第19話
ステイン達が自警団の詰所に集まり、今回の襲撃の原因について会議が開かれたのは既に日が暮れかけている時だった。詰所と言っても、常時誰かが居るというわけではなく、武具の保管庫としての意味合いの方が強い。壁に掛けられた武具の他には、部屋の中央に置かれた長机と折り畳み式の簡素な椅子があるだけである。
本題に入る前に、負傷者や建物などの損害についての報告がフレークから告げられた。本来ならば自警団の長や村長がするべきなのだろうが、ここの自警団には長などの役職は存在しておらず、村長はお茶汲みのおばちゃんと化している。フレークはゲレゲン村では所謂総務係という位置付けらしく、今回の様に会議が開かれる際には必ず出席させられるそうだ。
自警団の者が数名負傷したものの幸いなことに死者や重症者は出ず、損壊もステインの魔術に巻き込まれた柵が小破しただけに止まった。
「近年稀に見る数の襲撃だったにも関わらず、ここまで被害を抑える事が出来たのは偏にステイン王子の功績によるものです。村を代表して深く御礼申し上げます」
フレークとタチアナを始めとし、椅子が足りなくて立って会議に参加していた自警団の面々も深々と頭を下げた。お礼ならばこの詰所に来るまでに数えきれないほど貰ったのだが、こういった場面に慣れているステインは顔色一つ変えずに応じる。
「いえ、王族としても僕個人としても、人々の手助けができたなら幸いです。寧ろ僕は皆さんに謝らなくてはなりません。自分の浅はかなな知識で空魔魄霊獣などと言って混乱させてしまいました」
「見たこともない化け物が現れたんだ、お前が空魔魄霊獣って言おうが言わまいが、村の連中は大慌てだったろうよ」
座ったまま頭を下げようとするステインを制したのは、椅子にもたれ掛かりながらタチアナの用意した焼き菓子を頬張っているクヨーラだった。
「お、美味い。ばあさん、また菓子作りの腕をあげたな」
「あらあら、そう?この歳になっても成長するものなんだねぇ」
年長の二人がマイペースな雰囲気を振り撒くものだから、これまで菓子に手を伸ばすのを我慢していたテレシアもステインの様子を伺いながら動き出す。戦闘が終わり被害も少なかったのだから、ステインは自重を促す必要もないので軽く頷いてもてなしを受ける許可を出す。途端にテレシアの顔が明るくなり、なんとも美味しそうに菓子を食べるので、会議特有の緊張感に包まれていたステインの意識も一緒に噛み砕かれてしまう。
「えー、今回の襲撃ではいくつかおかしい点があったと自警団から報告が出ていますが、ステイン王子はどう思われましたか?」
思わず肩を脱力させたところに話しを振られてしまい言葉を詰まらせてしまうが、記憶を思い出す素振りを見せて悟られないように努める。
「そうですね……本来群れを成さないツェルフォンヅが十体以上、それも昼の内から村を襲うというのは異例の事態でした。それに加えて群れの統率力も高く、何か目的があって村の中へ侵入しようとした動きもありました」
フレークは同意の頷きを返す。自警団からも同じ異変を伝えられたのだろう。
「柵が開いた途端に戦闘行為を放棄して村への侵入を計ったそうですが、この村には食糧ぐらいしか目当ての物はないはず。ツェルフォンヅの習性を考えれば食糧目当てに村を襲うこと自体、特におかしいことではないのですが……」
言葉を濁らせていくが、この場に居る全員が言わんとした事を察していた。食糧目当てならば村の中に入らずとも、向かってくる自警団を喰らえば良いのだ。
答えの出ない疑問に沈黙が流れかと思いきや、テレシアがそれを許さなかった。
「モンスターの気まぐれなんて考えても分かんねぇだろ。それよりご主人様、空魔魄霊獣ってのは一体何なんだ?」
珍しく真剣な面持ちで質問を投げ掛けて来たと思い、気を引き締めたステインだったが、テレシアの頬に焼き菓子のカスが付いていたので一気に脱力してしまう。力なく自分の頬を指さして気付かせると、手で雑に払って答えを待った。行儀の悪さを咎めるべきなのだろうが、今言ったところで「話しを逸らされた」と騒ぎ立てられる未来にしかならない。どう答えたものかと言葉を探すステインは、テレシアだけでなく部屋中の意思が自分に向けられていることに気付くが、同時に自身の隣りで暇そうに眉毛を弄っている存在がいる事を思い出した。
「空魔魄霊獣のことは空魔精霊獣に聞いた方が分かるんじゃないかな?」
「んあ?おれっち?」
話しを振られると思っていなかったのか、そもそも聞いていなかったのか、慌てた様子で居住まいを直している。
「空魔魄霊獣っていうのは、簡単に言えば空魔精霊獣と対になる存在だ。おれっちらは生物の願いだとか希望みたいな正の意思を糧に魔気を生み出す。向こうは死骸に残った恨みや無念を糧に出現して魔気や魔力を吸い上げる」
「けれど、最後に空魔魄霊獣の存在が確認されたのは六百年以上も前のことなんだ。その間に国内でも抗争は何度か起きたし、他国間では大規模な戦争も起きている。それに、モンスターの大規模討伐も幾度となく行われている筈だよ」
つまり、今回のように十数体の死骸が原因で空魔魄霊獣が出現することはないのだ。実際のところ空魔魄霊獣ではなかったが、同系統の存在が現れたのは事実だ。
「そうなんだよな……」
クヨーラも巨獣が現れた原因が分からず、歯切れの悪い言葉を残して嘴を撫でている。
「六百年ってことは……クヨーラはもうあの霊山に住んでたんだよね?その時はどうして空魔魄霊獣が現れたの?」
「ん?んー……」
シルフィアの質問にクヨーラは眉根を寄せて唸るばかりで中々言葉が出てこない。
「おい、まさか忘れたとか言わねぇよな?」
「ギクリ」
「嘘だろ!?自分達の対になる存在のことを忘れるのかよ?」
「う、うるさい。六百年以上前のことなんて覚えてられるか!」
「あ!開き直ったぞ!このボケ猫!」
二人共声を荒げて立ち上がったが、ステインとシルフィアの迅速な仲裁により喧嘩へ発展することはなかった。
「ご主人様とシルフィアは何か知らないのか?」
「空魔魄霊獣についてはクヨーラ以上のことは何も。以前現れたときの被害なら言えるけど、歴史の資料を観れば大抵書いてある事だからね」
「わたしも小さい頃ばあちゃんが作ったお伽話で名前を知ってたぐらいだから、ごめんなさい」
ステインは空魔魄霊獣について口に出したことで、自分が如何に無知であるかを痛感していたし、何よりこの程度の知識でよく空魔魄霊獣が現れたなどと騒ぎ立てられたものだと、今更になって恥ずかしくなってきた。
「結局、詳しいことは何も分かんねぇんだろ?じゃあもう解散でいいな?」
室内は未だざわつきを残していたが、特に目立った議題が出ないと判断したテレシアは席を立ち、軽く手を振って詰所を出て行った。
「みんな戦いの疲れも溜まっているだろうし、今日は帰って休みなさい」
従者の勝手を止めようとするステインを止める様にタチアナが仕切る。不安要素を吐き出すだけの会議となってしまい、自警団の表情は暗い。
「おれっちも数日はこの村にいるから安心して休みたまえ」
足取り重く詰所を後にする自警団の背に向かって放たれた言葉は、幸いなことに気休め程度にはなったのだろう。自警団の面々は一礼してからドアを抜けて行った。
「僕と村長はまだ話す事があるので、王子達も先にお帰りください」
「そうですか。では、お先に失礼させてもらいます」
「はい。何かありましたら、いつでもご連絡ください」
「ゆっくり休んでくださいまし」
手を振って別れを告げるクヨーラを除き、室内に残っていた者は皆が一様に礼を交わし合って解散する。
「あれ?テレシア、いたのか?」
詰所を出ると、仏頂面のテレシアがドアの脇の壁に背中を預けていた。
「いちゃ悪いのかよ?」
「悪くはないけど、てっきり先に帰ったものだと思ってた」
「ご主人様を一人寂しく帰らせる事に気が引けただけだよ」
「お気遣いどうも」
二人のやり取りを見てシルフィアは静かに笑っていたが、テレシアに見つかってしまう。
「なにがおかしいんだよ?」
「う、ううん。何だか慣れているっていうか、お似合いだなって」
ムキになって批判しようとするテレシアだったが、シルフィアがあまりにも純真な笑みを浮かべているので一瞬の内に毒気を抜かれてしまう。
「ちぇ、ほら、ご主人様さっさと帰るぞ!今日は頑張ってたみたいだがら夕飯も頑張って作ってくれよ」
やるせない気持ちをステインの脛を小突く事で解消し、先に帰路へと着く。
「そこはテレシアが作ってくれないの?」
言葉でテレシアの背中を追いながら、ステインはシルフィアに向き直る。
「それじゃあ、今日はこの辺で失礼するよ。また明日、伺っても良いかな?」
「はい。わたしもクヨーラも数日はこの村で寝泊まりする事にしたので、いつでもお待ちしています」
シルフィアは村の北の方にある一軒家を借りているらしく、村の人に聞けば直ぐに分かると教えてくれた。
こうして、ステインの空魔精錬術師としての初日は多くの波乱を起こしつつも無事に終わるのであった。
夕日が地平線の彼方に沈んでいき、夜の色が世界を彩る様を見つめながら、シルフィアはぽつりと呟く。
「どうして、誤魔化したの?」
「うん?」
上手く聞き取れずに聞き返すクヨーラだったが、シルフィアが同じ言葉を口にすることはなかった。代わりに、温かくもどこか寂しげな笑みを浮かべる。
「なんでもないよ。さ、明日からはステインに精錬のやり方を教えないとだし、早く帰って手順のまとめでも作ろうかな」
夕日が完全に沈み切った頃にはシルフィアの調子はいつも通り戻っており、クヨーラも深く追求することはしなかった。




