第14話
鳴り響く警鐘に唖然としている三人の元へ革の鎧と片手剣を装備した男が走って来た。
「おう、あんたら早く村の広場に向かうんだ!そこで自警団の指示に従って避難してくれ!」
「避難?何があったんですか?」
「村の南東からツェルフォンヅの群れがこっちに向かって来てるんだ!早く逃げろ!」
男は焦燥を隠そうともせず、早口に告げると走り去って行った。
「あんなに焦って言ったら不安を煽るだけじゃん」
「襲撃に焦るってことは、それだけこの村が平和だったってことだよ。けどツェルフォンヅか……」
ツェルフォンヅは食欲に対して貪欲なモンスターであり、一人頭の取り分が減る為に群れを成す事は少ない。なので同族の敵討ちに来るくらいならばもっと身近な獲物を狩っているだろう。しかし、今確かにツェルフォンヅの群れはこの村目掛けてやって来ているのだ。
もしかして昨晩狩ったツェルフォンヅが特異で群れを成していたとしたら、ステインはそこまで考えてから仮定を否定する。昨晩のツェルフォンヅは明らかに単独で動いている存在だった。群れで動いているのならば一度に複数で襲ってきてもおかしくはないのだが、全てバラバラに動いていたし、時には獲物を争って衝突していた。
「おいヘタレご主人、まさかビビッてんのか?」
テレシアが半眼で顔を覗き込んできて、ステインの思考は彼方へ弾け飛んで行った。原因を考えるよりも先に村へ訪れた危機を対処しなくてはならない。
「そんなわけないよ。ハルムさん、僕達は村を防衛しに行きますので、ハルムさんは広場に向かってください」
「はい、分かりました。お気をつけて」
緊急事態だというのにハルムはいつもと変わりない様子で頷いた。国中を行商して回っているからモンスターの襲撃には慣れているのだろう。ステインの素性も知っているので、防衛に行くことも無駄に止めず素直に見送ってくれた。
「よっし、久しぶりに暴れてやんぞ!」
数時間前に空魔精霊獣を散々追いかけ回した者の台詞には聞こえないが、テレシアが無邪気に笑っているのを見てステインも思わず口元を綻ばせた。
村の東から平原に出ると南の方では既に戦闘が始まっていたのだが、そこでステインは不可解な状況だと眉根を寄せた。
先ずは敵の数。単独行動を好む筈のツェルフォンヅが、確認できるだけでも十体以上の群れとなって村の自警団と戦闘している。次に敵の戦い方。闇雲に襲い掛かるのではなく、二、三体のチームで波状攻撃をしたりフェイントを掛けたりしている。群れでの戦闘に慣れているどころか、どこかで訓練してきたかと疑うレベルだ。最後に敵の目的。近くに都合の良い獲物がいなかった為に村へやって来たと予測していたが、ツェルフォンヅは村の中へ入り込む隙があるにも関わらず、防衛する自警団へ狙いを定めて中へ入ろうとはしない。自警団の人間を喰らおうという魂胆かもしれないが、どうにもこのツェルフォンヅの群れは常識から逸脱している。ただ単に腹を満たす為に村を襲っているとは考えない方が良さそうだ。
「うわぁぁぁっ!」
男の悲鳴にステインの意識は思考の奥から現実へと引き戻される。見ると、足と剣に噛み付かれて身動きが取れないでいる男の頭蓋を噛み砕かんとツェルフォンヅが大口を開けて跳びかかっていたのだ。
「しまった!」
最初から戦場に意識を向けていれば魔術を発動して男を助けることも可能だったが、生憎と意識は今しがた戦場に向けられた。今から魔術を発動しても敵を葬る前に男の命は砕かれてしまう。
ステインが己の不注意を悔いるのと、テレシアが体を捻って横投げに白い円盤状の何かを投げたのは同時だった。高速で回転する円盤は見事に大口の中へゴール。ツェルフォンヅも異物が入り込んだ事で思わず口を閉じるが、陶器で出来た円盤を噛み砕く事はできず、驚愕した様子で身を捻って地面に着地した。
「空の皿を食っちまうとは行儀のなってねぇ犬だな!」
口の中の異物を吐き出そうとするツェルフォンヅの脇腹をテレシアは渾身の力で蹴り上げる。皿に胃液を吐き出しながら空中を飛ぶ体は錐揉み回転して地面に激突すると二度と動くことはなかった。奇襲を受けたツェルフォンヅのチームは男の拘束を解き、テレシアから距離を取って警戒する。
「た、助かった。けどあんたは!?」
男は剣を杖代わりにして立ちながら礼を言う。足に受けた傷は深く、これ以上の戦闘は無理だろう。
「間抜けなご主人様に仕える、哀れな奴隷だよ。それよりおっさん、戦えないならとっとと退いて手当てしてもらいなよ」
誤解が生まれそうな自己紹介だったが、気にしている場合ではないのでステインは黙って男の傷の具合を確かめる。
「回復します。少し待ってください」
「た、助けてくれー!」
魔術を唱えようとするが、新たなに響き渡った悲鳴に中断を余儀なくされた。悲鳴の主は尻餅をついた体勢で槍を構え、どうにか二体のツェルフォンヅから身を守っている状態だ。一刻も早く救援に迎えわなければ命の危険がある。
「俺のことはいい、あいつを助けてやってくれ!」
男はステインの背中を押すと足を引き摺りながら後退していく。ステインは迷わず槍の男の救援へ向かった。
「ひぃぃ~!」
木の棒の先端に刃を付けただけの簡素な槍は瞬く間に噛み砕かれ、丸腰になった男は涙声の悲鳴を上げながら這って逃げようとする。当然そんなことでツェルフォンヅから逃げられることはなく、二体同時に襲い掛かられるが、その隙を狙って放たれた二発の火球が紺色の毛を燃やした。
「無事ですか!?」
「ひぃぃぃ~!」
地面を転がって火を消そうとするツェルフォンヅと尻を向けて逃げる男の間に壁を作る形で駆け込んだステインだったが、男は一目散に逃げて行ってしまう。武器も戦意も折られてしまったので撤退するしかないのだが、なんとも無様であり、助けに入ったステインも少しだけやるせない気持ちになった。しかし人間側の都合など気にしないツェルフォンヅは、体を焦がされた恨みで毛を逆立たせながら唸り上げている。
眼前の敵へ意識を向けたまま、周囲の状況を確認する。数的にも単体の戦闘力的にも敵側の方が上回っており、自警団は防御に徹することでどうにか戦線を維持している状態だ。ツェルフォンヅ達がその気になればいつでも村に侵入されてしまうだろう。自分とテレシアでどうにか打開しなければ、そう意気込んだ瞬間だった。
「おい!誰か柵を下ろせ!!敵が入り込むぞ!!」
戦場を響き渡る怒号に、ステインは血の気が引くのを覚えた。眼前に自分を狙う敵がいるにも関わらず、村の入り口へ視線を向けた。無防備に開け放たれた柵がツェルフォンヅを呼び込む。ステインに敵意を剥き出しにしていた二体も例外ではなく、一目散に村の入り口へ走って行こうとするが、そう簡単に通す筈がない。鞘に縛られた剣を薙いでツェルフォンヅの体を宙に放ると、火球を連射して肉体を燃やしつくした。が、結果的に足止めを喰らってしまい、今からではどう頑張ってもツェルフォンヅより先に村の入り口に辿り着くのは不可能だ。
「くそっ!」
不可能と分かっていても黙って見ているわけにはいかない。全力で走り出しながら地の魔力を掻き集めて入り口を封鎖しようと試みるが、それでも魔術が発動する前に数体は突破されてしまうだろう。村の中に残った自警団の武運を祈りながら術を発動しようとした、その瞬間、村の入り口から乾いた炸裂音と共に銃弾が放たれ、接近していたツェルフォンヅを撃退した。
「へへっ、オイラもしかして役に立っちゃった?」
村から出て来たのは拳銃片手に場違いにも得意気な表情をしたエトだった。
「エト、油断するな!」
「へ?わ、わっ!」
柵で死角になっていて、両脇から接近していた敵の存在に気付くのが遅れてしまうものの、反射神経が良いのか上手く体を翻して噛み付かれずに済んだ。そこにステインが巻き上げた土砂が飛来、ツェルフォンヅを生き埋めにすると同時に入り口を塞いだ。
「あ、あぶねー。助かったぜ、にーちゃん」
「いや、こっちこそ助かったよ。ありがとう」
エトの元に駆け寄って互いに無事を喜び合う。しかし、その姿を忌々しそうに睨み付ける存在が直ぐ近くに居るのを忘れてはいけない。二人はそれぞれの武器を構え直し、迫り来る脅威と対峙した。




