第101話
【グロート平原】
十分な舗装のされていない野道を、二頭のイノウリに引かれた荷車が通る。歩くよりは早いが、走るというには少し物足りない速度で進んでいる。
「へ~、それじゃあシルフィアとハルムさんは昔からのお得意さんなんだね」
アレッタが興味深そうに頷く。彼女達が町外れの花畑に向かう為に乗っている荷車は、偶然にもハルムの物であった。
荷車には花畑の管理人宛の日用品や畑作業に必要な道具が積まれているだけで、シルフィアら四人の少女が乗るスペースは十分にあった。
「うん。王都から遥々依頼を持って来てくれるの」
「王都からも依頼が来るってことは、やっぱり空魔精錬術師って忙しいの?」
荷車の後方で、遠くなっていくグロート町を眺めながらシルフィアは少しだけ考える時間を作ってから答える。
「精錬だけならそこまで忙しくはないかな。精錬して、薬の調合までの依頼が増えると少し慌ただしくなるけど」
「そうなんだ。グロート町に来たのは、何か目当ての素材でも探しに?」
聞かれて一瞬目を丸くしたシルフィアであったが、自分達がグロート町にいる理由を言った記憶が無いことに気付いてはにかんだ。
「空魔精錬術の力が必要らしくて、王都に行く途中なんだ。ただ、昨日の戦いでステインが倒れちゃって、ステインが回復するまではこうして依頼のお手伝いをするつもり」
「ステインって、まさか……」
今度はアレッタが目を丸くする番であった。シルフィアは彼女の言葉がどう続くのか予想できず、小首を傾げて続きを待った。
「王子様と一緒に行動してるの?」
「そうだよ。始めは空魔精錬術を教えてほしいって、わたしの所に来たんだけど、色々あって今は王都に向かってるの」
「はー……すっごいね。王子様直々に教えを請われるなんて」
ここで漸くアレッタが驚いた理由を理解するシルフィアであった。普段気軽に話している所為で忘れがちだが、アレッタの反応を見ると、ステインが王族であることを再認識する。尤も、再認識したところでステインの見方が変わる訳でもないし、少し経ったら忘れてしまうだろう。
二人がのんびりと話していると、荷車が揺れを伴いながら停止した。
「どうしたんだろ?」
アレッタが御者台の方へ向かうと、既にテレシアが身を乗り出して様子を伺っていた。
「ごめん。驚かせしまったね。ゼイリアーの群れが横断するまで少し待ってもらえるかな」
謝罪するハルムの向こうでは、苔と藻が積もって生まれたモンスター、ゼイリアーが数匹もそもそと道を横断していた。
ゼイリアーは乾燥した地域以外ではどこにでも現れるモンスターであるが、人や動物を襲う事は少なく、危害を加えた場合でも逃げるための抵抗をする程度である。今も、気分よく進んでいたのに急に止められて鼻息を荒くしているイノウリの様子を伺いながら移動している。
「平和だなぁ」
一体、二体と道を横断して草むらの中に入って行くゼイリアーを見送りながらテレシアが言葉を漏らした。
ゼイリアーの横断が終わって再出発した荷車は順調に進んで行く。途中、犬型モンスターのズィンベルや花型モンスターのランドシャプに遭遇したが、ハルムがモンスター除けの道具を投げ付けることで事無きを得た。
「随分と慣れてんだな」
御者台でハルムの隣りに座っているテレシアが関心して言葉を掛けた。
「まぁね。行商しているとモンスターが襲ってくることは少なくないから」
「じゃあ、危険な目に遭う事も結構あるのか?」
「う~ん……気を付けていればそこまででもないかな。それに、優秀な錬金術師さんが護身用の道具を作ってくれているからね」
ハルムはそう言って、自身の隣りに座って興味深そうにイノウリの歩く様子を眺めていたイナに話しを振った。
「えっ!?えっと……ぼ、ぼくは道具というより、武具とか装飾品の錬成を主にしているので、あまりお役には……」
急に話しかけられ、声を裏返しながら答えるイナの表情は赤く染まっていたが、髪にかくれていてテレシアとハルムからは見えない。
「なにも今使ったような道具だけが全てじゃないさ。モンスター除けのお守りや、場合によっては武器だって使う」
今日はそこまで遠出する訳ではないので、使い切りの道具しか持ってきてないけどね。と申し訳なさそうに付け足すが、イナは俯いたままである。
「ハルムさんが戦ってる姿、想像できないけど、どんな武器使うんだ?」
「まぁ流石に剣で斬り掛かりはしないよ。銃とか投げナイフとか、距離を取って攻撃できるものだね。魔術が使えたら便利だったろうけど、残念ながら才能がなかったよ」
「魔術はなー、生まれついた魔力で左右されるから、どうしようもないよなー。イナは魔術使えるのか?」
話しが逸れて安堵していたところに再び話題を振られ、身体を強張らせる。
「……ひ、火の魔術なら、少し」
「そっかー。錬金術が使えるんだもんな、そりゃ魔術も使えるか」
イノウリが歩いている姿を見てのんびりと過ごしていたいだけなのに、何故話し掛けられるのか。錬金術師でも魔術が使えない人もいる。魔術を使えると言ってしまったので、モンスターに襲われた時当てにされるのではないか。
一言の答えに対して何倍もの思考が渦巻き、イナは一人で混乱していた。しかし、彼女の思考に反してテレシアとハルムは魔術についての話しを切り上げ、別の話題に移っていた。
「ハルムさんはいつまでグロート町にいるんだ?」
「そうだなぁ。商品の仕入れをして……二、三日したら王都に戻ろうと思ってるよ」
「そっか。じゃあ、ご主人様とは顔合わせられるかどうかってところか」
クライペン・スラング討伐後、メエル湖の畔からグロート町まで乗せてくれた恩があるので、ステインの性格上、気を失っていて謝礼を言いそびれたとなれば遺憾に思うだろう。
「もし、自分がグロート町を出た後にステイン王子の気が付いたら、手綱は非常に手に馴染んで使いやすいです。とお礼を伝えておいてくれるかな」
「ん、分かった。伝えておくよ」
逆に礼を言われたとなればステインは失態を恥じることになる。そう思ったテレシアは、不在の主人に先んじて礼を伝えることにした。
「ハルムさん。ご主人様とシルフィアを運んでくださり、心から感謝申し上げます。このご恩はいつか必ずお返しします」
急に改まって礼を言われて面食らったところもあるが、それ以上にハルムは記憶の奥を刺激された気がして、少しの間テレシアから視線を外せないでいた。
「な、なんだよ。そんなに見るなよ」
久しぶりに正した言葉を使ったことと、ハルムに凝視されていることが重なってテレシアは段々と恥ずかしさが増していき、最終的にそっぽを向いた。
テレシアの言葉遣いが普段通りに戻ったことでハルムの意識も自身の記憶から解放される。
「あぁ、ごめん。君と昔、王都で会った気がしてね……何の時だったか思い出していたんだ」
「あたしは生まれも育ちも王都だし、そっちは商人。どっかで顔くらい合わせてんだろ」
「それはそうなんだけど……ま、思い出せないことは諦めて忘れよう」
「そうそう、それが良いよ」
適度な緩い空気を漂わせながら荷車がなだらかな丘を越えると、遠くで色とりどりに咲き誇る花畑を捉えることができた。テレシアに声を掛けられて御者台の方に出て来たシルフィアは、花畑を見た途端に感嘆の声を漏らし、アレッタは強く共感した。




