第106話
工房内には唖然とした空気が流れていた。湖底遺跡などこれまで噂にも出ていなかった存在が、突然言葉として出て来たからである。
「ちょっとランベルト、急に湖底遺跡だなんてどうしたの?」
「昨日までそんな話し、してなかった」
アレッタとイナは湖底遺跡の存在を疑ったが、発言者の人となりを知っているだけに完全に否定できなかった。
「今日判明したからな。これを見ろ」
二人の動揺など意に介せず、上着から一つの細長い石を取り出した。石は透き通った黄緑色をしていて、人工的な多面体をしていた。シルフィア含め、初めて見る石である。三人が頭に疑問符を浮かべていると、ランベルトが説明を始める。
「昨日、大津波があった時に港へ流れ着いた物だ。これの他にも同じ物がいくつかあって、工房と魔術師団で解析をしていた。ウィンドクリスタルに似ているが、これは風と共に水の魔力を内包している。魔術師団の見解で雷を宿す石、ドンナークリスタルと呼称することになった」
「風と水が混ざって、その石の中に入っているんですか?」
「魔力を検知した限り、混ざり合って容体となっている」
シルフィアの問いに肯定の頷きが返されたことで、アレッタとイナの中にあった湖底遺跡に対する否定的な思いが徐々に小さくなっていった。
「そんな物どうやって作るのよ」
「知らん。こういった手合いはオレよりもアレッタの方が得意だろう」
「私にも分かるはずがないこと知って言ってる?」
複数属性の魔力が同空間に存在することは珍しいことではない。現にシルフィアなどは四属性に対応した魔力を持っている。しかし、魔力同士は本来混ざり合うことはなく、それぞれの属性が水と油のように反発するというのが常識であった。
「今はこれの錬成方法よりも、これが錬成された場所に行く事の方が重要だ」
「どうして湖底に遺跡があるって分かったの?」
上着のポケットに仕舞われるドンナークリスタルを目で追いながらイナが聞く。
「湖の安全調査に出ていた魔術師が不自然な水流を見つけて辿ったところ、湖底に空洞があることが確認できた」
「空洞の先に遺跡があったの?」
「さぁな。潜って調べた訳ではなく、魔術を漂わせた結果だから実際に遺跡を目にした訳ではない」
「ランベルト、さっき自身満々に湖底に古代の錬金術で作られた遺跡があるって言った」
淡々と告げられる言葉にランベルトは具合が悪くなってきたのだろう。視線をイナから外して眼鏡の位置を直す。
「はは~ん。さては先走ったなぁ?」
すかさずアレッタが挑発すると、ランベルトは不快そうに眉根を寄せたが、観念して口を開いた。
「確かに湖底遺跡があるというのはまだ確定していない。だが、その可能性は高い。空洞の近くで大釜と同じ素材の破片がいくつも見つかっている」
「ふ~ん。でも、それなら調査団が結成されそうだけど、なんでまた私に湖底まで潜る道具の錬成を頼むの?」
「ふん、ゾロゾロと群れて行っては自由に行動できないだろうが。オレはオレの裁量で調査する」
「自分勝手」
イナの一言は鋭かったが、ランベルトは慣れた様子で聞き流し、視線でアレッタの返答を待った。
「私が断ったら?」
「頼んでいるつもりはない。錬金術師ならば未知の解明に協力する責務がある」
見下ろす視線と見上げる視線は拮抗していたが、少ししてアレッタの方から視線を外した。口元に薄い笑みを浮かべながら。
「分かったわよ。同期のよしみで引き受けたげる。でも、ランベルトも素材集めや錬成手伝いなさいよ。水の中に潜れる道具なんて錬成したことないもの」
「無論だ。オレも依頼がない時は協力しよう」
「ぼくも手伝う」
「それじゃあ、わたしも!錬成は分からないけど、素材集めなら任せて」
四人が協力し合う構図となり、女子三人はにこやかに笑い合ったが、ランベルトは一人で怪訝そうな表情を浮かべた。
「廊下を歩いている時も思ったが、君は錬金術師ではないのか?」
ランベルトの疑問に「あっ」と声を上げたのはアレッタだ。
「ふふーん!この方をどなたと心得る!我ら錬金術師に良質な素材を提供してくださる空魔精錬術師のシルフィア様なるぞー!」
仰々しく語りながらシルフィアの脇に立って両手を伸ばし、手をヒラヒラと動かす謎の行動をするアレッタ。その行動をイナは対になる位置に立って真似した。
「ほぉ、君が……。ならば一応名乗っておくか。オレはランベルト・へリュック。この工房では主に爆発物や対モンスター用の道具を錬成している」
「シルフィア・レーンデルスと言います。ランベルトさん、よろしくお願いします」
挨拶を交わしたもののランベルトはシルフィアを見下ろしたまま黙っていた。切れ長の目が少し丸みを帯びていたのは、二人の奇行を見た所為ではないのだが、会って間もないシルフィアに彼の目付きの変化を見分けることはできない。ただの少女が空魔精錬術師だと信じてもらえていないのか、とシルフィアは心配になった。
沈黙を不審に思ったアレッタが手のヒラヒラを止めて声を掛けようとしたところで、ランベルトが口を開いた。
「シルフィアも調査に来ると良い。見たことのない素材が見付かるだろうし、オレたちにとっても素材に理解のある者が同行してくれた方がより詳しく調査できる」
「ちょっと、勝手に巻き込むのは……」
「はい、是非お願いします!」
強引な物言いから守ろうとしたアレッタだが、意外にもシルフィアは乗り気であった。ランベルトの言う通り、新しい素材に出会えるならばそれを見てみたいし、精錬でどのような素材なのか調べることで役に立てるならば望むところであった。
「本当に良いの?」
「うん!ステインの様子とかテレシアにも確認しないとだけど、わたしは行く気だよ!」
明るく言い放つシルフィアに呆気に取られていると、どこからか電子音が鳴った。
『攻撃道具錬成科のランベルト・へリュックさん、今すぐ研究棟までお越しください。工房長がお呼びです』
「あんた、なんかしたの?」
「ドンナークリスタルを返してほしいのだろう。なにせ勝手に持ち出してきたからな」
何食わぬ顔で告げるランベルトにアレッタは怒る気持ちより先に呆れが来てしまった。学生時代から、自分の目的に必要な素材があれば半ば奪ってでも手に入れる性格なのは知っていたが、まさか重要参考品まで無断で持ち出すとは予想していなかった。
「なんで勝手に持ってきたの?」
イナが言葉を出せないアレッタの代わりに聞いてくれた。
「言葉だけでなく現物を見せた方が、二人も湖底に対して興味を持つだろう?」
「そんなことしなくても、頼まれれば協力するよ」
「……ふん」
錬金術師には未知の解明に協力する責務があると言ったり、湖底に対して興味を持たせたり忙しいランベルトはイナの言葉に鼻を鳴らすと、呼び出しに応じるべくアレッタの工房を後にした。
「なんだか変なことになってごめんね」
ランベルトが去ってから少ししてアレッタが謝罪する。
「ううん!すごい面白そうだから、アレッタとイナについて来て良かったよ!」
「あはは……。そう言ってもらえると助かるな」
「ランベルト、空魔精錬術師様と会えて嬉しそうでした」
「え!?そうだったの?」
驚きのあまり上擦った声になったが、イナは静かに肯定の頷きを返した。
「友好的じゃなかったら、あのランベルトが調査に誘ったりしないよ」
「そっか、それならよかった。少し怖そうだなって思ってたから、安心したよ」
胸の内を明かして安堵するシルフィアを見て、彼と同期の二人も安心した。知り合い同士が牽制し合う展開は誰も望まない。
「そうだ、イナ、わたしのこと普通に名前で呼んでいいんだよ?空魔精錬術師って長いでしょ」
前屈みになって背の低いイナと視線を合わせたが、イナは赤面して俯いてしまう。長く伸びた髪が前に流れると、表情は見えなくなってしまう。
「あ……う……」
「あー、まだ意識すると話せないみたいだね。ごめんね、イナも分かってはいるから、ゆっくり付き合ってあげて」
「うん!」
元気よく返事をするシルフィアの傍らで、イナが「シルフィアさん、シルフィアさん」と呼称の練習をしていたが、非常に小さい声だったので、誰に耳にも入ることはなかった。




