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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第4章〖一つの結末〗
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第110話

 目覚めたと思ったら直ぐに気を失ったステインをどうにか叩き起こし、水を渡したところで一息吐く。


「ごめん、ごめん。つい……」


 謝罪を口にするテレシアであったが、その口端は微かに上がっていた。ステインが目覚めた事が心から嬉しいのだ。


「元気そうで安心したよ。僕はどれくらい寝ていたのかな?」


 口にした水が体に染み渡って行くのを感じながら答えを待つ。


「二日半ってところだな。予定より半日以上遅い目覚めだ」


「そうか……。湖はどう?元通りに落ち着いた?」


「わかんない。一昨日マリーの部隊の人が調査に出たって話しは聞いたけど、その後は知らない」


 ステインはベッドから身を乗り出して窓から湖の方を見やる。湖を行き交う船は見当たらないが、港や通りを忙しく移動する人々の姿は確認できた。町に大きな被害を出さずにクライペン・スラングの討伐は完了したと思って良いだろう。


「ご主人様。外の様子が気になるのは分かるけど、病み上がりなんだから自分の体を気にしろよ。はいこれ」


 外の景色に夢中になっていたステインの体を労わりながら引っ張ってベッドの上に座らせると、シルフィアから渡されていたカーム薬を差し出した。


「ありがとう」


「礼ならシルフィアに言えよな。あたしは預かってただけだ」


「うん。ところでそのシルフィアは?」


 カーム薬を呑むステインを見ながら「ジチティグ鉱山に採取しに行った」と答えようとしたが、「何故採取に行ったのか」という謎が返ってくるのは明白だったので、ステインが眠っている間に起きた事を順を追って話した。


「すまない。僕が不甲斐ない所為で豊漁際の件まで手伝わせてしまった」


「ご主人様が謝ることじゃないよ。シルフィアも楽しそうだったし、錬金術師の友達もできた」


「それなら良かった」


 安堵の表情を浮かべながらベッドから降りようとするステインの体をテレシアが支える。


「おいおい、もう立ち上がって平気なのか?」


「魔力が回復したから平気だよ。マリーのところに行く準備をするから、少し外してもらえるかな」


「着替えなら手伝うぞ。なんなら背中も流してやんぞ」


「いや、本当に大丈夫だから。テレシアも自分の準備していいよ」


 魔力が回復したと言っても二日以上寝たきりだったのだ。ステインの表情にはどこか覇気がないように見えたが、テレシアは食い下がることなく自分の支度を整えることにした。


「あ!ご主人様、託けを頼まれてたから先に言っとく」


 部屋のドアを開ける直前に思い出したテレシアは、取っ手から手を離して振り返る。


「“囚われた魂が幸せに暮らしていたらどうするか、答えは南の山にある”だったかな」


 託けを聞いたステインも、伝えたテレシアもいまいち意図が分かっておらず頭の上に疑問符を浮かべた。


「それは誰から?」


「えーと……ヴェイドハーツ?とかいう胡散臭い男から。湖が黒くなった後、元の色に戻った辺りで突然現れた」


「ヴェイドハーツ……。聞いたことがないけど……ありがとう。少し考えてみるよ」


 礼を言うと、テレシアは今度こそ部屋を出て行く。一人になった部屋で、ステインはたった今聞いた問いを頭の中で復唱した。


「南の山がジチティグ鉱山のことなら、シルフィア……」


 胸の中が小さく騒めいたのを感じながらも、グロート町にいるステインにシルフィアの様子は確認できない。無事に帰って来てくれることを祈りつつ、外出の準備をすることにした。






【???????】


 ギップスの魔術によって足場が崩されて落下したシルフィアであったが、その体はいつまでも落ち続け、開けていた筈の目はいつの間にか閉じられていた。否、目が閉じられた訳ではなく、世界が暗転したのだ。シルフィアが瞬きの感触を確かめていると、背中に地面の固い感触に気付く。落下を終えて地面に叩き付けられた、という事ではなく、始めから背中が地面に着いていたような、不自然なぐらい自然な感触であった。

 手を動かして地面に触れた瞬間、シルフィアの視界に光が戻った。瞳が始めに捉えた景色は、灰色の空に浮かぶ灰色の雲だった。


「ここは?」


 上半身を起こして周囲を見渡す。山に囲まれてはいるが平地が広がっており、少し離れたところには集落が確認できた。明暗の違いこそあれど、視界に映る物はすべて灰色であった。


「別の場所……ううん、別の空間に来ちゃったのかな」


 見知らぬ景色と判明しない状況に不安を覚えながらもシルフィアは立ち上がり、衣類に着いた土を手で払う。そこで自分の肌や衣類は変わらず色が付いていることに気付き、いくらか不安は和らいだ。

 胸に両手を当てて深呼吸してから集落に向かって歩き出す。開けた場所であるが何が起きるか分からないので、一歩一歩、大地を確かめながら進んで行く。


「だぁれ?」


 集落の中に入った途端、舌足らずな声が耳に届く。声の方へ振り向くと、丁度シルフィアの進行方向からは建物で死角になっていた所に小さな男の子が立っていた。男の子は好奇の眼差しをシルフィアに向けていたが、瞳の色も肌も、着ている服も灰色だった。


「わたしはシルフィア。道に迷っちゃったみたいなんだ。ここはどこなのかな?」


 一目で普通ではないと分かる存在の男の子であったが、シルフィアは怖がることなく近寄るとしゃがんで視線の高さを合わせた。

 灰色の人間をシルフィアは知っている。知っているどころか、少し前まで共に暮らしていた。反魂残存。生前に空魔精霊獣と契約することで、死後も現世に留まることができる存在。

 男の子は見た目から察するに生後数年で命を落としたことになる。シルフィアは心から伝わる痛みを、愛想良く笑うことで誤魔化すことにした。


「ここはフデンテイクっていうんだよ」


 聞いたはいいがフデンテイクという場所をシルフィアは知らない。魔気の流れを感じ取ろうと周囲に向けて気を集中させたが、驚くことに魔気は一切流れていない。山間の村のようだが、ジチティグ鉱山とはまったく別の土地なのだろうか。


「おねぇちゃん、そとからきたんだよね。なら“おやまさま”とあわなくちゃ」


「おやまさま?」


 魔気の流れが無いことに驚くシルフィアを余所に、男の子は人懐っこく手を握って歩き出した。


「むらのまもりがみだよ」


 守り神と呼ばれる存在がいるならば、その者に詳しく聞けば良い。シルフィアはそう判断し、周囲の様子に目を配る。村の中に居る老若男女全てが反魂残存であるも、生者と変わらず話し、遊び、家事に勤しんでいた。村の中で唯一色の着いたシルフィアを見かけても、ニコリと笑いかけることはあれども邪険にすることはなかった。


 小さな歩幅に合わせて村を駆け抜け、外れに佇む“茶色の肌をした”小山の前まで来る。男の子は息も切らさず小山に向かって声を張る。


「おやまさま!おきゃくさんつれてきたよー!」


 地面の揺れたかと思うと、目の前の小山がせり上がる様に動いた。半円状の岩山の両脇から指の無い手と腕が一本ずつ伸び、浮かんだ小山はずんぐりとした二本の足に支えられていた。山頂に当たる部位は今は背中になっており、代わりに洞窟の様に空いた暗闇の中から覗く赤の双眸がシルフィアを見下ろしていた。


「よく連れてきてくれた。礼を言う。ワレらは話しがある故、先に村に戻っていなさい」


 重く圧し掛かるようにも、地鳴りのようも聞こえる低い声音が男の子に向けられた。


「はーい!またね、おねぇちゃん。おやまさまも、こんどあそんでねー!」


 男の子が大きく手を振りながら村の中に戻って行くのを、岩石の手を振って見送る。

 動物でも、モンスターでもない存在であるが人と意思の疎通が可能な存在。人に敬われ、人に寄り添う存在をシルフィアは知っていた。


「あなたは空魔精霊獣、ですね」


「左様。ヌシと同じく、生物の願いを聞き入れ、溢れた願いを現世に留め、世界を守護する為の存在。この地に住まう者達からはベルフというの名を貰った」


 ベルフと名乗った巨躯の空魔精霊獣を前にして、聞きたい事が溢れ出てきてしまい何から聞けば良いのか分からなくなってしまう。シルフィアの様子を見たベルフは彼女が欲している情報を先に与える事にした。


「ヌシをここに呼んだのはワレだ。ここはジチティグ鉱山内にあったフデンテイク村であるが、既に現世から隔離した場所。ワレの用事が済めば現世に帰そう」


「用事……ですか?」


「ああ。なに、難しいことではない。新参の空魔精霊獣に、少しばかり世界について知っておいてもらおうという年寄りのお節介だ。フライカイツは何も話していないだろうからな」


「クヨーラのことを知っているんですか!?」


 思わぬところで名前を聞いたので反射的に聞いてしまうも、ベルフからは答えが返ってこない。しかし、少しだけ赤い眼が下がったように見えた。首がないから分かりづらいが肯定の頷きをしたのかもしれない。


「ワレは土の空魔精霊獣故、風土の奴とは少なからず接点はあった。が、今その話しは必要ない」


 一呼吸、必要なのかは分からないが、間を置いてからベルフは話す。


「空魔魄霊獣は知っているな。アレの復活はヌシらが思っているより早い……いや、早めてしまったと言った方が正しいかもしれないが、行為自体は正しいとも言える」


「どういうことですか?」


「ヌシらが倒したスラング、アレは大したものだ。空魔魄霊獣に流れる分の魔気を吸収しておったのだが、絶命したことで溜めていた魔気が空魔魄霊獣の下に流れていった」


 シルフィアは胸が締め付けられたような息苦しさを覚えた。人に危害を及ぼすと判断し討伐したクライペン・スラングが、実は空魔魄霊獣の復活に対する抑止力となっていたとは思いもしなかった。


「そう気に病むな。アレを倒さなかったとしても、空魔魄霊獣は復活することになっていた。最悪、凶暴化したスラングも同時に相手取ることになった」


「わたしは、どうすればいいんですか?どうすれば皆を守れるんですか!?」


 空魔魄霊獣からゲレゲン村の皆を、各地に住む人々を守れるならばと受け入れた空魔精霊獣の力。しかし、その力の使い方をシルフィアはまだ完全には知らない。


「心と剣を育てよ。空魔魄霊獣と対峙するには膨大な魔力が必要であり、討つには大いなる力を一つの刀身に集束させた剣が必要である」


 剣がステインの持つ聖剣であることは言われずとも分かった。だが、あの剣を育てるとはどうすればよいのか。能力を解放するだけでも膨大な魔気が必要になり、解放したあとも制御は困難な代物だ。


「空魔魄霊獣はあとどれくらいで復活するんですか?」


「さて、正確な時はワレにも計れぬ。アレは魔気を通して負の願いや、無念といったものを糧にする存在。どこかで疫病でも流行れば翌日、翌々日中には復活するだろうし、平穏に時が過ぎれば一週間後かもしれぬし二週間後、更に後かもしれない。ただ……」


 言葉を溜めるベルフをシルフィアは真っ直ぐに見つめる。何を言われようと受け止められる気概を感じ取ったベルフは言葉を続ける。


「心も剣も間に合わぬ。今からどんな特訓をしたところで空魔魄霊獣に届き得る存在にはなれぬ。ワレはそう判断したからこそ、この村を滅ぼし、反魂残存に変えた」


「なっ!」


 世界と生物に寄り添う存在である空魔精霊獣が一つの村を滅ぼした。その事実に、シルフィアはただ驚く事しか出来なかった。





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