第102話
赤、青、緑、黄の四色の花がそれぞれ木の柵で分けて栽培されており、自然な緑の平原の中で整頓された華やかさを見せていた。
大人の膝上まである、背の高い青の花畑の中で作業を行っていた女性が、荷車の存在に気付いて腰を上げた。女性は荷車を引くイノウリと、御者台で少女達に囲まれている人物に見覚えがあることを知ると、紺色のセミショートの髪を耳に掛けてから片手を上げてゆっくりと振って見せた。
女性の名前はローサ・プラート。花畑に隣接して建てられた一軒家で一人、静かに暮らしている。店も人もない平原であったが、時々訪れる行商人に花を売り生計を立てていた。始めは個人で管理していた花畑であったが、栽培される花が観賞用としてだけでなく錬金術の素材としても有用であることが判明してからは、町から幾らかの援助が出されるようになった。
今回、ハルムが訪れたのは個人の行商人としてが半分、町からの依頼としてが半分の理由であった。
「こんにちは。今日は随分と賑や……華やかですね」
花畑の前で荷車を止めたハルムに歩み寄りながらローサが挨拶する。
「ははは……。みんな、ローサさんの花が欲しいそうですよ」
「こんちは!ローサさん!また花を貰いに来たよ!」
「また錬金術?勉強熱心なのね」
荷車から降りたアレッタが慣れた様子で挨拶を交わし、イナも会釈した。二人に続いて、初対面のシルフィアとテレシアも挨拶を交わすと、早速テレシアが花畑を見て感想を口にした。
「こんな広い花畑があるなんてなぁ……。これ一人で世話するの無理があるんじゃないのか?」
管理人であるローサの体つきはどちらかといえば華奢で、とてもではないが体力のある労働者には見えない。
「ここのお花たちは逞しくって、自然のままでも元気に育つのよ。わたくしは、成長をちょっとだけお手伝いしているだけ」
「それにしたって、見回るだけでも大変そうだけどな」
テレシアは自分がローサの立場になって毎日花の世話をしている姿を想像して、口をへの字に曲げた。そんな彼女の傍らで、シルフィアはこの場の魔気の流れに口を開けて茫然としていた。
「シルフィアちゃん?大丈夫かしら?」
「あ!ごめんなさい。ここはお花も、空気もとても素敵な所ですね。思わず見惚れちゃいました」
花畑には四属性の魔気がそれぞれ均一に流れ込んでいたが、全体的な魔気の濃度は濃くなく、むしろ動植物が生きて行く上で快適に思える程だった。魔力の少ないテレシアが魔気に当てられず、呑気に欠伸をしているのが何よりの証拠である。
「ふふ。ありがとう。シルフィアちゃんみたいな可愛い子に褒められて、お花たちも喜んでるわ」
たわやかな笑みの中にどことなく陰りを感じたシルフィアであったが、初対面で立ち入ったことを聞くのは気が引けたので言葉を飲み込んだ。
「ここ、周りに誰もいないけどモンスターとか出たら大丈夫なのか?」
テレシアが丁度良いタイミングで疑問を投げ掛けた。彼女の言う通り、グロート町からは離れており周囲に他の民家もない。孤立している上に十分な囲いもない場所ではモンスターに怯える事もあるだろう。
「それが大丈夫なの。この辺りのモンスターはみんな大人しくて、たまに出て来てもお昼寝してどこかに去って行くわ」
「へー。モンスターもこれだけ綺麗な花を見ると気が抜けるのかなぁ」
「そう言うテレシアも、なんだか眠たそうだね」
モンスターがこの場所を荒らさないのは魔気が豊富であるのに、流れが非常に穏やかであるからだろう。モンスターとて魔力を持った生き物なので、この場は安息の地とも言える。狂気にでも駆られない限り、快適な場所を自ら破壊する理由はない。
「ローサさん、畑用の資材は倉庫の中に入れて大丈夫ですか?」
「はい。お願いします」
ハルムは線の細い体には不釣り合いな大型の木箱を持って、住まいの隣りに建てられた倉庫に向かって行く。その後ろをアレッタとイナが袋詰めされた資材を持って追い掛ける。
「あ!わたしたちも手伝います!」
「いや、シルフィアちゃんたちはローサさんと話してていいよ」
「そうそう。荷運びを手伝ってもらいたくて誘ったわけじゃないし、こっちのことは気にしないで」
ハルムとアレッタが優しく断り、イナも言葉こそなかったが「大丈夫」と言いたげな目線を送ってくれた。
「わたくしからもお願い。ここで暮らしていると、人とお話しすることもあまりなくて、新しい人とお話しするのはとても新鮮なの」
ローサからも頼まれてしまっては断りようがない。シルフィアはハルム達に少しだけ申し訳なさを感じながらもローサに向き直った。
「二人はどこの出身?グロート町の人ではないわよね」
「わたしは北にあるゲレゲン村です」
「あたしは王都。今はシルフィアを連れて王都に戻る途中でグロート町に寄ったところ」
それぞれの出身地を聞いたローサは何かを思い出すように口元に手を当てる。
「ゲレゲン村って、霊山の近くにある村?」
「そうですよ。知っているんですか?」
「わたくしは行ったことがないのだけど、主人が行ったことがあるの。風車がいくつもあって、麦畑が広がっている穏やかな村だったと聞いているわ」
「あ、ご結婚されてたんですね。旦那さんは今はお出かけ中ですか?」
出身村が褒められて少し嬉しい気持ちになったシルフィアは軽い気持ちで質問した。すると、ローサは柔和な顔つきのまま目を伏せて答えた。
「そう、出掛けているの。元々旅が好きな人で、もう暫く連絡もないから……きっともうずっと遠い所にいるわ。こんなに広い花畑を残して、勝手な人よね」
「ご、ごめんなさい。わたし、気が回らなくて……」
「気にしないでいいのよ。わたくしから出した話題だもの」
「この花畑は旦那が見つけた物なのか?」
俯きがちなシルフィアに変わってテレシアが口を開いた。気にしなくていいと言われたとはいえ、話題を継続する精神はシルフィアになかったので、聞き手に回る。
「そうよ。二人で素敵な花園を造ろうって言ってくれた時は嬉しかったけど、今の形ができ始めた頃にふらっとどこかに行ってしまったの」
「ふ~ん、自由人なんだな。けど、これだけ大きくて綺麗ならさ、帰ってくる場所は間違えようがないよな」
「え?」
聞き返しながらローサは微かに目を開く。その仕草を見て、テレシアは小首を傾げた。
「あれ?その為に花畑の管理を続けてるんじゃなかったのか?」
「……ええ、そうね。これだけ成長したのだもの、見つけてくれなかったら怒るわ」
旦那が音信不通になって短くない時が流れたが、ローサは花の世話を欠かすことはなかった。本人は愛した者と共に育てた花畑を失いたくないからだと思っていたが、もう一つ理由があり、むしろそちらの方が根本と言える。「いつかあの人が戻ってきた時、迷わず自分の所に帰って来れるように」と、テレシアの言葉に忘れかけていた思いが蘇ったローサはおどけた笑みを浮かべて見せた。
「もし道に迷って帰りが遅くなったって言われたら、三日ぐらい花と一緒に畑に埋めてやんなよ」
「そうね。考えておくわ」
明るく笑う二人の様子を見ている内に気を取り直したシルフィアも加わって、三人は花のそよぎに見守られながら談笑の時を楽しんだ。




