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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第4章〖一つの結末〗
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第99話

 依頼を受けて庁舎を出たシルフィアとテレシアは錬金術工房へ向かっていた。

 町の北西、居住区と工業区を別ける様に建てられた一際大きい建物を目的地として歩く。まだ水路が開放されたわけではないのに、住民達は活気づいている。商店に並んでいる品々を横目に見ながら、時に気になった品をじっくりと見ながら自分達のペースで歩いて行く。


 王立錬金術工房グロート支部。石造りの門に刻まれた看板を確認するより前に、門番をしていた魔術師がシルフィアに気付いて声をかける。


「あなたは、王子様のお連れの方ですね。工房に何か用事ですか?」


「こんにちは。ギルドで依頼を受けたので、寄ってみました」


「依頼を。昨日あれだけの戦闘があったというのに、よく働きますね」


「何もしていないと、かえって落ち着かないんです」


「そうですか。引き止めて失礼しました。どうぞ、中へお入りください。正面の建物に入ると受付がありますので、そこで用件をお伝えください」


 快く通してくれた魔術師に礼を言って門を潜ると、広い敷地の正面には円形の建物が在り、それを挟む様にして長方形の建物が建てられている。シルフィアは馴染みの薄い広い敷地と大きな建物に胸を躍らせながら、門番に言われた通り正面の建物に入ることにした。


「わぁ!何だか不思議な雰囲気だね」


「王都の工房とは随分と違った様式だな」


「そうなの?」


「ああ。王都の方はもう少し古臭い感じ。まぁ実際向こうの方が古いんだけどさ」


 建物の中は無機質な白い壁に囲まれていたが、壁際に植えられた観賞用の植物と流れる水の音が自然との調和を生み出していた。室内では並べられた椅子に座って談笑する冒険者や、受付の両脇に備え付けられた掲示板の広告を見ている者など、意外にも外部の人間で賑わっていた。

 受付に近付くと、女性が愛想よく応対してくれたので、ギルドで依頼を受けたことを告げる。


「豊漁際の依頼の件で詳しくお話しを聞きたいのですが、どちらに行けば良いですか?」


 今回、錬金術工房に来たのは採取する素材についての確認が目的である。依頼書には大まかに紙類、植物系、燃料系、火薬、金属と書かれているだけであり、明確な素材名は記載されていなかった。分類さえ合っていれば錬金術で調合可能なのかもしれないが、空魔精錬術師のシルフィアとしては適当な素材選びはしたくなかった。

 受付の左右には通路が伸びており、通路の奥には扉が付いていた。外観から察するに、長方形の建物へ続いているのだろう。


「依頼をお受けいただき、ありがとうございます。豊漁際の件でしたら、大工房に担当者がおります」


 受付の女性はカウンターの下から木の板に張り付けられた施設内の地図を取り出して二人に見せた。受付の左右に伸びた通路は対称に作られており、突き当たりの少し手前で受付の奥に進む通路が続いている。円形の建物を丁度半分回ると扉があり、その先が大工房であった。


「大工房内は複雑な魔術が敷かれており、魔術的物品の持ち込みは禁止されてますので、もしお持ちでしたらこちらでお預かりします」


「魔術的?例えば?」


「装飾品のような、魔術によって魔力を帯びた物ですとか、強い魔力を宿している上位の素材などです」


「魔術とか魔気から身を守るような物は?」


「そちらもお預かりします」


 女性に言われた通り、シルフィアはポーチを、テレシアは砂時計型の首飾りを女性に渡して名簿に名前を書いた。大工房に入る際は専用の履物やローブを着ける必要があると教えられたが、詳細については大工房の入り口で説明があると案内され、二人は女性に礼を言って大工房へ向かう。

 大工房へ続く通路を曲がろうとしたとき、突き当たりの扉が開いて一人の女性が出て来た。


「ティモは忙しいか~。薬品系の調合は暇なしだもんねー。ん?おーい、そこの二人!」


 歳は二人と同じ程だが身長はテレシアよりも頭半分高く、茶褐色のポニーテールを元気よく揺らしながら駆け寄って来た。国旗の刺繍が入った藍色のジャケットを見るに、この工房の職員なのだろうが、当然二人の顔見知りではない。


「わたしたち?」


「そそ!二人とも、大工房に行くんでしょ?よかったら連れていってあげるよ」


 一本道なので迷う可能性はないのだが、魔術物の持ち込みが禁止されているなど入室に規制があるので、案内してもらえるならば越したことはない。


「折角だから頼むよ。あたしはテレシアってんだけど、そっちは?」


「私はアレッタ!それにしてもメイドさんを連れてるなんて、もしかして名家のお嬢様?」


 物珍しそうな視線が向けられたのでシルフィアは慌てて両手を振って否定した。


「お嬢様なんて大層な身分じゃありません!わたしはシルフィアと言って、ゲレゲン村で空魔精錬術師をしてました」


「空魔……って、あなたが!?嘘!?本物!」


 お嬢様を否定したつもりが逆に驚かれてしまい、シルフィアはたじろいで愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。


「そんなに驚いてどうしたんだ?」


「そりゃ驚くよ!何でもない平凡な素材すら上位の素材に変えてくれるんだから、私ら錬金術師にとっては神様みたいな存在だよ!」


「あはは……大げさですよ」


 興奮状態のアレッタであったが、困り気味の表情をしたシルフィアを目にすると、辛うじて残っていた理性が目的を思い出させた。


「おっと、ごめん、ごめん。大工房に行くんだったよね、案内するよ」


 明るく笑ってから通路を進もうとするアレッタだったが直ぐに振り向き、「先に握手だけお願いします」とシルフィアの手を握ってから漸く歩き出した。


「シルフィアって、やっぱスゲーんだな。ご主人様捨ててシルフィアに雇ってもらおうかな」


「それはステインが可哀想だよ」


「それもそうだな。ご主人様に泣かれるのもあんまり気分良くないし」


 宿屋で眠っているステインの事を思い出してクスクスと笑ってから、アレッタの後を追って歩き出した。

 通路は緩やかな曲線を描いており、窓は付いていないが、錬金術で作られた明かりが天上に取り付けられており、白い通路を適度に照らしてした。建物の外側に向かって取り付けられた部屋が等間隔で並んでおり、部屋には分類別にされた素材や調合品が保管されている。

 シルフィア達が大工房に訪れる理由や、グロート町に着くまでの出来事を掻い摘んで話しつつ進んでいくと、先頭を歩いていたアレッタが足を止めて振り返った。


「さ、ここが大工房の入り口だよ」


 建物の内側に向けて取り付けられた両開きの扉の上には確かに大工房と書かれたプレートが貼られていた。他の扉とは違った、厳かな雰囲気を醸し出す扉を、アレッタは何食わぬ顔で開けて二人を招き入れた。


 扉の先は小部屋となっており、部屋の右端には藍色のローブと留め具のない靴が幾つも掛けられており、左端には簡易的な金庫の形をした収納棚が並んでいた。


「この先が実際に錬金術を行ってる工房なんだけど、魔術が複雑に施されてるから、魔力が干渉しないようにローブと靴を着てもらって、今履いている靴はこっちにしまって」


 アレッタに言われた通りローブを纏い、魔術品を持っていないか確認する。準備が整った事をアレッタに伝えると、奥に続く扉の取っ手に親指程の青い宝石を嵌め込んで開錠してくれた。今回はアレッタが案内してくれたが、本来は大工房に続く扉の横に備えられたボタンを押して中から人を呼ぶ必要がある。


 扉が開かれ、アレッタに続いて大工房に足を踏み入れたシルフィアとテレシアは壮観とも言える光景に目を見開いた。

 工房内は火の魔気が非常に濃く、空気すらも薄っすらと赤く見えるが、不思議と熱は感じない。入室する前に来たローブが魔力と魔気の干渉を防いでくれているため、工房内の熱を感じにくくしているそうだ。

 シルフィア達が立っている、大工房の出入り口は一階であったが、実際に錬成が行われているのは地下一階に相当した所であった。地下一階から一階の天井までは吹き抜けになっており、一階部分には壁に沿うように作られた足場と階段があるのみである。

 足場に取り付けられた転落防止用の柵に手を掛け下へ視線を向けると、大工房の核となる大釜は地面をくり抜いた形で設置され、中では赤い液体が輝きを放ちながら蠢いていた。大釜の周りには錬金術師が十数名ほど立っていたが、彼らが手を繋いで輪を作っても大釜は囲い切れないだろう。見たこともない大型の設備に、シルフィアは気分が高揚していると自覚した。


「おいで、こっちの階段から下に行けるよ」


 アレッタに呼ばれて我に返ったシルフィアは逸る気持ちを抑えながら階段を下りて行く。


「ここではどんな物を錬成しているんですか?」


「んーと、薬みたいに大量に錬成する必要がある物だったり、船の材料にする大型の物だったり、色々だよ。釜は大きいけど、特別な機能がある訳じゃないんだ。今は主に豊漁際の準備に使われてるね」


 大釜の周りに立つ錬金術師達は皆一様に、櫂に似た木製の長物を持っており、交代で大釜の中をかき混ぜていた。

 階段を下りて行くと、地面全体に不思議な模様が描かれていることに気付く。錬金術に疎いシルフィアとテレシアでも、錬成に必要な術式であることは一目で分かり、靴を履きかえた理由も理解できた。アレッタを含めた錬金術師達は皆、同じジャケットを羽織り、脛までのブーツを履いているので、それらも特殊な術式が施されているのだろう。


 階段を下り切ったアレッタは工房内を軽く見渡すと、丁度大釜の混ぜ役を交代した、一際背の低い少女に向かって大きく手を振った。


「イナ!ちょっといい?」


 イナと呼ばれた少女はアレッタの呼び掛けに気付くと、少し困ったように周囲の錬金術師達へ視線を向ける。錬金術師達は「アレッタがまた邪魔しに来たぞー」「イナ相手してやってくれー」などと茶化しながら、錬成から一時的に外れることを快く許してくれた。




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