危ないと知ってて勝手に村の外へ出たから注意もしないと」
柔らかく微笑んだり、眉尻をあげたり、ころころと変わる表情を見てステインも口元を綻ばせる。
「あれくらいの歳の男の子なら、少し危険な事をしているぐらいが丁度良いよ」
「そういうものなのかなぁ?男の子って不思議だね」
夕焼けを浴びながら二人で談笑していると、クヨーラが居心地悪そうに咳払いをした。
「あー、ほら、日が暮れる前にフレークの所に行って聞くこと聞いといた方が良いんじゃねぇか?」
「おっと、つい話し込んじゃったな」
全快というわけではないが、立って歩く分には支障が出ない程度に回復した。フレークに依頼の相談をして、ついでにハルムの方にも事情を聞きに行くべきだろう。そうなると夜の訪れまで些か時間がない。三人が雑貨屋へ向けて歩き出したその瞬間……
「ふぇっくしゅ!」
今の今まで存在を忘れられていた者が眠りから目覚めた。
「ん?あれ、皆どっか行くのか?」
寝ぼけ目蓋を擦りながら脱力した声音で聞いてくる。ステインはまさかテレシアの存在を忘れていたとは言えず、少し引きつった笑みを浮かべて誤魔化そうとする。
「雑貨屋の方にね。眠いのだったら、テレシアは先に帰っててもいいよ」
「あん?あたしだけ除け者にしようってのか?」
「いや、そういうつもりじゃないけど」
「……なんか歯切れ悪いな?ま、いいや。雑貨屋に行くんだろ、早くしろよ」
目的も知らないテレシアに先導され、ステイン達は今度こそ雑貨屋へと向かった。




