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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第94話

 クライペン・スラング討伐を果たしたステインはシルフィアに引き上げられると分かるや否や、安心感と共に心身に受けた傷に押し寄せられて気を失った。

 水中から引き上げたステインがぐったりとしていたのでシルフィアは大層驚き、視界に入っていた陸地へ一先ず上がる事にした。


 湖の畔に辿り着いたシルフィアはステインの体を横たわらせ、胸に耳を当てて生死を確かめる。平常時よりも弱く、ゆっくりとしている様子だったが、確かに聞こえる鼓動に取り敢えず安堵する。


「魔力の流れも、薄いけど安定してるから大丈夫だよね……。お疲れ様」


 回復魔術で魔力を活性化させることも可能だが、今はゆっくりと休んで自然に回復するのを待つべきだと判断したシルフィアは、ステインの頭を自身の膝に乗せて前髪をそっと整えた。


 ステインの寝顔と、平和になった湖を眺めながら静かに時が過ぎて行くのを待っていたシルフィアの耳に、車輪が地面を駆ける音が聞こえる。畔に着いた時は気付かなかったが、近くに街道が通っており、イノウリに引かれた荷車が街道を走ってこちらに向かっていた。

 行商人が通って行くのだろう。とぼんやり考えていたシルフィアの思考は、荷車が近付くにつれて明瞭になっていく。


「ハルムさん!」

「シルフィアちゃん!?」


 同じタイミングで互いの名前を呼ぶ。片や歓喜し、片や驚愕して距離が詰まるのを待った。

 ハルムはいつか貰った手綱を引いてイノウリを街道の脇に停止させると、御者台から降りる。細身の体には不釣り合いに見える無骨なゴーグルを首から下げ、どうやってもどこかしらがハネてしまう京紫色の髪と、紺鉄色の垂れ気味の目に穏やかな雰囲気を漂わせる彼を見てシルフィアは安心感を覚えた。


「まさかこんなところで会うなんて……王子はお疲れなのかな?」


「わたしも、まさかハルムさんだとは思いませんでした。ステインは今とっても疲れているので、休んでもらってます」


「そうかい。さっきまで湖の様子がおかしかったけど、もしかして……」


「はい。悪いモンスターが現れたので、ステインが頑張ってました」


 ある程度予想はしていたハルムだったが、肯定の言葉が返ってきた時は僅かながら唖然とした。魔気の流れに疎いハルムでも、湖の異常さは一目瞭然であった。湖全体に影響を及ぼすモンスターを倒したというのなら、その労力は計り知れない。


「ははっ……王子は、自分では想像もつかないお人のようだ」


 ハルムの称賛はステインには聞こえていないが、シルフィアは「褒められたよ。良かったね」と呟いて自身の膝の上にある頭を静かに撫でた。湖を背景にして映る二人の姿に、ハルムは思わず見惚れる。


「っと、そうだ。王子が目を覚ましたらどこかに行くつもりかい?」


「はい。グロート町に宿を取っていますので、戻らないといけません」


「なら丁度いい。自分もグロート町に向かっている途中なんだ。荷物があって少し手狭だけど、二人くらいなら乗せられるよ」


「本当ですか!実は、ここがどこかもよく分かっていなかったので、乗せてもらえるととても助かります」


 言葉が先立つ形となり、シルフィアは心の中で「そういえばここどこなんだろう」と疑問符を浮かべていた。その心中を知ってか知らずか、ハルムは人当たりの良い笑顔を浮かべて頷いた。


「昔からシルフィアちゃんとは良い取り引きをさせてもらっているからね。行き先も同じだから、お安い御用だよ」





 眠りに就いたままのステインを荷台に寝かせ、シルフィアは御者台でハルムの隣りに座ってグロート町を目指した。


「今はグロート町から南東に伸びている、パセーレ街道っていう所を走っているんだ。町とはそこまで離れていないから……ゆっくりめに見ても夜には着くと思うよ」


「そうなんですね。よかったぁ」


 ステインが目覚めるまで動けないと思っていた時はそうでもなかったが、荷車へ乗った途端に早く帰ってマルリースやテレシアを安心させたいという気持ちが芽生える。しかしその急いた気持ちも、穏やかな日差しとイノウリに引かれた荷車の車輪が地面を転がる音が瞬く間にほぐしていった。

 つい先程まで生きるか死ぬかの戦いの中にいたとは思えない。シルフィアは片手をかざし、空を仰ぎ見て平和を満喫していた。


「ところで、ゲレゲン村からも滅多に出ないシルフィアちゃんが、どうして王子と一緒に?」


「それは、少し込み入った事情もあるんですけど、ステインに空魔精錬術を教えるためです」


「ほぉ……王子のお師匠さんとは、シルフィアちゃんも大きくなったもんだねぇ。子供の成長は早い、早い」


「くすっ……。ハルムさん、おじいさんみたいですよ」


「あらら、まだ三十前半だし、せめておじさんくらいには若返っておかないといけないかな。シルフィアちゃん、若返りの薬みたいなのは作れないのかい?」


「うーん、試したことがないので何とも……。というか、ハルムさんの場合は若返りが必要ではなく、落ち着きすぎなんですよ」


「あー、普段はよくノロいと言われるかな」


 柔和な顔立ちに加えて髪の毛のハネや、やや猫背になって手綱を握っている様子を見ると、せかせかと動く様は想像し難い。だが、シルフィアは彼が仕事で積荷を運ぶ時は容量の良さも相まってかなり手際よく動いていることを知っている。


「さっきはおじいさんみたいって言いましたけど、わたしはのんびりとしたハルムさん、好きですよ」


 そよ風に髪を揺らしながら微笑みかけるシルフィアに好意の言葉を口にされては、同年代の健全な男子であれば変な勘違いをするだろう。話しの流れとして異性としての好意ではなく、人間性に好意を抱いていることは分かるだろうが、感情が理屈を凌駕するのが若さである。だが、ハルムは大人であることと、自身のマイペースさが相俟ってシルフィアの言葉を純粋な褒め言葉としてのみ認識した。


「ありがとう。仕事以外の事で褒められることは少ないから、素直に嬉しいよ」


「それならよかったです。今度はわたしから聞いてもいいですか?」


「うん。なんだい?」


「荷物が少ない気がしますけど、どこかに配達した帰りですか?」


 後ろの荷車を軽く見てからシルフィアは聞く。物資の入った木箱は整頓して置かれており、荷車の半分以上が空いていた。


「その通り。街道を南に逸れたところに道標の宿場があって、そこに食糧とか雑貨を配達した帰りに偶然出会ったというわけ」


 ハルムは少し身を乗り出して南の方を見て道標の宿場をさがしたが「もう見えないか」と呟いて座り直した。


「グロート町のギルドは知ってるかい?」


「はい。町に着いた時に寄りました」


「あそこには日々色んな依頼があってね。今回の配達は実はその中の依頼の一つなんだ」


「あ、そうなんですね」


 物資の運送は誰もが受けられる訳では無く、庁舎で発行される配達者任命証を所持していなければいけない。この任命証を貰うには商店を一定以上の年数継続して経営しているか、ギルドの依頼をコツコツと熟して評価を上げる必要がある。ちなみに、ハルムは王都に店を構えているので、王都が発行した営業許可書と実績の確認だけで任命証を貰っている。


「ハルムさん、自分の商品も売りながら配達の依頼も受けるって、お金が必要なんですか?」


「うーん、特別何か物入りってわけではないのだけど、稼ぎが少ないと王都に帰った時に怒られるんだ」


「商人さんって大変なんですね」


「行商に出てるのは自分の我が儘みたいなものだから、店の人に負担をかけてる事を考えると仕方のないことだけどね」


 ゲレゲン村より外の世界に疎いシルフィアにとって、ハルムが行商人でありながら王都に店も構えているという境遇は非常に興味深いものだった。


「どうして行商に出ているんですか?王都なら人も物も集まりそうですけど」


 シルフィアの問いに、ハルムは「それは」と言ってから街道を外れた草原へ視線を投げた。木陰で家族と一緒に休んでいる動物の姿、背の高い草の中でモソモソと動く苔と藻を積もらせたようなモンスターの姿、それらを目に焼き付ける。


「色んな物事に出会える楽しみがあるからだよ。実際、行商に出なかったらシルフィアちゃんが精錬した商品を手にすることは出来なかっただろうし」


 視線をシルフィアへ戻したハルムが、今しがた目に焼き付けた草原の穏やかさをそのまま口調に乗せて答えた。


「出会いがあるって素敵ですもんね。わたしも村にいる時はよく広い世界をみたいなぁって思いました」


「うん。旅は良いよ。村や町の中では見えなかった自分が見えるようになって、成長していける。シルフィアちゃんはまだまだ成長途中だし、世界を見て大人になった時が楽しみだなぁ」


「もう、ハルムさん、またおじいさんみたいって言いますよ」


「おや、それはいけない。そうだ、当面は各地の同年代の人の立ち振る舞いを見て勉強するとしよう」


 ステインの事を配慮して、ほんの少しのんびりと歩くイノウリの気の抜けた鳴き声を混ぜながら談笑で賑わう荷車を、蒼穹は穏やかに見下ろしていた。






第3章、完結です。

今回が戦闘章だったので次は生産章になる予定です。

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