第15話
全てのツェルフォンヅが村の南口から侵入を試みたが、伏兵として立ちはだかったエトに出鼻を挫かれ、ステインの魔術によって土砂の壁が構築された。一点突破を防いだ隙に、自警団の者達は疲弊した体に鞭を打って群れを包囲した。
「よくやった少年!うちの薄鈍ご主人様も少しは見習えよっと!」
侵入阻止の功労者を称えながら、テレシアはツェルフォンヅをジャイアントスイングして包囲網の中心に投げ込むと、自信も突撃しつつ箒を取り出して最短距離にいたツェルフォンヅの脳天をかち割った。
「おらぁ!掃除の時間だ!野郎共も手伝いな!」
箒を叩き込んだツェルフォンヅは頭から出血したものの、まだ足取りがしっかりしていたのだが、テレシアは何の躊躇もなく首を踏み付けて絶命させる。
戦場に不似合なエプロンドレスの少女の号令に男達は雄叫びで応え、次々とツェルフォンヅを掃討していった。
全てのツェルフォンヅを倒して響き渡る勝ち鬨の中、ステインは一人どこか腑に落ちない表情を浮かべていた。エトの防衛とテレシアの鼓舞により人間側へ流れが傾いたことは大きいのだが、それにしても呆気なさすぎる。自分が戦闘に介入した時に見た知性や連携は幻のように消え、ただ悪足掻きに突っ込んでくるだけのモンスターと化していた。本来のツェルフォンヅの姿に戻ったとも言えるが、何故突然戻ってしまったのか。もしかしたらエトが撃退した個体が運良くリーダー格だったのかもしれないと思い、死体を見てみるが外見上では他の個体と変わりない。
「誰かが操っていた……なんてことはないよな」
モンスターにも魔力の流れはあるので、魔術を行使すれば操ることは可能だが本人以外の魔力を操るとなると、かなり繊細な魔術操作が必要となる。十数体以上を一度に操るとなると、両手の指の間全てに挟んだ糸を同時に針穴へ通すより難しい。
ステインとて魔術の全てを知っているわけではないので、もしかしたらモンスター操作専用の魔術があるのかもしれないが、そんな希少な魔術を使えば逆に足が付く可能性を広げるだけだ。そんな危険を冒してまでゲレゲン村を襲う理由があるだろうか。
顎に手を当てて思考を凝らしていると、視界の端でツェルフォンヅの死体が動いた気がした。
「……気のせい、か」
視線を向けるが、死体は力なく横たわるだけだ。再び襲撃の謎を考えようとするステインの頬を、腐ったオイルのような不快極まりない粘り気のある風が撫でていった。
「うっ!何だ!?」
次いで吐き気を催す程の腐臭が鼻孔に張り付く。何が原因かと辺りを見渡すと、ステインの脇を紺色の毛が力無く通り過ぎて行く。
「う、うわぁ!何だあれ!?」
エトが上空を指差す。先程ツェルフォンヅを包囲した所の上空に黒い渦が発生し、腐臭と共にツェルフォンヅの死骸を吸い込んでいた。その渦を目にした途端、ステインはただ不快だと思った風に魔気の流れを感じた。ただ、その魔気はこの世ではほとんど認知されていない無の属性だった。
「まさか……!?皆、今直ぐ村で避難している者も連れて森の方へ逃げろ!!」
無属性の魔気と共に死骸を吸引し、この世の物とは思えぬ瘴気を放つ黒い渦。ステインの脳裏で王宮の書庫の最奥に安置されていた禁書が開かれる。全身の毛が逆立ち、血の気が無くなって倒れそうになる体を、声を張り上げて無理矢理に支える。
「おい、ご主人様はあれが何だか分かるのか?」
脅威から村を守ったと喜んでいたところに、顔面蒼白で撤退命令を出しても素直に聞き入れてもらえる筈もない。全員を代表してテレシアが問うが、ステインには説明する余裕などない。
「いいから逃げろ!!」
「な、何だってんだよ?そんなに怒鳴る事……うっ!」
テレシアとて黒い渦の発生が只事ではないと分かっていたし、分かっていたからこそ正体を知りたかった。ごく真面目な質問をしたにも関わらず、いままで見たこともない切迫した表情で怒鳴られて思わずたじろいでしまうが、そんな彼女の肩をステインは力強く掴んだ。
「全員を連れて一刻も早く逃げてくれ、できれば霊山まで。そしてシルフィアとクヨーラに伝えてくれ“空魔魄霊獣”が出たと」
「空魔……はく、れい……?」
「頼んだ」
状況が呑み込めないまま目を瞬かせるテレシアの肩から手を離し、袖を捲って黒い渦に向かうと鎖に封じられた聖剣を大きく振って構える。
「レイセヘル王国第二王子、ステイン・スヴィンケルス・ファン・レイセヘルが命じる!現時刻を以ってゲレゲン村を放棄、生存者は急ぎ霊山まで後退せよ!!敵は古より伝わりし禁忌の霊、空魔魄霊獣なり!」
空魔魄霊獣。この言葉を聞いたことのある者がこの場にいるか定かではないが、ステインの緊迫した声明に逆らう者はおらず、戸惑いつつも土砂の壁から開放された柵から村の中へ逃げ込んで行く。
「ご主人様はどうすんだ?そんな鉄の塊で戦うなんて言わないよな?」
「にーちゃんが戦うならオイラも!」
自分を気に掛けてくれる者達の存在が、今のステインにとっては何よりも精神を落ち着けてくれるものだった。ステインは二人に背を向けたまま、だが精一杯恩義に応えた。
「二人は村の皆を頼む。アレの相手は……俺がやる!」
極限まで高まった戦意に呼び覚まされたのか、黒い渦は一度縮小したかと思うと一気に拡大し、黒と紺のヘドロをおびただしく吐き出した。ヘドロは気味悪く垂れながらも巨大な四足歩行の体を形成し、やがて光りを飲み込む闇色の眼をした獣の頭部が現れた。
「早く行け!」
空魔魄霊獣の禍々しい姿に魂を引き抜かれていた二人を言葉で押し、ステインは単身、禁忌へと立ち向かった。




