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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第4章〖一つの結末〗
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第107話

 湖底の調査という思わぬ展開に忘れかけていたが、アレッタはシルフィアの為に錬金術の準備をする。

 しゃがんだ子供ならすっぽり隠れてしまう大きさの釜に錬金溶液を満たし、素材棚から素材を取り出す。


「あんまり手の込んだ物を錬成する時間もないし、簡単だけど錬金術でよく錬成する物をお見せしましょう!」


 そう言って素材を机の上に広げて見せる。「さて、何が出来るでしょう?」と問い掛けてくる視線にシルフィアは思考を巡らせる。机に置かれているのは背の低い丸型のゲネゼン草、ギザギザ三枚の葉と細かい根が付いたオンスメ草、手の平大の長さに切られたエアフロウ竹、透明で硬質な殻の中に透明な液体を含んでいるのは水泡晶。

 一つ一つの素材は見たことがあるものの、組み合わせて何が出来るか想像するには少しばかり時間が必要だった。


 答えの知っている錬金術師二人はどんな答えが出て来るか期待の眼差しを向けていたが、シルフィアの意識は己の思考に集中していた。


 体の不調を治すゲネゼン草に免疫力を高めるオンスメ草はどちらも薬品によく使用されている。水泡晶は見た目こそ不思議な物だが、中の液体は単体では毒にも薬にもならないただの水であり、外殻はどこで採ったかによって成分は多少変わるが特別な鉱石という訳でもない。基本的には旅人の携帯飲料水として扱われている。この三つだけならば飲み薬の錬成だと想像するのは難くないが、ここにエアフロウ竹が追加されていることがシルフィアの頭を悩ませた。

 エアフロウ竹も単体で見れば特殊な効果がある訳でも珍しくもない竹だ。竹稈を割ると中から勢いよく蒸気が出て来るが、これも無害な水蒸気である。モンスター除けの道具や吸引薬にされたり、蒸気を抜いたあと家具に利用されたりしている。


「う~ん……薬、じゃないとしたら……別の錬成に使う道具?」


 悩みながら答えると、アレッタとイナは意外そうな顔をして互いを見つめた。


「すっごい!当たり!」


「え?そうなの!?」


「薬でも当たりといえば当たりなんだけどね。どうして他の物だと思ったの?」


「えっと、水泡晶とエアフロウ竹の両方があったから。飲み薬ならエアフロウ竹は要らないし、吸引薬にするなら水泡晶が要らなくなるよね。薬草と液体と気体がどうしても一つの道具に結びつかなくて、それで更に他の素材と組み合わせて使う物なのかなーって思ったの」


 理由を聞いた二人は感心して何度も頷きを返す。


「正解した優秀な生徒には特別にどんな物が出来上がるかお見せしよう!」


「元々そのつもりだったでしょ」


 無駄に威張って見せるアレッタにイナが透かさずツッコミを入れるが、気にせず素材棚の脇に立て掛けてあった調合用の櫂を手にした。


「先ずは二種類の薬草を入れます」


 一株ずつ薬草を入れると、錬金溶液を吸わせることもなく自然に沈んでいった。薬草がどちらも完全に沈んでから櫂をでゆっくりと混ぜる。

 鮮やかな紫色でやや粘度のある錬金溶液を一定の速度で混ぜ続ける。微量に魔力を注ぎながらなので、集中力が必要になる作業だが、錬金術工房に務めるくらいになれば慣れたものである。アレッタはシルフィアに視線を向けて話し掛けた。


「錬金溶液の色が魔力と素材で変わるまでずっとこんな感じだから、先に完成品の話しをしてもいい?」


「うん。お願い」


「実はこれ抑制剤っていう調合用の道具になるの。薬とか魔力が籠められた武具の副作用を抑えるのに使うから、錬金術の中でも需要は結構多いかな」


「わたし、手作業で薬を作ることはあったけど、抑制剤は初めて聞くかなぁ」


「それは分量を量ってるし、シルフィアの場合素材選びも適切なものを選んでるからだよ」


「あ、そういうことなんだ」


「錬金術は色々な工程を飛ばしたり、人の手では作れないような物を錬成できるけど、素材の特性がそのまま残っちゃうから効果が強すぎるて毒になる場合があるんだよね」


 シルフィアが関心して頷きを返していると、錬金溶液に変化が起こった。鮮やかなことに変わりはないが紫から緑色に変化したのだ。


「次は水泡晶を入れまーす!」


 片手持ちにした櫂で混ぜ続けながら水泡晶を投入し、再び櫂を両手で持って混ぜる。


「ここで入れるのは水泡晶じゃなくてただの水でも良いんだけど、今回は汲みに行くのが面倒だったから素材棚にあった水泡晶を使ってるの」


「ごめんね。貴重な素材を使わせちゃって……」


「いやいや、謝らなくていいよ!水泡晶はそんなに貴重な物じゃないから!」


「それに、水泡晶を使った方が完成した時が楽で、見た目も良くなります」


「そうなの?それなら安心だね」


 謝罪と同時に下げられた眉根が戻ったことを確認し、アレッタとイナは安堵した。


「もぉ、シルフィアは細かいところ気にするんだから」


「えへへ、ごめんなさい」


 口調から咎められている訳ではないと判断したシルフィアは、はにかみながら謝罪の言葉を口にした。


「そういえば、シルフィアは明日は何か予定あるの?」


「明日は受けた依頼の素材を集めに行こうかなって思ってるけど」


「あ、そう言えば豊漁際の依頼があったね」


「忘れてたの?」


「いやぁ、あはは……」


 笑って誤魔化す様をイナが半眼で睨むが、それも長く続く訳ではなく、アレッタは話しを続けることにした。


「もう一人、私たちの同期がいるから紹介しようと思ったんだけど、用事があるならそっちを優先でいいや」


「急いでるわけじゃないからお昼くらいまでなら時間空けられるけど」


「いやぁ、こっちこそ急ぐ話じゃないから次の機会でいいよ。明日はどこに向かうつもり?」


「火薬とか金属類を採取に行こうと思ってるから……南にある鉱山かな」


「ジチティグ鉱山」


 鉱山の名前が思い出せなかったシルフィアの心境を見透かしてか、イナが端的に言葉を発した。


「あそこか……結構遠いね。モンスターも出るし、自警ギルドか魔術師団に護衛は頼みなよ?」


「うん。そのつもり」


「ちなみに、自警ギルドでお勧めの人はセルファースっていう男の子。あ、水も十分に混ざったから最後にエアフロウ竹を入れるよ」


 話しながらも調合に抜かりはないようで、釜の中の緑色が透き通ってきたところをシルフィアに見せてからエアフロウ竹を投入する。


「話しの続きね。さっきも言ったセルファースなんだけど、歳は私らと同じくらいなのに自警ギルドの中じゃ一番強くて、王都の騎士団でも隊長になれるぐらいって噂もあるくらい!」


「ええ!?そんな凄い人に採取の護衛なんて頼めないよ!」


「大丈夫。見た目とか性格は全然怖くないし、内容で依頼を選ぶこともないから。初めて行く土地なんだし、強い人が一緒の方が安心でしょ?」


「そうだけど……。強い人なら近い日にちの予定はもう埋まってるんじゃないかな?」


「その可能性はないこともないけど、意外と暇そうにしてる時もあるから明日ギルドで聞いてみるといいよ」


「うん。教えてくれてありがとう」


 話しが一段落したところでアレッタは釜の中を注視した。透明感のある緑色の液体が綺麗な渦を描いており、徐々に櫂を回す速度を上げて行く。


「そろそろ出来るからよく見てて。って言っても蒸気が濃くてよく分からないと思うけど」


 言っている最中、釜から湧き上がる蒸気は勢いを増し、あっという間に釜の中は見えなくなってしまう。釜の向かい側に立っている者の姿すら見えなくなる程の蒸気が出て来ると、アレッタは櫂を一際大きく強く回して釜から抜いた。

 少しの間蒸気は出続けていたが、徐々に勢いは衰えて釜の中が見える様になる。アレッタは釜の中に手を入れて錬成物を手に取ると、大げさに掲げて見せた。


「はい、完成!」


 手の平大の大きさの楕円形の容器の中には非常に薄い緑色の液体が入っていた。


「水泡晶を使うと容器入った状態で出来ますが、液体の水を使うと液体だけ釜の中に残るので、容器に入れ直す必要があります」


 見たことのない道具が目の前で出来上がったことと、イナの解説が加えられたことでシルフィアは感動して拍手する。


「すごーい!本当に錬金術って不思議だね!」


 錬金術師ならば錬成できて当たり前の物であるが、ここまで評判が良いとアレッタも悪い気はしない。抑制剤を掲げながら少し胸を張って余韻に浸ることにした。


「アレッタ、それ貸して」


「ん?どうぞ、我ながら良い出来栄えだから隅々まで見てくれたまえ!」


 威張るアレッタを完全に無視してイナは抑制剤を受け取ると、緊張した面持ちでシルフィアに差し出した。


「シ……あ、あの、これを精錬してみてくれませんか?」


 思わぬ頼みにシルフィアだけでなくアレッタも目を丸くする。


「わたしは良いけど……」


 作成者の方へ視線を向けると無言の頷きが返って来る。シルフィアはイナから抑制剤を丁寧に受け取ると、魔力を集中して精錬を始めた。


 交魔線を繋いで感じたのは水の中に沈んで行く感覚。浮上しようと腕を動かしても等速で沈んでいく感覚に静かな恐怖を感じたが、シルフィアは敢えて抗わずに魔力から伝わる声に耳を傾けた。


『全、抑制、良、悪』

『良好、作成、変化、望』


 断片的な言葉であるものの、シルフィアには抑制剤の声が、願いが理解出来ていた。沈み切った底に増幅させた風の魔気を宛がうと、完成ににた気泡が一斉に溢れだし、シルフィアの意識は一瞬で現実に戻された。


「はい。精錬終わり」


 何食わぬ顔で抑制剤を差し出すが、放心状態だったイナは僅かに受け取るのが遅れる。


「あ、ありがとうございます。……綺麗」


 抑制剤を目にしたイナの口からは自然と感嘆の声が漏れていた。


「一瞬だったけど、すっごい濃度の魔気を感じた。あれ、シルフィアがやったの?」


 花畑でも精錬は行ったが、あの時は花の品質が最良であったため増幅させた魔気を流し込むところまでは行っていない。一度見たことがあるだけに、今回の違いは大きな驚きを生んだ。


「うん。私っていうか、空魔精霊獣の力だけど。ああやって魔気を加えて素材とか物の願いを叶えてあげるの」


「願い?抑制剤は何て?」


「うんと、良い物を作りたいって言ってたよ。良い効果も悪い効果も抑制しちゃうから品質を下げがちなんだって」


「へぇ、そんなこと分かるんだ……。それで、願いは叶えられたの?」


「うん!」


 満足気に頷くシルフィアを見て、アレッタは失礼なことを聞いたと少し反省した。


「錬金術を見せるつもりが、逆に精錬を見せてもらっちゃった。ありがとね」


「こちらこそ、忙しいのに付き合ってくれてありがとう。初めて見たからとっても面白かったよ!」


「それなら良かった。さて、そろそろ良い時間だし、お開きにしますか」


 時計を見るととっくに日暮の時間は過ぎており、夜に差し迫っていた。意外にも進んでいた時間にシルフィアは驚いて声を上げる。


「わっ!もうこんな時間!夢中になってるとあっという間だね」


「そうそう、錬金術って意外と時間使うのよねー。私は片付けとかあるから、二人は先に帰っていいよ」


「……ぼくも手伝う」


 何か思う所があったのか、イナはシルフィアとアレッタを交互に見た後にそう告げた。


「あら、友達思いで嬉しいこと。シルフィアは一人で帰れる?」


「大丈夫だよ。また遊びに来ても良いかな?」


「もちろん!いつでも来て良いよ!」


 手を振って別れの挨拶を交わすと、シルフィアはアレッタの工房を後にした。一人去っただけで妙に寂しくなった工房に若干の気まずさを感じながら、アレッタは口を開いた。


「さてと、イナには気付かれちゃったか」


「うん。ランベルトに言われた物、調べるんでしょ?手伝う」


「ありがと。水中に潜れて自由に動けるようになる道具なんて、正直見当も付かないけど引き受けたからにはちゃんと錬成しないとね」


 ぬいぐるみ置き場になっていた本棚から分厚い本を数冊取り出して机の上に置くと、イナは早速一冊手に取り、中身に目を通し始めた。




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