第104話
納品を終えた行商人に代わって今度は四人の少女が花を選定する。豊漁際で使う花飾りについては既に必要数に達していたので、個人で必要な分だけを購入する。
「今日はどんな花が要りようなのかしら?」
「いつも通り、爆弾とか薬に雑貨……イナは装飾品に必要でしょ?」
「うん」
小さな頭がこくりと頷きを返す。
「そう、それなら……」
「ちょっと待った!」
ローサが候補になる花を見繕おうとしたところでアレッタがわざとらしく止めに入る。その行動に理解を示したのはイナだけであり、他の者はきょとんとした表情で言葉の続きを待った。
「折角だからシルフィアに選んでもらいたいな」
「え、わたし!?」
「そ、専門家でしょ!」
突然の指名に驚くシルフィアであったが、確かに素材の適正を見極めて選定するのは空魔精錬術師の専門分野である。いつの間にか集められた期待の眼差しに臆することなく、並べられた花の前に歩を進めた。
「シルフィアちゃん、こういうの得意なの?」
「はい。村に住んでいた頃は依頼された素材を集めてたり、薬を作ってたりしてました」
感心するローサに笑顔を返してからシルフィアは花の特性を訊く為、魔力に意識を集中させた。
交魔線を花を伸ばそうとした瞬間、はしゃぎ声がシルフィアの周りを囲んでいた。驚きつつも魔力への集中は切らさず、周囲の様子を伺う。当然、現実の事ではなく魔力を通じて感じる、花の声や周囲の魔気の様子である。
そこは見覚えのある土地だった。なだらかな丘の先に緑の草原が広がり、赤、青、緑、黄の空間が四角形を模る様に存在していた。グロート町から向かって来る時に見た花畑と同じ光景だった。
シルフィアは丘の上に立っていたが、四色の空間に近付こうと思い、一歩踏み出す。その一歩で、手を伸ばせば届く距離まで四色の空間の近くに移動していた。
四方から聞こえるはしゃぎ声は幼くも成熟していて、細くも太くも聞こえたが、どれも純粋に楽しんでいる声であることは間違いなかった。
シルフィアは壮観な景色を堪能した後、赤の空間に向かって手を伸ばす。すると緋衣花は弾むような声でシルフィアを歓迎した。
『やっほ!珍しいね、人間からこっちに来るのは』
「こんにちは。ここはとても素敵なところだね」
素材の声が人と同じくらい流暢に聞こえたことに驚きながらも、挨拶を交わす。しかし、緋衣花はシルフィアの心境を見透かしていた。
『魔気が四つとも奇跡的な巡り合わせをしてるからね。普段声を交わせない者同士でもこうして話せるのさ』
「へぇー。どうしてここは魔気が四属性とも豊富に流れてるの?」
『それは分からない。当方はここができた後に生まれた存在だから』
「そっか。でも、本当に奇跡的な場所だから分からないままの方が良いかも」
『うんうん、そう思ってくれると嬉しい。人間は謎解きが好きな種族だと聞いていたけど、母や君のような存在もいるのだね』
緋衣花の言う母とはローサの事だ。彼女もここが他とは違った空気の場所であることは理解していたが、その理由については一切気にしていない。
『ところで、君はどうしてこっちに来たの?』
「あなたたちが錬金術に必要なの。爆弾とか、薬とか、装飾品になりたくはない?」
シルフィアが問うと一瞬だけ無音が訪れた。かと思いきや、これまで以上のはしゃぎ声が一斉に湧き上がる。誰も彼もが何かになりたいと言ってくれている。いつもなら素材の声を聞いた後、増幅させた魔気を流して精錬し、声という名の特性を強化していたが、これだけ大声で聞こえてくるならば精錬は不要である。そして、それは緋衣花だけでなく他の花も同様だった。
四種類どの花も非常に質の高い素材であることを確認したシルフィアは、挨拶もそこそこに交魔線を切る。精錬をした場合どうなるのか興味はあったが、過ぎた事は決して良い結果に繋がらないのを知っている。小さい頃、魔気を多く与えればその分の質が上がると思って薬草を精錬したところ、逆に腐らせてしまい祖母に怒られたことがある。
視界や感覚が現実に戻る最中、ふと空を見上げる。赤、青、緑、黄、四色が綺麗に混ざった虹色の空の彼方で見知った姿を見た気がしたが、何かを思うより先に鼻孔をくすぐる匂いで一気に現実へと引き戻された。
「あれ?わたし……」
「お花を気に入ってくれたのは嬉しいけれど、一人で持つには欲張った量ね」
視界には色とりどりの花。それを自分が両手で抱えている物だと気付くまでにやや時間がかかったが、ローサの言葉で完全に理解する。
「花の前でぼーっとしてると思ったら、黙々と花を集め始めるんだもん。驚いちゃったよ」
「アレッタ……わたし、そんなことしてたの?」
「うん。声を掛けても反応なくて、でも楽しそうだから止めはしなかったけど」
「前に精錬を見た時とは様子が全然違ったけど、大丈夫か?」
テレシアに気遣われたので、シルフィアは元気良く頷く。普段の精錬とはまったく違うどころか、精錬自体をしておらず、交魔線を繋いだ先の光景が現実に似ていたから無意識の内に体が動いてしまっていたのかもしれない。シルフィアは自身の記憶を思い出していると、ローサに伝えるべき声があったことを思い出す。
「ローサさん!ローサさんが育てたお花たちは、みんなローサさんをお母さんだと慕ってましたよ!」
「お花が……?ふふ、シルフィアちゃんは不思議なことを言うのね。まるでお花と話してきたみたい」
「実際話せるん……だよな?」
「うん。ここは魔気が豊富だからいつも以上に話せたよ」
「あらあら、本当に不思議な力を持っているのね」
「あまり聞いたことはないと思いますけど、空魔精錬術と言います。それよりも、お花たちはローサさんがあまり手を加えず、自然のままで育ててくれていることにお礼も言ってました」
両手で抱えた花束をローサに差し出す。花を近付けたところでローサに声が聞こえる訳ではないので、意味のない行為であったが、ローサは微笑んで花を愛でた。
「こちらこそありがとう。あなたたちのお陰で、わたくしも寂しくないわ」
ローサの言葉に花は揺れて答える。風が通ったのか、シルフィアの腕が動いただけなのかは分からないが、そこは重要ではない。ローサの言葉は間違いなく花に届いたのだから。
「ところで、このお花たちは錬金術に関わることをどう思っていたのかしら?」
視線を花からシルフィアに移して問う。錬金術師二人の興味も向けられている事を感じ取った上で、シルフィアは堂々と答える。
「みんなとってもやる気ですよ。中途半端なことに使ったら怒られそうなくらい」
「お、言ってくれるねー!安心しなって、私たちが立派に調合するからさ!」
「うん。素材は絶対無駄にしない」
「うふふっ……。それじゃあ、この子たちをよろしくね。優秀な錬金術師さん」
話しが一段落したところで、いつまでもシルフィアに花を抱えさせていることに気付いたローサは、少し慌てて花を受け取ると包装を始めた。




