第12話
特別長くも短くもない時間、笑顔を見せていたシルフィアがはたと視線を移す。エトが歩み寄って来たからだ。
「良かったな、にーちゃん、空魔精錬術師になれて」
無邪気に笑って祝福してくれるエトにステインは力強く頷いた。
「うん。エトには昨日から随分と世話になったね、ありがとう。今度きちんとした形でお礼をさせてもらいたいから、何か望みがあれば考えておいて」
「えっ、ホント!?オイラあんまり遠慮しないぜ?」
「流石に大掛かりな事はできないけど、僕に出来ることなら応えるよ」
「やったぁ!」
謝礼が貰えるとは思っていなかったのか、エトは両手を上げて体全体で喜びを示している。
「ふふっ、良かったねエト」
「おう!って、そうだ、オイラはオイラでシルフィアに用があって来たんだ」
「ん?なに?」
「麦粉と豆を取りに来たんだ。精錬は終わってるよな?」
「あ、うん、終わってるよ。ちょっと待ってね、今渡すから」
麦粉と豆の精錬はエト個人の依頼ではなく村全体としての依頼なので相当な量になっている筈なのだが、シルフィアは左手首に着けたポーチを開けている。ステインのベルトポーチと同様の仕組みだとしても、村一つと行商人に売るだけの麦粉と豆を入れる容量は有りそうにない。
「はい、こっちが麦粉で……こっちが豆だよ」
エトの手に渡されたのは手の平大の紙袋が二つ、先に渡された方は茶色で後のは薄緑色をしている。紙袋もポーチと同じ加工が施されているのだろう。
「ありがとう!それじゃあ、オイラは直ぐ村に戻るけど、にーちゃん達はどうする?」
お礼を言いつつどこか焦った様子が見受けられる。大方、少しでも早く帰ってフレークから小言を貰う可能性を下げたいといったところか。
ステインとしてもハルムに手綱を渡しに行きたいので村に戻りたいが、ポーチや紙袋の精錬について尋ねたいし弟子入りして早々にこの場を後にするのもどうなのだろうか。テレシアを村に向かわせる手もあるが、クヨーラと仲睦まじく戯れているので下手に話しかけたら気分を害してしまう。
「……僕も村に用事があるし、一旦帰るよ」
テレシアを自由に動かせない時点で選択肢は一つしかないのだ。急に押し掛けてきたにも関わらず慌ただしく去らねばならないことへの非礼を詫びようと、ステインが頭を下げようとした時だった。
「あ、ならわたしも久しぶりに村に行こうかな」
「おう!村の皆もシルフィアの顔見たがってたし、そうしてくれ」
「ばあちゃん、ちょっと出掛けてくるね」
「はいよ、気を付けて行くんだよ」
ステインの心情など置き去りにして実にあっさりと話しが進んでいくので、すっかり謝罪のタイミングを逃してしまう。
「クヨーラ、わたし村まで行ってくるからねー!」
「ま、待て!おれっちを助けてからにしてくれー!」
体のあちこちを引き延ばされてテレシアのおもちゃにされているクヨーラが悲鳴を上げるが、シルフィアは朗らかに手を振っているのみで口出しすらしない。ひょっとしたらクヨーラに何か恨みがあるのではないかと勘繰ってしまうが、シルフィアの無垢な微笑みの前ではそのような勘繰りは愚考にも値しない。
「テレシア、村に戻るぞ!」
「分かったー!」
ステインが声を張ると、テレシアは意外にも素直にクヨーラを解放して合流した。
「くそぉ、あの娘、おれっちの海より深く、空より澄んだ月草の毛を滅茶苦茶にしやがって……」
「あ?」
「ひぃ!すみません!」
文句を言いながら毛繕いをしていたクヨーラだったが、テレシアに睨まれた途端にアニカの膝上へ逃げ込んだ。見ていない間に随分と恐怖を植え付けられたようだが、自業自得だ。
本当に反省しているのだろう、体を丸くして怯えるクヨーラと和やかに笑うアニカに見送られてステイン達はゲレゲン村に向けて出発した。




