第100話
「アレッタ、どうしたの?」
伸ばし切った薄桃色の髪から片目を覗かせたイナが尋ねる。言葉はアレッタに向けられたものだったが、意識は後ろに立っているシルフィアとテレシアに向けられており、チラチラと視線を動かしている。
「ローサさんの所に花を貰いに行くから、同行者を募ってるの!イナはどう?」
どうと聞かれても、錬成の真っ最中に出掛けられるわけがない。同じ錬金術師ならば考えるまでもなく分かるはずだが、アレッタは毎回律儀に訊いて来る。彼女の行いを、煩わしく思う人もいるだろうが、イナはそうではなかった。内向的で人付き合いが得意ではないイナにとって、アレッタが事ある毎に声を掛けてくれるのは喜ばしい事である。
「あと一巡したら錬成終わるから、少し待ってもらえる?」
運良く、錬成も最終段階に入っており、イナはあと一回大釜を混ぜれば現在錬成している品は完成する。もしアレッタが、イナは錬成中だからと誘うのを止めていたら、
「うん、分かった!あー、よかったぁ。ランベルトは私の顔を見た途端に断るって言うし、ティモは依頼に追われて話す暇もない感じだったから、一人で行くのも覚悟してたとこだったの」
アレッタの喜ぶ顔を見てイナも顔を綻ばせるが、見知らぬ少女が二人いることを思い出す。アレッタに一歩近寄り、小さな背を目一杯伸ばす。
「ところで、後ろの二人は誰?」
「ん?あ、ごめん、ごめん。豊漁際の素材採取の依頼の件で聞きたいことがあるっていうから連れて来たんだ」
「豊漁際の?」
イナは髪に隠れた眉間に僅かに皺を寄せた。依頼書には必要な素材の種類や主な採取地も記載しており、素材に特別な条件を課しているわけでもないので、採取した物をギルドに報告すれば依頼は達成になる。依頼の中でも非常に簡単な部類であるのに、何を聞きたいのか。
「はじめまして。シルフィアと言います」
「あたしはテレシア」
話題が回って来たところで名乗ってみたが、イナは覗かせていた目を丸くするとアレッタの影に隠れてしまう。
「おっとと、ごめんね。イナはちょっと人見知りでさ、気を悪くしないで」
無論、シルフィアもテレシアも気を悪くなどしない。寧ろイナの見た目も相まって小動物のようで愛らしいと思っていた。
「イナ、空魔精錬術師さんが素材について聞きたいって言ってるんだから、キチンと説明してあげな」
アレッタの影からシルフィアの方へ視線を向けると、目が合って微笑みを返された。
「……ひぇぇ!空魔精錬術師様だとは露知らず、失礼しました!」
俊敏な動きでシルフィアの前に飛び出ると同時に平伏すイナを見て、アレッタは苦笑いしつつ謝罪の言葉を再び口にした。
「イナさん、そんなに謝らなくて大丈夫ですから。立ち上がってください」
シルフィアに宥められ、正気を取り戻したイナは恥ずかしそうに俯きながらゆっくりと立ち上がった。
「失礼しました。取り乱してしまいました」
「いいえ、気にしないでください。依頼の件について尋ねてもいいですか?」
「はい。ぼくで分かることであればお答えします」
前髪を分けて覗かせた水色の瞳は平静さを取り戻しており、シルフィアも心の内で安堵していた。
「この依頼書なのですが、素材の種別までは書かれていますが、具体的な名称が書かれていないのはどうしてですか?」
「はい。今回必要な素材は全て豊漁際の時に使用する設備、装飾品、消耗品に充てられますので、特性などは重要ではないからです」
声色にはまだ緊張が感じ取れるが、初対面の相手と話しているのだから気持ちは分からなくもない。シルフィアはイナの話し方には触れず、更に質問を重ねる。
「それじゃあ、本当に集めやすい素材ばかりでも良いってことですか?」
「はい。今回重要視しているのは数なのです。とは言っても、依頼書にも書いてある通り、質が高かったり、希少な素材を納品された分の報酬は上乗せされます」
言われてからテレシアと共に依頼書を見直すと少し小さい文字であるが、確かにイナの言った通り納品した素材によっては報酬が高くなることが記載されていた。報酬は目当てで無かった為、見逃していたのだ。
二人が依頼書を見て納得していると、アレッタが言葉を挟んで来た。
「私ら錬金術師も採取には出掛けているから、依頼を受けた人達が本当に一種類の素材しか納品してこなくてもどうにかなるのさ」
そういうアレッタこそ、まさにこれから花を貰いに行くのだ。土台となる素材は依頼で集めてもらい、変化を加える為の素材は自主的に集めているということだろう。
「あ、そうだ!折角なら二人も私らと一緒に行く?町の外れに綺麗な花畑があるんだ!」
気さくに誘い掛けるアレッタをイナが注意しようとしたが、大釜を混ぜる順番が来たようだ。同僚の錬金術師に名前を呼ばれると、慌てて駆けて行く。
「花畑かぁ。良かったらご一緒させてもらえますか」
「うん!空魔錬金術師さんと一緒に採取できる機会なんて、めったにないからね!よろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします。あと、普通に名前で呼んでもらっていいですよ」
「それじゃあ、シルフィアって呼ばせてもらうよ。シルフィアも私やイナと話す時は敬語とかいらないから、気軽に話し掛けて!」
意外なタイミングで錬金術師の知り合いが増えたシルフィアとテレシア。花畑へは行商人の荷車に乗って移動するらしく、庁舎前で待ち合わせをしている。アレッタはイナの錬成が終わってから片付けを手伝って一緒に向かうからと、シルフィア達を先に庁舎へ向かわせた。
「町外れの花畑って、テレシアは知ってる?」
大工房から出て着替えを終えたシルフィアが問うと、小首を傾げられた。
「うーん、記憶にないな。荷車に乗って移動するぐらいだから、町外れっても少し遠いのかもな」
「そっか。楽しみだなぁ」
小部屋を出て通路を歩きながら、どんな花が咲いているのか、どれくらいの規模なのか、頭の中で想像を膨らませて嬉しそうにしている様子を見て、テレシアは思ったことを口に出してみる。
「シルフィアは採取しに行く時が一番楽しい時間なのか?」
「え?わたし、そんなに楽しそうにしてた?ちょっと恥ずかしいな」
両手を頬に当てて表情をほぐしてからテレシアに向き直る。
「採取しに行くのは好きだよ。素材も人と同じで色んな性格の子がいるから、いつもと同じところでも毎回違く感じるから」
「モンスターに襲われたり、足場の悪い所に素材があったりした時は怖くないのか?」
「うーん、モンスターは怖いけど、霊山とかゲレゲン村の周りはクヨーラのお陰でみんな大人しかったから、襲われたことはないなぁ。採りにくいところに素材があるのは不安になるけど……怖いとは違うかな。挑戦心っていうのかな、絶対に採ってやる!って気持ちが入るよ」
「シルフィアって本当に、見た目とは逆に……行動的だよな」
「そうかな?じゃあテレシアから見た私って、どんな感じに見える?」
尋ねられて改めてシルフィアの容姿を爪先から頭の先までじっくりと見る。採取に出掛け回っている割りには色白の肌。四肢は細身だが、森や山の中で採取しながら育った環境を考えると、適度に引き締まっていると捉えるべきだろう。腰回りも同様だと思ったが、いつか抱き着いた時に味わった柔らかさがテレシアの脳裏に閃光となって走った。主張し過ぎない程度に膨らんだ胸も同様に柔らかいのだろうな、と近い未来に触る決意をしつつ、シルフィアという人物を調べ直す。
服装は全体的に清楚的な感じで、シースルーのケープレットや肘付近まである白い手袋を着用し、頭には白と黄緑色の花飾りを付けている。柔和で品性の高そうな顔立ちも相まって、とても野山を駆けて素材を集めているとは思えない。テレシアの脳裏には過保護気味な親を持った令嬢という言葉が最初に出て来たが、自身のあまり思い出したくない過去も思い出しそうになったので首を振って捨てる。
「んー……子供達に本とか読み聞かせしてそう」
口にしてから、我ながら適切な答えが出て来たと満足し、シルフィアの反応を待つ。
「ゲレゲン村に行った時は小さな子たち相手に結構やってたかな。外で遊ぶことも多かったけど」
「お!じゃあ、空魔精錬術師じゃなかったら当たりじゃん」
自分の人を見る目は間違ってなかったと笑うテレシアに相槌を打ちながら、シルフィアの心中には「もし空魔精錬術師ではなかったらどんな人生を送っていたのか」という、何気なくも色濃い疑問が生まれていた。




