第103話
花畑で栽培されている花の種類は四つ。
緋衣花。背は低く儚げに見える薄い緋色の花で、縦に伸びた細長い四枚の花弁が全体の半分以上を覆っている。薄く、柔らかい花弁は雨が降ると散ってしまうので、花畑を囲っている柵には屋根を展開する装置が取り付けられている。
蒼昊花。やや背は高く主張の強い蒼色の花で、茎や花弁は分厚く頑丈である。普段はすぼまった五枚の花弁は、今の様に快晴の時だけ開く。
玄黄花。緋衣花よりも背の低い花で、乾いた土に擬態する色をしている。しかし、周囲が多彩な色をしているので小さく丸い八枚の花弁もしっかりと見る事ができる。衝撃に強く、人に数回踏まれた程度では散ることはない。
翠嶺花。蒼昊花の次に背が高く、青みがかった緑色をした三枚の花弁は波打ちながら伸びている。風が吹くと踊るように揺れる特性を持ち、荷運びをしているハルム達を歓迎していた。
ローサに連れられて一通り花畑を見て回るころには荷運びはすっかり終わっており、アレッタとイナは荷車に座って一休みしていた。
「ローサさん、確認をお願いします!」
「はーい!それじゃあ、少し行ってくるわ。お花しかないけれど、ゆっくりしていて」
納品書を持ったハルムの呼び掛けに応じ、ローサは倉庫の方に向かって歩いて行く。花畑を一周してきて荷車の近くに居たこともあり、シルフィアとテレシアはどちらともなく荷車の方へ向かった。
「お疲れ様、二人とも」
「お疲れー」
二人の声にアレッタは軽く手を振って答える。
「どうだった?この花畑、すっごいでしょ!四属性それぞれに適応した花を育てられる場所なんて世界中探してもそうないよ!」
「うん。初めて見た時は驚いちゃった。魔気の流れもとても穏やかだし、とても不思議な所だね」
「確かにあんまり見たことない花だったけど、そんなに珍しいのか?」
「それぞれの花自体は対応した属性の魔気が濃い所だったら育つから、そこまで珍しくはないよ。けど、四種類全部揃って咲いてるのはかなり珍しいよ」
魔気に関して疎いテレシアは説明を受けてもいまいち凄さが分からなかったが、花よりもこの空間自体が凄いことはなんとなく分かった。
「そういえば錬金術に使う花はどうするの?」
「納品の確認が終わったら貰うつもりなんだけど、シルフィアも手伝ってくれる?」
「もちろん、いいよ」
生活雑貨も含めると、納品した数は少なくない。確認を終えるにはもう少し時間が掛かる。シルフィアは単純な興味で二人の錬金術師に質問することにした。
「この花はどんな物を作るのに使うの?」
「んーと、結構何にでも使えるよ。爆弾とか薬とか……装飾品にも使えるよね」
確認するようにイナの方を見ると、彼女は少し戸惑ってから頷く。
「うん。豊漁際の花飾りにも使われる」
「そうそう。ここ来る前にイナが錬成してたのも大量の花飾りだったよね」
「あんなでかい釜で花飾り作ってたのか……」
テレシアは大工房の大釜を十数名の錬金術師が囲んでいた風景を思い出しながら呟いた。
「前から少しずつ準備は進めてたけど、湖の異変のせいで今年は豊漁際を見送るかどうか微妙なとこだったからね。準備期間もかつかつなの。大量生産できる大釜は各部署で取り合いになってるよ」
「あの大釜ってどうやって作ったんだ?やっぱ錬金術?」
「錬金術なんだけど、あれねぇ……実は出処がよくわかってないんだ」
「港に流れ着いたり、漁網に紛れた破片を回収、補強した結果が大釜だそうです。グロート町に錬金術工房が建てられるきっかけとも言えます」
困り顔になるアレッタを助けるべくイナが補足した。
「へ~、不思議なことがあるんだなぁ」
「そうだね。破片が流れ着いたってことは、どこかであの大釜を使って錬金術をやってたってことだもんね」
組織、もしくは国単位が所有している程の大きさであったり、破片となってグロート町の港に流れ着いたりと謎は多いが、特に実害があるわけでもないので今日まで使い続けられている。
「……一番不思議なことは、現代の錬金術ではあの大きさの釜を一から作れないということです」
言うべきか少し迷ったのだろう。イナは少し間を開けて誰も次の話しに移ろうとしない事を確認してから、言葉を放った。シルフィアとテレシアが首を傾げたのを見て、今度はアレッタが補足する。
「知ってるか分からないけど、錬金術って今と昔じゃ術者への負担が全然違ってるんだ。昔の術式は制限が無くって、術者の魔力次第で質量とか数は自由自在に操れていたけど、その反面術者への反動は大きくて、死者も出ていた。今は術式に制限が設けられて、死に至ることはなくなってる」
それでもやりすぎると倒れるけどね。と最後に付けくわえてアレッタは補足を終える。シルフィアは以前ステインからも、錬金術を酷使して亡くなった人がいたという話しを聞いた事を思い出した。
「二人はどうして錬金術師になろうと思ったの?」
今は安全でも、昔に起きた危険がなくなる訳ではない。何かの拍子に命を落とす可能性だってある筈だ。そんな不安を抱えてまで錬金術師を目指した理由を、シルフィアは知りたかった。
「どうして、かぁ……。あんまり考えたことないなぁ。ギルドで受け付けしたり、お店で商品を売るのも良かったけど、強いて言うなら適正があったからかなぁ」
普段さっぱりとした口調のアレッタが酷く曖昧な物言いになっている。何かを隠そうというのではなく、ただ単純に明確な動機が見付からないのだろう。
アレッタの答えを受け、シルフィアが丸い目をしてイナに視線を向けると、イナは俯きながら小声で答える。
「家庭の事情で、早く働きたかったから、です」
「そうだ!イナって凄いんだよ!私より二つ下なのに錬金術学校を一緒に卒業して、工房では同期で働いてるんだ」
適正と実力があって学校さえ卒業すれば工房で働けるのが錬金術師の特徴でもある。ギルドや商会に就職するには一般教養を身に着ける必要があるため、どうしても定年必要になってくる。
イナの言う家庭の事情が何か気にならない訳ではないが、シルフィアの欲しい答えが得られる訳では無い。
「シルフィア、どうしたんだ?」
「あ、ううん。なんでもないよ!」
両親や祖母が空魔錬金術師だったから自分も空魔精錬術師となったことに不満はない。しかし、工房でテレシアと話した時に思った「もし空魔精錬術師ではなかったら自分は何になっていたのか」その答えに近付ければと思い、先の質問を投げかけたのだが、返ってきた答えはシルフィアの期待が大きかった分、酷く素朴に思えた。
人が誰しも何かを成そうと、理想の自分を目指して生きている訳ではないのだが、シルフィアは他人に対して心のどこかで過度な期待を持っていたのだろう。他人は自分よりも立派だと、他人は自分よりも真剣に生きているのだと。
しかし、アレッタとイナの答えに失望した訳ではない。寧ろ自分と近しいことに安堵を覚えていた。
シルフィアの心境に誰かが気付く筈もなく、アレッタが倉庫から出て来るハルムとローサを見つけて声を上げたことで四人のお喋りは一旦の区切りを迎えた。




